イタリアで見つけたラグビーの価値
ミラノ・リナーテ空港から歩いて15分、上空を忙しなく飛び交う飛行機の下で幼い子どもたちが楕円球を追いかけていた。「サマーキャンプだ。彼らがやっているのはラグビーじゃない」。話しかけてくれたのはAS Rugby Milanoで16歳以下(14、15歳)のアカデミーコーチを務めるトマーゾ・マリア・パリーニ。「トマちゃんと呼んでくれ」。気さくな笑顔でエスプレッソをご馳走してくれた。
AS Rugby Milanoはミラノをホームとするクラブ、トップチームは国内リーグ「セリエA」で戦っている。イタリアのラグビーリーグは複雑で、セリエAの上にはTOP10と呼ばれる国内最高峰リーグがあり、セリエAの下にはB、そしてCが存在する。さらに先週日本代表がイタリアとのテストマッチを行ったトレビーゾをホームとすBenetton Rugbyは、国内リーグを脱退し、現在はアイルランド・ウェールズ・スコットランド・イタリア・南アフリカ共和国のプロクラブが集う「ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ」で戦っている。とにもかくにもAS Rugby Milanoは強くありながらも、アマチュア感の漂ういい感じのクラブチームということだ。
「これからアカデミーの練習が始まる。もし良かったら見ていかないか」とトマーゾに誘われ、グラウンドの脇のベンチでその時を待った。午後6時、ぽつりぽつりと子どもたちが集まってくる。高校1年生から2年生、まだ線の細い体つきが目立つ。スパイクに履き替えて人工芝のピッチへ。誰に指示されるわけでもなく、30分ほどの個人練習が始まった。
集まった20人ほどの選手に対してコーチは5人。丁寧に指導するコーチと子どもたちの姿を親たちがピッチの外から眺めていた。「チームとしての団結、そして成長がモットー」。トマーゾはそう話すと、積極的に子どもたちと話し合い、練習の意義やポイントを伝えていた。彼自身もかつてAS Rugby Milanoでプレーした1人だ。
サッカー、バレー、水球にバスケット、イタリア国内で人気を集める競技の中においてラグビーの地位は高くはない。その中で選ばれる理由は何か。AS Rugby Milanoでラグビーをプレーするには訳がある。
トマーゾは「ラグビーには価値がある。ラグビーは問題に対する解決策を教えてくれるものだ」と語った。その場ではその意味をよく理解できなかった。
帰宅後、AS Rugby Milanoについて調べると、その言葉の意味が少しずつわかり始めた。クラブはこれまでに少年院に収監された子どもたちをラグビーを通して更生させるプログラムや障害者支援、ウクライナの子どもたちのサマーキャンプ受け入れなどを積極的に続けていた。
「問題に対する解決策を教えてくれる」ー。ラグビーを通して、チームワークや判断力が養われる。共に考え、支え合い、ゴールへと突き進む。AS Rugby Milanoが目指すラグビーは尊い。
「あー、ゴロー、ゴロー、ゴロー…ジャポネーゼ…」と、何かを思い出すかの如く謎の言葉を繰り返すトマーゾ、知っている日本人選手を伝えたいらしい。ゴロー…、ゴロー…、「ゴローマル?」と答えると嬉しそうに「グラッチェ」と笑った。
9月に開幕するW杯について聞いてみた。イタリア、そして日本はどうか。
「イタリアは開放的で速いラグビーだ。ただニュージーランド、フランスと同組というのがついてない。不調と言われるイングランドのプールに入っていれば予選は通過できたかもね。そういう意味では日本はチャンスがある」
確かに開催国とラグビー王国と同組で戦うイタリアは厳しいだろう。ただイタリアも近年、強豪国ひしめくシックスネーションズでもまれ、昨年は格上のオーストラリアからの勝利を得た。決して弱いチームじゃない。
それ以上に強い、弱いということよりも大切なことをAS Rugby Milanoは私に教えてくれた。帰り際、トマーゾがクラブハウスを案内し、倉庫から土埃を被ったチームのTシャツを渡してくれた。新品じゃない、名も、顔も知らないチームメートが着たものだ。それは新品を渡されるよりも、なぜだか嬉しく感じた。思うように言葉は通じないが、心は通じた。
「これでファミリーだ」ー。トマーゾに見送られながら地下鉄の駅へと向かった。イタリアで素敵なラグビーを見つけた。
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