「価値」と「意味」
「価値」と「意味」
色々な活動をしてはいるが
どれほどの「価値」があるのだろうか?
本当に「意味」があるのだろうか?
「価値」があると信じ活動をしている。
その「価値」は、未来になって「価値」と認められるものかもしれない
未来になって「価値」があるものならば、意味がある事
でも・・・
その「価値」が今の人にとって「価値」がないものならば、「価値」といってもいいものだろうか?
未来になって「価値」となると根拠もないし、ただ信じて活動をしている。
「価値」を生み出そうと活動している!
その活動は、
本当に「意味がある」モノなのか?
「意味がない」モノなのか?
「活動する意味(将来起こりうる変化)を理解できていない」と、動けなくなる
今やっておかなければ、将来変化をもたらせない
そんな直ぐに変化が現れるものでもない
色々な波(社会の変化)もあるので、いいタイミングで上手く波に乗ることも必要
今の活動は正直 「今の我が家」にとって価値は薄れている
我が子が自立し、体調も安定しているからだ
でも、知り合った多くの「アラジール症候群」のご家族や研究をすすめておられる医師がいて
その「想い」や「苦労」を知っているからここまでの活動をやめるわけにはいかない
そして「今の我が家」にとって価値が薄れているが、「将来の我が家(我が子や孫)」にとって必要なもので価値があるものになるかもしれない
「目の前の価値」「その場の利益」だけを求めていては、リターンが少な過ぎる活動
でも「小さなことからコツコツと」しておかなければ、大きな変化はもたらせない
「目の前の利益」を求められる事が多いけれど、
この問題はそんな簡単に改善できるものではなく...
「小児慢性特定疾患」「難病指定」を取得・維持できていることだけでも大きなことだけど、今の人には当たり前にあり過ぎて、その「意味」「価値」が薄れている気がする。
「乳幼児医療費助成制度」などの内容が良くなっているのでとても喜ばしいことなのだが、その反面これらのサービスの価値が薄れている気がする。
我が子が大きくなって直面している問題
・成人したらどれくらい治療費がかかる?
・移行期問題
・就職・進学、一人暮らしして、近所に診てもらえる病院がない
診断された今だけではなく、将来考えておかなければいけない問題は色々とある。
治療法・福祉制度の確立を目指して活動をしている
先ずは今置かれている状況をしっかり、丁寧に伝えていかなければいけない
数が少ない「希少疾患」では、少なく・小さな声
でも、耳を傾けて 共に考えて欲しい声
もう少し力が欲しい....
今の僕に何が出来るのだろうか?
【17年目の挑戦!】
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