見出し画像

RUN!全裸中年男性!

「ハァー……! ハァー……! やばいぞ!」

 路地で、全裸中年男性は普段堂々と見せる裸体を段ボールで覆い隠し、スマホをスライドしている。

「さっき全裸中年男性が前を横切った#全裸中年男性出没」「どの辺です?#全裸中年男性出没」「今座標送る。囲むぞ#全裸中年男性出没」「捕まえたら片方の睾丸をもらうね#全裸中年男性出没」

 Twitter上、物騒なツイートが流れる。全裸中年男性狩りだ。

「これはまじでやべえぞ」自慢の裸体を極限までうずくまり、見られぬようゴミの間に身を隠した。一体何が彼をそこませ怯えさせたのか。

 事件の発端は一ヶ月前、全裸中年男性研究の権威である阿野時能戸樹(あのときのとき)教授がノーベル賞医学賞を受賞した。阿野時氏は一日一時間全裸中年男性を考え、全裸中年男性の短文を書く体と精神が健康になり、SNSフォロワーが増えるという全裸中年男性健康法を提唱していたが、今までくせ者と思われて真面目に相手されなかったが。入賞の消息が届いた途端からメディアで祭り上げられ、ネットで「阿野時教授すごい!」「日本人すごい!」「いやすごいのは阿野時教授で日本人はすごくない!」と賑わっていた。阿野時氏の著作が店頭に飾られ、Amazonのレビュー数が一夜にしてダブルミリオン達成した。

 全裸中年男性健康法のブームに乗じて、全裸中年男性らの活動も活発になった。公園で、モールで、うどん屋で、全裸中年男性が現れてはしゃいだ。「ようやく社会がワシらを受け入れた!ここからはワシらのじだいじゃあわーははは!」全裸中年男性らの春が来た……しかし陽が強く当てるほど影も濃くなる。一週間まえ、こういうデマがネット上に拡散した。

「全裸中年男性の肉はガンに効く」「全裸中年男性の睾丸は不妊を治す」「全裸中年男性の陰茎を干して煎じると不能が完治する」

 不幸なことに、デマは一定数の人間が信じてしまうものだ。横浜のとあるモールの男子トイレに、性器が切り取られた全裸中年男性の死体が発見された。この事件を皮切りに、日本各地で全裸中年男性狩りが発生。現代社会では信じられないほどの蛮行だが、彼らがこれまで社会にもたらした迷惑のせいで警察機関は介入を故意に遅れるところか、「全員消えてしまえば逆に有難い」の声すらあった。

 生き残った全裸中年男性はアイデンディティを放棄し、屈辱の服を身に纏い更生したものが居れば、裸体のまま、影のように生きる者もいた。路地の彼はその一人だ。

 太陽が沈み、つかの間の休息を取った全裸中年男性は段ボールの城塞から立ち上がった。Twitterを確認する。どうやら全裸中年男性狩りどもは諦めたようだ。「ふぅー……」安堵の息を漏らす全裸中年男性。

「そこに誰かいるかね?」「うっうぉっほ!?」

 突然路地を照らすフラッシュライトの光と厳めしい男の声。全裸中年男性は失禁しかけた。こんな時でなければ喜んで放尿したのに。

「きみ、服着てないのか?あんた、全裸中年……?」「いや、それはその、銭湯で寝ちゃって起きたら鍵がなくて」苦し紛れの言い訳だ!「……心配しなでくれ。私は警察だ」フラッシュライトの光がやや下に向き、近づいてくる。「ほら」声の主はフラッシュライトを持ち上げ、自分を照らした。濃紺の制服とポリスハットを被った初老の顔、「善良市民を守る頼れるお巡りさん」のイメージに一致した人物だ。

「お、お巡りさん!いや、でも……」「大丈夫だ。私は差別しない。全日本国民とビサを持っている外国人はすべて私の保護対象だ。安全な場所につれていく、ついて来なさい」「あっはい、ありがとうございます……」

 全裸中年男性はこの数日初めて安全感に包まれた。いつもは自分が追わせる方だから、警察の背中を見るのは珍しい、なんて頼もしい……と考えているなかで、逃亡生活で鋭くなった感覚が脳にアラートを送った!(なんだこの感じはっ!?)咄嗟にしゃがむ全裸中年男性、コンマ5秒まえに、彼の頭があった場所に戦術フラッシュライトの柄が通り、空をなぎった。

「チッ!」舌を打つ警察官。「クソッ!」反方向に走り出す全裸中年男性!「逃げんな変態!ちんこを渡せえ!」「渡すものか変態警官!」「なんだどー!!?」路地を通り抜け、道路に出た全裸中年男性、しかしそこで大勢の視線が彼に集まった。

「なんだ、おい?」「見て、あれ」「全裸中年男性……?」「全裸中年男性だよね?」「全裸中年男性だ!」「捕まれ!」「逃げていくぞ!追え!」

(やはり、こうなっちゃうよね)全裸中年男性は走った、死の追いかけっこの始まりだ。

「魔女狩りもとい……」全裸中年男性は月に向かって唸った。「魔ちん狩りってやつかよォォォーッ!」

走れ!全裸中年男性、今はとにかく走れ!

(終わり)

当アカウントは軽率送金をお勧めします。