ようこそ、ユーシャルホテルへ!④
前回
イルジ:邪眼持ちの魔女。平穏を求めてユーシャルホテルに訪れた。
オーポー:女ドワーフ。タフ。何の呪いかはまた不明。
ユーシャルホテル:宿泊施設。あらゆる魔的の力を無効化できる
「うーん……」
一階の個室で、緑色がかかった金髪の男エルフが目を覚めた。日差しから察するにもう正午に近い。誰にも邪魔されず好きなだけ眠れる、これぞ真の休暇というものだ。
サイドテーブルに手を伸ばし、スキットルを掴んでウィスキーで喉を潤う。休暇だから起床からいきなり酒を飲んでも叱られない、最高。顔に粘りつく乾いた唾液をシーツで拭き、タイツ、ズボン、シャツ、ポンチョの順で着込み、髪の毛を後ろ束ねて戦士の三つ編みを作ると、支度はこれで完了だ。部屋を出る前に、刀剣を携える宿泊客のために用意した台座に置いてあった剣に一瞥した。80センチの直刃、鍔は木の葉を模した細工を施され、絵はチョウサメの皮に巻かれて、握ると吸い付くような感触を覚える。
「よお、ウレイア、おはよう。何が言いたいことがあるのか?ええ?」
エルフは剣に向かってしゃべり出した。
「普段は散々こき使われたからな。どうせおまえに金は要らないし、おれが代わりに使ってやった。俺もかなり頑張ったんだ。数日の休養を要求しても文句ないはずだ。いいな?あー、ごめん、喋らないよな、つい忘れた。喋れないけど意識があったっけ?それとも寝ている?ずるいよな、俺が普段寝ている間にもおまえがぶつぶつ言って安眠の邪魔をしくれてるのによ。こうしてやろ」
剣を鞘から抜き、数百の人類と数千の獣を斬った魔法剣ウレイアの身が露わになった。文字通り血を吸うその刃に刻まれた渦の中を泳ぐ海蛇のリレーフに疵一つなく、まるで工房で仕上げたばかりの状態だ。
「永遠に壊れない刃だって?ここでも刃こぼれにならないか試してみよう、こんな風にな!」
ウレイアを水平に構え、セメント塗装した壁に振りかける!ウォン!空気を裂き、刃が壁にぶつかる前に男はブレーキをかけ、剣を止めた。剣先と壁の距離わずか1インチ、寸止め!
「冗談だよ!宿の物を壊してブラックリストに入りたくないからね」剣を鞘に戻し、台座に置く。「メシを行ってくる」
◆
食堂では、朝食の席を共にしたイルジ私とオーポーがすっかり意気投合し、飲み始めた。給仕は酒を注ぎ直すのが面倒になり、ワインの樽をテーブルに置いて、「お好きにどうぞ」と言い残し、またキッチンに戻った。
「ワシはなあ、夢があったんだよ。いつか必ず家に鉱山持ちの金持ちと結婚して、お姫様みたいに暮らすってな。でもドワーフの社会はな、イルジ、あんたたち長身者が思うより階級制度が厳しんだ。社会の段階を登り詰めるには、何が必要だと思う?」
オーポーは話を止め、私を見つめた。答えを求めていると気付くまで数秒が掛かった。
「あー、金?」
「そうだ、金だ」オーポーは正解したイルジに指さした。「だからワシは実家の宝石細工工房を継いでも夢が叶えないと思って、旅を出て、傭兵になったんだ。腕と名声、それが金持ちに近づくチャンスだと思ってな」
お姫様になりたいため傭兵になった。段々目的から離れていく気がするが、指摘する気がない、むしろその行動力は賛賞すべきだと思う。
「それで?仲間と村を襲って占拠して、金目の物と干し肉をかき集めて王女みたいに暮らせたか?」
「物騒だな、イルジ!発想が暗すぎる!あんな山賊まがいのことはしねえ、せいぜい集落を襲ったゴブリンの洞窟を逆に襲って、金品を奪うぐらいだあよ」ぐいっと、ゴブレットを呷る。「でも借金取りはよく請け負ったがな。ワシは上手だぜ?どんぐらい大きな長身者の男でも、この拳でキンタマに一発だ。"土鍋拳のオーポー"と呼ばれたってな。聞いたことあるか?」
