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転んでも恥をかいてもバンドが爆散してもロックしろ ふつうじゃない『ふつうの軽音部』の話

 最近は自分がギターを弾きながら七転八倒してる日記ばっかり書いてるのでたまには漫画の記事とか書きます。

 たぶんおれが記事書かなくても天下のジャンプの漫画なのでみんな知っているかもしれない、「ふつうの軽音部」という作品のお話です。2巻が発売されてちょうどお話的にも大きく転がってきたので、ぜひ紹介させてほしい……。


まずは読んでみてほしい


 まあまあそんなわけでご紹介していきたいのだが、なんと本作は話がガッツリ面白くなりだす第8話「弾けないギターを弾く」まで無料公開されているのでお手隙のときに読んでみて欲しい。


 どうだろう。おそらく皆さん「ちょっとふつうじゃない」と思われたのではないだろうか。
 この作品はもともとジャンプルーキーで原作のクワハリ先生が連載している「ふつうの軽音部」に作画担当の出内テツオ先生がタッグを組んだ形となる。原作もはとちゃんが絶妙にかわいくはないけど面白くて性格が良くて友達になりたいやつなのだが、見事にあの金壺眼の四白眼のまま主人公らしくジャンプコミックプラスへとパブリッシングされた。「ワンパンマン」よろしく、インディーズ発でちょっと商業誌らしからぬ風味でこれまたスパイスが効いている作風なのだ。

 さて!!!そんな面白い「ふつうの軽音部」!!!ジャンプラでも買って読めますが2巻が発売ホヤホヤなので単行本派もチェックだ!!!(ダイレクトマーケティング)


もうちょっと紹介しよう

 これで終わると「URL貼ってるだけやんけ!」となるので、もう少し紹介させていただこう。あんまりネタバレにならないように、無料公開ぶんの8話までで好き勝手に語らせていただく。


 まずこの作品の面白いところは「キラキラしてない」ことにある。
 昨今のガールズバンドものといえば、確かに主人公やメンバーが過去を背負い苦しみつつも、なんだかんだ青春をうまいことキラキラ輝いて過ごして行けている。
 もちろんどの作品も面白いのでどっちが上とか下とかではないが、いわゆる「マンガ」的事件が奇跡的に起こって、なんかどうかロックの道にうまいこと繋がって、あわや失敗!?なんて場面で風変わりな主人公の才能が功を奏し大成功するのが定番のお話だ。口下手な女の子が高校デビューに失敗して公園でブランコ漕いでたらなんか性格よさそうなドラムの女の子にピンチヒッターを頼まれたりする。何もかもが嫌になって都会に出てきたら憧れのギタリストに見初められ、ぶつかりながらもバンドメンバーが順調に揃っていく。ジミな女教師がトボトボ歩いてたらシールドをくるくる回してるバカテクのヘンなオジさんの幽霊に取り憑かれたりする。何かしら運が良くわりとうまいこと転がるのだ。

 繰り返すが別にそれが悪いわけではない。そういうのも好きだし、やりたいテーマに集中するために煩雑な部分をカットするのもそれはそれで素晴らしい脚本と言える。まあそもそもそういうことが起こる人物だからマンガの主役に取り上げられているのだろう。
 ただ、「本当にごくふつうの多感な学生が軽音部に入ったらどうなんだろう」という観点で見ると、ちょっと現実離れしていると言わざるを得ない。マンガ的にはふつうでも、ふつうの人の世界の話ではない


 その点において、はとっちの立ち位置はいやにリアルだ。早々に「自分は一軍女子じゃない」ということを重ねて強調するし、過去の大失敗のトラウマで悲観気味に本人も自分の暗さを自覚している。友達の作り方も絶妙によくある根暗のそれである(いきなり”速度”を出して失敗したくないので趣味の話がどのくらい通じるかジワジワと確かめ合うオタクのアレ)。かといいつつ学生特有の突飛な行動に出ては自分を恥じる自意識なんかは、こじらせた喪女の描写に定評がある名作わたモテに近いところすらある。
 軽音部のモメっぷりも、もはや笑ってしまうくらい高校生している。自分を律して先を読んでぇ~なんて行動はこのくらいの年齢でうまくできるはずがない。自然なことだ。学生の男女が絡む活動ってのは相当の人格者が揃ってなきゃああなる。付き合っただの別れただの話が週イチペース以上で巻き起こり無関係のヤツの耳にまで届いてしまうのがいかにも共学高校らしい。ふつうの軽音部のタイトルに見合う、ふつうの高校生たちの情景がそこにはある。


