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ピアソラ・フェス “リベルタンゴ” ピアソラ生誕100年記念 (ゲスト:角野隼斗) @Suntory Hall (2021.9.2)

 朝から雨が降り、肌寒さも感じる日。今夜はピアソラ・フェス”リベルタンゴ”のコンサートを聴きにサントリーホールに行ってきた。出演者は、三浦一馬(バンドネオン)、上野耕平(サクソフォン)、大萩康司(ギター)、宮田大(チェロ)、山中惇史(ピアノ)に加え、ゲストとして角野隼斗(ピアノ)だった(敬称略)。私は長らくピアソラのファンであり、早々にお気に入りのLBの席を予約した。が、後から角野さんがゲスト出演されることを知り、何だか得した気分になった。角野さんが三浦一馬さん御一行とお近づきになり、新たな世界を広げられていくのを見るのが楽しみである。ヘッダーは本日のプログラムの表紙。
 ピアソラ(1921年3月11日生まれ)の音楽との最初の出会いは若い頃に旅行で訪れたメキシコのバールで聴いた時だと記憶している。以後ピアソラを様々なミュージシャンの演奏や音源で聞いてきた。ピアソラ自身、バンドネオン奏者兼作曲家で自ら五重奏団や六重奏団を何度か編成してきている。バンドネオンだけでなく弦楽器や吹奏楽器とのハーモニーや掛け合い、またバンドネオンやギターなどが打楽器的な奏法までやってしまうところを楽しめるのもピアソラの魅力だと思う。
 Twitterの140文字では感想を言い切れないので、以下記憶にある範囲で自分用に感想(あくまでも素人の感想・・)を残しておきたい。これまでよく聴いてきたCDやサブスクの音源がYouTube上で見つけられたものは記念に貼っておく

① 来たるべきもの

 1954年のピアソラの初期の作品。
 主の企画者である三浦さんがバンドネオンだけで奏でた。事前にアルゼンチンのバンドネオン奏者のアニバル・トロイロなどの音源を聴いていたが、三浦さんのみの演奏は、バンドネオンの音色、鋭いスタッカートなどを存分に味わえた。前奏後のシンコペーションのリズムがとてもカッコよかった。
 以下は三浦さんが9/4にツイート下さった演奏の一部。

② アディオス・ノニーノ

 1959年、ピアソラが亡き父に捧げて作曲。
 山中さんのピアノソロ。最初の不協和音が続く前奏を聴いただけで、山中さんのタッチに聞き惚れた。この曲、ピアノソロで聴くのは初めて。私がこれまで聴いてきたバイオリンやバンドネオンが奏でる旋律、山中さんが1人で弾き、とても重厚な仕上がりで聴きごたえがあった。ピアノソロはこの曲の哀愁感がより漂う感じがして、山中さんの演奏が心に沁みた。
 以下は三浦さんが9/5にツイート下さった山中さんの演奏の一部。

 以下は私がよく聴いている三浦一馬さんが率いる「キンテート」の演奏

③ フーガと神秘

 3、4曲目はバンドネオン、ピアノ、サックスで演奏された。フーガと神秘はオラシオ・フェレールの詩によるタンゴ・オペリータ「ブエノスアイレスのマリア」の中の1曲。前半がフーガ、後半がアリアのように構成されている。
 ピアソラが30代前半にパリに留学していた際に学んだクラシック音楽、バッハの要素を取り入れているのだろうか。後半は故郷のタンゴのメロディが聴こえてくるところ、ピアソラがタンゴを神秘と表現している気もする。
 3曲目で初めて登場したサックスの音色が私の座るLB席に良く聞こえてきて、バンドネオンとピアノとのハモり、息遣いが聴こえてくるような掛け合いを楽しんだ。
 以下は私が愛するフラメンコギタリストであるTomatitoの音源を貼っておく(三浦さん他皆さんの演奏をサブスクで見つけられなかったため)。

④ 鮫(エアクアロ)

 ③に続き、3重奏。②同様、三浦一馬さんが率いる「キンテート」の演奏でよく聴いてきたが、弦楽器なしのバージョンは新鮮だった。普段五重奏に聴き慣れているが、サントリーホールで聴く三重奏、特にバンドネオンとサックスの音の重なり、深みがあってとても良かった。

⑤ 忘却(オブリヴィオン)

