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【読書感想】自分を縛り付ける自分:『無敵の犬の夜』小泉綾子

4歳の頃に小指と薬指の半分を事故で失った主人公の界は、北九州に住むどこにでもいそうな男子中学生だった。担任の半田の車に落書したことで、界は授業中に半田から指がない人のことを「かわいそうな人」「社会のお荷物」と言われ不登校になる。学校に行かず地元の先輩とただ時間を潰しながらゆっくりと悪い方向へと向かう日々を過ごしている時に、高校生の橘と出会う。担任の半田に仕返しをした二人は、自然と同じ時間を過ごすように。橘のことをカッコいいと尊敬する界は、二人で過ごす時間が一番でその時がこのまま続けばいいと思う一方、どこか暗い気持ちを抱いている自分を認めている。

橘は可能性があると信じる東京に何度か行き、向こうでヤバイ人たちとのトラブルになり殺されるとわめき界に助けを求める。そんな橘の姿を見て界は、煩わしく思いながらも原因となった男を殺しに東京に行く決断をする。

界は自分で「それ」と呼ぶ、自分の小指と薬指の半分を失った手に囚われ続け、自分には何の可能性も残されていないとすら思っている。中学生にしてもうこのまま地元でダラダラ過ごすだけでいいと思いながらも、そんな自分を受け入れられない気持ちを持ち合わせながらもがいているように見えた。

そんな界の姿を思い浮かべながら、目に見えないだけでどんな人でも「それ」を持っているのではないかということを考えていた。界の「それ」に比べたら怒られるかもしれないが、「お金がない」「時間がない」「どうせ自分には何の才能もない」と言い訳だけを見つけるのが上手くなり、何も行動を起こしていないのにも関わらず、置かれた環境に無理やり原因を見つけ出し、少しでも上手くいっている人を僻み、ネットに腐った主張をぶちまけるようなことは誰でもしてしまいそうなのではないか。こじらしているように見える界の方が、自分と静かに向き合おうとする分、純粋だろうとは思う。

自分を縛り付けているのは他ならぬ自分であって、そんな自分を避けるためのちょうどいい理由を探したくなるのだろう。界は東京でそんなことをうっすらと気づき始めているように感じた。
界はどんな大人になるのだろうか?最後のページの先を少しだけ想像してみたくなった小説でもあった。


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