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[コミカル・ミステリー小説]ブリキの魔人

主な登場人物
 
五味山一平     ひまな探偵               
平泉テン子     五味川の女助手           
ブリキの魔人    全身をブリキでおおわれた謎の魔人 
日和見警部     五味山の友人 警察官     
尾間貫刑事     日和見の部下           
金有剛三      宝石商              
金有峰子                     金有の妻             
金有由美      金有の娘             
金有健二      金有の息子            
平野竹次郎     金有の秘書
蛇島蛭次      なぞの物理学者   
鏑木蓮子      売れない女優           
武智小五郎     名探偵               
ジェラール     フランス大使           
マリー       ジェラールの娘で金有由美の友人                 
気障名明      ジェラールの秘書                             
本間仁正      外務省の役人           


一章 ブリキの魔人現る 
 
1 
 
ここは豊島区の池袋にほど近い、S町の住宅地に向かう通りである。
12月の半ば、今にも白いものが降ってきそうな寒い日、暇な探偵五味川一平はくたびれたコートの襟をたてながら、凍えながら歩いていた。
仕事がない貧乏探偵は、バイトに明け暮れる毎日であった。
「うう、寒い。香川急便の仕分けのバイトはきついわ。
どっかで一杯やって体をあっためて帰ろうにも、こう金がないとなあ。
それにしてもあの主任の野郎、人を目いっぱいこきつかいやがって。
俺様をだれだと思っているんだ。有名な名探偵五味川一平様だぞ。
かつては警察も手におえない難事件を次々に解決したもんだ。
たとえば『猫神家の呪い』あれは遺産相続がからんだ複雑な事件だった。
『六つ墓村事件』あれも不気味な事件だったな。
そうそう、海外出張して解決した事件もあった。
イギリスの伯爵が光る犬におそわれる事件だ。
どれをとっても奇々怪々な事件ばかりだった。
それを全て解決したのが俺だ。おかげで報酬もがっぽり、助手と事務員も十人もいた。
それが、ちょっと株と不動産に手を出して大損こいてしまった。
おかげで、事務所ビルも売らなくちゃならなくなっちまった。
いまじゃおばさん助手ひとりだけだ。
全く、素人が手をだすもんじゃないな。
えっとたしかこの辺に自動販売機があったはずだが・・・
缶コーヒーでも買ってと」
 五味川は無精ひげをさすりながら、ぶつぶつ言った。
そして、財布から小銭をだすと自動販売機を探した。
向こうに自動販売機の薄明かりがみえる。
五味川は自動販売機に向かって歩いていった。近づいたとき、奇妙なものがみえる。自動販売機の前にブリキのバケツのようなものが高くつまれているではないか。
「なんだ、あれは」
五味川は不審そうな面持ちでさらに近づいた。
その時だった。バケツが不気味な金属音のような声でしゃべったのだ。
「ギギギ・・・シゴトノジャマヲスルナ」
五味川は腰をぬかさんばかりに驚いたが、そこは探偵、勇気をふるい起してどなった。
「きさま!そこでなにをしている」
ブリキの怪物が、ふりかえって立ち上がった。
それは大小のブリキ缶をつなぎ合わせて作ったような怪物だった。
頭の部分はバケツをひっくり返したような形。
目にあたる部分には黄色の三日月型の光がみえる。
口の部分には半月型の切れ目。どうやら声らしきものは、そこから発せられているらしい。
鼻も耳もない。胴体はドラム缶のごとき大きさで、そこから金属のダフト管のような手足がはえている。
指はやはり金属で、5本ずつあるように見えた。
全体が月明かりに照らされて銀色に光っている。
「ギギギ・・・オレハ『ブリキノマジン』ダ。コレカラジドウハンバイキノ、カネヲイタダクノダ」
「おのれ、自動販売機をねらうとはせこい怪人め。ふつう、怪人は宝石とか、高価な美術品を狙うものだ!
「オオキナオセワダ。イマハテガタク、コマカク、カセグホウガエライノダ」
「だまれ!名探偵五味川一平様にここで出合ったのが運の尽きだ。神妙にしろ!」
「フン! ミノホドシラズメ。コレデモクラエ!」
突然、魔人の目からオレンジ色の光が放たれた。
「うわっ これはなんだ!からだがしびれる・・・・」
五味川はその場に倒れてしまった。魔人は、それをみると、再び自動販売機の鍵を壊し始めた。
「クチホドニモナイヤツメ。フフフ、コレカラニホンジュウノわいどしょーガ、オレノワダイデモチキリニナル。タノシミダワイ」
 
2 
 
さて、翌日の警察庁。五味川は友人の警察官、日和見警部と会っていた。
昨日の魔人との一件を報告していたのだ。
日和見警部は長年の腐れ縁的な友人であり、
数多くの事件を一緒に解決していた。また同郷のよしみで、事務所を借りる時の保証人にもなってもらっていた。
「五味川さん、大丈夫ですか。強くもないくせに賊に立ち向かったりしちゃだめですよ」
「いやあ、まいりました。まさか、殺人光線を発射するとは。
あの魔人は何者ですかな」
五味川はタオルで頭を押さえながらいった。
「とはいっても五味川さんしか見てないんですから。
被害は自動販売機がこわされて、三万円が奪われただけです。
わたしがいなかったら、現場に倒れていた五味川さんがまっさきに疑われていましたよ」
「なにをいわれる!わたしは正義を愛する探偵ですぞ!よりによってわたしを疑うとは」
「でもね、あなたが活躍したのは昔で、バブルのころ、株と不動産で失敗して一文無し。今のぼろ事務所の家賃さえ滞納して、夜、香川急便でバイトしてるなんてばれたらまずいでしょう。世の中、貧乏人が一番先に疑われるんですから。手堅くやっておけばいいものを、入ってきたお金は株や不動産だけでなく、ギャンブルにキャバクラ三昧。自分のお金だからいいですが、あまり褒められたものではありませんな。ま、警察官のわたしが身元引受人になってますから、とりあえず大丈夫ですが」
「いや、めんぼくない。持つべきものは友人です。ところでブリキの魔人の件ですが」
「別の日に丸八銀行の端末が壊されて、十万円が奪われていました。
よほどの目立ちたがり屋とみえて、マスコミにファクスを送ってきましたよ。ご覧になりますか」
「なに!ファクスを!なんて書いてあるのです」
「おーい、尾間貫くん。ファクスをもってきてくれ」
日和見の部下、尾間貫刑事が問題のファクスをもってきた。
尾間貫刑事は日和見警部の部下で、同様に様々な事件を解決してきた仲間であった。
「はい、了解しました」
「おお、尾間貫刑事、ひさしぶりですな」
「おひさしぶりです。 五味川先生、いつもお世話になっております」
「わはは、いやなに。正義のためには当然のことですよ。しかし、今度の敵は大変な相手ですぞ。なにしろ全身がブリキにおおわれていて・・・」
「五味川さん、それ位にして早く読んで返して下さいよ。尾間貫刑事も暇じゃないんで」
「ああ、すまん、すまん。なになに」
 
『先日の史上最大の銀行襲撃事件はおれがやった。つぎに狙うのは、お宝や宝石だ。全国の宝石店は警戒を厳重にしたほうがいいぞ。     
                           ブリキの魔人』 
 
「これは大変だ」
日和見警部が小ばかにした口調で言った。
「五味川さん、史上最大の銀行襲撃事件なんて書いてあるが、端末ひとつ壊すのに手間取って十万円だけしか奪れてません。われわれが駆けつける前にあわてて逃げ出している。おまけに警戒を厳重にしろとは書いているが、どこの宝石店を狙うとは書いていない。警戒を厳重にされたら困るからですよ。本当にせこいやつです」
「しかし、あの殺人光線は」
「殺人光線じゃないですよ。ただのめくらましです。その証拠に五味川さん、あなた、ちゃんと生きているじゃないですか」
「む、たしかに。しかし、不気味な怪人であることは間違いがない」
そのとき新聞記者が、送られて来たファクスをもって駆け込んできた。
「警部!一日新聞社会部の新米武太です。丸八銀行がおそわれて多額の現金がうばわれたそうですが!ブリキの魔人とは何者です。詳しく教えてください!」
「ほら、五味川さん、お待ちかねのマスコミですよ」
「よし、新聞で一刻も早く、魔人のことを世間にしらしめないと」
「新米君、その方がブリキの魔人様に最初に遭遇した人だよ」
「えっ 本当ですか!ぜひお話を!」
「うむ、じつはこれこれでね」
新米記者は、興奮気味にメモをとった。
「ふむふむ、おそろしい怪人、いや、魔人が現れたものですね」
日和見警部が横から口をはさんだ。
「新米くん、大げさだよ。端末こわされて、十万とられただけだ。記事にならんよ」
五味川は憤然として言った。
「いや、日和見警部。そんなことはない。そのうちに東京中が、魔人の恐怖に脅えることになるかもしれん」
「五味川さん、とにかく、頭痛としびれが治ったら事務所に帰ってくだい。
わたしも忙しいんで。まったく暇な人だよ。だからゴミ探偵なんて言われるんだ」
 
3 
 
五味川の事務所は、新宿の3丁目にあった。
前の事務所自社ビルで、駅近の一等地にあった。
バブルのころ五味川探偵事務所は、自社の事務所ビルを所有するくらいの羽振りであったが、五味川の株の失敗や浪費ですべてをパアにしてしまい、今は新宿のはずれにある崩れおちそうなぼろビルの3階に細々と構えていた。
たまに来る浮気調査や、行方不明のペット探しなどが主な依頼で、それでも事務所の家賃すら払えないくらいの貧乏探偵になりさがった。
しかし、当の本人はいたってノー天気で、いつか挽回できるだろう、くらいの気分であった。
そして、そこには、平泉テン子という、おばさん助手兼事務員兼電話番が一人いた。
彼女はそれなりの正義感の持ち主で、五味川を信頼していた。
給料も満足にもらえてなかったが、事務所を辞めたいということを、一度も言い出したことはなかった。
五味川の仕事のケツをひっぱたくことはあっても、それだけは無かったのである。
「うう、ひどいめにあった。まだ頭痛としびれが止まらん。
おい、テン子くん、帰ったぞ」
「あら、センセ。おかえりなさい。何してたんですか。せっかく依頼人の方が今までお待ちになっていたのに」
「なに、依頼人! なぜ、すぐ連絡しなかった」
「しましたよ、何回も。だけどセンセ、お金払ってないから携帯止められているじゃないですか。何回も ~この電話はお客様の都合により~ ってメッセージ聞かされて御覧なさい。うんざりしますよ」
「わかった、わかった。それで依頼人というのはどうした」
「きれいな女性の方でしたよ」
「なに!きれいな女性!連絡先は聞いてるんだろうな。依頼内容はなんだ!」
「もちろん、聞いてますよ。なんでもブリキ缶がどうしたとか、こうしたとか」
「それは、今世間を騒がしている怪人、ブリキの魔人だ。昨日俺が大格闘のすえ、おしくもとり逃がした魔人だ。むむむ、また現れたのか」
「じゃ、今朝の新聞にかいてある自動販売機の前で、だらしなくのびていた浮浪者って、センセのことだったんですか」
「むむ、最近の新聞はどうして真実をかかないのだ。本当は相手にもかなりのダメージをあたえたのだ。そこがぬけている」
「真実を書いてます~~。 さっき日和見警部から電話ありましたから。
魔人にのされた大事な先生は、今、お帰りになりましたって」
「日和見警部もよけいなことを。まあいい、それで連絡先は」
「はい、これです」
テン子がメモを渡すと、五味川はすぐ受話器をとった。
「もしもし、五味川です。ああ金有由美さんですかな。いましがた帰りまして。留守しまして申し訳ありません。今、国際スパイを追っかけていまして。ああ、いやいや、多忙は多忙ですがなんとか致します。はいはい、それでは今からお伺いします」
「センセ、よく言いますよ。暇で困ってるくせに」
「いらんこというな。出かけるぞ、君も一緒にこい!」
 