ものごとはうまくいかないし、たいていは失敗する

 極めつけに、はとっち自身も一発逆転の才能に溢れているわけでもない。ギターも下手だしコミュニケーションに難がある。当然失敗しまくる。部内オーディションで大コケしバンドは意気消沈。「このさき大丈夫なんだろうか…」と思いながら厘ちゃんとペケペケ練習を続けることに……。

 しかしここがこのマンガのいいところで、そしてはとっちという主人公のいいところでもある。恥をかいても失敗しても人生は続くということに本作の味がある。


 もしバンドが瓦解してライブもできないとなれば、自分だったら人間関係もひっくるめてかったるくなってやめるだろう。家で趣味でやってればいいよね……とフェードアウト、そんな未来が目に浮かぶ。そこでやめないのがはとっちのすごいところだ。ダメだなぁと思ったら「やめよう」ではなく「ダメかもしんないけど練習しよう」と彼女は考える。
 はとっちの主人公たる魅力は、転んで泣いて恥をかいたうえで続けるという本人の一本の芯が通ったソウルにある。友達に「え~わかんな~い(笑)鳩野さん変わってるね」とか笑われようがお父さんの好きだったロックが好きなのだ。自分の人生を支えてきた音楽が好きだから、辛くてもやめない。誰に笑われようが「ロックやりてえんだ!」と自分の意志でテレキャスを握り軽音部に入った。この作品はきわめて普通の人々が人間模様を描いていくが、はとっちはその普通の範囲で少しだけ胸の奥に光る想いを秘めている


 その魂があの視聴覚室で爆発する。
 もし人生をあやつる神のようなものがいるならば、最低のカスでクソ野郎に違いない。Sleep now in the fire火の海に沈めとばかりに絶えず失敗や挫折、他人の悪意と不運が襲い来る。はとちゃんもそれなりにそういった人生の荒波に揉まれてきた。ラ・チッタデッラの思い出からして、遠く川崎周辺から大阪にまで引っ越してきたのであろう。家族と別れて人に笑われて失敗して自分の声にコンプレックスを背負って、それでも立ち上がり続ける彼女のブルース叫びが厘ちゃんの心を震わせた。

 「恥をかいて失敗して、じゃあそこで人生は終わるんですか」という問いに、カッコ悪くとも華はなくとも消え入りそうな小声でも「終わらない。人生はそう簡単に終わってくれないし、このままじゃ終わらせられない」と鳩野ちひろは答え続ける。気が小さく小市民的であってすごい人でもカリスマでもなんでもないが、コイツの魂は本物だと思わせる意志がこの主人公にはある。


ふつうではない構造

 ここまででこの作品の面白さ、はとっちのシブいカッコよさについて存分にお話ししたが、ここからは個人的にこのマンガの構造が面白いなと思ったのでストーリーテリングについて思ったことを書いていく。この見出しはあんまり作品内に関係ないので読み飛ばしていただいて構わない。


 まずこの「(昨今のバンドものにしては)ふつうではない」という立ち位置から松本大洋「ピンポン」が思い出される。

 当時のスポ根漫画、というか大体のマンガに言えるテーマといえば「友情、努力、勝利」であろう。仲間と仲良くなることでチームプレーが良くなり、修行を重ねることで強くなり、ちょっとした困難はありつつも重要なところで勝ち進めていく。
 ところがピンポンは違う。人間関係はギッスギス、主人公の片割れ・ペコは天才型でテキトーにそのへんのプレイヤーをなぎ倒し、もうひとりの主人公・スマイルも卓球に対する情熱は極めて低い。惰性で適当にやった挙げ句に勝利どころかチャイナにボコボコにされ、ペコは卓球を投げ出してしまう。えっこれマンガとしてエエんか????
 更にはスポーツというものに冷笑的で、頑張ってるけど才能ないやつ、みたいな本来主役に据えられる奴をピンポンはどんどん振り落としていく。才能があるのが前提条件。そのくせ徐々に加熱して勝負の世界にだんだん真顔になっていき、スポーツをヘラヘラと笑っていた序盤の軽薄さはどこへやら、いつのまにか「選ばれしものが限界まで己を鍛え上げたことで見える世界」に突入していく。とんでもないマンガだ。とんでもないのだが、ペコとスマイルが交わし合う究極の”会話”はほかのどのスポーツマンガも為し得ない領域を描ききった。

