春は遠い

「例えばの話」という書き出しから始まる文を、たまに書きたくなる。例え話から始まる物語は、その例え話が登場人物たちの現状を説明する手段だったり、今後の流れを暗喩していたりして、書き出しとしては便利だと思う。そこからドラマチックな話を書けるかどうかは、本人の才能、努力、実力次第ではあるけど。
 だから私は、書きたくなる「だけ」だ。そこから続く素敵なお話なんて考えられもしないし、考え付いたとしても書き上げられずに終わる。だけどたまに、頭の中で「例えばの話、」と言葉が聞こえることがある。


 毛布に沈めていたスマホのバイブ音が鳴った。もう一回鳴った。誰からだろうとは思わない。うるさいとも思わない。鳴ったなぁ、ぐらいの思考をするだけ。ヘアバンドの下のおでこがかゆい。軽く掻いて、キーボードをたたく。
 スマホを手に取って、通知を見る。lineが返ってきていた。既読だけつけて、Twitterに移動する。ここまで書いてまたバイブ音が響く。気にはなるけど、正直鬱陶しさのほうが勝る。通知を消して、画面に向き直った。


 Twitterを開いたら、フォロワーさんからリプライが来ていた。彼女のツイートに私が送ったリプライの、返事。私よりも年上のその人は、文面からでもわかるぐらい楽しそうで、文章に目を通した時自然と口角が上がった。


 書かずにはいられない人なんだなと思う。仕事やお家のことでここ数年忙しそうだったのが、昨日からは楽しそうだ。自分で書いた過去の作品を読み返すうちに、新しく書きたいものが出てきた。まだ完結させていないものもあるが……といった内容。疲労と多忙でつぶれていた創作意欲が、過去作を読み返して息を吹き返したんだろう。
 すごい、と薄っすら思う。私はそんなことない。過去の作品なんて恥ずかしくて読めない。こんなに面白いものあるか、なんて気持ちで読めるのは、せいぜい書いてから半年か一年経ったころまでだ。今はつたなさや思考の浅はかさが目に付いて痛々しさすら感じる。


 自分の作品を愛しているかと言われたらそうではない。一度自分の手を離れたからこそ憎らしいと思う。こんなものをよくネットに流せたなと思う。こんな駄作を堂々と発表して恥ずかしくないのかと思う。それは私が筆を折ったから考えることなのか。少なくとも書いていたころはそんなことを考えることもなかった、ように思える。
 書かなくなった、自分の中であきらめたからこそ、過去の自分が憎たらしいのかもしれない。こんな痛々しいものを、粗雑な文章で、自信満々に発表しているなんて気が触れている。私の文章を好きだという人なんていない。いるとしたら、それは二次創作というジャンルが見せている錯覚に過ぎない。私の文章の後ろにある何かしらの作品を見ているだけで、私の文章そのものをみているわけではない。ネタだって大したことないし、伏線回収とかなんてできるわけもない。


 フォロワーである彼女と私は、当たり前だけど違う。彼女は創作を続けられる、書かずにはいられない類の人間。私はそうではなかった。そんな現実を認められていない、過去作品の奥に見える自分が嫌で仕方がない。消してしまおうかとたまに思うが、同時に読者であった私は、それまで読めていた作品が突然消えてしまったときの呆然とした感覚を知っている。心臓のあたりがひゅっと冷えて、バクバクと鼓動の音が耳元で聞こえているような気がする。検索履歴やランキングサイトを目を皿にして探しても見つからない時の、虚脱感を覚えている。同じ思いをする人がもしかしたらいるかもしれない、そう思うといくら拙く大嫌いな駄作でも消す気にはなれない。

 ここで文字数が気になった。なんせ書くのは、とここまで書いて、何日ぶりだったかと考える。三日は続いたのは覚えている。昨日は書けていない。一昨日はどうだったか、少なくとも二日は書けていないはずだから、書いたのは二月二十八日が最後だ。
 答え合わせをしようとnoteのアプリを開く。

https://note.com/akro/n/n5128822d302e

    最後に投稿したのは二月二十七日の深夜一時。私の感覚的には、これは二月二十六日に書いたものだ。夜寝る前にベッドに入って書いているから、出来上がるころにはすでに日付を超えていることが普通。それを考えると、最後に書いたのは二月二十六日。今日は三月三日だから、指折り数えると四日ぶりということが分かった。


 こんな簡単な計算も思い返しもできなくなってきている。知能の衰えを感じながら、と思ってもいないことを書きつつ、スマホの電卓アプリを起動した。文字数と行数を掛け合わせて、千八百二十文字。投稿サイトならSSにもならない掌編並みの文字数。薄っぺらい。だけど書けただけいい。
 今度からは昼間に書くようにしようかな、そうしたら今日みたいに日付を振り返るときに混同しなくなるかもしれない。時計を見ると十二時八分、画面に『0:08』と表示されている。


 鼻がかゆい。軽く掻いたら、今度は頭がかゆくなる。お風呂には入ったのにな、と考えてもいないことを書きつつ、もぞもぞとむず痒い腰を掻いた。しらみでもいるのかもしれないと書いたはいいが、しらみのことをよく知らないなと思った。

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