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グラディエーターになった話:入籍の章(上)

ジムパート

「フッス、フッス、フッス」

 俺は今、ベンチに右足と右膝をつけ、左足を後ろに伸ばし、前に屈んだ姿勢で左手に持っている20kgのダンベルを上下している。これはダンベルを使った背筋鍛錬法、ダンベルローイングである。

「いいね。張り切ってるね」隣で見物しているオーランド・ブルーム似の男、エルフの王子だ。「男が筋トレに励んでいるのはこれから女を抱くか、人を殺すかのどっちだと映画でやったな。きみはどっちだ?」

「フッス、フッス、フッス、ふぅー……」

 30leps、握力がぎりぎり限界だ。俺はダンベルを緩衝材の床に置き、体を起こし、エルフの王子を見た。タンクトップ、短パン。プラチナブロンドのロングヘアを団子にして後頭部に束ねている。弓術で鍛えた体はよく引き締まっている。顔中汗まみれの俺と対照的に彼のタンクトップは汗のしみなど一切見当たらない。

エルフの王子、アクズメが指輪物語に触発されて誕生したイマジナリーフレンド。主にファンタジー部分を担当する。最近はえるふのせんしの役割りを担うことも多い。

「ああ、王子、その通りさ。今日は特に張りきってる理由がある。あんたの言う前者だ」

「なんだと?」王子は驚いたようだ。「これはこれは……きみが、女の抱く?やっと童貞で居続けることの虚しさと愚かさに気づいたか?」

「何もかも全部おまえに教える義理はない。今日はもう疲れた。シャワー浴びてくる」「あっ、ちょっと」

 珍しくエルフの王子を一本食わせた。俺はちょっと得意になりながらシャワー室へ行った。

 数分後

「信じられない……うちのアクズメくんにもこんな日が来るなんて……」

 エルフの王子は着替えを終えた俺をみて瞠目した。今日の衣装はデニムシャツに黒い上着とパンツ、そして白いコンバースのスニーカー、俺にとってデート用の正装だ。とは言え見られるのは少々心地わるい。

「ジロジロ見るのやめてくれない?」「そうか……そうだな」エルフの王子は悲しげに視線を逸らし、芝居がかかった口調で言った。「脱童貞して、ガールフレンドができたら、もうイマジナリーフレンドの必要が無くなったものよな。でもやはり覚えていてほしい、十年、三十年、五十年後。きみの孫にも教えてやれ、きみの青春には常に超イケメンのエルフの王子がともにしていたことを……」「勝手なこと言ってんじゃ……!」

「なんだお前ら、もう終わったのか?」

 話を割り込んだのは黒い短髪の男、格闘選手のような精悍な体格、ジムスタッフの制服であるオレンジのポロシャツと短パンの下に光を反射しない黒いスポーツウェアに包まれ、首以上と手首以外の肌を一切露出しない格好だ。名札に「Coach Gibson」と書いてある。

ダーヴィ、闇魔法と東洋の秘術「テン・マーク」を扱うヴィジャランティ。SPAWNやバットマンなどダークヒーロー要素を集めたイマジナリーフレンド。

「おお、聞いてくれよダーヴィ!アクズメくんは遂に脱童貞を決めたんだ。これからガールフレンドに会いに行くところだ!」

 エルフの王子のハイテンションにダーヴィは戸惑ったが、すぐに何かを思い当たり、肩をすくめた。「そんなわけないだろう?こいつ、童貞でいることに誇りすら覚えている奴だぞ?もしアポカリプスが来れば純潔の自分に真っ先に天使たちが救助してくれると豪語したの覚えてるだろ?そろそろ精神潔癖のせいで他人を触ると全身の毛が立つほどアレルギー反応を示すん」

「えっ、でも筋トレでパンプアップしたし、デート用服装を決めたよ?」

「聞いてなかったのか?こいつは最近、アイカツをやり始めたこと」

「アイ……カツ……?」エルフの王子は脳の中の厖大な記憶を巡らせ、必要の情報を下ろした。「ああ、あれだね、小さなお友達と大きなお友達が列になって3つのボタンを叩くヤツ。なんだ、やはりゲームのことか。てっきりきみが改心したと思ったのによ」

