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『エレクトリック』千葉雅也 揺れを感じる

舞台は、1995年の宇都宮。時代はインターネット黎明期、主人公は進学校に通う高校2年生の達也。自宅には、印刷会社を辞めてフリーランスのカメラマンになった父が撮影のために作ったスタジオと呼ばれる離れがある。そこでオーディオが趣味の父は、取引先の社長のためにアンプを入手して補修する。

達也は、そんな父の仕事に巻き込まれる形で、自分の部屋のマックがインターネットと繋がり、掲示板やチャットで同性愛の世界に入っていくようになる。しかし、達也がゲイである側面は必要以上にフォーカスされない。チャットや掲示板などネットで同性愛の世界に触れつつも、何かを感じとった同級生から「男に興味がある」と告げられても、その同級生から自分がからかわれていたことを知っている達也はただ面倒そうにするだけで相手にしない。一方で、インターネットで知り合った大阪の男子高校生とは積極的に繋がろうという姿勢を見せる。これまでの千葉さんの作品では、主人公の性に関してもう少し踏み込んで描いていた印象があったからか、達也に関してはどちらかというと淡々とした印象だった。主人公にその役割を強引にぎゅうぎゅうと押し付けることもなく、その空気感が好印象だった。

そして気になる要素の一つに父親に対する達也の視点がある。達也は父のことを「英雄」や「王」といった言葉で表現し、王位継承者として自分を認識する。一方で、実態として王であるはずの父が、母の機嫌を優先しているということに達也は気を落とし、母親との関係はどこかちぐはぐなままである。この達也の感情にどこかひっかかる気がしていた。自分にも家族に対して似たような感情を抱いていた時期があるのではないかと考え、父親とばかり関わろうとする自分に母親が少し不機嫌な様子を見せた些細な出来事を思い出させた。全体を通して家族の間に流れる空気感を掴んで繊細に描いているようにも思えた。

もう一つ微妙な空気感を描いているという点を挙げると、インターネットの登場でこれから社会が変化していくかもしれないという予感と、大人に片足を突っ込んでいくような男子高校生の不安定さや揺らぎのような感覚が重なり、この小説にしかない独特な色で全体を包んでいるような感じがした。


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