4 
 
依頼人の宝石商、金有剛三の家は、世田谷の閑静な高級住宅地の一角にあった。有に五百坪はあろうかと思う敷地に二百坪の豪邸が立っている。
正門からインターホンを鳴らすと、すぐに秘書の平野竹次郎が迎えに出てきた。平野は、六十歳前後の、誠実そうな人柄が全体からにじみ出ているような男であった。スキのない黒いスーツに蝶ネクタイ。いかにも宝石商の秘書という感じであった。
「いらっしゃいませ。五味川先生でいらっしゃいますね。おまちしておりました。こちらへどうぞ」
長い廊下をとおり、応接間に通されると、二人はゆったりとしたソフアーに腰を埋めた。
「テン子くん、すごい屋敷だな」
「ほんとですね。世の中にはこんな世界があるんですね」
暫くして、娘の由美が高級なお茶菓子と抹茶を運んできた。
「平泉さん、先ほどはありがとうございました」
「ああ、いえいえ、こちらこそ。うちのゴミ先生がなかなか帰ってこないんで失礼いたしました」
「テン子くん、私は五味川だ」
「あら、そうでした」
「初めまして。私が探偵の五味川一平です」
「改めまして。助手の平泉テン子でございます」
「五味川先生、遠くからご苦労様です。金有由美と申します」
金有由美は、センスのいいピンクのワンピースで身を包み、襟元にクリーム色のスカーフをあしらって、いかにも良家の令嬢という雰囲気がした。
しかし、それよりも由美の美しさが目をひいた。
由美が部屋に入ると、まるでそこにぱっと花が咲いたような空気になる。
それほどのものを彼女は身に着けていた。キャバクラ遊びになれた五味川も、思わず見とれるような上品な美人であった。
「あなたが由美さんですか、美しい方ですなあ」
「まあ、先生、お上手ですわ」
テン子が横からつついて言った。
「センセ、でれっとしてないでお仕事してくださいよ!」
「おっといかん。では、早速ですが、ご依頼の内容をお伺いしましょう」
「はい、私の父は金有剛三と申しまして、宝石商を営んでおります。私も父の仕事を手伝っております。このたび父は国宝級のダイヤを落札いたしまして、銀座のお店に飾ることになりました。お店のディスプレイも整いまして、ダイヤを飾る準備ができました。その数日後のことです。自宅にこのような手紙がまいこみました」
由美が手紙をわたす。
「ちょっと拝見。なになに」
 
『貴殿の所有するダイヤ クレオパトラのへそ を来る十月十一日の深夜十二時に頂戴に参上する。どんなに警戒を厳重にしても無駄であることを申しそえる。  ブリキの魔人 』 
                        
「先生、いかがでございましょう。ただのいたずらでしょうか?
うちの父も万が一を心配しておりまして。いたずらだったら警察に連絡するのは大げさだし、父も困ってしまい、それで私立探偵にお願いすることにしたのです。お金はいくらかかってもかまいません。どうぞこのダイヤをお守りください」
「いくらかかっても!(小声で)おい、テン子くん、きいたか!ああ、えへん。いやいや、失礼。由美さん、これは容易ならぬ相手です。実際、わたしが昨日この魔人と対決いたしましたが、惜しくも取り逃がしてしまいました」
「まあ、では新聞にでていた、銀行がおそわれた事件と言うのは」
「そうです。ブリキの魔人の仕業です。しかし、実際その姿をみたものは、今のところ私しかおりません」
「まあ、それはなんという偶然でしょう」
「その姿は銀のブリキにおおわれた、まるでドラム缶のかたまりのような怪物で、目からは殺人光線を発射するのです」
「そんな恐ろしい魔人にねらわれたのですか。先生、どうしたらよろしいでしょう」
「大丈夫です。この五味川、すでに魔人と対決して、相手にも相当ダメージをあたえた実績があります。大船に乗ったつもりでいてください」
「それをきいて安心いたしました」
「ときに、その狙われている『クレオパトラのへそ』とはどういうものなのでしょうか」
「はい。伝え聞くところによると、クレオパトラはひどい出ベソだったということです。それを隠すためにおへそに大きな宝石をはめ込んでいました。
その中でも彼女の最も気にいっていたものが、この『クレオパトラのへそ』とのことです」
「なるほど。出ベソを隠すとなると相当大きなダイヤですな」
「はい、ゆうに5カラットは超えると思われます。時価2億円ともいわれております。
「2億円!あのせこい魔人もメジャー狙いになったとみえる。そのダイヤを拝見できますでしょうか」
「はい。その前に父を紹介しますわ。少々おまちくださいませ」
由美は剛三をよびに席をはなれた。
五味川は日ごろの意地汚い笑いを浮かべて言った。
「おい、テン子くん。運がむいてきたぞ。これでダイヤを守れば、報酬はがっぽりだ」
「そんなにうまく行きますかね。その魔人とやらに一回のされてるんでしょう」
「あのときは油断してたからだ。それにしてもうまいお菓子だな、こりゃ。さすが金持ち、いいもん食ってる。(パクパク)」
由美と剛三が応接間に帰ってくる。
五味川、あわてて立ち上がった拍子にお菓子をのどにつまらせる。
「先生、おまたせしました。父です」
「(げほげほ)」
「なにをやっているんですか、センセ。ほんとに意地が汚いんだから。
はい、お茶飲んで!
「わはは。いやあ、すみません、すみません。最近、海外が多くて。つい和菓子が珍しくてね。こちらがお父上ですか」
「先生、ようこそおいでくださいました。金有宝飾の金有です」
金有剛三は、金有宝飾株式会社の社長で一代で財を成し、銀座にも宝飾店を構える財界の大物である。ダブルの背広を身につけていて、恰幅のいい体躯にはそれがよく似合っていた。
「はじめまして。五味川一平です」
「助手の平泉テン子でございます」
「お二人ともよろしくお願い致します。では、ダイヤをご覧にいれましょう。こちらへどうぞ」
二人は金有氏に続いた。
何部屋ものドアを通り過ぎ、一番奥の重厚感ある部屋に通された。
そこの隅に金庫はあった。
金有氏は金庫の前に行き、注意深く鍵をあけ、黒い箱を出した。
箱をテーブルの上に置き、静かに蓋をあけると、黒いビロードの布の上に、さん然と輝く大粒のダイヤが現れた。
ビロードの色が黒いので、一層ダイヤの輝きが引き立つ。
「おお、なんとみごとな!」
「ほんと素敵!」
「このダイヤの裏側に黒いゴミのようなものがついているでしょう。
これは、クレオパトラのへそのごまといわれております。これがあるゆえに、歴史的文化遺産の価値も高いのです。ついこのあいだ、エジプト政府からこれを買い戻したいとの要請がありましたが、丁重にお断りいたしました」
「なるほど。これは五味川一平、命にかえてもお守りせねばなりますまい。
ところでこの金庫の鍵はいつもどなたがお持ちなんでしょう」
「鍵は、私のほかは秘書の平野しかもっていません。家族といえども開けることはできないのです。普段『クレオパトラのへそ』はこの金庫のなかに厳重に保管されています。銀座の店に展示するのは来月の一ヶ月だけです」
「ふむふむ。完璧な管理ですな。これなら大丈夫でしょう。魔人が予告した今夜十二時まで、わたしと平泉と金有さんで見張りましょう」
「何卒よろしくお願い致します」
「由美、この家の住人をみんな呼んできなさい。先生にご紹介しよう」
「はい、お父様」
由美がみんなを呼びに行く。
由美が母の峰子、弟の健二、秘書の平野を連れて戻ってきた。
「はじめまして。家内の峰子でございます」
「弟の健二です。東上大学の三年生です」
「秘書の平野です。火急の場合はこのお屋敷に泊まることになっております」
「平野は、わたしがまだ会社を興す前からの付き合いでして、最も信頼をおいている部下です」
「皆さん、わたしがついております。ご安心ください」
「どうぞ、よろしくお願い致します。わたしはこわくて、こわくて。
主人がこんなものを手に入れたばかりに」
「おい、こんなものとはなんだ。国宝級の宝だぞ」
「そうですかね。私にはそんなものより、静かな暮らしのほうが大事ですけど」
峰子夫人は清楚な美人であった。
家で家族を守る、まさに家内というタイプの人であった。
「まま、お二人ともそれくらいで」
「お母さん、大丈夫だよ。ブリキかアルミか知らないが、これだけの人間が見張っているんだ、手出しができるわけないよ」
「健二くんの言うとおりです。奥さん、由美さんとお部屋でおまちください。あと、平野さんもご老体だから結構ですよ。健二くんはいい体格だが、なんかやってるのかな」
「はい、柔道三段です」
「それはたのもしい。君も手伝ってくれたまえ。このメンバーなら最強だ」
「お母様、先生たちにおまかせしてお部屋に行きましょう」
由美たちが去ろうとしたそのときだった。平野が叫んだ。
「あっ あれはなんだ!」
「窓に紙がはりつけてあるぞ!」金有氏も叫んだ。
五味川はその紙をむしりとると読み上げた。
 
『今夜十二時だ、十分気をつけろ。へぼ探偵にたのんでも無駄なことだ。
                          ブリキの魔人』
 
うむむ、人を愚弄しおって」
「まあ、いつのまに貼ったのかしら」
テン子が不思議と不安がまじった声で言った。
「ここには、我々のほかにだれもいなかったじゃないか」
「金有さん、念のためダイヤを確認してください」
「は、はい」
金有氏は再び慎重に金庫を開けてみた。
「大丈夫です。ちゃんとあります」
「どれどれ、うむ、まちがいないですな。金有さん、金庫を閉めてください。まだ、十二時前だしな。優秀な怪盗は、約束の時間を厳守するものだ」
「もうじき十二時になります。お前たちは早く部屋にもどっていなさい」
「そうです。そうしてください。ここはわたしと金有さん、健二くんと平泉で番をします」
「それでは失礼します。平野さん、お母様、いきましょう」
三人は部屋を出て行った。あとには静けさが戻つた。
時計が刻々と時を刻む。金庫を見張る四人は無言で金庫を見つめた。 
「十二時一分前ですな」
金有氏がぼそりといった。
「魔人とやらは本当にくるのでしょうか」
健二が不安そうにいう。
「なにぶん、せこいやつですからな。これだけの屈強な男子がいればビビッて来ないかもしれませんな。ハハハハ」
五味川がノー天気に笑い飛ばした。
「だといいのですが」
時計が十二時を打ったその時、窓のそとから不気味な金属音のような声が響いた。窓の外にブリキ缶の巨大の影が現れた。
一同はぎょっとして窓の外をみた。
そこには、頭はブリキのバケツ、胴はドラム缶のごとく、そして、そこからダフト菅のようにのびた手足。
なんという不格好な怪物、ブリキの魔人は、大胆不敵にも約束通り時間きっかりに表れたのだ。
「ギギギ・・・ヤクソクドオリだいやヲイタダキニサンジョウシタゾ」
テン子が悲鳴をあげた。
「ひえ~~ 魔人だ、魔人だ。お助け、お助け~~」