 しかしそんな一見非情に見えるピンポンにももうひとつ素晴らしいところがあり、「本気で向き合って食らいついて戦った人間を祝福している」という作風がとても美しい。
 真面目に頑張ってきて、それなりに悪くないセンスを持ったチャイナもアクマもコテンパンにやられる。ところが敗北と挫折でそいつらの人生は終わったか?いや終わらない。アクマは負けたことで勝負の外側から物事を見られるキーマンになり、ペコに火を付け、ドラゴンの苦しみに気づいてやれるアツさと優しさを発揮して読者の心を揺さぶる。みじめに敗退した性格キツくて目つきの悪いメガネくんが本作で一番友だちになりたい人格者に成長しているのである。本気でやったヤツのことをピンポンはバカにしない。夢破れても次の道へと進んでいる様子が明かされる。
 「友情、努力、勝利」をやらなかったことで、それらでは描けないであろう「頂点に辿り着く奴らだけが知る凄まじい世界」「全力を出し尽くして燃え尽きても人生が続いていくこと、そして挫折した奴でも誰かを動かし得ること」という別のテーマを提示したすごいマンガなのだ。


 あくまで個人的にぼんやりと思っているだけなのだが、このピンポンの纏う熱風を「ふつうの軽音部」にも感じている。

 人間関係荒れ放題、性格サイアクな連中出てくる、オーディションではマッシュルームヘアの女遊びしてヘラヘラ笑ってるいけすけねえ男と一軍女子が才能と実力で勝っちゃう。主人公はとくにすごい実力とかはない。リアルなのだが冷静に考えるとなかなかとんでもない作品である。「友情、努力、勝利」でフェイマスを勝ち取りスターダムをのし上がって……全然いかない!!あれそうこうしてるうちに一巻読み終わっちゃったぞ!?!?どうなってるんだこのマンガ!!!
 でも、挫折があたりまえで、負けてヘコんでコンプレックス抱えて「それでも」って進むのもカッコいいんじゃないか?1位になれないヤツがアツい中身で勝負しちゃダメなのか?地べた這いずり回ってそれでも出てくる歌がロックってやつなんじゃないのか?という、アンチテーゼ的に他の作品がなかなかやれないところをやってくれているのが本当に面白い。

 はじめこそ「高校生の軽音部なんてこんな感じだよね(笑)」なんて冷めたふうな温度感だった部の空気が、一枚一枚むしられて本当に音楽やりたいやつらで固まってくる。はとちゃんの言葉が、徐々に熱を帯びて周囲に届き始める……。それは読者にも言えることで、コミカルなシーンに笑わさせられつつあ〜軽音部あるあるwwと俯瞰していたはずがガッと首根っこを掴まれて、いつのまにか前のめりに情熱に引き込まれていってしまう。鳩野ちひろ、お前のやり方でその先の景色を見せてくれ、と………。

 おそらくこれは、バンドものという土俵においてピンポンに並び立つ作品になるんじゃないか…そんな気がしている。


それはそれとして様子のおかしい奴がいる

 そんなわけでストーリー・物語構造の両面から「このマンガは面白いぞ」という話をさせて頂いた。
 もうかなり話題になっているものの、それでも改めて紹介したい…!と思わせるほどの作品なので、ぜひ読んで皆さんの感想なども書いて聞かせてほしい。他人の感想読むのも好きなので…。


 では、記事も長くなってきたのでこの辺で終わりにさせていただくが、最後にひとつだけ……。

 いまさらなのだがこのマンガ、ふつうの軽音部ではあるし「リアリティがある」というようなことは言ったのだがかなりふつうじゃないヤツがひとりだけいることはお詫びして訂正したい。


 この人に関してはなんというかその……なんだろうこの……ベンガルトラとウィスキーみたいな……ごめん、ちょっと上手く言えなくて………とあるイメージがチラつく人なんですよ。おれのなかで…。

 具体的に言うと



こう、その…こういう……。


 繰り返し「ふつうのバンドもののマンガではない」というお話をしましたが、この人の言動に注目いただくともうひとつの意味で「これもしかしてふつうのマンガじゃなくない??」と思える何かを実感できるのでオススメです。


 おれ……友達がベースやってるからベーシストに偏見持ちたくないんだけど、やっぱベーシストってどこかしら変態なのかもしんねェな……。



<おわり>

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