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グラディエーターになった話:入籍の章(下)

録画はないので想像力を働かせてください。

「なぁに見てんだおおん?」

 アイカツマシンの前に集まる四人に対して高貴な視線を送った若い夫婦はエルフの王子に凄まれ、おもちゃ売り場から退散した。

「ステージごとにテーマがある。そのテーマに合わせてスタイルの服を装備しステージに挑むのが基本だが、初期は四つのスタイルのコーデを揃えることがなかなか難しい。持っている手札で勝負だ」

アイカツカード、それはアイドルのweaponとarmor。試合のテーマに沿った装備を身に着ければ多大な効果を得られるが、試合の勝負は最終的に、アイドルのダンスとアピール、つまりカラテによって決めるのだ。

「いま持っているDOLLY DEVILのガールズラメリボン一式は特殊アピールが出せる強力なカードだ。早速装備してみよう」「わかった」

 画面に写っているTシャツ姿のDOOMを見た俺は初めてアイカツに触れた時の苦い記憶がよぎった。もう二度とあの時の恥を味わいたくない。カードを手に持ち、中央の溝にバーコードを当てる。

『すごい!ドーリーデビルのカードね!』

 DOOMは身を翻して、黒調のシックなワンピースが光と共に瞬時に生成、彼女を包んだ。

「ワオ……」なんてかわいいだ。本物のarmorを着込んだ彼女は紛れなくグラディエーターになった。

「何ボーとしている?次のカードをスキャンしろ」「ああ」

 ダーヴィに促され、俺は左足に二本のリボンが螺旋状に織り交じって足に巻き付くハイヒールとアクセザリーのリボンと真珠がでかいイヤリングをスキャンしDOOMに与えた。

 ドゥームは赤土を溶けた泥を体に塗り、縞模様を作り、その上に獣皮を適当に縫い付けた粗造な服を羽織った。臭いがひどい上に、何人も着せられていたせいか内側に垢が溜まっており、着てから数秒で痒くなってきた。こんもの着るなら裸に方がマシだとドゥームが思ったが、これは今日の演目に合わせて着るようと指示が出たため、いやでも着ないといけない。
 同じ獣皮のスカートと角付き兜を着込み、これで仕上げが完了だ。ドゥームの格好はローマ帝国に服従しない南方の民族ーー悪魔と呼ばれる蛮族じみていた。華やかなチャンピオンが蛮族の悪魔を討ち倒す。帝国の威光示す、最適なシナリオではないか。
「そろそろ出場時間だ」堅実な胸当てを着たガード檻を開けた。

『がんばります!』

 DOOMはカメラ目線でガッツポースした。なんてかわいいんだ。ローディング画面の後、奇妙な空間をDOOMが走り、奇妙な輪っか通り抜けると、体がビオーンと光り、ガールズラメリボン一式を装着した。