第二章 蛇島博士
 

 
ブリキの魔人は、大胆不敵にも予告の時間に金有邸に現れたのだ。金有氏が叫んだ。
「うう、お前がブリキの魔人か。なんと不恰好な怪人だ」
「フン、ヨケイナオセワダ。だいやをイタダキニキタゾ」
「魔人め!こんどは逃がさんぞ。うごくな!」
五味川がピストルをかまえた。
「ヘボタンテイカ。ソンナモノ、マジンサマニハツウヨウセヌワ」
バーン!
銃声がした。五味川が撃ったのだ。しかし、弾は当たったとたん、どこかにはじかれてしまった。
「フフフ。ドウシタ、ゴミタンテイ。モウオシマイカ」
五味川がうなった。
「うぬぬ、ピストルがきかぬとは」
「俺がつかまえてやる!東上大学柔道部三段、国体準優勝の金有健二だ!」
「ウルサイ、ミンナマトメテネムッテイロ!」
魔人が目からオレンジ色の光線を発射した。
「うわわ~~からだがしびれる、しびれる~~」
そこにいた全員は魔人の光線にあたり、気をうしなってしまった。
「フン、タアイモナイヤツラダ。ドレ、カギヲイタダイテト」
魔人は悠々と金有氏の鍵をうばい、金庫を開けた。そして宝石箱を取り出すと蓋をあけた。
「ドレドレ、だいやヲイタダクトスルカ。アレ、ナイゾ!ソンナバカナ?オレヨリサキニ、トッタヤツガイルノカ?」
なんということだろう、箱の中は空っぽだった。時価2億円の国宝級のダイヤは、そこにはなかったのである。これには魔人もうろたえた。
「廊下が騒がしいわ。なにかあったのかしら。平野さん、いっしょにきて」
騒ぎを聞きつけた由美と平野が、金庫のある部屋にとんできた。
「キャー ブリキ缶の化け物!平野さん、警察に電話して、早く!」
「は、はい!」二人は奥の部屋に逃げる。
「ム、マズイ。イッタン、タイサンスルトシヨウ。ソレニシテモだいやヲトッタノハ、ダレダロウ」
魔人も慌てて退散したのである。
 

 
連絡を受けて警察が到着していた。五味川、金有、健二、テン子は、峰子と由美の介抱をうけている。日和見警部と尾間貫刑事が、五味川に状況を聞いている
「ああ、それでなんですか。また、殺人光線ですか。よくわたしに介抱させる日ですな」
「あいたた、まだ頭ががんがんする」
五味川は頭を冷やしたタオルでおさえながら言った。
金有氏は落胆した様子で言った。
「警部さん、わたしの大切なダイヤを奪われていまいました。こんなことになるなら探偵なんか雇わず、最初から警察にお願いすればよかった」
日和見警部がたたみかける。
「そうですよ、この五味川さんは昨日おなじめにあって、今朝わたしが介抱したばかりです。こういうことは警察にまかせてください。探偵なんか、しょせん素人ですから」
尾間貫刑事もそれに同調した。
「そうですよ。五味川先生も、もう、若くないんだから」
「みんな、だまってきいてりゃ言いたいこといってくれるね。あいたた」
無責任な会話にたまりかねた金有氏が、憤然として五味川にくってかかった。
「あなた、あのダイヤは2億円もするんですぞ!2億円も!これから保険をかける矢先に。ああ、なんという、失態をしでかしてしまったのだ。来月のダイヤのお披露目には、エジプト大使をはじめ、天皇陛下までいらっしゃるというのに」
金有氏は頭をかかえてしゃがみこんだ。
そのとき、五味川はポケットに手を入れて、ごそごそと何か黒いビロードの包みを出した。
「金有さん、ダイヤは無事ですよ。ここにあります」
「おおっ」
一同から声が上がった。
「おお!ダイヤだ。『クレオパトラのへそ』にまちがいない。よく守ってくださった。さすが、名探偵!」
「センセ、いつのまに取り返したんですか。みんな魔人にねむらされてしまって、動けなかったじゃないですか。魔人は偽物をもっていったんですか」
テン子が目を丸くして言った。
「魔人はなにももっていきゃせんよ。あのとき魔人のしびれ光線にあてられて、全員気を失ってしまった。魔人は金有さんから鍵を奪い金庫をあけたのだろうが、箱には何も入っていなかったのさ。あわてた魔人は、うろうろしているところを由美さんたち見つかったという訳だ」
「そういえば、魔人はかなりうろたえた様子でした」
「そりゃそうでしょう。わざわざ取りに来たダイヤがなかったのですから」
「でも、おかしいな。あのときは確かに二人で確認して、ダイヤはあったじゃないですか。まちがいない、ダイヤは確かにあった」
五味川が金有氏の方を向いて言った。
「魔人が来る前に窓に張り紙があったでしょう。あれはわたしが貼ったのです」
「なんですと!」
「金有さんに、もう一度金庫を開けていただくためにしたことです。あのときダイヤの箱のふたを閉めたのはわたしです。そのとき、こっそりダイヤをぬきとったのです」
「そ、それでは、あなたが泥棒だ!」
「ひとぎきの悪い。すべてダイヤを守るためのお芝居ですよ。敵を欺くにはまず味方から、といいますからな。この五味川一平、やせてもかれても正義を愛する探偵です。泥棒などと、とんでもない! あいたた」
「お父様、とにかく、先生のおかげでダイヤが戻ったのだから、よかったじゃない。先生、本当にありがとうございました」
「そうですよ、あなた。みんなにケガもなくて本当によかったわ」
家族にたしなめられて、冷静さを取り戻した金有氏が五味川にわびた。
「たしかにそうだ。先生、興奮して失礼を申しあげました」
「いやなに、探偵というものは時として、疑われたり、嫌われたりするものですからな。気にせんでください。はっはっは。あいたた」
「先生、大丈夫ですか」
由美が心配そうに見守る。日和見警部も内心ほっとした様子で言った。
「五味川さん、とにかく、今後は無茶しないでわたしにも連絡してくださいよ」
「うん、そうするとしよう。あの殺人光線、もとい、しびれ光線には二度もやられたからな」
そのとき秘書の平野が慌てふためいてかけこんできた。
「社長!またこんなファクスが!」
金有氏が読み上げる。
 
『今回は失敗したが、次は必ずいただくぞ。金有宝飾の全ての宝石といっしょにまとめて頂戴することにする。ついでに由美もいただくことにする。さっき見かけて、あまり美人なので一目ぼれしてしまった。日時は一週間後の十月十八日の十二時だ。               ブリキの魔人』
「こんどは由美もだと!」
「うぬぬ、なんとスケベなやつだ!こんどは由美さんまでターゲットにしよって」
「先生、こわいわ。わたしブリキ缶の彼女になるなんていやです」
「もちろん、そうでしょうとも。わたしがいる限り、ブリキの魔人なぞに指一本ふれさせません」
「先生、どうぞよろしくお願い致します。由美をお守りください」
「お任せください。わたしたちはいったん事務所に帰って作戦をねることに致します」
 


 ここは五味川事務所である。
「センセ、はい、お茶。とにかくよかったですね。お礼もがっぽりいただいたし。あたしもやっとお給料いただきましたし。毎日牛丼ばかりじゃ、まいっちゃいますよ」
「テン子くん、楽観はいかんぞ。闘いはこれからだ。なにしろ、今度は由美さんを守らなきゃならん。人間はポケットに入れるわけにはいかんからな」
「そりゃそうですよ。それにしてもきれいなお嬢さんですよね。ブリキの魔人じゃなくても惚れちゃいますよ」
「ブリキの魔人め、こんどはどうやってせめてくるのかな」
「あんがいタキシード着て、リムジンで来たりしてね。お嬢様、お迎えにあがりました、なんてね。きゃはは」  
その時、ノックの音がした。来客らしい。
「おい、テン子くん、お客らしいぞ」

「あの、こちらは名探偵田五味川先生の事務所でございましょうか」
お客は紺色のスーツを着た女性であった。眼鏡をかけ、硬い職業の印象を受ける。
「はいはい、五味川事務所でまちがいございませんよ。ご依頼のかたですか。どうぞ、どうぞ」
テン子が応接に案内した。
「センセ、最近はお客さんがよく来ますね。運がむいてきましたね」
古いドアを軋ませて、五味川が入ってきた。
「おほん。わたしが五味川です。はじめまして」
「あなた様が有名な五味川先生ですか、お目にかかれて光栄ですわ」
女性ははっと立ち上がると、丁寧すぎるお辞儀をした。
「はっはっは。まあ、それほでもないですが。そうそう、このあいだは、今騒がれているブリキの魔人をやりこめましたよ」
「はい、先生のご活躍は一日新聞に詳しくかいてありました。実業家の金有さんからも絶大な信用があるとか」
「いやいや、そうですか、そうですか。それでご依頼はなんですかな?」
「はい、実はわたしの勤めている研究所のことですが」
お客は研究所に勤めているらしかった。名刺には鏑木蓮子と書いてあり研究助手をしているらしい。
「所長が蛇島博士といいまして、物理学の研究者です。わたしは博士の助手をしている鏑木蓮子と申します。実はまだ公表できないのですが、博士は大変な発明をいたしまして、これを国際スパイが狙っているのです。内容が内容だけに、警察にも相談できないので困っております」
「なるほど、その発明をスパイから守るわけですな。しかし、金有さんのお嬢さんをお守りすることを引き受けたので、時間がとれるかどうか」
「先生、そんなことをおっしゃらずに。この発明が盗まれれば大変なことになります。とにかく博士に会うだけでも会って頂けませんかしら」
「よわりましたな、名探偵ともなると忙しくて、忙しくて」
「先生、そこをなんとか。表に車をまたしてありますので」
「しかたがない、わかりました。伺いましょう。ま、由美さんの件は来週だからな。まだ、まにあうだろう。前に国際スパイなどと口からでまかせいったのが、本当になってしまったわい。ではまいりましょう」
「ありがとうございます。これで、わたしも博士に顔がたちますわ」
「では、出かけよう。テン子くん、留守をたのむぞ」
「いってらっしゃいませ~」
 

