「夏の灯り」【詩】
いまはもう
蛍になったじいちゃんと
ぼくは昔、いちどだけ
むらの祭りに出かけました。
あれはウシというんやと、
じいちゃんが言いました。
絶えることない送り火の
名前もしらぬ渓の空。
深い静けさの夜でした。
顔も知らない人たちが
山の上からやってきて
松明の火をわけあった。
男たちのひくい声がして
鉦の音が蝉しぐれをよんだ。
じいちゃんは
だれよりも無口でした。
淡黄の光で明るむ道を
じいちゃんはぼくの手を引きます。
乾いた足音のあいまに水が流れ
水のなかの青草の
濃く冷たい匂いが
ぼくらを追いかけてくる。
山は底ばかりが照らしだされ
ぼくはもう一方の手を
ポケットのなかで震わせていた。
*
なんども帰る渓の町の
記憶はところどころで欠落し
シャツや手のひらに染みついた
火薬のにおいと
夕立の午後
ただ それだけをたよりに
もどろうとするが
あの日の夏はどこにもない。
祭りのあとの静けさに
ふと気がつけば ひとりぼっちで
ぼくはいまだにあの夏をいったり来たりする。
無口なじいちゃんは
近くにいるけど 遠くにいます。
大きな花火のあがったあとで
川面に揺れるさかさまの影を
ふしぎな思いで眺めていた
あの夕べ
アイスクリームをねだったことを
ぼくは少しだけ後悔します。
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