「ほう、ゴースルー(Go through)式変身か、なつかしいね」

 後ろにレディが感慨深く言った。

「ゴースルー変身とは?」王子は尋ねた。「なんかの魔法陣か、レンズか、時空の歪みを通り抜けると自動的に戦闘服姿になる変身手段の一つだよ」

「へー、正式な名称まで有ったんだ」

 二人の雑談を聞き流し、俺はモニターに集中した。舞台が始まる。

「蜂蜜をつけたパンじゃあ、腹の足しにもならねえ!私を満たせるのは、戦いと、負け犬どもの血と悲鳴だ!市民権を得たにも関わらず死合に身を投じた危険人物!肉食獣!歓迎しよう!レジェンダリー・チャンピオンーーストラウゥゥゥ……ベェエエリィイイイイーッ!!!」
「「「「うおおおおおー!!!」」」」
 観客たちの叫び声が再びコロシアムが震わせた。
「WRAAAAAAAAAAAAAATHーッ!!!」
 雄たけびと共に、一人の女が双頭のバトルアックスを両手で頭上に掲げながら入場した。陽射しを反射して輝くブロンドのロングヘア、ルビーのような赤い目。磨きあげた銀色の胸当て、下半身には膝まで着いた細めの前掛け付きスカートとサンダル。
「ワオオオオオーー!」「ストラウベリィイイイー!愛してるうう!」「血ぃを見せろチャンピオン!」「抱いて!」
 彼女はホッピングしながらコートの縁を走り、歓声を浴びてお返しの投げキスを観客席に飛ばし、キュートにウィンクした。その可愛いらしい仕草に女たちはぎゅっと自分の両腕を掴み、或いは両手を合わせて、「オウ~♡」と、感嘆な声を上げ、男たちは小躍りする度に見え隠れするセクシーなヒップに視線が集まり、手で股間を抑えた。
「そして、彼女と相対するは、南より来たりし蛮人!黒魔術の地から這いずり出た魔物!異国の地にて我が帝国兵士を六人も殺した血の涙もない犯罪者!その名は……ドォォォォム!」
「ドゥームだつーの」ドゥームは呟き、ゆっくり歩いて入場した。
「「「「「BOOOOOOOOOOOO!!!」」」」」盛大なブーイング!蛮族を想起させる獣皮衣、右手にに持っている鋲を打ち込んで棍棒、左手に古びて窪んだバックラー。装備の格差は四歳の子供でも見ればわかるほど明白ーーこれは試合ではなく、娯楽を兼ねた公開処刑であること。チャンピオンはドゥームと6m離れた場所で口を開けた。
「気分を損したら申し訳ない。皆、私のファンなんだ」
 自信に満ちた爽やかな笑顔、気をしっかり持っていなければ見惚れてしまうほどの美貌、なるほど人々を熱狂させるわけだとドゥームは思った。
「お互いに、悔いのない試合をしよう!」
「悪いね、チャンプ。正直あんたが相手じゃあたしは負ける気がしない」ドゥームはストラウベリーの赤い瞳を覗き込み、不敵に言い放った。「だからその笑顔を作るための筋肉を今のうちに休ませておけ、後であんたらの冥王さまにたっぷり媚びれるようにな」
「そうか、きみがそう言うのなら……」しかしストラウベリーの笑顔は崩さず。でもドゥームは見取れた、その目に怒りと、相手をめちゃくちゃにしたい破壊衝動を帯びていたことを。「全力をもって叩き潰し、慈悲と尊厳のある死を与えてやろう!」
 言い終わるや否や、ストラウベリーは腰を落とし、両手で戦斧を構えた。
「そうこなくっちゃねぇ……!」ドゥームもバックラーを前に突き出して構えた。
「トゥー・ウィーマン・イン、ワン・ウーマン・アウト!一方が命を落とすまで、試合は終わらない!皆様の親指はご無用だ!」司会は興奮した口調で言った。「マルスのご加護あれ!レッザッファイ、ビッギィイイインナッ!」

『次は右だよ!』『長押しだよ!』

 うん、見れば分かるが、丁寧に教えてくれてありがとう、DOOM。お前のデビュー戦、俺が最高のステージに仕上げてやるよ。

「イヤッ、イヤッ、イヤーッ!」右、左、強く右!ストラウベリーが左右連続繰り出す斧斬撃を、ドゥームはバックラーの縁を両手で掴み、防御特化の奇妙なスタイルで凌いている。鋲付き棍棒は既に使い物にならない棒切れになった。
「蛮族のくせに器用な真似しやがってよ!」「ブー!ブー!」「死に晒せオラー!」観客席から罵声!
「フゥー……お前さん、いい演技だ。客の注目が集まってるぞ」チャンピオンは緩やかに円を描き横に移動しながらドゥームに言った。
「そいつはどー……もッ!」
 左、左、強く左!一発でもまともに食らったら肉が裂き、骨が砕ける斧斬撃を、ドゥームは器用にバックラーを傾けることで衝撃を逸らし、いなした!何という反射神経!しかし奇策に走ったドゥームとってチャンピオンの連続攻撃を受けて無事では済まない。斧が盾にぶつかる度に骨が軋み、腕から肩にかけて痺れるような衝撃が走り、筋力が奪われていく。
「お前さんはなぜまた生きているか、教えてやろう。チャンピオンである以上、私は客の期待を応えねばならない。殺戮をショーに昇華させ、見た者は敗者の死に様に同情し、俺の人生はクソだけど俺以下のクソがいると思わせ、明日も誠実に仕事に取り掛かり、国に貢献する。それがチャンピオンの務めた」
「いきなり喋り出しやがって……言っただろう、あんたが相手じゃ、負ける気がしねえって!」ドゥームは不遜に言い返した。
「ははは!面白い。私を相手に盾一枚でここまで威張れるの、お前が三人目か?」
「あんたが生きているってことは、二人は死んでるってことか?」
「お察しの通りさ。では……」ストラウベリーは斧を上段に構えた。「そろそろ盛り上げていくぞ!」

『スペシャルアピール!タイミングよくボタンを押してね!』

「スペシャルアピールが決まれば大得点だ!しくじるなよ!」「わかった」

画面に左右二つの矢印を中心に、輪っかが縮まる。輪っかが矢印と重なった時ボタンを押せばいいだな。CLICK、CLICK、PERFECT!PERFECT!するとDOOMは口紅を振りかざし、カメラ目線に可愛いポースをとった。その背後にクロスした二本のトライデント!