 
二人を乗せた車は目黒の住宅街をぬけ、さら奥まったところにある、うっそうとした木々に囲まれた灰色の建物に入っていった。古いコンクリートの建物で、薄暗い入口を入ると何やら薬品のにおいが鼻についた。五味川は、鏑木に案内され3階に上がった。
「やけに陰気くさいところだな、ここに博士の発明があるのですか」
「はい、ここの奥の部屋が研究室です。発明に関しては博士から直接お聞きください」
「了解しました」
「博士はこちらです。どうぞ」
五味川が部屋に入ると、部屋には一人の男が待っていた。蛇島博士は、細身の白髪の初老の男であった。浅黒い陰気な顔に黒メガネをかけていて、それが彼を一層陰気に見せた。博士は五味川を椅子のほうに促して挨拶をした。
部屋は研究室というにはあまりに殺風景で、粗末な机と椅子、テーブルがあるだけ。
「やあ、私が蛇島です。よくきてくれました」
「五味川です。なにか大変な発明をされたとか」
「そうなんです。それは、非常に大変な発明で、国家機密になるとおもわれます。これがどういうわけか、国際スパイ団に知られてしまい、脅迫されているのです。国際スパイ団はこの発明を武器として、現在戦争をしている国に高額で売り、大儲けをしようとしている死の商人どもです。これはなんとしても守らねばなりません」
「そんな大変な発明ですか。それならなんとしてもお守りいたしましょう」
「心強いお言葉、ありがとうございます。ところで先生は、あのブリキの魔人と、金有さんの邸宅で対決されたことがおありだとか」
「はははは。博士までご存じでしたか。いや、相手にとって多少不足でしたがな。なにそろ、あいては全身ブリキの化け物です。ピストルの弾などもはじき返すし、ふつうの武器などは通用しません。さらに目から恐ろしい殺人光線を発射するのです。これにあたると体がしびれて頭痛がし、最悪死に至るのです。しかし、わたしは恐れることなく真正面から対決しました」
「さすが、名探偵!それでどうなりました」
「最初は、にらみあいが続きました。1分、2分、さすがのわたしも緊張しました。わきの下から冷や汗が流れる時間がすぎました。しかし、魔人がこの緊張にたえきれず、例の光線を発射したのです。しかし、わたしは、目にもとまぬ速さで身をかわし、魔人めがけて体当たりをしました。魔人はこれにひるんだとみえ、突然逃げ出したのです。わたしもすぐ追いかけようとしましたが、依頼人の安全を最優先にしている関係上、深追いはしませんでした。ですから、その時は魔人を取り逃がしてしまったのです」
「それは残念でしたね。でも、もし今度、魔人にであったらどうします」
「当然、ひっとらえて警察に引き渡してやります」
「ほほう、そうですか。では、ここに魔人があらわれたら?」
「博士、何をばかな冗談を」
「ふふふ、冗談だとおもいますか」
「博士、さっきからなにをおっしゃっているのですか」
「わたしは冗談などいってませんよ、ほら」
突然部屋が暗くなった。入口のドアが開く。
そこにはあのブリキの魔人が立っていたのだ。
「ギギギ・・・ゴミタンテイ、ヒサシブリダナ」
「あっ ブリキの魔人!貴様、どうしてここに!」
「ココガオレノカクレガダカラダ。ヨクモ、ウソハッピャクナラベテクレタナ。ナニガタイアタリダ。スグ、ノビタクセニ」
「五味川くん、わたしの発明とはこれだよ。ふふふ」
「蛇島!貴様は何者だ!魔人は貴様がつくったのか!あれはロボットなのか!」
「ロボットなどという低レベルなものではない。魔術をつかう魔人だよ。いまにわかる。ふふふ」
「さっきの女も仲間か!わたしをだましたな」
いつのまにか現れた、鏑木蓮子が言った。
「そうさ、本業は女優だよ。二時間ドラマのちょい役の女王、鏑木蓮子!
不景気でドラマの仕事がこなくてねえ。こまっていたからひきうけたのさ。博士が良いギャラくれるというからね」
「ううぬ、この悪党どもめ、わたしをどうしようというのだ」
「おまえがいると仕事がやりにくいのでな。少しの間おとなしくしていてもらいたいのだ。魔人、やれ!」
「シビレコウセンダ。クラエ!」
魔人が目から光線を発射する。
「ううむ、残念、無念」
五味川はばったり倒れてしまった。
「ボス、うまくいきましたね。」
「うむ、名演技だった。ギャラはすぐ振り込んでおく」
「はい、口座番号はここです。あ、事務所は通さないでくださいね、ピンはねされるので」
「わかっている。お前も大変だな」
「そうなんですよ。博士、また、お仕事お願いします~ へぼ探偵だますくらい、わたしの演技力でわけありませんから」
「よしよし。さて、邪魔者はかたずいた。こんどこそ、宝石ははいただくぞ。ふっふっふ」
「コンドコソ、ユミヲカノジョニスルノダ。ウレシイナ。ギッギッギ」
「魔人、宝石をいただくのが先だ!色気づきおって」

第三章             捕らわれた五味川探偵
 

 
さて、翌日の午後三時前のことである。五味川探偵事務所に金有社長の娘、由美が訪ねてきた。
「こんにちは、先生はいらっしゃいますか」
「あら、由美さん、この間はお疲れ様でした。先生は今出かけてますよ。もう、帰ってきてもいい時間ですがねえ」
「警察の日和見さんのところですか」
「いいえ、ちがいます。なんか蛇島研究所とかいうところらしいですけどね。そこの助手の方がみえられて、いっしょに出かけましたよ」
「おかしいですね。今日の午後三時に魔人対策の打ち合わせをするので、事務所に来るように、とおっしゃってたので」
「そういえば変ですね。朝十時に出かけてもう三時ですもんね。連絡くらいあってもよさそうなもんですね」
「先生になにかあったのかもしれません。警察に連絡したほうが・・・」
「先生のことだから、途中で馬券でも買ってるんじゃないですかね。へへっ。でもまあ、時間だけは守る人ですからね。ましてや由美さんとの約束ですからねえ。携帯に電話してみましょう。・・・あら、出ないわ。日和見警部のところかしら。あ、もしもし、こちら五味川探偵事務所ですが。ああ、尾間貫刑事さん、テン子です。どうもいつもお世話になってます。うちのセンセ、おじゃましてません? はあ、今日は来てない、ああそうですか。金有さんのところじゃないか?いいえ、その金有由美さんがいらっしゃってるのよ。美人との約束ほったらかして、どこにいっちゃったのかしらねえ、
まったく。ああ、すみません。なんか連絡あったらすぐ帰るようにいって下さい。はいはい、どうも。ごめんください。センセ、警察には行ってないようですねえ」
「そうですか・・・それに先生がわたくしのために危険なめに会われたら、どうしましょう」
「まあまあ、なんておやさしい」
テン子はぐすんと鼻をすすった。
「大丈夫ですよ。前に馬券売り場の前で朝まで寝ていて、風邪もひかなかった人ですから。体が丈夫な上にノー天気ですからね、すぐ帰ってきますよ。帰ってきたらすぐ伺わせますから、おうちに戻ってお待ちくださいな」
「はい、ではそう致します。失礼いたします」
「はいはい、お気をつけて。ごめんください」
「うーん、センセどこへ消えちゃったのかしらねえ。いくらなんでも、こんなことはいままでなかったからねえ。あらファクスだわ。なになに・・・
 
『邪魔者の五味川はおれのところで仕事が終わるまで預かっておく。これでゆっくり仕事ができるわい。 ブリキの魔人』
      
大変、大変。先生がつかまっちゃった。警察に電話しなきゃ」
数分後、日和見警部、尾間貫刑事が到着した。
「するとなんですか、その蛇島研究所の使いの女と出ていったきり帰らない、ということですな。その使いの女はどんな奴でした」
「服装はこれこれで、地味っぽくしていましたが、顔は研究所の人にはみえませんでしたねえ。厚化粧でちょい役で出てくる売れない女優のような」
「売れない女優のような・・・おい、尾間貫くん、もしかしたら本物の女優かもしれ
ん。最近とくに仕事がない、売れない女優を各プロダクションに問い合わせてみろ!」
「はっ、すぐに調査します」
「それから、なにかほかに気がついたことはありませんか」
「とくにないですねえ。蛇島研究所の使いというだけで」
「警部、本庁に聞きましたが、そのような物理学者もいませんし、名刺の住所に研究所もありませんでした」
「そうですか。最初からセンセを誘拐するためにやってきたんですね」
「それは間違いないでしょう。名探偵に邪魔されると面倒でますから」
「五味川さんが名探偵?(ぷっ)まあな。まぬけなふりをして、あれで結構したたかなところもあるからな」
その時、尾間貫の携帯が鳴った。
「おっ本庁からだ。もしもし、尾間貫です。うん、うん、あ、そう。ありがとう。警部、しらべてもらったら、堀辺プロダクションに所属していた鏑木蓮子とかいう、売れない女優が連絡がとれなくなっているそうです。なんでも演技がへたすぎて、まわりからクレームばかりきていた奴らしいです」
「かぶにれんこん?へんな名前の女優だな」
「警部、かぶにれんこんではありません。かぶらぎれんこです」
「とにかくそいつだな、ここに来たのは。どうせ悪党どもに時給千円ぐらいで雇われたんだろう。魔人と同じく、せこいやつだ」
「警部、そろそろ時間です。とにかく、金有さんの警護は警察が責任持ちませんと」
「おう、そのとおりだ。あんな、ノー天気の救出はあとまわしにして、美人と宝石の警護が大事だ。そろそろ冬のボーナスの査定の時期だからな。五味川さんも名探偵だから自力で脱出するかもしれん」
「そんなこといって。警部、うちの先生のこともよろしくお願いしますよ」
「わかってます。しかし、国家機関としては、税金をたくさん納めている方から優先的警護しますので、やむをえません。こんどからGPS機能付携帯でも持たしてください。尾間貫くん、金有邸にいくぞ!」
二人はあたふたと出て行ってしまった。
「うん!まったく、名前のとおりひよりみなんだから」
 
10
 
ここは金有邸の応接間。由美が日和見、尾間貫と打ち合わせしているところである。
「まあ、それではやはり先生は誘拐されてしまわれたのですか」
「そのようです。しかし、われわれの仕事は常に危険と隣り合わせなのです。彼も覚悟の上でしょう。ま、彼のことはそう心配することはないでしょう。一応探偵ですからな。自分のことは自分でなんとかするでしょう。それより、お嬢さんと宝石の警護が大事です」
「警部のいうとおりです。五味川探偵はいませんが、われわれが全力あげますので、ご安心ください。まわりには、警官隊が取り巻いていますし、お嬢さんにはわたしが張り付きます」
「はあ。べつに張り付かなくてもよろしいんですけど」
金有氏が入ってきた。
「由美、ここにいたのか。もうじき十二時だ。魔人が来る時間だ。気をつけないと」
「お父様、わかっています。でも先生がいないと不安で」
「あのゴミ探偵のどこがそんなに安心なんだ。金有さん宝石はちゃんと金庫にあるでしょうな」
「大丈夫です。こんどはもっと頑丈な金庫に保管してあります」
「そうですか。念のため鍵は私があずかりましょう。金有さんだと奪われる危険がありますからな」
「そうですか、ではこれです」
「確かに。おい!十二時一分前だ!みんな油断するな!」
時計が十二時をうった。その時、警官が一人飛び込んできた。
「警部殿!」
「なんだ!魔人が現れたのか!」
「はっ現れることは現れましたが」
「なんだ!現れることは現れてどうしたんだ!早く言え!」
「それが、玄関にリムジンで来て、花束をもってお嬢さんに会わせろと言っております」
「なにい~ ばかもの! すぐ捕まえんか!尾間貫くんは由美さんのそばをはなれるなよ!」
「はっ、こころえております!」
「いくぞ!」
「はっ」
警官はみな、どたばた玄関に方にいく。魔人はタキシードに身を包んで、さらに不格好になっていた。
「魔人め、どういうつもりだ。そのかっこうは」
「イチオウ、シンシテキニコクハクニキタノダ」
「おまえはアホか!それっ捕まえろ!」
「オダヤカニスマソウトオモッタガシカタガナイ。マタ、シビレコウセンヲハッシャスルカ」
「ふん!またその手でくると思ったわい。どっこいこの日和見にはそれは通用しないぞ。どうだ、サングラスだ。光線をみなければ効果はあるまい」
「ソウクルトオモッタヨ。ソンナトキノタメニ、ソレ!カフンがすダ!」
魔人が口からガスを発射した。警官隊はみな、くしゃみと涙がとまらなくなり、サングラスをはずしてしまった。
「さんぐらすヲハズシタナ。ソレ!シビレコウセンダ!」
「ぐわわ、体がしびれる~~~」
警官隊はみな倒れてしまった。
「フフフ、オロカモノドモ。デハ、コクハクニイクトスルカ。オットカギヲモラワナクチャ。ホウセキヲワスレルトコロダッタ」
魔人は日和見の鍵をうばい、金庫と由美がいる部屋に向かって歩き出した。
 
