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[短編ラブコメ小説] こいのうた2 キスのしかた

登場人物
 
堀口雄太
水口はるか
柳原健二
早乙女さくら
   

 ここは城東大学のある東京M 市である。M市はおしゃれな街並み、静かな住宅地が見事に調和している学園都市であった。駅前にはおしゃれなカフェやレストランがあり、M市マダムは昼からランチを楽しむ。駅周辺の雑踏から少し入ると、センスのいい洋服が飾ってあるプディックや、輸入雑貨を売る店が住宅地の中に隠れるように佇む。そんな洗練された街の象徴が、城東大学であった。駅から散歩がてらバス通りを15分ほど歩いていくと、右側に外苑通りを思わせる壮大な欅並木が現れる。正門から本館につづく欅並木も秋色に色づき、季節の移ろいを伝えていた。季節は10月、秋真っ盛りであった。

 水口はるかはこの大学でミュージカル研究会に属している。はるかは三年生で、順調にいけば来年は四年生となる。普通の学生は就活しているときであるが、はるかはプロの女優をめざすか、就職をするかで悩んでいた。彼女は悩みながらも、いろいろなオーディションを受けていた。そして、その中の一つ、舞台のヒロインに合格し、出演依頼をうけていた。そして、台本を受け取ってから、さらに悩みは深まった。
「うーん、こまったな。主役の座をゲットしたのはうれしいけど・・・よし、雄太に相談してみよう」
 堀口雄太はやはり城東大学の三年生で、はるかと同じミュージカル研究会に属していた。雄太はどちらかというとミュージカルよりは、純粋な演劇、いわゆるストレート・プレイの役者を目指していた。そう意味では雄太は、はるかよりはお芝居に関しての造詣は深いと言えた。二人の関係は、あることがきっかけで、仲間から昇格し、恋人未満友達以上の微妙な関係であった。だが、当の本人たちがそこらへんに全く気が付いてない。はるかはスマホを取り出して、雄太に電話した。
「はい、もしもし。なんだ、はるかか。なんの用だ。俺様はいまレポートのパクリ本を探して忙しいのだ」
雄太は駅前の書店にいるらしい。駅前の車の音がする。
「なによ、さんざん講義さぼったから、落第寸前なんでしょ」
「うるへー。吾輩のような大俳優は演技の勉強に時間をさかなきゃならんので、興味のないことは後回しをしていただけだ」
「相変わらず口の減らないトンマね。なんのレポートなのよ」
「丸山教授の政治学概論だ。親の介護があって、講義にでる暇がなかったとか絶妙な芝居して、やっとレポート30枚で執行猶予になったのだ」
「あきれたやつ・・・それって詐欺じゃん。あ、待って。丸山先生の講義はよく出てたから、どういうレポート出せばいいか、大体わかるよ」
「ほんとか!たのむ。助けてくれ。はるか姫様、仏様」
「ほんとにお調子者だね。まあ、いいや私も相談があるから」
「はい、了解でございます」
「じゃ、学校のカフェテリアにきて」
「はい、かしこまり~~30分でいくよ」

