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事実婚にしてみました|他人にはどうでもいい(かもしれない)結婚と名字のはなし

年末年始ということで何かと「家族」と関わることも増え、伝統的なことがら?に触れることが多い人もいると思います。他人にはどうでもいい話…のはずなのに、なぜかモヤモヤすることが多い。そんな「結婚」「家族」「名字(苗字)」にまつわる話をします。

  • 事実婚について知りたい人

  • 事実婚にしようか考えている人

  • 結婚に関連してモヤモヤがある人(あった人)

など…

事実婚について、女性が書いた記事はnoteでもたくさんありました。しかし、男性かつ、普通のサラリーマン(個人事業主や研究者等ではない)が書いた記事はあまり多く見つけられませんでした。

それなら参考になるかも!と思い、これから私たちと同じような経験をする、または現在進行形で経験している、カップルや家族にとって少しでも参考になればと思い駄文を連ねてまいります。


結婚といえばあるある写真のイメージ。婚姻届に指輪を3つ重ねて撮るよくある写真。役所の前で結婚証明証を持って撮る写真。私たちにはこれらの写真がありません。なぜか?役所に婚姻届を出していない、いわゆる「事実婚」という結婚の形を選択をしたからです。

事実婚についておさらい

事実婚という言葉の定義としては、内閣府の資料に以下のような記述があります。

事実婚とは、「法律上の要件(届出)を欠くが、事実上夫婦としての実態を有する関係」を指す。〈略〉

内閣府「男女共同参画白書 令和4年版」

婚姻の届出を行なった「法律婚」の夫婦と違う点は、役所に「婚姻届」を出していないという点だけです。夫婦としての関係は成立しているため、法律婚の場合と同じように、貞操義務(浮気はNG)はありますし、万が一関係を解消する場合は財産分与なども行う必要があります。

どれくらいの割合で事実婚を選択しているかについては十分なデータがないようですが、

事実婚に関するデータは少なく、その実態は見えにくい。しかし、内閣府で令和3(2021)年度に実施した各種意識調査の結果を見ると、事実婚を選択している人は成人人口の2~3%を占めていることが推察される。

内閣府「男女共同参画白書 令和4年版」

とのことです。私自身は自分が当事者になるまで「事実婚」というものがなんなのかよくわかっていませんでしたし、身近にも事実婚の方がいるとは思っていませんでした。社会ではまだまだマイナーなのだと思います。


なぜ事実婚にしたの?


私たちが「事実婚」を選択したのは

  • 結婚してもお互い名字を変えない、夫婦別姓という選択をしたかった

  • しかしながら、現在の日本の法律では認められないため「法律的な結婚」が出来なかった

主に以上の2つの理由からです。

この話をすると聞かれるよくある質問をあらかじめ列挙しておくと

  • 私が珍しい名字だったの?

  • 妻が珍しい名字だったの?

  • 私が婿入りしたくなかったの?

  • 妻の一族が由緒正しい名家なの?

以上の答えはすべてノーです。
私たちは現在の社会のルールとそれぞれの意思を照らし合わせ、ふたりで出した結論がこの「事実婚」というものでした。

この決断に至るには、それこそ紆余曲折ありきちんと説明するには少なくとも5分は必要です。説明が面倒な時や、時間をかけて話せない時は「ニューノーマルってことで!」など適当な言葉でまとめてしまいヘラヘラすることもありました。

最初は「事実婚」ではなく「法律婚」をしようとしていたことなど、これに至るまでの経緯を2つに分けて書いていきます。


STEP1|ひとりっ子だけど妻の名字にするかも

私たちは2人の関係性として「対等であること」を重視しています。お互い留学経験があり、ディスカッションが好き(かつ、こだわり強め≒頑固…笑)だったため「結婚」の話題以外でもよく様々なトピックについて話し合っていました。

結婚について話題にあがり始めた序盤で妻からは「名字を変えることは考えていない」ということを聞いていました。そして、そこに強い気持ちがあることを受け取っていました。加えて「将来のこと(子育てなど)を考えるといずれはどちらかの名字に揃えたい」という話も聞き理解していました。