11
 
一方、由美の部屋には金有氏、峰子、健二、平野、尾間貫が集まっていた。
「玄関がさわがしいわ。魔人と警察が格闘しているのかしら」
「警察だけじゃ、不安だわ。五味川先生がいてくださったら安心なのに」
「心配ない。警官も大勢いるんだ」
金有氏が励ますように言った。
「奥様、社長のいうとおりでございます。お任せしましょう」
柔道着を着た健二が言った。
「姉さん、いざとなったら俺もいるんだ。こんどこそ必殺の空気投げをかけてやる」
そのときドアが開いた。
「ギギギ、オソロイノヨウダナ」
「キャーっ ブリキ缶!」
由美が悲鳴を上げた。ドアの前にはタキシード姿のブリキの魔人が立っていた。
「きさま、どうやってここへきた。警官隊はどうした!」
「ミンナ、タオレテネテイル。シビレコウセン二アタッテナ。ケイカンタイナド、オレサマノテニカカレバイチコロダ」
「魔人め、おれがあいてだ!」
「フン、オマエナンカ、コウセンヲツカウマデモナイ」
魔人は向かってきた健二を、ダフト管のような腕でひと払いした。
「ぎゃっ」
健二は壁にぶつかってのびてしまった。
「うぬ、かくなるうえは!
バン、バン!
尾間貫がピストルを発射した。しかし、弾はみなはねかえされてしまった。。
「ソンナ、ぱちんこダマガ、マジンサマニツウジルカ!コノトクシュぶりきハ、タマヨリモカタイノダ。オマエモネムッテイロ!」
魔人が尾間貫に光線を発射した。
「うわっ しまった!」
尾間貫はたおれてしまった。
魔人は由美に花束えを差し出してた。
「サテ、ジャマモノハカタズイタ。ユミサン、カノジョニナッテホシイノダガ」
「いやよ! あたしはアルミ缶のほうが好きなの!」
「ナニヲイウ。 ムカシハミナ、オモチャカラカンズメマデ、ブリキダッタノダ。ヒジョウニヨクツカワレタ、ベンリナキンゾクナノダ。サア、イッショニクルノダ」
「まて、宝石はやる。由美はつれていかないでくれ」
「デキナイソウダンダ。オレハホウセキヨリ、ユミノホウガイイノダ」 
皆、壁際に追い詰められ震えている。魔人が由美ににじりよった。
「五味川先生、助けて~~~」
魔人の手が由美に触れようとした、その時であった。
「まてまてまてまて、まて~~~」
「アッ キサマハゴミカワ!」
突然、五味川が現れたのだ。
「先生!」
「五味川さん!」
「オレノカクレガニツカマエテオイタノニ、ドウシテダッシュツデキタノダ」
「はっはっは。この五味川一平、女性が窮地にたつときはどこにでも現れるのだ!」
「シンジラレン。アソコカラニゲダスコトガデキルトハ」
「さあ、魔人め、こんどこそお縄を頂戴しろ!」
「カクナルウエハ、モウイチドシビレコウセンダ!」
魔人が光線を発射した。
「おっと、その手はもう食わんぞ! それ鏡だ!」
五味川が鏡を魔人に向けた。
「グワワッ コウセンガハネカエッテキタ。シビレル~~ モウダメダ。ボス、タスケテクダサイ。クイッ クイッ」
「魔人め、油切れのような声を出しおって」
その時突然、電気が消えてどこからともなく不気味な声が響いた。
「五味川、よくもやってくれたな。必ずこのお返しはするぞ。それにしても魔人め、情けないやつだ。二回もドジをしやがって。留守の間に五味川が隠れ家から逃げたので、追ってきたらこの有様だ」
「その声は蛇島!」
「よくわかったな。今夜はこれで引き上げるが、いずれまた参上するぞ。今度会ったときは目にもの見せてやる。十分注意することだ。ふふふふ」
突然明かりがついた。
皆我に返った。
「先生、よくご無事で」
「はっはっは。五味川は不死身です。由美さん、健二くんと尾間貫刑事の介抱をおねがいします」
「かしこまりました。お母様、平野さんも手伝って」
由美たちが二人を別室に運んだあと、五味川は倒れている魔人に近寄った。
「どれ魔人の正体をみてやる。ややっ これはからっぽのブリキ缶じゃないか。中にはなにもない。歯車がころがっているだけだ。うーむ」
そこには金属のぬいぐるみのような胴体と、歯車やねじが転がっているだけで頭と手足はなかったのである。
「するとこいつは、ロボットだったのでしょうか」金有氏が聞いた。
「そんなことはありえません。その証拠に由美さんにストーカーしたではないですか。こんなスケベなロボットがいますか。人間のように、女性に花束もって告白しにくるロボットがいますか」
「そりゃまあそうだが・・・ではいったいどうやって動いていたのでしょうか」
「この中には人間が入っていたと思っていましたが、この機械の残骸のようなものはまだ説明がつきません。目からは光線を発射し、訳のわからない機械のような声。はたして、この魔人が何者なのか。ロボットなのかはまだ断定はできません。さっき聞こえたあの不気味な声は、黒幕と思われる蛇島博士の声です。わたしはあいつのところに捕まっていたのです」
「そうでしたか。とにかく先生のお働きで由美も助かりました。ありがとうございました」
「いやなに、私は当然にことをしたまでです」
尾間貫がよたよたと歩いてきた。
「うう、ひどい目あった。あっ五味川先生、いつの間に!ご無事でしたか」
「気がついたか、尾間貫くん。日和見さんや他の警官の介抱をたのむ。花粉ガスにやられてみんなのびているからな」
「わかりました。うう、まだ頭ががんがんする」
尾間貫が行ってしまうと、由美が目を輝かせて言った。
「先生、どうやって魔人の手から脱出できたのでしょう」
「由美さんは好奇心旺盛ですな」
「わたくし、こうみえて、ミステリー・ファンなんです。ブリキの魔人の正体はなにか、蛇島博士なんてあやしげな人間まで出てきて。今後の展開が楽しみですわ」
「由美さん、これは小説や映画ではありませんぞ。現にあなたはさらわれるところだったじゃありませんか」
五味川はたしなめるように言った。
「いいえ、さらわれませんわ。絶対に先生が来て助けてくださる、と信じておりましたので」
由美は大きな目をさらに輝かせて、きっぱりと言った。
「おほん、おほん。ま、まあ、とにかくですな、十分注意してください」
五味川は苦笑いをしながら、咳ばらいをした。
「先生、それでさっきの私の質問の答えは?」
「こまった由美さんですな。それは第四章でお話しましょう」
「そうですわね。魔人との対決で皆さんお疲れでしょう。コーヒーでもお入れしましょうか」
「それはありがたい」
五味川探偵は無精ひげをなでながら呟いた。
「しかし、これで終わりではあるまい。魔人は必ずまた現れるだろう。油断は禁物だ」

第四章 名探偵武智小五郎 
 
12
 
ブリキの魔人騒ぎから数日がたった。あの後、五味川がつかまった蛇島研究所にも警察の手が及んだが、中はもぬけのからであった。暫くは何事もなく、平和な日々が続いた。
そして、ここは千代田区のT町のひと気のないオフィス街のはずれである。街灯もなく薄暗い通りを、パトロールの警官が歩いていた。
「今日も冷えるな、帰ったら『相棒の刑事八人』の予約録画見なくちゃ。最終回の二時間スペシャルだからな。杉本警部はかっこいいな。警察官のかがみだ。どこかのひよりみとはわけがちがう。おや、あれはなんだ、何かが光っている」
「ギギギ・・・」
「あっ きさまはブリキの魔人!」
「ギギギ・・・ドウダ、コンドハヒカルマジンダ」
ブリキの魔人は、夜の闇に金色に光り輝いている。パトロールの警官は、立ちすくんだ。
「コンドコソオタカラヲイタダクゾ。ミナ二ツタエテオケ。コンドハ、ふらんすタイシノトコロニアルわいんダ。『ホトケノシズク』トイワレテイルぷれみあむ・わいんダ。ハヤクノミタイモノダ」
何ということだ。魔人は、こんどは高級ワインをねらってきたのだ。
「魔人め!次は酒か、意地汚いやつめ!すぐ、応援をたのまないと。もしもし、もしもし!」
「フン、セイゼイケイカイヲ、ゲンジュウニスルンダナ。アバヨ!」
魔人はくるりと身をひるがえすと、逃げ出した。
「あっまて!」
警官あわてて追いかける。魔人は角をまがった。警官も後をおった。すると、そこには誰もいない。
「おかしいな、たしかにここを曲がったはずなのに」
サイレンの音とともにパトカーが到着。日和見警部と尾間貫刑事が降りた。
警部、ご苦労様です。また、魔人が現れました」
「なに!また魔人が現れたのか!」
「おかしいですね、魔人はやっつけたはずなのに」
「こんどの魔人は金ぴかに光っておりました。そして魔人は、そこの角を曲がったところで消えてしまいました」
「きえた~ そんなばかな!あんなブリキのかたまりが消えるはずがないじゃないか」
「そういわれましても、ここを曲がったらもう、だれもいなくて」
「いったい魔人は何人いるんだ。それで、魔人はなんか言ったのか」
「はい、こんどはフランス大使のところにあるワイン『ほとけの雫』とやらを狙うといっておりました」
「こんどは酒か、ブリキが酒をのむのか」
「警部、それは、この間オークションで何千万の値がついた珍品ですよ。シャトー・ラルゴの秘蔵の一品です」
「わしは焼酎しか飲まんからワインのことはわからん!そんな高い酒がこの世にあるのか」
「マニアの間で取引されているビンティジものですよ。飲むというよりはコレクションです」
「なんだか知らんがこんどは酒を守るのか、めんどくせえ」
「いずれ、例によってフランス大使館にも脅迫状が舞い込むでしょうね。」
「酒の警護なんて脅迫状が来てからゆっくりでいい。帰るぞ!」
「あの、魔人をさがさなくていいので?」
「おまえが適当にさがしておけ」
「噂どおり、ひよりみだな」
「なんか言ったか」
「いえ、なにも言っておりません!ご苦労様でした!」
 