 5、6曲はギターとチェロ。オブリヴィオン、三浦さんの音源を聴き込んでいたが、ギターとチェロの二重奏バージョンは、物悲しさが一層引きたつ。サントリーホールに響く何とも切ない旋律とハーモニーが郷愁を誘った。今日のチェロとギターの音色は本当に美しかった!
 以下私が愛聴する三浦さんの2ndアルバムに収録されているバージョン。

⑥ ブエノスアイレスの夏

 今日配布されたプログラムに加わっていた曲。⑤よりギターとチェロの掛け合いが烈しくて、弦が織りなすタンゴのリズムにとてもワクワクした。

⑦ デカリシモ

 前半最後はバンドネオン、ピアノ、ギター、チェロの四重奏。この曲はフリオ・デ=カロ(ヴァイオリン奏者・作曲家)楽団をイメージして作曲されたもの。
 これまでの曲がどちらかと言えば哀愁に満ちていて、少しシリアスな雰囲気だったが、これは軽快で明るい曲調。前半の最後、とても豪華な四重奏で締めくくられた。バンドネオンはホールに良く響き、その幅のある哀愁に満ちた音色が心に沁みる。

⑧ リベルタンゴ

 物悲しいピアソラの旋律をじっくり聴かせてくれた前半の後、20分間の休憩を挟み、いよいよゲストの角野さんの出番!と思いきや、ステージに登場したのは三浦さん、上野さん、大萩さん、宮田さんの4人。一瞬不安(何か忘れ物した?)がよぎったが、4人が舞台袖に顔を向けて両手を振ると角野さんがお辞儀をしながら(少し遠慮がちに)登場。観客席から大きな拍手が沸き起こる。このゲストの登場の仕方は、三浦隊長以下の粋な計らいなのだろうか。
 角野さんがピアノの前に座って一息つくと、イントロを弾き始める。が、耳馴染みのない始まり方で何だかドキドキした。自由なタンゴの名の通り、かてぃんさんのアレンジとこの場での即興演奏も入っているのだろうと思い、今夜だけのスペシャルアレンジをワクワクしながら聴きいる。鍵盤を踊り狂う指、リズムを取る左足、自然に揺れている上半身、茶目っ気のある表情に釘付けになる。角野さんのソロの間、大萩さんと宮田さんがそれぞれの楽器を手の平で叩き、リズムを刻む(宮田さんのストラディヴァリウス、そんなに叩いて大丈夫なのかしらと心配しつつ)。
 大萩さんと宮田さんが手でリズムを刻むの止めて、三浦さん、上野さんと共にそれぞれの楽器を奏で始めると、重厚壮大なハーモニーがホールに鳴り響く。5人の烈しい掛け合い、疾走感のある自由な(Libertad)タンゴに息するのも忘れて見入る。角野さんの最後のグリッサンドでトドメを刺された。
 一夜限りの皆さんのアレンジを存分に堪能できた。この演奏、言葉に表現できない凄さだった。
 終わった後、大きな拍手が会場から沸き起こった。三浦隊長他3人、ゲスト角野さんに向かって手を大きく上げて讃える。角野さんのアレンジは言うまでもなく素晴らしかったけど、他の4名の共演者もそれぞれの楽器の持ち味を生かした即興的演奏を披露して下さり、最高に聴きごたえのあるリベルタンゴだった。

⑨ 現実との3分間

 ホールが高揚感に包まれる中、現実との3分間が同じメンバーで始まる。プログラムにはFeat. 角野隼斗とある。再び暴れる角野さんと、その勢いに負けないエネルギッシュな4人との掛け合い。リベルタンゴ同様、角野さんは全身でリズムを取っていて、左足の靴で取るリズムが聞こえてきそうだった。全員の出す音色が絶妙にハモって、時に被せあって、リベルタンゴ同様、5人だけで奏でられていると思えない壮大な演奏だった。
 大きな拍手に応え何度もお辞儀をした角野さんはここで舞台袖に消えた。

⑩ 孤独の歳月

 ここで山中さんが再び登場。今度はプログラムにFeat. 上野耕平とある。この曲は、ピアソラが1974年にジェリー・マリガン(バリトン・サックス)と共演するために書き下ろされた。
 上野さんのバリトン・サックスのソロ、三浦さんのバンドネオンとのゆったりした掛け合いに、他の楽器が静かにハモっていく。ドラマティックに盛り上がっていって、私もすっかり感極まってしまった。この曲の旋律は泣かせる。