その時の率直な私の気持ちとしては、妻の意思を尊重し「男性が名字を変えるのは珍しいし、話のネタになるなぁ…だったら、自分が変えるのも良さそう!」などと思っていたので、その場では和やかに話し笑いあっていました。

2022年度の調査では

令和4(2022)年は、478,199組(94.7%)の夫婦が夫の姓を選択しました。

内閣府「夫婦の姓(名字・氏)に関するデータ」

との結果が出ていて、結婚したら大多数の94.7%の場合は夫の姓を選択しているようです。やはり「一般的には」夫の姓にするのが今の日本の状況のようです。

実際に役所で婚姻届をもらってくると、絶大な存在感を出しつつ、それでいてサラッと「婚姻後の夫婦の氏」という記載があり、そこからお互いの家族を巻き込んだ波乱万丈な展開に進んでいきます。


STEP2|事実婚にするしかないかぁ

お互いと言っても、波乱があったのは主にうちの家族でした。というのも、妻の両親は親世代的としてはかなり珍しいことだと思うのですが、事実婚の当事者であり、ご両親自身が夫婦別姓で過ごしていらっしゃいました。

うちの家族の話に戻ります。私は兄弟がいない長男(つまりひとりっ子)です。加えて、従兄弟など含めて自分と同じ名字のネクストジェネレーションはいません。おそらくこれが今回の件をさらにややこしくしたのですが、私が妻の名字になるとその時点で我が一族の名字を持つ人はいなくなってしまうのです。

結婚に際して「妻の名字にしようとしていること」を伝えた際のそれぞれの反応はこんな感じです。

温厚で穏やかな父は「ん?いんじゃん!好きにしなよ」と返事をしてくれました。ここまでは順調で良かったのです。

しかしながら、そんなことを一人息子から言われるとまさか思っていなかった母は、複雑だったようで、驚きと寂しさと悲しさと、全てが混ざったような言葉を返してくれました。また、母方の祖母はもっとストレートに「名字が変わるのはよく分からない。お婿さんになってしまうのは嫌だ。」という返事でした。

不思議なのは、母も祖母も自分自身は結婚のタイミングで名字を変えているにも関わらず「一家を守る」といった思いがあったのか、抵抗がより強かったのは意外でした。

その後も対話を重ねていきました。

  • 妻の名字になることは婿養子(お婿さん)になることでは無いこと

  • 日本の現在の制度上法律婚をするにはどちらの名字を選ぶしかないこと

  • 名字が変わっても家族としての関係が変わらないこと

などを伝えました。しかしながら、話し合いは平行線になってしまいました。

その過程で、私の中でも考えが整理されて、ここまで抵抗感があるのであれば、法律婚をして妻の名字にするのではなく「事実婚でいいか」という気持ちになってきました。

難しい決断でした。しかしながら、今の法律(ルール)を変えるには非常に大きなエネルギーが必要(だし、そんなところに時間も今は労力もかけられない)かといって妻の思いも大切にしたい。

そこで、自分なりの社会への密かな抵抗として「事実婚」という形にしてみることにしました。

事実婚をしてみて2年で起きたこと


これまで書いてきたとおり、紆余曲折ありながらも結果的に「事実婚」という選択をしました。

では、普通のサラリーマンが事実婚をするとどんなことが起こるのでしょうか?事実婚を2年やってみて、法律婚では起きなかったであろう出来事を振り返ってみます。

その1|ちょっとした「違うんだよなぁ」という会話が起きる

わかりやすいエピソードとしては、結婚したことを友人(女性)に伝えた際には、「でも男だから名字は変わらないから、楽でいいねぇ」とサラッと言われました。

やはり世間一般的には「結婚→法律婚(改姓する)→女性が改姓する」まではセットで思われていることを改めて感じました。

他にも「これ法律婚だったらなかったなぁ」という会話や出来事は幾度となく発生しました。「結婚といえばこうでしょ」と、決め付けられているような言葉を受け取った時は、少しだけモヤモヤすることはありました。

その2|ご入籍の予定について聞かれる

夫婦揃って名前を書くような場面で、名字が違うと「ご入籍はこれからですか?」と聞かれたりします。おそらく悪気はなく単純な質問だと思うのですが、またきたかいつものやつ!と思いつつ「入籍予定はないんです。事実婚なんですよ〜」などと答えています。