『ウィキットルージュ!』

「よし!いいぞ!」「かわいいじゃん」「失敗したらどうなるんだ?」

 最後のはエルフの王子だ、うるさい。

(きた!それを待ってたぜ!)突進してくるストラウベリーに対して、ドゥームは口角を吊り上げた。大振りの攻撃ほど予測しやすい物はない、バランスが崩れて無様に転倒するストラウベリーの姿が想像できた。勝機!ドゥームは一層バックラーを握りしめた。だが!
【TACTICAL MOVE】
「ウラァーッ!」「グワーッ!?」 
 後ろに弾き飛ばされ、一回転して土を舐めたのはドゥームの方だ!上段で突進してくるストラウベリーは斧が振り下ろされる直前に両腕を戻し、体をひねてショルダータックルを仕掛けたんだ!
「ウオオオオー!!!」「やったぜ!」「チャアンピオォオォォオン!」
「きみは本当に正直だねえ」ストラウベリーは斧を肩に担ぐなおし、不敵に笑った。「そのスタイルを見て対策立てない奴がチャンピオンになれると思うか?ご苦労様。今のうちにお前さんの神様に祈っておくことね」そして処刑者めいて斧を振り上げ……
「イヤーッ!」しかしドゥームはコアマッスルを総動員して地に仰向けの体勢から跳ね上がり、空中で一回転してチャンピオンの伸ばした腕にバックラーを円盤投げの要領で投げた!
「グオッ!?」命中!ストラウベリーは体制が大きく後ろに反らし、斧を取り落とす!
「ARRRRRRRRGH!」バランスが崩れたストラウベリーに、ドゥームの野生動物めいて飛びかかり、腰を抱きついて押し倒した。マウント状態!
「ARRRRGH!」右拳を振り下ろす!「ヌゥ!」ストラウベリーがガード!「ARRRRGH!」左拳を振り下ろす!「ヌゥ!」ストラウベリーがガード!「ARRRRGH!」両手同時!「ヌゥゥーッ!」ストラウベリーがガード!「ARRRRRRRRGH!」右、左、右、左、左、強く右!拳の雨がストラウベリーに降り注ぐ!
(これはまずい!)足腰を動かし、脱出を試みようとしたものの、ドゥームのは拳を繰り出しながら、暴れ馬の調教のように巧妙に体軸を合わせ重心を保っている。チャンピオンはガートを固めながら思考を巡らせ、打開策を探る、その時である。
「イヤーッ!」「グワーッ!」ドゥームはストラウベリーのガードしていた両腕を掴み、顎に頭突きを見舞った。ストラウベリーの目に一瞬の星が見えた。均衡が崩れた。
「イヤーッ!」右!「グワーッ!」左!「イヤーッ!」右!「グワーッ!」「イヤーッ!」左!「グワーッ!」強く右!「イヤーッ!」強く左!「グワーッ!」「イヤーッ!」強く右!「グワーッ!」
「そ、そんな!?ストラウベリィー!?」「やめろ!やめろ!」「ガードが何をしている!?市民が奴隷に殺されるぞ!」動揺し、騒ぎ始めた観客に司会は咎める。
「トゥー・ウィーマン・イン、ワン・ウーマン・アウト!手出し無用と言ったはずだ!奴隷だろうと市民だろうと、此処では、強い奴だけが生き残り、強い奴が神になる!ルールは神聖だ!例え皇帝陛下でも破ってはならないぞ!」
(万事休すか)殴られながらストラウベリーは鈍化した時間の中相手を見上げた。赤い頭髪、橙色に輝く目、剝き出した歯茎から唾液が零れる。さながら獣めいていた。
「ARRRRRRRRGH!」ドゥームが一回大きく上半身を反らし、獣じみに吼えると、口が裂ける程大きく開いた。
「おい、まさかアレって」剣闘観戦経験豊富な観客がドゥームがやろうとすることに勘付いた。
【FATALITY APPEAL】
「GRRRRRRR!」ドゥームは口を大きく開けて、ストラウベリーの頸部に噛みついた!
「アイエエエエエ!?」「化け物よ!」「ワーウルフ!蛮族はワーウルフという狼の化け物に変身すると聞いたわ!」「チャンピオンが死んじゃう!」ある者は悲鳴をあげて失神し、ある者はおとぎ話の怪物が現れたと騒ぎ、ある者はチャンピオンの安否を案じた。
 死を覚悟したストラウベリーはしかし、首に当てたのは暖かい息だけであことに訝しんだ。
「行きたいのならあたしを絞め落とせ、死なない程度に。チャンプならできるだろ?」「……なんの真似だ?」「やらないのか?じゃあ」
 ドゥームの前歯がストラウベリーの皮膚の刺さった途端、ストラウベリーは力を振り絞って腰を跳ね上げ、腹筋力でマウントから脱し、すかさずドゥームがに片羽絞めを……決めた!