「何でも言え、おれは童貞を捨てるつもりはない。これからも神聖純潔ナードとして居続けるんだ」

「皆集まってるねー、なに盛り上げてるんだい?」

 俺とダーヴィがシャワー室のほうへ振り向き、息を呑んだ。メコン川の底で年月をかけて熟成した沈木めいた深い褐色の皮膚に、この世界のどの言語にも属しない文字の刺青が顔を除いて満遍なく彫られている。八つに割れた見事な腹筋、くびれた腰、ボクサーパンツに包まれた形のいいヒップがこの者は女性であることを示しているが、乳房があったはずの場所に分厚い胸板が広がっているだけ、魔法の力で引っ込ませたのだ

「ちょっ、レディ!?まずいって!」

 俺は視線を逸らし、ダーヴィは急ぎに自分の目をダークミストの守りで目を覆った。唯一動じなかったのはエルフの王子だけ。

「ああ、ごめん。ここの世界にはまた性別の概念があったね。つい忘れてしまって……」服と肌が擦る音がした。「はい、もう目を開けていいよ」

 俺は恐る恐る目を開けた。坊主頭の中性的な顔立の女、レディ・ドゥームがシャワー室の入口に立っている。Tシャツを着、胸を戻しているが、ブラを付けていないため、その……二つの突起が目に入り、俺は複雑の気持ちになった。

レディ・ドゥーム。マジカルリリカルなのはにハマっていた頃に生まれたイマジナリーフレンド。魔法少女が成長し続けたらどうなるかと考える末、「ギアを頼らず、体に潜めた膨大魔力と呪文の刺青で詠唱を省略し、強力のは魔法を連発する」の結論に至った。彼女の世界では人間が既に性別の枠から解放されているが、やはり自分の魂は女性寄りだと言っている。こう見えても既婚者。

「いい物が見れた。礼を言うぞ、レディ」エルフの王子は余裕綽々と言った。

「いいのよ。減るもんじゃないし。で、何の話だった?」

アイカツパート

やあ、アクズメだ。スクワットを始めよう。先日はブランドドレスセットを購入し、グラディエーターとしての初歩を踏み出した。今回は選手登録からデリーチャンピオンになった記録を教えるぞ。オタクが一人ブツブツ言ってるのがつまらないと思って今回はイマジナリーフレンドたちを手伝ってもらうことにした。みんないい奴だよ。それではいよいよアイカツが始まるぜ!この国には録画台ってものはないのでゲーム画面をイメージしろよ! 

 43分後、とある量販店にて。

「あのさ……」スーツ姿の俺の後ろに、三人のガーディアンエンジェルがついている。「ダーヴィはアイカツに詳しいので一緒に来てくれと頼んだけど、あんた達も来る必要がある?」

「水臭いこと言うなよアクズメくん。親友のアイカツデビューだよ?見届かない道理はない。しかもあれが必要だろう?後ろに立って厳めしい顔してきみに妙な視線を送る連中を睨んで怖じ気つかせる役が。任せろ!」とレザージャケットの王子。

「私は子供のゲームで遊ぶ大人が羞恥心に焦がされる顔が好きなのよ。気にしないで」とタンクトップとデニムパンツのレディ。

 なんなんだこいつら。

「しかしまさかダーヴィも経験者とはね、てっきり人を殴ることが唯一の楽しみだと思ったわ」

 レディは時々思うことを修飾なし口にする、強者であるゆえ。彼女に対し黒フードのダーヴィはひと息して、口を開けた。

「ヴィジャランティのストレスは半端ではない。正義のため、人のためとはいえ、暴力で他人を傷つけることに変わりはない。拳が肉にめり込む時、指先がマークを突く時、あるいは声もなく後ろから絞め落とす時、心が暴力と全能感に満たさると同時に、人間性が失っていくことに危惧したおれはたまにモールに足を運び、ゲームで荒んだ心にアイロンをかけるんだ」
「なるほど、鉄漢柔情ってやつね」
「なんだそれは」

 会話しているうちに、四人はおもちゃ売り場にたどり着いた。時刻は午前9時14分。休日とは言えまた人が少ない時間帯だ。台は空いている、よし。つばを飲み込み、俺はプラスチック椅子に座り、グラディエーターの証明(ICカード)と財布を取り出した。

「今更だけど、三十歳の男が女児向けゲームをプレイする光景は結構精神に来るものだ」

 うるさいぞエルフの王子、見ていられないのなら帰れ。財布からコインを三枚、マシンに滑り込ませた。でろろろーん。

「もうカードを右上に溝に置いていいぞ」俺は素直にダーヴィに従い、グラディエーター証を溝に置いた。

『新しいアイドルの登録しますか?』答えはYESだ。迷いなく赤いボタンを押す。

グラディエーター証、もといスターライト学園学生証には地域制限が掛けれている。その国で販売されたカードはその国に台でしか使えない。つまり俺が南ローマリーグに登録したら、もう北ローマリーグに移籍できないというわけだ。日本グラディエーターのおまえら、命拾いしたな。