⑪ ブエノスアイレスの冬

  ピアソラは夏を最初に作曲し、四季として仕上げるつもりはなかったらしいが、その後、秋、冬、春と作曲したらしい。冬は前半にギターとチェロで熱演された夏に比べると、少し重い雰囲気から始まったが、大萩さんが奏でたギターによる旋律が本当に美しく、最後は春の訪れを感じた。

⑫『ファイブ・タンゴ・センセーションズ』より~第5曲「恐怖」

 宮田さんのチェロがFeaturingの「恐怖」。タイトルは恐怖だが、ひたすらチェロの音色に魅了された。
 以下はKronos Quartetの演奏(三浦さん及び共演者の動画は見つからなかった)。

⑬ 五重奏のためのコンチェルト

 最後は全員が渾身の演奏を繰り広げてくれた。後半6曲はずっと五重奏で盛り上がり、これで終わってしまうのが惜しくて、5人の皆さんの表情を順番に名残惜しく見入り、それぞれの奏でる音に酔いしれる。

アンコール: 天使の死 & アレグロ・タンガービレ

 何度かカーテンコールが続いた後、三浦さんが1人でマイクを持って登場された。ご本人も感極まっていらしたのか、少し掠れた声で有難うございますと聴衆席に挨拶。今夜のために全て編曲したが楽しめたか、と聞かれてホールから大きな拍手が起こる。三浦さんの編曲に加え、リベルタンゴなどは皆さんの即興アレンジもあっただろうし、特別なライブだったことを私自身も噛み締める。共演者がFeaturing(ソロパート)曲ではバンドネオン以外の楽器が奏でるピアソラも堪能できた。
 その後、共演者一人一人の名前を呼び舞台に招き、角野さん含め6人がステージに揃い、聴衆に向かってお辞儀をした。6人衆、皆、服装は黒で統一され、皆さんすらりと長身で横一列に並ぶとカッコ良かった!
 三浦さんがマスクを着用する山中さんと角野さんを指し、イケメンの2人が台無しだけど、これからみんなで1曲弾きますと言って、皆が持ち場につく。なんとアレグロ・タンガービレが始まった。リベルタンゴ並みに皆さんが自由に弾いていて、ライブ感に満ちていた。
 今朝、9/8のメゾンスミノのゲストが山中さんと知り、2人のコラボを楽しみにしていた。しかし、ステージにはピアノが1台だったので、一緒に弾く姿を見られないと諦めていた。
 ところが、三浦さんが舞台に登場する前、スタッフの方が角野さんの椅子をピアノの前に並べた。山中さんの椅子とともに縦向きに。これは?!と期待に胸が高鳴る。アンコールで嬉しいサプライズ!山中さんと角野さんが仲良く並んで連弾する姿が見られた。角野さんは高音側に座っていたが、ずっとノリノリで、時々山中さんの領域に侵入するほど、自由に弾いてて本当に生き生きとしていた。この方、先月ショパンになり切っていた方と同一人物なの?と俄かに信じられない心境になった。
 昨日9/1のツイッターで「2曲ほど弾きます」の「ほど」はアンコールのことかな?と内心期待していたが、その通りで嬉しかった。
 今回は山中さんのソロやセッションを観られ、見た目の雰囲気と違って、熱くピアソラを奏でる姿に終始釘付けとなった。メゾンスミノの収録は終わったのか?今夜の熱演を経て、収録があるなら、番組の中で向かい合って再びセッションして欲しい!

最後に

 今夜のピアソラは音響も素晴らしいホールで聴くことができ、2時間、濃密な時だった。時折目をつぶって聴いていると、かつて旅したメキシコ、キューバ、南欧などのバール(居酒屋)や小さなライブハウスで聴いた記憶もよみがえった。色々落ち着いたら、また行ける時が来るよう、願わずにいられなかった。
 今日9/2中にやらねばならない仕事があり、それを終えた後、記憶が鮮明な内に感想文を書いた。私の中のラテンの血が久しぶりに騒ぎ、何か残さずにいられなくなった。夜中に書いた文章を上げるのは少々気が進まないが、そっと公開することとする。

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