最近は事実婚という言葉も少しずつ社会に浸透してきたのか、大抵の場合「そうなんですね」で会話は終わります。

もう少し会話が続く場合は「事実婚とはつまりどういう状況か?」なども話すことがあります。ただ、話したところで返ってくる反応は「色々進んでいるんですね」や「なんか大変そうだね」だったりして、手応えはない会話になることもしばしばです。

手応えがないというか、「なぜそんな(面倒な)ことをわざわざするのかわからない」と思われているんだろうなぁという反応の時もあります。

その3|事務手続きがちょっとだけ増える

法律婚をしていないために追加の事務手続きが増えることもあります。「さぞ大変なことがたくさん起こるだろう」と覚悟をしていましたが、この2年間で発生した追加の「事務手続き」は驚くことにたった2つでした。

ひとつ目は、役所で行う事実婚になるための手続きです。

法律婚であれば1回で済んだと思うのですが、私たちの場合は事実婚になるために、合計2回役所に行くことになりました。

初回(X月3日):
本当はこの日を事実婚記念日(結婚記念日的な日)にしようと思って、日取りを考えて行ったのですが、失敗してしまいました。というのも、もともと同棲はしていましたが「住民票の住所が一緒ではなかったこと」「このタイミングで転居を行ったこと」の2つが重なり手続きが1回では完了しませんでした。この日の手続きで、住民票状の記載は「同居人」になりました。

2回目(X月23日):
再度日取りを考えて、満を持して2回目の手続きを行うために役所に向かいました。法律婚での「戸籍謄本」を提出する代わりに、役所の方がそれぞれの本籍地に「婚姻の有無」を電話で確認するというステップがありました。

そして無事に対外的にも事実婚であることを示しやすい、住民票の記載を「同居人」から「妻or夫(未届)」へアップグレードすることを目指しました。

私たちの場合は、たまたま2回になってしまいましたが、うまくやれば1回の手続きで事実婚になることも可能だと思います。

ふたつ目は、職場に提出した「結婚口述書」です。これを提出しないと結婚したことが認められず祝い金などは受け取れません。要点としては以下のような内容でした。

  • 私たちはXXさんと結婚しようと思っています。

  • でも、婚姻届を出す法律婚ではありません。

  • 同居していることを証明する住民票を添付します。

  • 結婚しているということで認めてくだい。何卒よろしくです。

もっと色々あるかなぁと思ったのですが、意外と少なかったです。これなら、法律婚した場合に発生する、改姓に伴う諸手続きに比べたら全然簡単だなと思いました。

その4|その他の「事実婚」ゆえのデメリット

今のところ表立っていませんが「事実婚」ゆえのデメリットもいくつかあります。

  • 税制上の優遇が受けられない

    • → 配偶者控除や医療費控除が認められません

  • 子どもと父親の親子関係が自動的に認められない

    • → 子どもを「認知」する手続きをしないと、子どもの戸籍の父親欄が空白になってしまいます

  • 遺産の相続ができない

    • → (法律的には)正式な家族ではないため遺産相続ができません

  • 緊急時などに家族として認められない可能性がある

    • → (法律的には)正式な家族ではないため緊急手術時の同意や面会などができない可能性がある

などなど、デメリットもいくつかあります。

これらは、公正証書という正式な書類をあらかじめ作っておくことで、対応が可能な場合もありますが、いざという時に不利益を被る可能性があることは留意しておく必要があります。私たちもまだ公正証書は作れていないため、今後作成したらまた記事にしたいと思っています。

以上が事実婚にしてみて2年間で起きたことでした。想定していたよりは大変なことは起きませんでした。一方で、多くの方とは違う結婚の形をとることにより、社会には「結婚といえばこう」といったステレオタイプが強くあることを強く感じることができました。

社会を変えるのは小さな一歩から


最後に妻目線での「事実婚」について書いていきます。結論は「社会を変えるのは小さな一歩から」です。

いきなりアツいなぁ…と思った方もいらっしゃるかもしれません。会話で出てきた妻の言葉は以下のとおりです。

〇現状94.7%ひとが夫の名字を選んでいる。このアンバランスさに一石投じたい

〇男だからどうとか、女だからこうしなきゃとか、結婚したら男は頑張って働いて、女は家を守るとか結婚する2人以外には直接関係ない。さらに言えば、何歳までには結婚しなきゃだめとか、結婚は男女しかできないとかも当事者2人には関係ない

