はぎつかい 三話

なんかね、こないだ、すごいの見た。

中学校の体育祭は、一年生のクラス対抗リレーが始まっていた。後輩の応援をしようと、前の方へ移動した人たちの空いた椅子に、違うクラスだった君が腰かけて言う。僕のななめ後ろの椅子。

 すごいのって、なに。

僕は後ろを振り返らずに言う。君も身を乗り出したりはしなかった。声はとても興奮しているのに。

なんかね、すごいの、もう、ぱあーってなってね、ひかってね、ぎゅいーんってして、すごいの。
 全然わからないけど。何がひかったの。萩が。
ううん、萩はそのまま。なんか、空っていうか、あそこは空なのかな、地球じゃないとこだったら、空っていうのかな、わかんないから空だけど、空っていうか、萩がいっぱいあんじゃん、萩の間からね、こうね、ぱあーってね、
 萩の間から光が射したってこと。
射したんじゃない、もっとすごいの、ひかりすぎて萩が見えなくなった。
 何色。
は。
 その光、何色。
色、色なんてないよ、光は光、光色でしょ。
 あそこってさ、太陽あるの。太陽みたいな光じゃないの。
太陽じゃないよー。絶対違う。どっちかっていうと、宇宙船だよ、UFOだよ、ぎゅいーんてしたし。
 ああ、太陽よりももっと冷たい色か。
だから太陽なんてないよ、一回も見たことないよ。
 太陽ないのに、なんで萩が咲けるんだろ。なんで萩が見えるんだろ。
知らないよ、そんなの。だって見えるし、あるんだもん。
 それはわかってるよ。で、その光がどうしたの。
あたしさ、一生ここにいるわ。
 いきなり何の話。
受験。高校もさ、大学もさ、近いとこに行く。

驚いて、はじかれたように僕は振り向いた。さっきまで、手を動かしながらしゃべっていたのが気配でわかっていた。いまその両手は膝に置かれている。学校指定のジャージの上に。僕じゃなく、まっすぐ前を見つめる君の目には、何か強い光が宿っていた。

 なんで。成績いいのに。てっきり、
だから、それが、すごいの見たから。なんかね、いいんだってわかったの。どこにいたってあたしだし。無理に遠くにいかなくていいの。ここに十分あって、全部あるの。
 よくわかんないけど。
でも石澤くんは、N高目指しなよ。行くといいよ、きっと。

君は決然とそう言うと、椅子から立ち上がっていなくなった。僕は呆然としていた。いまの話はなんだったのだろう。学年トップクラスの君は、志望校のランクを下げる。成績で君に勝ったことのない僕が、県内有数の進学校を目指す。冗談だよな。僕は身体を戻して、椅子にまっすぐに座る。ありえない。そんな未来はありえない。

一着、三組、というアナウンスが聞こえる。ぞろぞろと椅子に戻ってくる同級生たち。曇っていた空に、青色がのぞき始めた。僕は、でも僕は、その高校に通う自分を夢想した。知らなかった未来が押し寄せてくる。その大波にさらわれて、僕はまだ見ぬ沖まで、想像の船を走らせていた。


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