13
 
ところ変わって、ここは五味川探偵事務所である。
五味川が由美の質問に答えているところであった。
「では、由美さんのご質問にお答えしましょう。あの日、わたしは蛇島研究所で、不覚にも魔人一味に捕らえられてしまいました。魔人が例のしびれ光線をわたしに向けて発射したからです。しかし、わたしもみすみす何回も光線にあたるほど、まぬけではありません。あたったふり、気をうしなったふりをしていました。魔人は蛇島のいいつけどおり、わたしを別の部屋まで運びました。その部屋はとても暗く、じめじめしていました。
魔人は、担いできたわたしを部屋の奥に放り投げると、めんどくさそうにくるりと向きをかえ、ドアの方に歩き出しました。その時、わたしはすばやく起き上がると魔人の後ろ側にはりつきました。はりついたといっても魔人に触れはしません。魔人は後ろは見えません。音をたてぬように、魔人と同じ速度で歩いてまるで影のように行動したのです。おまけに部屋が暗いし、わたしが気絶していると思い込んでいる魔人は、部屋にの奥には全く無到着。鼻歌まじりで部屋からでて行きました。魔人の後ろを暫く進むと、ちょうど階段があったので、わたしはそこに身を隠しました。
そして、悪党どもが皆外出するのを待って、わたしは金有邸に先回りし、魔人が再びくるのを待っていたというわけです」
「そうだったんですか。さすがは五味川先生ですわ」
「その後、研究所を日和見警部たちが捜索しましたが、もぬけの空でした。魔人たちはこんどは何を企んでくるのか、油断はできません」
その時電話がなった。
「はいはい。田川探偵事務所でございます。ああ、日和見警部さん、少々おまちください。センセ、日和見さんからです」
「はい、代わりました、五味川です。ああ、警部、なにかありましたか。なに!また魔人が!え、仏になった? そうじゃない?、ワインですと。ほう、こんどはフランス大使館ですか。だんだん有名どころを狙うようになりましたな。外務省からも電話が?ミスをすると出世にかかわる?そうでしょうとも。それで、この五味川の力を借りたいと、そういうことですな。わかりました。すぐ伺います」
その時また来客があった。美しい外国人の女性のようだ。
「ボンジュール、五味川探偵」
「センセ、フランスの方みたいですよ。わたしはフランス語はさっぱりです。おねがいしますよ」
「まかせておけ。トレビアン、マドモアゼル。セシボン、シャボン、クーポンケン」
外国人の女性はぽかんとした。すると由美がそばにきて言った。
「まあ、マリーじゃないの、いつ日本に来たの。こちらへは、なんの御用?」
「ま、由美、こんなところで会うとは。あなたこそ、なんでここにいるの?」
「ええ、実はこれこれで」
「そうだったの、ほんとに偶然ね。わたしたちソルボンヌ大学以来ね」
由美は五味川のほうを向いて言った。
「先生、マリーは本当はマリアンヌといいますが、わたしたちはみんなマリーと呼んでます。彼女のパパはフランス大使ですの。でも、お母様は日本人です。ですから日本語はぺらぺらですわ。わたしはソルボンヌ大学に留学していたことがあり、マリーはそのときのクラスメートなんです」
「そうでしたか。いや偶然ですな。わたしの流暢なフランス語をおきかせできなくて残念です。はっはっは」
テン子が鼻先で笑った。
「ふふん、なにが、流暢なフランス語よ。セシボン、シャボン、クーポンケン。まったくお調子者なんだから」
「おい、テン子くん、お客様にカフェをいれてくれないか。ああ、由美さんと私にもな」
「いはい、かしこまりました。コーヒーじゃなくて、カフェですね」
「それで、マリーさんのご用件はなんですかな。いや、お聞きする前にあててごらんにいれましょうか」
「えっ おわかりになりますの」
「無論です。わたしほどの探偵になりますと、依頼主の姿や物腰、表情から全てを洞察することができるのです。本日のご用は、お父上の所有する高級ワイン『ほとけの雫』の件ではありませんか」
「まあ、どうしてそれを」
「図星でしたな。お父上にブリキの魔人からの脅迫状が舞い込んだのでしょう。そのワインをいただきに参上する、とかなんとか書いてある」
「そのとおりですわ、すばらしい推理です」
「先生は日本一の名探偵なの。わたしも魔人から守っていただいたのよ」
「まあ、心強いわ。あなたがそういうのなら間違いないわ。父も心配して、外務省を通じて、警察にもよくお願いしたみたいなんだけど、なんか頼りない警部がでてきて」
「はっはっは、それは日和見さんのことですかな。まあ、かれも優秀な警察官ではありますが、なにせ、相手が創造を絶する怪物です。怪物の力が警察の力量をこえているのです。ま、わたしにとっては、ちと不足ではありますが、フランス大使が狙われたとあっては問題です。日本の名誉にかけてお守り せねばなりますまい。わたしがいれば、なにも恐れるものはありませんぞ。はっはっは。おい、テン子くん、カフェはまだか」
「はいはい、ただいま。偉そうに。シャーロック・ホームズみたいなこと言っちゃってさ。その話、さっき警察から電話があったばかりじゃない。はいセンセ、カフェ~ でございます」
「うむ。まあ、どうぞ。ところでマリーさん、大使にはいつお目にかかればよろしいでしょう」
「では、今夜にでもおまちしています。父も心配しておりますので」
「かしこまりました。かならずお伺いいたします」
「由美、ひさしぶりにどこかでお話したいわ。何よりもブリキの魔人に狙われた先輩ですもの。撃退方法きかないと」
「いやなこといわないで。わかったわ、いきましょう」
「では、五味川探偵、今夜おまち致します」
二人は仲良く笑いながらドアを出て行った。
「センセ、あんな大見得きって大丈夫ですか。失敗したら国際問題ですよ」
「テン子くん、なんども言わせるな。わたしの辞書に失敗はないのだ」
「そうですかねえ、こんどは魔人も用心してくると思いますよ」
 
14
 
その日の午後八時ころであった。五味川は、港区の麻布にあるフランス大使の私邸を訪問していた。
「ボンジュール、五味川探偵。よくきて下さいました。わたしがフランス大使のジェラールです。もうじき日和見警部も来られるでしょう」
「はじめまして、五味川です。日本語はお達者ですな」
「妻が日本人なもので。それで娘も日本語の先生ですよ。妻は今、フランスにおりますが。ああ、こちらは日本の秘書、気障名くんです」
「ボンジュール、はじめまして。秘書の気障名明です。五味川探偵はワインにはお詳しいのですかしら」
「むろんです。探偵はあらゆる知識をもたねばなりませんからな」
「そうですか、トレビアン!ではシャトー・ラルゴのワインはいかほどたしなまれましたかしら」
「シャトー・ラルゴ、む、しまった。そんな高いワインは見たこともないわ。うまくごまかすしかないな。昔はよく飲みました。そうですな、一日三本は飲んでおりました」
「えっ そんなに!わたしでもグラスでしか頼めなかったのに。すると、お金も相当かかりましたでしょう」
「いやなに、友人の酒屋から安く買っていましたから」
「シャトー・ラルゴを安く売っている酒屋があるのですか! わたしもほしい、ぜひ教えてください!」
「しまった、さらに墓穴をほってしまった。それが残念ながら、最近、不景気で店を閉めまして」
そのときマリーが入ってきた。日和見、尾間貫、それともう一人を伴っている。
「パパ、警察の方よ。あともう一人、外務省の人」
「おお、みなさん、よくきてくれました。どうぞおかけください」
「大使、外務省の本間仁正です。このたびは大変なことになりましたね。国際問題になるといけませんので、今日は、わたしも政務次官の特命で同席することになりした」
「おお、そうですか。ご協力感謝いたします。警部さん、これがわたしのところにきた脅迫状です」
「外務省など来なくてもいいのにな。はい、どれどれ。
 
『フランスのジェラール大使の所有する高級プレミアム・ワイン、シャトー・ラルゴのコレクションを十一月十五日の十二時いただきに行く。『ほとけの雫』といわれる珍品だ。こうみえておれはワイン通なのだ。いただいたら宅配ピザといっしょに楽しむのだ。   ブリキの魔人』
 
ふうん。十五日といえば明後日か」
「シャトー・ラルゴを宅配のピザと一緒に飲むなんて!冒涜だ!おおっ神よ!」
気障名がわめいた。本間仁が眉間にしわをよせながらおもむろに言った。
「大使、このままでは、大使の大事なコレクションが危険です。わたしにひとつ提案があります」
「おお、それはなんでしょう」
「こちらで手配した有能な探偵をひとり、警護にあてます」
「なんだと、探偵ならここにいる。二人もいらん」
「あなたのような素人とはちがう。本物の名探偵だ」
「なにい、それは、いったいだれだ」
「もうじきここにくる。くればわかる」
その時、マリーが来客と一緒に入ってきた。お客は、すらりと背が高く、聡明そうな風貌、強肩そうな身体をした青年であった。センスのいいブルーのスーツをまとっている。
「パパ、もう一人お客様。今日は多いわね」
青年はさわやかな声であいさつした。
「みなさん、こんばんは、武智小五郎です。おそくまりまして失礼しました」
「えっ 武智探偵といえば、数々のむずかしい事件を解決した・・・でも今は海外にいるはずですが」
尾間貫刑事がびっくりして言った。
「尾間貫刑事、おほめにあずかって恐縮です。わたしは外務大臣から直接電話をいただいて、急遽帰国したのです。国際問題になるのを避けなければなりませんので」
五味川が歯ぎしりしながら言った。
「うぬぬ、商売がたきめ、かっこうつけやがって。本間仁さん、武智さん、ブリキの魔人は私一人で沢山だ。日和見警部をはじめ有能な警官も大勢いる」
「もちろん、そうでしょう。私は皆さんの邪魔をするつもりはありません。五味川さんも優秀なかたですから、ご活躍をそばで拝見しております」
五味川が気色ばんだ。
「そうだ、あんたは黙ってみていればいいんだ」
武智は日和見警部にむかっていう。
「ところで警部、魔人が角を曲がったところで消えてしまったそうですが、その謎はとけましたか」
「おほん、その件は今、捜査中です。追跡した警官が足が遅くて、まかれてしまったのかもしれませんな」
「はたして、そうでしょうか?わたしは、その話を警視庁の友人からきいたのですが、すぐ現場に行って調べてみました。現場はオフィス街のはずれですが、あまり大きくないビルがたくさんありました。その中の一つが、角をまがってすぐのところにあります。その非常口は、角を曲がってさらにすぐのところにあります。たとえば・・魔人がそこに逃げ込んだとしたら、消えたようには見えませんか。そのビルの一階の借主は蛇島蛭冶という名前でした。皆さん、どこかで聞いたことがありませんか」
「へびしま・・・へびしま、あっあの蛇島博士か!」
「そうです、その蛇島です。やつは、また世間にアピールするために、あのようなパフォーマンスを魔人を使ってやったのです。あのようなブリキの塊が煙のように消えたようにみせかけるために」
「うむむ、なんて目立ちたがりやなんだ」
「さらにこんどの目的は、フランス大使の大事なワインをねらうという、国際的にも目だちたい言う意図がみえかくれします」
ジェラールが感激して言った。
「なんいうするどい推理です。感服いたしました。本間仁さん、すばらしい探偵さんをご紹介いただき感謝いたします」
「まことに、まことにトレビアン!わたしも関心いたしました」
本間仁が得意満面で見下した。
「外務省推薦の名探偵であれば当然です。外務省はエリート官僚の集団です。ださくて危険な犯罪捜査などしません。全てデスクで物事を構築する頭脳集団です。警察はわれわれのようなエリートを守るのが仕事です。武智探偵は、名探偵の中の名探偵です。そこらの素人とは格がちがいます」
「何度も素人といいおって!無礼なやつめ!」
五味川が憤慨して言った。
「ださくて危険な犯罪捜査だと!これでも市民のために安い給料でがんばっているんだ!」
日和見もこぶしをにぎって叫んだ。
「まま、けんかはやめてください」
ジェラールがわってはいった。武智は涼やかな声で言った。
「ご心配なく。この程度のことは五味川さんも、とっくに見抜いておられると思います」
「む、むろんです。わたしもおなじように考えていました。いま、言おうと思っていたところです」
「今回はわたしは、五味川さんと警察の皆さんのご活躍を見守らさせて頂くだけにします」
本間仁がさらに見下していった。
「武智さん、この連中でほんとに大丈夫ですか。武智さんに仕切っていただかないと失敗しますよ」
「五味川さんと警察のお顔をつぶすようなことはできません。何かあったとき、お手伝いをするのは、やぶさかではありませんが」
気障名が称賛した。
「なんと謙虚でおくゆかしい。武智先生は人格者ですねえ。トレビアン!」
五味川はそっと日和見に近寄るとぼそぼそ囁いた。
「ううむ、いんぎん無礼なやつだ。虫が好かん。あの謙虚さのなかに、なにか人を見下したところがある。おい、日和見さん、今回はがっちり協力して魔人をやりこめよう」
「うん、そうしよう。あの本間仁というやつは実に虫が好かん。大使、実際のワインをみせていただきたいのですが」
「オ~ノンノン。警部はワインのことご存じありませんね。あのような高価なワインは、ワインセラーからもちだすことはできません。保温状態が悪ければすぐ酸化してだめになってしまいます」
「まあ、気障名くん。少しの時間ならいいだろう。冷却シートでくるんでお見せしなさい」
「ウイ、大使がそうおっしゃるのでしたら。少々、おまちくださいませ」
気障名がワインをもってきた。
みなさま、これでございます。これが、シャトー・ラルゴの幻の一品『ほとけの雫』です」
「どれどれ」
「オ~ノンノン。さわってはいけません。人間の体温で酸化します」
「けち!さわるくらい、いいだろ。たかが、酒じゃないか。飲んじまえば同じだ!」
武智がたずねた
「ワインセラーはどこにあるのでしょうか」
「地下にあります。このほかビンティジものが数百点コレクションされています」
「すばらしい。セラーの鍵は?」
「わたしと気障名くんがもっています」
「わかりました。ワインセラーに入ることができるのは鍵をもっているお二人だけですね。
「そういうことになりますね」
「それなら安心です。その鍵は厳重に保管してください」
「わかりました。では、明後日お待ちいたします」
日和見がやれやれといった口調で言った。
「了解、了解。ではみんな、明後日集合だ」
 
15
 
明後日になった。魔人の予告の時間の数時間前、ジェラール、気障名、日和見、尾間貫、五味川、武智が大使の私邸の応接に集まっていた。
「もうじき十二時ですな」
「緊張します。魔人はほんとうに来ますか」
「きたら今度こそひっとらえてやります。しびれ光線対策用の鏡も用意しましたし、警官もワインセラーの前や、屋敷のまわりを警護しています。ねずみ一匹通れません」
気障名が震えながら言った。
「おねがいします。おねがいします。わたしも緊張してますです、はい」
時計が十二時を告げた。
「なんだ、今度はなにも起こらないじゃないか」
「魔人め、われわれの気迫にビビッてこなかったな。大使、もう安心ですよ。五分すぎました」
「ほんとうに大丈夫でしょうか。気障名さん、確認おねがいします」
武智が聞いた。
「はいはい、ただいま確認します」
気障名がワインをとりにいく。
「大使、大丈夫です。ありました」
武智がさらに言った。
「念のため冷却シートをはずして確認してみてください」
「ウィ、ややっ これは、ちがうぞ!『ほとけの雫』ではない!みろ! これはただのグレープ・ジュースだ!」
「なんですと!だれもここからワインセラーに行かなかったじゃないですか。ワインセラーもおそわれた形跡がない!セラーの前の警官にも確認しろ!」
日和見警部が怒鳴った。尾間貫刑事があたふたとセラーに向かった。
「警部、だれも、いや、ねこの子一匹通らなかったそうです」
「うむむ、魔人め、どうやって・・・」
「あっあそこに張り紙が!
 