「いや」
「そうか……まあもう六年前の話だしな。話を戻そう。ある日、ワシ酒場でだらだらやっていた。その時ハーフロリンの湿原に住む魔女の婆ちゃんが精霊のジンを従わせ、条件に応じて願いことを叶えてくれると聞いてよ。このチャンスを逃がす道理がなく、仲間と共にハーフロリンに駆け付けた。途中でグール斬ってさオオムガテを斬ってさ……」
「待って。ジンを従わせる魔女がいた?信じられないね、ジンはこの世の物理現象と時空概念の影響を一切受けない、強大な存在よ。ジンを封印の壺やら瓶から解放した人間の願望を三つ叶えるおとぎ話は広く伝われているが、正式の記録では人前に現れるのは数回しかない。便宜上精霊に分類されているが、あれを生物と呼べるかどうか、謎が多い。そんな物を使い魔でするんなんて、よほどの魔法の持ち主か、あるいは……」
「ワオ、すごいなイルジ、いろいろ詳しいね。本職の魔術師か?」
オーポーは面食らった顔で私を見た。しまった。酒の勢いで口を緩くなったみたいだ。「いや、ごめんなさい。割り込むつもりじゃなかったんだ。続けて」
「でもこれ以上愚昧のドワーフの話を続ても、博識のイルジさんを退屈させるだけだよな……」
「興味ある!興味あるから話を教えて、ね?」
しょうがねえな!とオーポーが柄杓を使わず、ゴブレットでワインをすくい、また滴っているゴブレットをテーブルに置いた。ワインの染みが広がって行く。
「どこだったっけ……クール斬って、オオムガテ斬って、過酷な旅路だけど、何となくハーフロリンにたどり着けた」ワインを呷る。「補給を受けて、ようやく目的の婆ちゃんちに向かうわしらが、ワーウルフに襲われた!」
トン!とゴブレットを叩きつける!
「怖かったぜ!夜番のテムーだったか?とにかく合金板の胸当てを着込んだ槍使いが大声で叫んで、草むらに引きずられていった。ワシらは武器を掴んで追ったけどよ。見つけたのは胸当てが飴細工のように引きちぎられ、心臓をぶち抜かれたヤツの死体だった。このワーウルフ、かなりのグルメだぜ!」
ワインを飲み干す。
「そして後ろからガルルルル……獣みたいな声が聞こえてな。冒険者の勘ですぐに状況がわかったけど、どうしようもなかった。なにしろグールとオオムガテのような動物と違い、ワーウルフは人間の知性と獣の力を備えたとんでもないな怪物たからな。ワーウルフを討伐する際は最低でも大盾兵四名、槍兵五名、射手は多いほどいいと兵法書に書いてある。とまあ、うちの射手……名前忘れた、が頭から噛みつかれ、手足をバタバタして必死にもがいた。その光景を見たワシはもう狂ったかのように走り出したさ。申し訳ないけどもうチームは壊滅だ。ふぅー」
いやなこのでも思い出したか、オーポーの表情からさっきまでの激情が消えた。
「大丈夫?」「ああ、大丈夫だ」
今度は柄杓でワインをすくい上げ、ごくごく飲んだ。
「はぁー。気づいたらもう空が明るくなり始めた。喉が渇いたし、足も痺れるほど疲れた。ここがワシの最後だ。ワシはこの糞溜まりみたいな湿地で死ぬ。だれも知らずにウジ虫に食われて消えていくんだ。ごめんよとうちゃんかあちゃん……ワシは悪い娘だった……と思っていたその時、目の前に婆ちゃんが現れた」
「婆ちゃん?さっき言っていた魔女の?」
「鼻が長かったし肌が灰色で皺だらけだし髪の毛がものすごい粘っこいたから多分そうだ思う。彼女は倒れているワシにそう言った。ゴホン」オーポーは咳払いした。「『お嬢ちゃん、良くここまでこれたわねぇー。きっひっひ!ご褒美に、お前さんの願い事を一つ、叶えてやろうきーひっひ!』」
