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深夜の電話

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深夜に電話が鳴る。それをうける小学生の少年。 ───────(設定は1970年代前半、黒電話しかない時代です)
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記事一覧

「深夜の電話」 第1話

未明に電話が鳴る。そういえば父親は出張で不在だ。尾上少年は目をこすりながら電話をとる。「はい、尾上です」「こちらは河馬多署です……」(え?警察!なんで?)「えーと、尾上先生はご在宅でしょうか?」(先生って、父ちゃんを探してる?)……続く

「深夜の電話」第2話

「父ちゃ……『ちち』は、いないです」「どちらへ」「学会であさってまで、たぶん東京」「連絡先は」「わからない……です」警官の問に、未だ小学生低学年の少年は、慣れない言葉で、しかしなんとか答える。「そうですか」。やや間があって警官がおもむろに「実は、先生の患者さんが、」……続く

「深夜の電話」第3話

「閉鎖病棟から抜け出して、自殺を試みたようです。なので先生とはどうしても急いで連絡がとりたいのです」プライバシーなんて概念も無いような頃ではあるが、小学生の尾上少年には到底受容不可能な話を突きつけてくる。当たり前だが、尾上少年は「あ……」と絶句したきりだ。……続く

「深夜の電話」第4話

「いいですか、可及的速やかに先生にこの事をお伝え下さい」警官は一方的に捲し立てて電話を切った。明けて少年は周りの大人と相談して父と連絡をとろうと様々試みたが、何の手立ても無く徒労だった。結局父は学会を終えて漸く直接病院に行ったらしい。その前にその患者さんは亡くなっていた。……続く

「深夜の電話」第5話

父母はそれと明確には言わないものの、少年に医者になることを希望してるようで、少年もなんとなくそうかなと思っていた。が、今回、人の生き死に騒ぎへの対応について、いきなり責任を負わされて、少年は強い圧迫と理不尽を感じた。僕は、その自殺したという人と、無関係なはずではないのか?……続く

「深夜の電話」第6話

深夜に電話が鳴る。父親は今夜も出張で不在だ。少年は電話をとった。「はい、尾上です」「庄司佳博といいます、尾上先生いはりますか?」少年は父親が電話で同僚と話す中に庄司佳博の名前を聞いたことがあった。始終問題になる強迫神経症の患者さんの名だ。「薬が切れちゃったんですよ」……続く

「深夜の電話」第7話

庄司のふわふわ不安定な声が続く「ゼパスが。ゼパスないと困るんです。先生はどこですか。薬処方してくれるよう先生に頼んで下さい」。ゼパスが睡眠薬であること、そしてそれがいつもいつもこの患者さんの起こすトラブルの元である事を既に少年は知っていた。とにかく追い払わないと厄介だ。……続く

「深夜の電話」第8話

「先生は今不在で連絡つきません。薬のことは判りませんから先生に直接言って下さい」少年は自分でもびっくりするような大声で、キツイ口調で言った。わざわざ「先生」などという言葉まで選んで。「わかりました、スミマセン」──“チン”。か細い返事とともに呆気無く電話は切れた。……続く

「深夜の電話」第9話

面倒事にせずに電話を終えられたことに安堵の溜息をつきながら、少年は父の話を思い出した。「看護婦とか事務員とか秘密にしてれ言うてても、患者さんはどこからか家の電話番号を調べ上げてくるんや。それに、普通の病気と違ごうて、精神科の患者さんはどんな重病でも電話かけられるしなぁ」……続く

「深夜の電話」第10話

「それで患者さんからの電話を僕がとることになるのかよ」少年は口を尖らせながら、さらに続いた父の言葉を思い起こそうとした。が、それを遮って再び電話が鳴り出す。「はい尾上です…………」電話の向こうから、先ほどと同じ遠くのおしゃべりが聞こえる。また病院からだ!少年は身構える。……続く

「深夜の電話」第11話

「ちょっと、あんた先生どこ隠したのよ!」野太いおばさんの声がガンガンと響く。「あ、あの、どなた様でしょうか?」戸惑いつつ少年は問うた。「はーぁん?庄司よ!」尊大な口調は、私をどうして知らないのかと言わんばかりである。(あ、さっきの患者さんの関係者──たぶん母親だ!)……続く

「深夜の電話」第12話

受話器から罵声が怒涛のように噴出し始めた「あのねぇ!嘘ついて隠しても無駄なのよ。先生出しなさいよ!」「いえ、ここには居ません」「ガキのくせにふざけんじゃないわよ、いるのはわかってるのよ、出さないと承知しないからね」「出張でいないんです」「嘘おっしゃい、酷い目に遭わすよ」……続く

「深夜の電話」第13話

「あんたなんかじゃ話にならないわ!先生いないというなら母親を出しなさいよっ」少年の顔つきが変わる。“敵”が、守らねばならない防衛ラインまで来てしまったのだ。そもそも、年端も行かぬ少年がこんな深夜の電話をとるのには理由があった。尾上少年の母は病気を患っていたのだ。……続く

「深夜の電話」第14話

慢性気管支炎。そんな病名だった。死ぬような病ではないが、気温の下がる夜半から朝は声が全く出せず、喉が痛み悶え苦しむ。全く眠れないこともあるようで、翌朝にヒステリックに少年や物に八当たりするのも珍しくなかった。そんな母を単に苦しめるために起こすなど少年には許されなかった。……続く