『ワインは確かに頂いた。代わりにコンビニのグレープ・ジュースを入れておいてやったぞ。みんなで悔し涙の乾杯をするがいい。 ブリキの魔人』
 
ううむ、やられた」
「おい、五味川くん、これ、また君が書いたんじゃないだろうね」
「ばかなこといいなさんな。この状態でどうやってワインを盗むのだ」
「わたし、日本の警察信用しすぎました。警察と外務省にクレームつけます」
「た、大使、ちょ、ちょっとまってください。ワインは必ず取り返しますので」
武智がみなを見渡して言った。
「おそれていた事態がおきてしまいましたね。こうなれば取り返す以外に、名誉挽回のチャンスはありません」
「武智探偵、お願いします!わたしの大事なコレクションとりかえしてください」
武智は静かにジェラールの方を向くと、きっぱりと言った。
「大使、ご安心ください。明日中にワインはとりかえします」
五味川がびっくりして言った。
「なんだって、たった一日でそんなことができるはずがない!」
「いいえ、とりかえしてみせます。大使、明日いっぱい時間をください」
「おお、よろしくお願いします。もう、武智探偵だけがたよりです」
「お任せください。では、今日は失礼します。策をねらなければなりませんので」
「おい、尾間貫くん、おれたちも引き上げよう。表の警官たちも解散させよう」
「はい、わかりました。五味川さんはどうします?」
「おれも引き上げるよ」
五味川は力なく肩を落とした。みな大使の家をすごすごと後にした。
その時突然、空に魔人の声が響いた。
「ギギギ・・・ゴミカワ、マヌケナケイサツノショクン、マジンノチカラヲミタカネ。ドウヤッテワインヲイタダイタカ、ワカルカ。オレハカベヲスリネケルコトガデキルノダヨ。ダカラ、マジンナノダ。マジンハマジュツヲツカウノダ。ヒヨリミケイブハ、ジブンノクビヲシンパイスルコトダ。ゴミカワハ、あるばいとニモドッタホウガイイゾ。アア、ユカイ、ユカイ」
「おのれ、魔人め、姿をあらわせ!」
「あっあそこだ!体が光っている!」
尾間貫が遠くのビルの屋上を指さした。
「コンドハ、ヤコウマジンダ。カッコイイダロ」
突然、魔人はふっと消えてしまった。
「あっ 消えた。ほんとうに魔術を使うのかな」
尾間貫が呟いた。
「そんなはずはない、あんなもの消えるはずがない!それに壁抜けなんて出来るはずがない!絶対なにかトリックがあるはずだ!必ずあばいてやる!」
五味川は悔しそうに叫んだ  

第五章 魔人の逆襲
 
16
 
ここは五味川のぼろアパートである。五味川はまだ寝ている。携帯が鳴った。
「うるへ~なふぁい、もしもし・・・なんだ警部ですか。何の用ですか、まだ寝ているのかって。ええ、昨日はやけ酒のみすぎちゃって。はいはい、わかってますよ。それで、御用は?なに!武智がワインを取り返したって。きのうのワイン盗難のトリックを説明するですと!うん、大使の家で! は、わかりました。すぐいきます!」
五味川はどたばたと出て行った。
ここはジェラール大使の私邸である。五味川が着いた時には皆到着していた。警察の面々のほかジェラールの秘書や外務省の本間仁ら顔をそろえていた。その中心には、涼やかな笑顔の武智がいた。
「みなさん、お集まりいただけましたね。では説明いたしましょう」
ここはジェラール邸である。武智が皆のまえで話はじめた。
「おい、とられたワインはどこにあるんだ」
日和見警部がいらいらしながら言った。
「ま、あわてないでください。警部、コーヒーでもいかがですか。皆さんもどうぞ。これは私がいれたブルー・マウンテンです。リラックスしてお聞きください」
「お、サンキュウ、気が利くな。む、こりゃいいコーヒーだ。警察の自動販売機とはわけがちがう。おい、尾間貫くん、お前もゴチになれ」
「いただきます」
「のんきにコーヒーなんか飲み出しやがって。武智は何を考えているんだ」
五味川は歯ぎしりしながらいった。
武智は涼やかな声で、再び始めた。
「事件の夜の帰り、日和見さんたちは魔人に遭遇したそうですね。魔人はなにか言っていましたか」
「おう、こんなことを言ってた。『おれは魔術をつかって、壁抜けをしてワインをとったのだ』とかなんとか。信じられんけどな」
「なるほど、壁抜けをねえ。さて、あの日十二時の時報がなるまで、だれもここを動きませんでした。そして、十二時になったとき、ワインセラーに確認にいってワインを持ってきたのは気障名さんです。つまり、気障名さん以外は、だれもワインセラーに入っていません」
「武智探偵、ミーを疑ってるんですか、失礼な!大使につかえて二十年のわたしが、そんなことする訳ないでしょ」
気障名がうろたえて言った。
「むろん、気障名さんがそんなことするはずありませんよ。ではもうひとりセラーに出入りできる人間はだれか、と考えたとき、やはり鍵を自由にできる人間しか考えられません」
五味川」が気色ばんだ。
「そんなこといったら、大使しかいないじゃないか」
「そうです。しかし、大使が自分で自分のものを盗むわけがりません。そして、もうひとつの疑問は、このような高価なワインは保存方法が難しく、これを盗んでも保管するのが大変です。保管に失敗すると、すぐ酸化して台無しですからね。脅迫状には、魔人が自分で飲むなんて書いてありましたが、このようなプレミアム・ワインはオークションでお金に替える目的の方が大きく、飲んだという話は、あまりききません。では魔人はなぜこんなものに目をつけたのか。それは、あとから大使がお持ちの別のお宝を脅し取るためではないか。たとえば宝石。大使は、あの有名なルビー『マーガレットのサクランボ』をお持ちだと聞いています」
「そ、そうです。ご存じでしたか。あれは私たちの結婚祝いに、モナコ王妃から頂いたものです。石がわたしと妻の指輪になっていて、ちょうど対のサクランボの実のようにみえるので、この名前がついています。指をくっつけるとサクランボの実のように2つ仲良く並んで見えるのです」
「大使、魔人は、後でそれと引き換え交渉にするつもりだったと思います」
武智は声高らかに続けた。
「わたしは思います。ワインは盗まれていません!盗まれたような大騒ぎをして、セラーの別の場所に移したのです。ワインは盗んだことにして、そのままにしておいたほうが合理的です。わざわざ盗んで面倒な保管をする必要もないですし。ワインは盗まれてはいません!」
「なんですって、でも確かにあれはグレープ・ジュースだった」
尾間貫が納得いかんとばかりうなった。
「そうです。でもあれは、ワインセラーから持ち出されたものではなく、
気障名さんがすりかえたものです」
「武智探偵、ひどい。やはりミーが犯人だと」
気障名がいじいじと下をむいた。
「私は言ったでしょう。忠実な秘書の気障名さんがそんなことをするはずがないと。ただし、本物の気障名さんならね」
気障名を見た武智の目がきらりと光った。
「なんだって。じゃ、彼は気障名くんではない、といわれるのですか」
ジェラールは目を丸くして言った。
「そうです。大使、気障名さんの利き腕はどっちですか?」
「彼は、たしか左ききだったと・・・」
「今の彼はどちらにコーヒーをもっていますか」
「彼は右に・・・あっどうしたのだ。気障名くん、急に右利きになったのか」
「やはりそうでしたか。日ごろの習慣は、注意していてもつい出るものです。彼は気障名さんじゃありません」
「何だと!じゃ誰なんだ!」
「おい、魔人くん、そろそろ正体を現そうよ」
武智は気障名に詰め寄った。すると気障名は青ざめて後ずさりし始めた。
武智の気迫に押されたのだ。次の瞬間、彼はぱっと身をひるがえし、窓のそばにかけよった。
「ちくしょう、みやぶられたか。もう少しのところだったのにな」
気障名に化けた魔人は、ピストルを出した。
「皆、動くな!武智め、いずれこの借りは返すぞ!」
魔人はそう叫ぶと、身を躍らして窓から逃げさった。
「まて!曲者!」
「警部、深追いは危険です。敵はピストルをもっています。それより、大使。ワインをご確認ください。たぶん見つかりにくい奥のほうにあると思います」
「おお、そうでした」
ジェラールはあわててワインセラーに飛んでいく。数分後ワインをもって戻ってきた。
「ありました!べつの棚にちゃんとありました!」
「そうですか、やはりありましたか。良かったです。これで国際問題にならずにすみました。ははは」
武智の爽やかな笑い声が部屋に響いた。日和見が人が変わったように、うやうやしく尋ねた。
「武智さん、ついでに事件の夜、魔人が消えたわけはわかりますかいな」
「ああ、あれはブラック・マジックといって簡単な手品ですよ。あの晩の魔人は光っていたでしょう。あれはたぶん、夜光塗料です。魔人は下に黒い服を着ていて、それをぬげば、闇に同化して消えたようにみえるのです。先に光らせておいて脱ぐから、余計に消えたようにみえるのでしょう」
すかさず尾間貫も尋ねた。
「では、あのしびれ光線は?」
「あれはたぶん、光線の発射と同時に、電気かなにかを放電しているのだと思います。感電したのと同じですよ。たとえばスタンガンのように。だから、あまり遠くには利きません。鏡よりはゴムのようなものを着ていたほうが防げますね」
「いや、すばらしい。武智さんに聞けばなんでもわかりますなあ。そこの頼りない先生とは雲泥の差、月とすっぽん、いや、おそれいりました」
五味川は歯ぎしりして唸った。
「このひよりみめ、都合が悪くなるとすぐ、すりよりやがって」
尾間貫が尋ねた。
「あの、本物の気障名さんはどこに」
「別のところに縛られて閉じ込められてましたよ。わたしの助手の大林君が助けだしているはずです。もうじき帰ってきますよ」
ちょうどその時、気障名がよたよたと帰ってきた。
「たいし~~こわかったです~~~ああ、ひどいめにあいました」
「おお、かえってきた。気障名くん、大変だったな。ゆっくり休みなさい」
「はい~そうします~~」
気障名は尾間貫にかかえられて、別室にきえた。
「それにしてもみごとな変装だ。利き腕が違う点をのぞけば瓜二つだ」
ジェラールがうなった。
「そんなことが出来るのは、おそらくあいつくらいのものでしょう」
「あいつとは?」
「それは、そのうちわかります。まだ確信がないので伏せておきましょう」
あまりにみごとな武智の推理、そして捜査手腕にみな感服して拍手した。
その陰で小さくなった五味川がいた。
「ううむ、武智のやろう、すっかりみなに信用と尊敬を植えつけてしまったわい。日和見まですりよりやがって。前のおれの評価はふっとんじまった。仕方がない、これから挽回せねば」
五味川はがっくりと肩をおとして呟いた。
 