わざと甲高い声で魔女っぽく演出するのか。オーポーは酒場の人気者に違いない。
「意識が飛んでいく寸前に、ワシは声を絞って、言ったさ。『お姫様に……なりたいですぅ……』とね。そして婆ちゃんがこう答えた。コホン。『ホーホーホー!それぐらいなら容易い。あたしの精霊!この娘の願いを叶えてやりなさい!』婆ちゃんが持っていた小瓶を手で擦ると、瓶の口から煙がぼうぼうと出たのさ!おかしいぜ!掌の大きさの小瓶なのに、まるで火事みたいな煙が出てよぉ。周りが煙に包まれた」
「それで、どうなったの?ジンを見た?」
いつも間にか私が話に夢中になり、テーブルに上半身を乗り出した。
「知らん。あの後は意識が途切れて、起きたらもう婆ちゃんが居なくなった。」
「はぁー、なんだ。ジンの正体がを知る機会だと思ったのに」私は椅子にもたれて、ワインを呷った。「で、願いがかなったの?」
「それはな……おお、ブロンプス!やっと来たか!」
私の肩越しに誰かに呼びかけたようだ。振り向くと食堂の入り口に、緑色かかった金髪の男エルフが立っていた。何とも言えぬ表情でこちらを見ている。
「ペテン師のセーザリア……今は髭面女のオーポーか」男は憎たらしげに言った。「なぜまたここに居る。おまえと食堂で顔を合わせることを避けるためわざと遅めに起きたのに!」
「あー、すまん、でもあれじゃん?酒がある場所にドワーフありってコトワザがあるじゃん?ここに居る間、ワシを顔を合わせないほが困難だと思うぜ?」
「チッ!」男は舌打ちし、乱暴に椅子に座った。なんなんだこいつ。「パンと葡萄とクランベリージュースを用意せよ!急げ!」
かしこまりましたー、と厨房から給仕の声だ聞こえた。オーポーはゲラゲラ笑っている。私は彼女に尋ねた。
「ねぇ、感じ悪いだけど、知り合いなの?」
「ああ、まあ先週知ったばかりだけどな。ここに来る途中で出会ったんだ。傑作だったぜ!ヤツはワシの見るとな……」
「口外すんじゃあないぞ!ドワーフ!」エルフはバン!とテーブルを叩いた。「もし口を滑ったら、必ず貴様のの喉を切り裂くと言ったはずだ!」
「あー、へいへい、もう二度と口にしませーん。怖いなもう、すまねえなイルジ」
オーポーはウィンクして私に会釈した。私の中に怒りがこみ上げる感覚を覚えた。なんなんだこいつ。どんな呪いを受けてここに来たか、外ではどんな大物なのか知らないが、ここに居る限るたたの男と女だ。何でそんな偉そうにしているわけ?
酒で衝動的になったか、王家魔術顧問としてのプライドが働いたか、私は立ち上がり、男の方向かって言い放った。
「貴方、私の友人に向かってその態度はなんた?喉を切り裂くだと?もしここがアルボンの酒場だったらあんたはもう熊にみたいな毛深い男に押えられて、ズボンを下ろされファックされているぞ」
何言ってんだ私、ここまで詳細な罵倒を使うとは、相当酒が入ったみたい。
「……なんか言ったか、ヴァフェーオ(エルフ語、Bitchに相当する)」
男も立ち上がた。近くでみるとかなりの長身だ6フィートでもあるだろう。そしてこちらは魔法が使えない上に視力を取り戻したばかりだ。喧嘩したら私の負けで確定だろう。助けを求めるべく、私はオーポーに振り返った。
「がんばれよイルジ!キンタマを狙え―!!!」
見物気満々のようだ。
(続く)
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