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深夜の電話

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深夜に電話が鳴る。それをうける小学生の少年。 ───────(設定は1970年代前半、黒電話しかない時代です)
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2014年6月の記事一覧

「深夜の電話」第16話

実際以上に大袈裟なことを、大袈裟に叫んで、逆に少年は落ち着きを取り戻した。同時に、庄司の母の罵声も止んでしまった。耳を澄ませたが、遠くの話し声がかすかに聞こえるだけだ。暫しの沈黙の後、受話器の向こうから“ゴンッ”っと何かを打撃するような鈍い音が漏れ聞こえた。……続く

「深夜の電話」第17話

続いてさらに、鋭い「ウンッ」という鼻息とも呻き声ともとれる呼気とともに、物が転げたり散らばったりする破壊的な音が聞こえる。電話の向こうで庄司の母が物に当り散らしているいるらしい。大のおとなが臆面も無く暴れてるらしき様子に少年は少々驚いたが、それよりも奇妙なことに気付いた。……続く

「深夜の電話」第18話

庄司親子からの電話口の近くから、ずっと話し声が聞こえきていた。その会話は明らかに看護婦や医者によるものだ。しかし暴れ続ける庄司の母を止めようともせず、訝しがる様子さえ見せず、談笑が途切ず続いている。(自分達の患者の家族が、こんな暴れて迷惑なことをしていて平気なんだ)……続く

「深夜の電話」第19話

庄司の母が暴れてもごく当然かのようなこの風情と、父の今までの庄司親子の手こずりようから、一つの推測が思い浮かぶ。庄司親子は、薬を処方しろと今日も医局に捩込み散々ごねた。その要求は受入れられず、今度は主治医の自宅に電話することにした。それを勧めた職員さえいるかも知れない。……続く

「深夜の電話」第20話

(今日父ちゃんが家に居ないことなど医局の人は知っているはず。でも、自分さえ良ければどうでもいいのだろう。何でも『適当にお前がやれ』じゃないのか。その相手がたとえ子供でも。いい気なもんだ、『お前が』『お前が』って言ってりゃ……)「そうだ、お前が、」電話から声がする。……続く

「深夜の電話」第21話

「薬出せ」庄司の母が唸るように言う。「お前が処方しろ。ゼパス出せ。……早く。愚図愚図しないで、今直ぐ。」無茶苦茶な。主治医である父でさえも、カルテの確認できない自宅では決して薬の指示はしない。「薬出すなんて無理です」少年は冷たい声で返す。……続く

「深夜の電話」第22話

「ゼパスが要るの。でないと困るのよ。大変な事になるの!だから薬出しなさいよ」食下る庄司の母の声は次第に高くなる。「できません」「あんたは薬出さなきゃいけないのよ」こんな会話を続けていても埒はあくまい。父が苦労してるのも、庄司佳博の病気よりも、薬寄越せのこの遣取なのだろう。……続く

「深夜の電話」第23話

庄司の母の異様なしつこさに、少年は密かに舌打した。(ちぇっ、すぐに諦めて電話を切った病人本人の方がよほど普通だよ)精神科医の父が言うには、難治の患者さんの社会生活の99%以上は全く問題ないのだそうだ。社会生活に支障のある派手な症状の人は意外と薬で簡単に治る事が多いらしい。……続く

「深夜の電話」第24話

急に庄司の母の言動に病的なものを感じ始めて少年は尋ねる。「薬なんか出せるわけないのに、どうしてこんなことするんですか?」庄司の母は自明な事を問うなと言わんばかりに答える。「どうしてって、天の命令だからよ」(『天の、命令』だって!?)想像外の衝撃的な言葉に少年は狼狽える。……続く

「深夜の電話」第25話

(き、キチガイ!?)少年の拙い理解では、天の声が聞こえ、その命に翻弄されて途轍もない言動を起こすのは、強迫神経症のはずだった。しかし、面倒事を起こすけれども庄司の母は決して精神病ではないと、父は言っていた。(強迫神経症患者さんはまともだけど、その母親の方は、兎に角マトモじゃない)……続く

「深夜の電話」第26話

直面したマトモでない事態に混乱し、少年は暫し上の空になっていた。「出してよぅ。薬出してってばぁ。」という声がして少年は我に返る。情けない声だ。鼻をすする音もする。泣いているようだ。(今度は泣き落とし……?)喚き、恫喝し、暴れ、泣き、相手の態度はくるくる目まぐるしく変化する。……続く

「深夜の電話」第27話

尾上少年はようやく気付いた。この相手に律儀に付き合うことに何の意味も無いのだ。薬を処方して欲しいという用件は分かり切っているし、それに対して自分には何もできはしない。そして周りの大人達はこうした事態を無責任に容認している。受話器を耳から離し、軽い徒労感を感じて少年は天井を仰いだ。……続く

「深夜の電話」第28話

────玄関脇の電話台の傍の床で、横になっていた少年は目を覚ました。辺りはもう明るくなている。握りしめたままの受話器にはっと気づいて、少年はそれを耳をあててみるが「ツー、ツー、」という無機的な音が鳴っているだけだった。……続く

「深夜の電話」第29話

電話が鳴った。父は夕食後に同僚からの電話を受け慌ただしく出ていって不在だ。少年が電話をとる。「はい、尾上です」「河馬多警察署ですが……」(なんだ警察か)「あ……あの、えと、尾上先生は?」幼い声の子供が出たのが予想外だったのか反応に戸惑いがある。「今不在ですが、何か御用でしょうか」……続く