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#6 彼と腕時計

半年以上前、12年間愛用していた腕時計をなくした。人生の半分以上を共にした時計だった。たくさんの人が探してくれたけれど、見つからなかった。当時友達だった彼も手伝ってくれたが、とうとう見つかりそうにないとわかると、彼はこう言った。
「よかったら、腕時計、僕にプレゼントさせてもらえないかな?」
私は、婚約指輪でもプレゼントされるような心持ちで、言った。
「もしかしたら一生大切にされるかもしれないけど、いい?」
私は一度手に入れたものを長い間使うタイプなので、この先彼とどういう関係になっても、この時計は私にとって特別になると思った。
また、長く使うものをもらうと、それを見るたびに彼を思い出すことになるので、ただの男友達を「時計を買ってくれた男の子」としてずっと頭の片隅に置くことになる。
だから私は、覚悟を持って、彼に腕時計を買ってもらうことにした。

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しかし、いろんな要因が重なって、私は彼に時計を買ってもらわなかった。
一番の理由は「あかねはモノを大切にすると知っているから、あかねの将来を共にする腕時計を、私が選びたい」と母が名乗り出たことにある。
私は結局、母が選んだ腕時計を購入した。

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私が自分で腕時計を買ったことを彼に伝えると、彼はとても残念がった。
「人に何かを買ってあげられなくてここまで落ち込むのは初めてだな」「あかねさんはものを大切にする人だから、何か買ってあげたかったんだ」「次何か欲しいものが出たら教えてほしい…」と、恋人でもないのに言った。なんだかその発言がとても愛おしいと思った。

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ここだけの話、12年間愛用した時計は、リストカットの抑止力になっていた。この時計は私が腕を傷つけたい時も左手に存在感を放ってやめさせてくれたし、どうしてもやめられない時は傷を隠してくれたりもした。私の相棒だった。だから、それをなくした時、ちょっとだけ心身のバランスを崩したのは当然かもしれない。

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でも、立ち直りかけた先日、彼からブレスレットをもらった。高価なものではないけれど、私は腕にまきつけられるものをもらえたことがとても嬉しかった。チェーンが細いので、うっかりすると切れてしまいそうだ。だからこそ、腕時計よりもより強力な、リストカットの抑止力になる。
チェーンを一番短いところで引っ掛けているので、残りのチェーンが垂れて下がっている。その垂れた先端に一粒、パールがついている。それを手の中に握って封じ込めると、心が落ち着いていくのがわかる。

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母が選んだ腕時計は、おそらく今後なくすことはないと思う。もう腕時計を失う苦しみを味わいたくないので、今まで以上に大切にするからだ。だから、彼から時計をもらうことは一生ないかもしれない。だけど彼は母の選んだ時計に似合うブレスレットをくれた。
なので、彼にお願いです。しばらく新たなブレスレットは買い与えないでください。私はしばらくこれを堪能します。

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