 はるかはカフェテリアで待っていた。白いTシャツに水色のコットンのトレーナーをマフラーのように首にまいている。学生らしい清楚な服装が愛らしい。
「おまたせ~~」
雄太は息をきらせて走ってきた。はるかはコピーした原稿を雄太にわたしながら言った。
「はい、これ。これを写してうまくまとめれば、先生の求めているレポートになるとおもうよ」
「そ、そうか。これで首がつながった。さすがははるか様、カンシャカンゲキアメアラレ」
「はいはい、心にもないお礼はもういいよ。それよりさあ・・・」
はるかは台本を出しながら言った。
「これなんだ・・・」
「お、舞台の台本じゃんか。『恋愛変奏曲』へー、お前オーディション受かったのか、やるじゃん。小屋も世田谷ラビットか。良い小屋だ、最高じゃん」
「オーディションはいろいろ受けてたよ、みんなに内緒で。わたしはどちらかというとミュージカルがやりたいから。ストレート・プレイはあまり得意じゃないし」
「なにいってんだ、ストレートこそ芝居の基本だろう。ミュージカルもいいけど、歌がうまくないと伝わらん。セリフの代わりに歌があるんだからな」
雄太は台本をめくりながら言った。
「そうなんだけど。わたし、歌も芝居もあまりうまくないから」
「稽古かさねりゃ何とかなるさ、それでお前、なんの役だ」
「それが主役なんだ。ヒロインだよ」
「そりゃ、ますます、すげえ。チャンスつかんだな」
「それが・・・」
「なんだよ、その顔、うれしそうじゃないな」
「・・・キス・シーンがあるのよ」
「そりゃ、あるだろう。これは見たところ、恋愛劇だからな」
「だって、わたしキスなんかしたことないもん」
「じゃ、降りるのか」
「いや、降りたくないよ」
「じゃ、やるしかないじゃん」
「そうなんだけど・・・」
はるかは少し考えていたが意を決したようにいった。
「雄太、わたしとキスして!」
「へっ!」
雄太目を丸くした。彼は役者志望だけあってキス・シーンも経験はしていた。
しかし、こともあろうに、はるかからこんなこと頼まれるとは、思ってもいなかった。
「あ、勿論本気じゃないよ、本気じゃ。稽古代としてだよ」
「わかってるよ。だけど役者は与えられた場面はなんでも演じられなきゃだめだぞ。親子で役者なら、親子でキスしなきゃならん時もある」
「うん、でも・・・」
はるかはじっと雄太をみるとにじりよってきた。
「お、おい何する気だ」
「今ならだれもいないよ」
はるかは雄太に接近した。
「お、おいやめろ、おれは愛のないキスは無理だ」
「ゆうた~」
はるかは雄太に5センチまで接近した。二人の唇が触れる寸前だった。
そこでぴたりととまった。
突然、はるかが噴出した。
「きゃ~はははは。やっぱり雄太とじゃ無理だ」
 

 
呼吸を整えてから雄太がいった。
「あこがれの健二先輩を代にしたらどうなんだ」
「ムリムリムリムリムリ。わたし先輩にキスされたら気を失っちゃうかもしれない」
「そんなんじゃ、女優になれんぞ。芝居は熱くみせて、冷静に演技しなきゃ。それに、だいたいだな、キスの種類は十一もあるんだぞ」
「へえ、そうなんだ。詳しいじゃん」
「べつに詳しくねえよ。普通じゃん」
「雄太はエロいことは詳しいんだね」
「おい、おこるで」
「ごめん。それで十一のキスの話は」
「調子狂うな、まったく。まず、プレッシャー・キス、これはまあ、始まりのキスだ。つぎがバード・キス。鳥のくちばしが触れる感じからこの名前がついたらしい。挨拶みたいなもんだな。それからスパイダー・キス。これは映画からこの名前がついたらしい。それから・・・」
「もういいよ。いくら説明聞いても芝居の役にたたないよ」
「そりゃ、そうだな。本当に恋愛体験しないと身体に入って行かないからな」
「さくら先輩ならいい知恵出してくれるかな」
「さくらさんか・・・」
雄太は物憂げに答えた。
「なんか気が進まないようね。なんか雄太はさくら先輩避けてるみたい」
「そ、そんなことないよ」
「なんか変、さくらさんのことで、わたしに隠してることない?」
「そ、そんなことあるか。さくらさん、今日は部室にいるかもしれない。行ってみよう」
雄太ははるかを無視するように、そそくさと歩きだした。
 
