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『珈琲の世界史』を読んで

 オンラインサロン「PLANETS CLUB」で、2020年から毎月行われている文章講座「PLANETS School」。2月のテーマは「一冊の『本』から考えたことを文章にする」である。課題図書から一冊選び、その本の要約と感想を書くのが今回の課題だ。私は『珈琲の世界史』(旦部幸博著 講談社現代新書)を選んだ。私にとってコーヒーは家族の為に淹れるものである。カフェインに弱いので、自分が飲むのはもっぱらカフェラテやカフェオレで、ブラックで飲むことはめったにない。ハンドドリップで淹れるようになってから、コーヒー関連の雑誌を読んだりすることはあったが、コーヒーについて詳しい知識がないので、この機会に読んでみようと思ったからだ。

 まず驚いたのが、人とコーヒーが関わる前の話からこの本は始まっていることだ。コーヒーの原料となるコーヒーノキ(アフリカ原産の常緑樹)がいつ、どのような形で現れたのかについて述べている。てっきり人とコーヒーとの関わりから始まるものだとばかりだと思っていたので、そこからまず意表を突かれた。そして、コーヒーと人の出会いがいつごろなのかかは、明確な証拠がないために推測の域を出ないのが残念である。コーヒーノキが自生する中央アフリカやエチオピア西南部で大きな文明が発達しなかったため、お茶やカカオと違って利用の記録が残っていないというのが大きな理由である。
 コーヒーが一般的な飲み物として世に普及しだすと、時の為政者や宗教指導者がコーヒーを禁止して人々から遠ざけようとする話が何度となく登場する。時期は違っても洋の東西を問わず、コーヒーを飲むために場に人が集まり、そこに集まった人たちが体制へ不満を向けないようにと、神経を尖らせるのはいつの時代も変わらないのだと思った。
 もう一つの驚きは、現在もっとも普及している「ドリップ式」の抽出方法が18世紀になってからであるということだ。また、コーヒーサイフォンやコーヒープレスなどの抽出器具の起源もこの頃であると知り、我々が親しんでいるコーヒーの飲み方が、それほど古いものではないと知った。飲み物として歴史があるコーヒーだから、今も昔も変わらない飲み方をしているのではないかと漠然と思っていた。この本はこれ以外にもこうしたコーヒーに対する「なんとなくこうなんじゃないか」という思い込みを外してくれた。また、「サードウェーブ」といった比較的新しい言葉についても、歴史を踏まえて解説をしてくれているため、非常にわかりやすかった。

 コーヒーの歴史や物語に触れたことによって、著者が本の冒頭で語っていた「情報のおいしさ」を得ることによって、これから飲むコーヒーは違った味になるだろうと思う。前著である『コーヒーの科学』も読んでみたい。

しかし、一番印象に残ったのは「おわりに」の文章である。

 今は非常にありがたいことに、インターネットの普及によって、一昔前なら信じられない数の文献が……それも18世紀のド・サッシーのフランス語文献やユーカースの原書すら、簡単に入手可能です。またフランス語やラテン語で書かれた原書もネット経由で英訳して、他の訳本と照らし合わせて自分でも中身が検証できる時代になりました。

 さらりと書かれているが、ぐうの音もでないほどの至極真っ当なインターネットの使い方である。インターネットが普及しだしたころ、誰もがこんな風に使えると思っていた。もちろん、それを可能にするには高度なリテラシーも必要なのだが。一次資料に当たり、そのインプットから思考を深め、発信する。研究者にとっては至極当たり前のことなのだろうが、世の中に新たな価値を生み出すとは、こういうことなのだという見本をこの本で見せてもらったように思う。

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