「仕上げだ、しくじるなよ」「おう」

 再び大きな矢印と輪っか、CLICK、CLICK、PERFECT!PERFECT!するDOOMと星宮いちごが対面して手をかざし、背景に何らかの光る舞台装置が出現した。

『『サンライトデュエット!』』

 二人はポーズを決め、眩しい程のいい笑顔を見せた。

「よしッ、決めたぞ!」ダーヴィが横でガッツポーズした。なんかこいつ俺より夢中になってないかと思ったが、俺自身もDOOMの初ステージに感動がこみ上げ、指先震えていると気づいた。

首を絞められているドゥームは顔が茹でたエビのように赤くなり、手を振り、足をバタつかせて拘束から脱しようが。
「ムゥンンン!」ストラウベリーの拘束は万力の如く堅牢!やがてドゥーム抵抗が弱まり、顔から血色が失い、パタッと手足が地に付き、動かなくなった。
「おお……」「チャンピオンが勝った……」「勝った!」「うおおおおおー!!!」
 ストラウベリー!ストラウベリー!ストラウベリーストラウベリーストラウベリーストラウベリーストラウベリー!ストラウベリー!
 観客が一斉にチャンピオンの名を唱え、花と小銭を闘技場に投げ入れ、劇的の逆転勝利を祝った。ストラウベリーは立ち上がり、両手を掲げて賛美を受けた。顔は腫れて、鼻と口から血が垂れているが、死闘を経て生き残ったグラディエーターにとって名誉の化粧だ。
「何たることか、一時どうなるかと思ったが、さすがは我らがチャンピオン!獣の血が混じった下賤なる蛮族の雑種をお見事始末し……」司会が話しているうちに、闘技場の雑用奴隷が台車を引いて入場し、ドゥームの死体を載せようとしたが。
「待て!」ストラウベリーは手をかざし、雑用奴隷を阻止した。「こやつの後始末は、私がやろう」
「なんと」司会の隣に、ストラウベリーの元マスター、皮膚の下に骨が浮かび出る痩せた老人だが、その目に剣闘の興奮で仄かに光っている、”バンブルビー”のへプレスは眉毛をすくめた。「しかしチャンピオンよ、そのようなことは、あぬしの身分を損するぞ」
「存じております、マスター・へプレス。ですが」丁寧な言葉遣い!なんたるチャンピオン語彙力!「予想外のこととは言え、この者は一度私を打ち据え、恥をかかせた。私はこの者を激しく憎んでいる、殺しただけでの怒りが収まりません」ストラウベリーは観客席を環視し、息を大きく吸った。「私がその死体を切り刻み、犬の餌にしてやる!私への侮辱に対する当然の仕打ちだ!いいですね!?」
「お、おう」「ストラウベリーってそんなキャラだったっけ?」「まあべつにいいじゃない?」突如の残酷宣告に観客が違和感を覚えた、が。
「がーはっはっは!さすが儂が手塩にかけて育てた闘士、客を喜ばせる方法をよく知っておる!のう、ミスター・アーンネボー?彼の思い通りにさせてやってもよろしいかね?」
「お好きに」へプレスと対照的な太った気だるい男、ドゥームの名義上のマスター、アーンネボーが答えた。「どうせ野良犬と大した変わらない奴隷だった。後始末はチャンピオンにお任せしよう」
「かたじけない」ストラウベリーは貴人席に一礼し、ドゥームを肩に担ぎ上げ、入口へ向かった。再び歓声が渡り、司会がなんか言っているが、ストラウベリーはそれを気に掛ける暇はなかった、早く控室に戻らねば……
 入口に立っているガードは彼女を狐疑的に見つめたが、チャンピオンは殺意を込めた視線で睨み返すと、ガードは目を逸らし、身を縮めた。

『書き込み中だよ。書き込みが終わったよ。ICカードを取り出してね!』記録を書き込むには数秒もかからなかった。

「ゲームが終わったら速やかにカードを回収し、席を譲るのがマナーだ。もし後ろが並んでいない場合は連コインも許されるが……どうする?」

「いや、今日はこれでいい」

 俺はカードをカードケースに戻して立ち上がり、振り返るとレディが居ないと気付いた。

「彼女ならさっきポータルで帰ったよ。急用が入ったと」俺が質問するまえにエルフの王子が答えた。

「そうか……」

 せっかくこの四人が揃ったのにな、俺はちょっと寂しい気持ちになった。

「それよりゲームが終わったし、惣菜を見に行かない?ジムを出てからなにも食べていない」「おれも腹が減ったな」「んじゃ、行こうか」

【入籍の章(下) 完。もう少し続く】



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