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ようこそ、ユーシャルホテルへ!③

「おはようございます、イルジ様。杖はこちらにお預かりください」

 声が若い女給仕が出迎えてくれた。

「どうも」

 声がする方向に杖を差し出し、目を覆う布を取った。やはり距離感がおかしい。結局私は初心に戻り、鍛えた聴覚と嗅覚、そして杖を頼りに、食堂に辿り着けた。取り戻したばかりの視力は暴れ馬のようで、私の体力を奪て行く。私は心を強くし目眩に耐えた。これ以上に無様を晒すと、東部を轟かす恐るべき魔女、「炎蔦のイルジ」のメンツがもたない。

「朝食は何になさいますか?」

「スクランブルエッグとパン、あと白ワインも頂こう。今日のお代だ」

 私は懐から一枚の紙幣を取り出した。そう、紙幣。なんか古代文字とイノシシとキノコの絵が描いてある。この“瀧と雄鹿の王国”が発行した貨幣だ。樹皮を加工して作ったらしい。この一枚で硬貨100枚の価値がある。弓の腕前だけが取り柄だったのエルフ王“メテオストライクのカンファーコ”が「なんかさぁ、硬貨って重くない?こんなの沢山持っておればオレ、木々を飛び渡りながら矢を撃てなくなちゃうよ!」と言って考案した物らしい。薄ぺっらい紙片に価値を与え通貨として使用する概念、最初に聞いた時、偽造されたらどうするんだ?と心配したが、インクに特別な樹液を混入したことでエルフなら一発で紙幣の真偽を見分けるらしいし、領内で偽札を使う者が発見された場合、エルフは耳きり、他種族はその場でどたまぶち抜けれる。全く理不尽だがそういうルールはなっている。カンファーコはアホだが有言実行の男だ。

「頂戴致しました。それではお席にどうぞ」給仕は戦士みたいに後ろに束ねた黒髪を揺らすながら食堂の奥へ行った。

 ここの宿泊代は想像以上に高い、一晩でコインに換算して60枚、しかも食事と風呂は別料金。しめて一日は最低でもイノシシ一枚が必要になる。昨日聞いたとき私も驚いたが、「一時とはいえ、呪いに悩むことのない平穏な生活に対し妥当な価値だと思いますが」と問われ、返す言葉がなかった。

 立っていても仕方ない。私は食堂に目をやり、六つのテーブルの中で左前に座っている者と目があった。ずんぐりとして体格、もみあげと見分けがつかない濃密な褐色のひげ。ドワーフだ。実際見るのがこれが初めてだが、これまでホィスパーが伝えてくれた特徴とほぼ一致している。さほど驚いていなかった。その者が目を逸らさず、私を見つめ、くいっと顎をあげた。

「お早うこって」ドワーフはパンをちぎりながら言った。「また布団ン中でうずくまっていいのによ」ちぎったパンを、なんかのシチューにつけて、口に入れた。それら一連の動きが私の胃を刺激し、空腹感が強まった。唾液が舌の下から湧き出る。人が食事しているところを見るだけでこんなに食欲をそそるものなのか。

 心を強く持て!と心の中で自分に言い聞かせ、ドワーフが座っているテーブルへ歩いた。「ええ、陽が出ても寝ていいのは朝帰りに娼婦と、ポークチョップにされる豚だけだと、教えられたんで」そして許可を求めず、彼女の向こうの席に座った。

「むっふふん、気張ってんなおい。どんな奴か知らねえが、ここじゃあただの女だぜ?肩の力を抜けていけよ」

「それはあなたも同じでしょう。ただの女ドワーフさん」

「なっ」ドワーフは丸い目をパっと見開いた。「あんた、ワシが女だとわかってんのか?」

 なぜそわからないと思うんだ?

「匂いだよ。ドワーフ特有の土と錆の臭いの中で、アンズのような甘酸っぱいにおいが混じっている。女のにおいだわ」

「そうか、鼻が利くな」彼女は自分手の甲を嗅ぎ、顔をしかめた。「友達が家に来たとき果物っぽい匂いがするって言ったけど自分じゃわかんねえな。むははは!長身者がワシらの性別の見分けわれねえからからかってやろうと思ったがこりゃ一本取られたわい!」

 ドワーフは急に木椀を持ち上げ、スプーンでシチューをかき込むと、また具の残滓が残ってい残っている木椀にテープルに置いたあった水瓶から液体を注いた。この匂い、何らかの蒸留酒か。なんの真似だ?

「ふぅー、ここで出会うのも何らかの縁、乾杯しようじゃないか!えっと……」

「イルジだ。ただの女イルジ」

「イルジ!」ドワーフは自分が使っていたゴブレットを私に差し出し、私がそれを受け取った。「ワシはただの女オーポーだ。よろしくな!」

(続く)


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