見出し画像

フォトグラファーとしての再起①

 あっき~です♪
 新潟で、【柿農家】と【フォトグラファー】と【ポッドキャスター】と【在宅校正者】をしながら、四姉妹の父親をやってます。

 noteを通じて、【自分のこと】【日々のこと】などを雑多に書いていこうと思っています。
 この記事では、2019年にフォトグラファーとして本格的に活動再開した話について書きます。よかったらご一読ください。

 2019年に、撮影企画「新潟県内100家庭の子どもたち」を開催しました。ご縁に恵まれ、約9か月間で新潟に暮らす約120組の子育て家庭の姿を撮影することができました。
 この企画をスタートする前、「自分はもうフォトグラファーは続けられないのかもしれない……」と思っていた時期がありました。そこからどう立ち上がったのか、全5回のシリーズで書いてみたいと思います。

フリーフォトグラファーになる決意

画像1

 2014年7月に、子ども写真スタジオを退職しました。とても大好きな仕事でしたが、実家を助けたいという思いで決意しました。スタジオ時代のできごとも、いつかnoteに書いてみたいです。

 その後、保育士養成の専門学校で事務員をやりながら、可能な範囲で実家の柿農家を手伝う生活が始まりました。そして、「30歳が終わるまでに実現したいこと」として、1つの決心をしました。「やっぱり子ども写真が撮りたい。フリーランスでフォトグラファーになる」。

 スタジオ退職後も、自分の子どもの写真は撮っていました。その時間の充実感や、スタジオ時代のいろいろな撮影の思い出。やっぱり ぼくは、子ども写真が撮りたいんだなと改めて感じました。

フォトグラファー活動に向けて

画像4

 決めてからの動きは速かったです。まずは、職場に相談。内緒でこそこそと取り組むのはイヤでした。「あまり大々的にやらないでもらえればOK」と言っていただき、この部分は条件付きとはいえ一応クリア。

 続いて、ホームページの作成や必要物の準備などを、短期間で一気に進めます。仕事に行く前や終わってからの時間、休日を使って、子育ての合間を縫っての作業。

 また写真が撮れる。準備作業が大変ではありましたが、そのワクワクで あまり苦ではありませんでした。そして、2015年12月に、出張撮影「LIGHT Photography(ライト フォトグラフィ)」という活動名で、フリーのフォトグラファー活動をスタートすることができました。

柿農家を継ぐ

画像3

 こうしてスタートしたフォトグラファー活動でしたが、最初はまったくご依頼をいただけませんでした。事務員時代にできた撮影は数えるほど……でも、とても楽しい撮影でした。駆け出しで無名のフォトグラファーに撮影させてくれたお客様には、感謝しかありません。

 そうこうしているうちに、本格的に柿農家を継ぐことが決定しました。2017年のことです。このあたりは別な記事に書いているので、よかったらご覧いただけると うれしいです。これによって、また生活の在り方に変化が訪れます。柿農家は個人事業になるので、「あまり大々的にやらない」という制約が外れたのは助かりました。

 そうは言っても、何もわからない農業をイチから始めるのは容易ではありません。最初の2年間は、がむしゃらに農業に取り組みました。このままフォトグラファー活動を継続するにしても、柿農家としての年間サイクルや段取りがわからないと不可能だと判断したからです。

生活が農業と実家ばかりになっていく不安

画像4

 農業だけで手一杯な状況に加えて、祖父母の労働への姿勢という大きなギャップがありました。地域全体に共通する考え方でもあったのですが、祖父母はとにかくヒマを良しとしません。晴れている限り、多少強引に仕事をつくってでも働きます。「晴れている限りは休むわけにはいかない」、そう言って次々と細かな作業が生まれていきました。

 柿に関わるものはまだ勉強だと思えたのですが、ときには実家の庭木の整理やゴミ捨て、祖父が所有している土地(タケノコが採れる竹林とか)の案内ツアーなどが始まりました。実家関連のさまざまなことは、本来は父に伝えていく必要があるはずのことです。

 祖父母と両親との関係性の部分は過去の記事でも書きましたが、ぼくに伝えて満足そうな祖父を見て、実家の状況的にもこれはまずいと感じ始めました。これだと、いよいよ父は何もしなくなってしまう……。

 加えて、実家は田んぼを親戚に預けて稲作をしてもらっている立場です。それも期間限定のものであり、一定年数が経過したら田んぼは返ってきます。田んぼが返ってきたら……その未来のことを、祖父母も両親も考えないようにしているように見えました。

 田んぼも、ぼくがやることになるのか。そうなったら、いよいよフォトグラファーはどうなる? 祖父母の思いに寄り添い柿は継ぎましたが、そもそも腰痛持ちで通い農家の自分が田んぼまで できるのか。一応 田んぼの勉強も始めていましたが、気分は重かったです。その頃には、フォトグラファー活動は完全にストップしていました。 

 ここまでが第1回の内容です。次回は、この状況を打開する1つのきっかけが生まれます。よかったら、次回もぜひお楽しみください。

 楽しいことが好きな人間です。変に大人ぶることなく、全力で楽しいことをやっていきます。そんな自分の活動が、誰かの何かのプラスやきっかけになったら、こんなにうれしいことはないなって思います。
 そんな自分が紡いでみたnote、よかったらぜひおつき合いください。

 お読みいただき、本当にありがとうございました♪
※ホームページ・SNSのご案内※

◆ホームページ
フォトグラファー:https://lightphotography-sukiraku.weebly.com/
ウチぐだ:https://lightphotography-sukiraku.weebly.com/uchiguda.html

◆Twitter
個人:https://twitter.com/akkie_kakkie
ウチぐだ:https://twitter.com/uchiguda_radio

◆Instagram
フォトグラファー:https://www.instagram.com/aki_akkie16/?hl=ja
ウチぐだ:https://www.instagram.com/uchiguda/?hl=ja

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?