 柳原健二と早乙女さくらもミュージカル研究会に所属していた。まさに研究会を代表する美男美女であり、すでにプロ活動をしていた。そして二人の共通の先輩でもあった。はるかはその二人にあこがれて、入会したといってもいい。
 さくらには人に言えない秘密があった。さくらはすでに結婚していた。実はさくらと雄太は親戚関係にあったので、雄太だけはそのことを知っていた。さくらの母と雄太の父は兄弟であった。さくらの母は貿易商をやっていて、さくらがアメリカにいたとき、現地の大学で学生結婚をした。雄太はさくらが結婚していることは知っていたが、このことは絶対に秘密だと、さくらから釘をさされていたのである。したがって、雄太は、さくらにはあえて関心を持たないふりをしていた。雄太は、しぶしぶ,はるかを部室に誘った。
さくらと健二は数人のメンバーと打ち合わせをしていた。今度の卒業公演のことだろう。
「お疲れっす、先輩」
「あら、雄太くん、はるかちゃん。おそろいで。仲いいわね」
さくらが、花のような笑顔を振りまきながら、少し茶化した言い方をした。
「やめてくださいよ。さくらさん、それよりはるかの相談にのってあげてください」
「あら、なによ、改まって」
「おねがいします。さくらさん」
はるかは相談内容を手短に伝えた。
「へえ、あそこのオーディション難しいのよ。それに主役なんてすごいじゃない」
「そうなんですけど。キス・シーンなんてやったことないし」
「稽古すればいいじゃない、雄太君としなさいよ」
さくらは雄太の方をみて、親指を立てた。
「勘弁してくださいよ。さっきもそのことで・・・」
「あらそう。じゃ、健二でいいじゃない」
「と、とんでもない。わたし、気を失っちゃいます」
「大げさね、お芝居の上のことじゃない」
さくらは、白いコットン・ドレスの裾をひるがえし、立ち上がった。上品な香水が香った。そして健二を呼びにいった。
「健二、ちょっときて」
「さ、さくらさん、健二先輩とは無理です!」
はるかは顔が真っ赤になった。
健二は三人のそばにやってきた。
「みんな、なんか楽しそうだね」
さくらが健二に言った。
「はるかちゃん、主役ですって」
「ほう、はるかちゃんが主役合格。そりゃおめでとう。『恋愛協奏曲』か。これは面白い脚本(ほん)だよ。僕も注目している演出家の脚本だ」
「健二、はるかちゃんにキスの仕方教えてやってよ」
「それは、だめだね。雄太君に怒られちゃうよ」
「健二さん、何言ってるんです。おれはこいつとは腐れ縁だけで・・・」
「なによ、それ。レポート原稿返してもらうよ!」
「まあ、まあ。はるかちゃん、本気でしなくてもいいんだよ。まねでいいんだ。ほとんどは唇をくっつけているだけだよ。そんなことでいちいち興奮していたら役者できないよ。俺もこのあいだテレビの撮影でキスしなくちゃいけないことがあったけど、10テイク目だよ。オーケーでたの。監督が厳しいひとでさ。暫く女のくちびるがタラコにみえてこまったよ」
全員爆笑した。
「でも、はるかちゃんをどうにかしてあげなきゃねえ」
「そうなんです。雄太とはマンボウが近づいてくるみたいで笑っちゃうし、健二先輩とは失神しそうで無理です」
そのとき、さくらが何か閃いたのか手をたたいていった。
「うん、わたしにいい考えがある。一日待って。はるかちゃん、イケメンつれてくるから。彼なら絶対大丈夫。絶対気に入るから」
「はあ、でも知らない人とキスできないです・・・」
「大丈夫よ、彼なら。会った瞬間好きになるわ。楽しみに待ってて。あ、雄太くんも大丈夫よ。彼女とっちゃう人ようなじゃないから」
「とっちゃうって、そんな・・・はあ、そうですか・・・」
はるかと雄太は、それぞれ複雑な思いで大きく息をはいた。

翌日は日曜日であった。からりとはれた午後に、はるかと雄太はさくらの自宅によばれた。はるかと雄太は落ち着かない様子で、応接の椅子に腰かけていた。
「雄太、さくらさん、いったい誰を紹介するつもりなんだろう。わたし、初対面の人は絶対キスなんて無理だよ」
「俺だってそうだよ。知り合いは特にいやだな。それより、おいお前、歯磨きしてきたろうな」
「失礼ね、朝から歯磨き三回して、プリスクも噛んだよ」
そのとき、応接のドアがノックされてさくらが入ってきた。
「おまたせ~この子がはるかちゃんの相手役よ」
さくらのうでには、一歳くらいの可愛い男が抱かさっていたのである。
「きゃ~かわいい。先輩、わたしにも貸して下さい」
はるかは立ち上がってさくらに走り寄った。
「おい、お前、ものじゃないんだぞ」
「む~可愛い、チュウしちゃう」
はるかはさくらから子供を受け取るとほっぺたにキスを連発した。
「なるほど、さすがさくらさん。子供ならはるかも抵抗ないよな」
「事情話して、親戚の子供借りてきたのよ。幸い私にすごくなついていて、誰とも人見知りしない子なのよ。この子なら大丈夫と思ったのよ」
「はあ、あんなにキス嫌がってたのに・・・」
雄太は、女という生き物の不思議さを改めて思うのであった。

               了

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