〇名字を変えることが嫌だった人や、それが理由で結婚が上手くいかなかった人や、名字が変わることによって「夫の家の人」として思われてしまうことが嫌な人など、これまで結婚してきた先人達が感じていた負の気持ちを断ち切りたい

〇個人の尊厳が尊重され、それぞれの関係性の中で最善な選択を取れるべき。現状、最善な選択を取れないルール(法律)なら、無理してそれに合わせる必要はない

妻の言葉 from 熱いディスカッション

などなど熱いディスカッションが繰り広げられました。

日本の氏の制度は先進国で最も遅れていると言われています。「別姓を選択できる国」「結合姓(夫と妻の名字を結合し新たな名字にすること)ができる国」などがある中で、日本は明治時代から「夫婦同姓(氏)」を固持しています。

  • 「夫婦同姓」は日本の伝統だ

  • 「家族の絆」を大切にするためにも守らなければならない

と言われることもありますが、そもそも明治の時代までは名字はきちんと整備されてなかったわけですが、ご先祖様は千年以上前から代々家族として暮らしてきたわけです。

また、現在の日本の制度においても、外国籍の方と結婚するいわゆる「国際結婚」の場合は、婚姻後の夫婦の氏を選択する必要がなく事実上夫婦別姓ができます。正直この話を初めて知った時は、「なんじゃそりゃ」と口に出してしまいました。

これを言ってしまうとヘリクツのようになってしまうかもしれませんが

  • 「名字が同じじゃなかったら家族じゃない」というのであれば(名字が違う)祖父母は家族じゃないのでしょうか?

  • 「家族ならば血の繋がりが大事だ」というのであれば、夫婦は血が繋がっていないけど家族じゃないのでしょうか?

  • 「婚姻関係もない/名字も違う/血も繋がっていない場合は家族になれない」というのであれば、一緒に暮らしている、ワンちゃん・ネコちゃんは家族じゃないのでしょうか?

などなど。考えれば考えるほど「家族」ってなんだろうとなります。また、家族を定義づける法律(ルール)や慣習って果たして現代社会にあっているのかな?とも考えてしまいました。

ディスカッションの終わりに

いつか少し先の未来には「いまの名字気に入っているからそのままにした〜」や「妻の名字の方がカッコいいからそっちにしました〜」っていう会話が普通になればいいなぁ…

妻の言葉 from 熱いディスカッション

と言っていました。また、

「普通」や「常識」に阻まれて生きにくくなっているかもしれないことにも気づいていない人もいるのかもしれない。(自分も)こんな面倒なことに気づかなかったらある意味幸せなのかもしれない。

妻の言葉 from 熱いディスカッション

今回の件でいえば自分ごとになるまで、「事実婚」や「選択的夫婦別姓」について十分に分かっていませんでしたし、特に気にしていませんでした。気にしていないというよりは、アンテナが立っていなかったため情報を知らず知らずのうちにスルーしていたと思います。

世の中には『誰かにとっては非常に重要なこと』がある一方で『他の誰かにとっては全く気にもかけないこと』がたくさん溢れているのだと感じました。

『人の気持ちを考えなさい』という言葉は、幼児期から何百回と言われてきているけれど、本質的に他人の気持ちを考えるのはすごく難しいことだとこの歳になってやっとわかりました。

社会はなかなか変わりません。時間がかかります。変化を起こすためには、しがらみもたくさんあります。逆境に立たされたり後ろ指を刺されることもきっとあります。

だからこそ最初から全てをうまくやるのは難しいことなので、まずは身近で手の届く範囲から。

今を生きる自分たちのこの行動(選択)はちっぽけかもしれないけど、未来につながると信じようと思います。

いつの間にか壮大になってしまった、他人にはどうでもいい(かもしれない)結婚と名字のはなしでした。

最後までお読みいただき本当にありがとうございます。もしよかったら♡やシェアなどいただけると今後の投稿の励みになります。(どんな感想コメントも大歓迎です!)

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