グラディエーターを作れ 

 校長みたいな人が出てきて励ましの言葉をくれたあと、やっとキャラ作成に入る。選択は……お世辞でも多くとは言えない。

「最初はこんなものだ。ゲームが進むとパーツも増える。今は我慢しておけ」
「そうか、ありがとう。でもどうしようかな……」
「難しく考える必要はない。時間制限が掛かってるぞ」

 本当だ、画面の左上に、残り時間が無慈悲に減っていく。えい、ままよ!顔はクール2にして、髪型はセミロング、髪色は赤だ。

『これでいい?』

 これでいい。実はモヒカンや刈り上げが欲しかったけどな。

『名前を教えてね!』

「一度名前が登録されたらもう変えることができない。慎重にな」

「OK、もう決めてある」

日本ではないのでひらがなやカタカナではなく、アルファベットで入力しなければならない。

 俺は緑と黄色のボタンを叩き、DOOMと入力した。

「やだ、私じゃん!?恥ずかしいっ!」「ぐっ!?」

 レディはそう言い、笑いながら俺の左肩を叩いた。彼女なりに手加減しただろうがそれでも棍棒に殴られたような痛みが走り、背中が痺れた。

「アクズメくん……わかってると思うが、レディは人妻だぞ?そんな露骨な……」

「……いや、違うんだ……」

DOOMという名前を付けたのは。彼女が隕石の如くローマの大地に降り立ち、かのスパルタガスのように剣闘奴隷たちを奮い立たせ、いつかローマを覆すほどの力を備えるよう、懇願を込めた名前だ。

「それだけ?」

 エルフの王子は怪しげな視線で俺を見つめている。

「だって、適当に日本人っぽい名前を付けたくてもアルファベットじゃ気に食わないし、AKUZUMEとか、アイドルに相応しいくないだろ?」

「私はうれしいよ。若い頃に戻った気がしてさ」

 レディは満面の笑みで俺の坊主頭を撫でた、そんなに指に力を込めないで貰えるかな。彼女は元魔法少で、フリフリとしたかわいい服で戦っていた時期もあった。

「コホん、決まったらボタンを押して次に進むぞ」

 ダーヴィに促され、俺は慌てて赤ボタンを押した。

『年齢を教えてね!』年齢?

「これは特に意味がないので適当に決めていいぞ」

「わかった」

 DOOMの年齢を15歳に設定した。

『これでいい?』これでいい、と思った途端、画面に「決まったら最後まで変えられない。本当にこれでいいのか?」の警告が浮かび、俺は戸惑った。

「最後というのは一回のゲームの最後だ。これからは何度もキャラメークチャンスがある。心配いらない」

 俺の思わくを見透かすたかのようにダーヴィが解説を入れた。有り難い。ボタンを押す。

「レディース、アンド、ジェントルメーン! ようこそスターライトコロシアムへ! 最近では剣闘を一回観ると寿命が一ヶ月伸びるという報告が出たと聞くが、貴方は信じる?おれは信じたぜ! そして今日も皆様の寿命を伸ばすべく、上質なショーを提供するぞ! ご覧に入れよう!」
「「「「うおおおおおおー!!!」」」」
司会に煽り立てれられた群衆たちがあげた歓声がーコロシアムを震わせ、薄暗い控室にも届いた。
「運がないな、新入り。デビュー戦の相手があのストラウベリーとはよ。おまえが快く死ねるよう祈るわ」
ガードが檻の中の剣闘士に話しかけた。檻の中で、クランベリーのような鮮やかな赤髪の女があぐら姿勢でから立ち上がった。
「……そのストラルベリーとやら、強いか?」
「おうよ、ローマでも屈指なスターライトコロシアムのレジェンダリー・チャンピオンだぜ! バトルアックス一本で市民権を勝ち得て奴隷から脱したにもかかわらず、自分の意思でグラディエーターとしてここに残ったんだ。観客の讃美と相手の血が何より好む天性の戦士(アイドル)だぜ」
「ほう、あたしと同じ、戦いたくてしょうがないタイプか」女ーードゥームは口が大きく割れて、バトルジャンキーの笑みを作った。「なかなか楽しめそうじゃあないかぁ」
伝説が始まる。

【下に続く】


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