17
 
五味川がとぼとぼと事務所に帰ってきた。
「ただいま」
「あら、センセ、おかえりなさい。なんか元気ないですね」
「うん、実はな、これこれで・・・武智とかいうやつにすっかりおかぶをとられてしまった」
テン子はうなずきながら聞いていたが、ふと首をかしげた。
「そうなんですか・・・でも、なんかおかしいですよね。その武智探偵という人、すごい人なんでしょうけど、なんですぐ事件を解決しなかったんでしょうねえ。やれば出来たはずなのに」
「そういや、そうだな、なぜだろう?」
「まるで、一日待って事件を解決したような。それにセンセたちが魔人に会ったのは事件の夜ですよね。それもまるでその場にいたような、整然とした説明をしたんでしょう。センセのことを遠まわしに無能と思わせるように行動しているようにみえますけどねえ。人格者ですごい人なら、そんなことしないでセンセのこと助けてくれるはずですよ」
「む、いわれてみるとそのとおりだ。たしかにおかしい」
「逆だったら、意地汚いセンセのことだから、散々自慢話をしてから解決して、報酬の吊り上げするんでしょうけど。きゃはは」
「無礼者め、なんてことをいうんだ。それにしても、あの武智をつれてきた外務省の本間仁正、あいつもうさんくさい。警察の悪口ばかり言ってた。そんなことあえて言う必要がないのに。なんか警察に恨みでもあるような」
「気になるなら調べてみたらどうですか」
「よし、調べてみよう。元気がでてきたぞ」
その時ドアが開き、由美が訪ねてくる。
「あら、由美さんだわ」
「先生、いらっしゃいますか」
「まあまあ、由美さん、いらっしゃいませ。センセいますけど、ドジして落ち込んでますよ。少し、慰めてやってくださいな。いま、お茶入れますから」
「いえ、お茶は結構です。それよりこれをみてください」
「どれどれ・・・
 
『こんどこそ宝石と由美はいただく。無能な探偵どもをいくらあつめても無駄だぞ。 ブリキの魔人』
 
魔人め、しつこいやつだ。今度こそひっとらえてくれる。由美さん、わたしにおまかせください」
「それが・・こんどは別の探偵さんにお願いしろと父がいうものですから」
「なにっそいつの名前は、もしや」
「武智小五郎とか言う人です」
「やっぱり!でもお父上はなぜあいつを」
「なんでも外務省のほうから強い圧力がかかったらしく。それにフランス大使のところで先生が失敗されて、それを解決したのが武智探偵だということを、かなり強くいわれたらしいのです」
「そうですか・・・やむをえませんな。武智探偵は優秀な男です。まちがいはないでしょう」
「先生、それでよろしいんですの。わたし、今度こそ何かがおこりそうでこわいんです。それにあの、武智という人・・・マリーに興味をもったらしく、この間デートにさそったらしいんです。マリーのほうでも少し興味はあったみたいで、一回食事にいったらしいですけど」
「武智がマリーさんを! ・・・かれは、たしかにイケメンで、頭もきれるし、人間もできている。エリートですからな。女性が興味をもつのも無理からぬことです」
「なにをおっしゃるんです。先生のほうがずっと素敵ですわ」
「由美さん、なにをいってるんですか。うちのセンセのどこがいいんですか。見栄っ張りのお調子者で、大酒のみ。趣味は競馬にパチンコ。たまに、おごってやる、というのでついていくとセンベロ酒場ですよ」
「あの、せんべい酒場ってなんですか。おつまみにおせんべいが出てくるのでしょうか」
「せんべい酒場じゃなくてセ、ン、ベ、ロ、酒場です。千円でべろべろになるまで飲めるほど安い店のことですよ。そこでさえ、お金が足りなくなって、あとから『おいテン子くん、わるいが割り勘にしてくれ』と、こうですからね。由美さんのようなお嬢様は知らない世界ですよ」
「あら、私はそんなお嬢様じゃありませんわ。宝石商の仕事は、はたで見てるよりも大変なんです。スリランカやアフリカに原石を掘りに行って、現地の人間と交渉して・・・それに宝石が売れてお金になるまでの金利も大変ですし。ストレスで病気になる人も多いです。私は父が本当に苦労してここまできたのを知っています」
「まあまあ、ほんとにおやさしい方ですね。センセの恋人は、競馬場に四本足でいっぱい走ってますからね。第一女性に素敵なんていわれたの、はじめて聞きましたよ」
「テン子くんにだけはいわれたくないわい」
「私はむかしからおじさま好みなんです。若い方は、自己中でわがまま。まるでいうことをきかない犬みたいなものです。先生はたしかに世捨て人のようにみえますが、さまざまな艱難辛苦にたちむかってこられた、強さとやさしさを感じますわ。それに、なにか母性をくすぐるような、そばについていてお世話してあげたくなるような・・・そんな雰囲気をもっています」
「ははは・・・いやいや。由美さんとマリーさんはタイプのちがう美人ですからな。好みも性格もちがうでしょう。花にたとえるとあなたは百合のような、マリーさんはバラというところですかな」
「ま、先生、お上手ですこと。私は引っ込み思案で臆病者。マリーは何でも積極的な冒険家。むかしからそうでした」
テン子はそっぽをむいた。
「けっ なにが百合にバラよ。歯の浮く様なこといっちゃってさ。由美さん、魔人のせいで頭がおかしくなっちゃったんですか、よりによってこんなノー天気を。まあ、だれにもモテキというのがあるらしいですからね。センセも百年めにそれがやっと来たんですかね」
「百年も生きてないわい。それでマリーさんはなんていってるんですかな」
「そうでした。マリーが言うには、素敵な人ではあるけれど、何かつかみどころのない冷たいものを感じると」
「ふーむ。とにかく、彼は金有さんとフランス大使の両方の警護をたのまれたわけですな」
「センセ、このままじゃ、うちのお客さん全部とられちゃいますよ。しっかりしてくださいよ」
「まあ、あせるな。由美さん、ここはお父上の言うとおりにしてください。わたしに考えがあります」
「はい、ではそう致します。先生、由美を見捨てないでくださいね」
「ご安心なさい。この五味川、由美さんに危機およぶときは必ず参上いたします!」
「よろしくお願い致しますわ」
「センセ、頑張ってくださいね。わたしもここが潰れたら、また職を探さなきゃならないんで」
「わかっている。では、ちょっと出かけてくる」
「いってらっしゃいませ」
五味川は一人ででかけていった。
 
18
 
その日の夕方である。金有氏と由美は武智の訪問をうけていた。
「こんにちは、武智です」
「金有です。また、魔人から脅迫状がきまして。由美と宝石が狙われております」
「魔人もわたしのどこがそんなに気に入ったのでしょう」
由美がふてくされていった。
「ははは、面白いお嬢さんですね。マリアンヌさんとは大学がご一緒だったとか」
「はい、そうでございます。彼女にはよくパリを案内していただきました」
「そうですか、わたしもパリにはよく行きます。ノートルダム・ド・パリ、モンマルトルのサクレ・クール、パンテオンに凱旋門。そして由美さんの留学されていたパリ大学、いやソルボンヌ大学といったほうがわかりやすですかね。この名前は創始者のソルボンからとってなずけられました。でもわたしが興味あるのは、北駅近くにある小さなレストランです。ここは、あのホームズとリュパンが初めて出会った場所としてミステリー・ファンの間では有名なのですよ」  
「あの、武智さん。それでわたしはどうすればよろしいのでしょう」
「ああ、これは失礼しました。つい、パリが懐かしくなって。魔人はこんどはいつ来るとは書いていませんね。ということは今日かもしれないし、明日かもしれない。いや、もう来ているかもしれません。とにかく、神出鬼没の恐ろしいやつです。ですから、十分注意が必要ですし、ここにいるのは危険です。私が魔人を捕らえるまで、しばらくの間隠れているのがよろしい。わたしが隠れ家を用意しました」
「どこに隠れるのでしょう。警察にも知らせないと」
「いや、だれにも知らせてはなりません。魔人は、だれにでも化けることができる術を心得ているのです。現にフランス大使の秘書に化けてワインをねらいました。警察の人間にも化けることはできますから」
「では、由美はどこにいるか誰にもわからないのですか」
金有氏が心配そうに聞いた。
「大丈夫です。ほんの3日ほどで、魔人はとらえてみせます。そしたら由美さんも、すぐ帰ることができますよ」
「武智さんがそうおっしゃるなら。由美、我慢しなさい」
「でも・・・」
「大丈夫です! ほら、もう、迎えがきました」
「武智探偵、おむかえにあがりました」
黒パンツスーツの眼鏡をかけた女が尋ねていた。
「ごくろうさん。由美さん、ではいっしょに行ってください」
しかたなく由美は、迎えの車で出かけてしまった。
「金有さん、あとは宝石だけです。宝石はどこにあるのでしょう」
「はい、この金庫のなかです」
「ではよく見張ってください。わたしはこれからフランス大使のところへ行って、またもどってまいります」
 
19
 
大使の家に再び脅迫状がとどいたのだ。武智がジェラールと打ち合わせをしている。
「やはり、また脅迫状がきましたか、どれ・・・
 
『今夜十二時、貴殿の所有するルビー『マーガレットのサクランボ』を頂戴しに参上する。  ブリキの魔人』
 
やはり、宝石ねらいでしたね」
「警察には連絡したほうがいいでしょうか」
「警察に来てもらっても、役にたたないのはおわかりのはずです。わたし一人のほうが動きやすいのです」
「なるほど、ではよろしくお願いいたします」
「宝石はこの金庫の中ですね。では、二人で見張りましょう」
二人は金庫の前で見張った。やがて十二時になった。
「もう、十二時です。魔人はあらわれませんでしたね。よかった。よかった」
「そうでしょうか、魔人は、もう、来ているのかもしれませんよ」
「えっ 武智さん、こんなときに冗談はおやめください」
「冗談ではありませんよ。ふふふふ、ほら、そのカーテンの陰にいますよ」
「ギギギ・・・タイシ、ホウセキハイタタクゾ」
突然魔人が現れた。大使は恐ろしさのあまり、声をあげた。
「あっブリキの魔人」
「オドロイタカ。マジンハドコニデモアラワレルノダ。シゴトガオワルマデ、コレデネムッテイロ!」
魔人が光線を発射した。
「うわ~~」
大使は気を失って倒れた。
「ぼす、ウマクイキマイタネ」
「ふふふ、まさか、魔人が武智に化けているとは思わなかったろう。おい、宝石をもってずらかるぞ!」
「ハイ、ぼす」  

第六章      魔人の正体
 
20
 
再び金有邸である。金有が、もどってきた武智にあたふたとファクスをもってきた。
「武智さん、大変です!由美がさらわれました!」
金有氏がら武智はファクスをうけとった。そして、冷たい声で言った。
「ふむ、脅迫状だな。
 
『由美は預かった。返してほしければ、今夜十二時有明ふ頭へ宝石を全部もってこい。警察には知らせるな。       ブリキの魔人』
 ほう、有明埠頭か」
「たっ武智さん、あなたのいうとおりにしたら、由美はさらわれてしまいましたぞ!どうしてくれるんです!」
武智は腑に落ちない、というような突き放した声で言った。
「金有さん、なにをおっしゃっているのか、わたしにはのみこめないのですが」
「あなたが由美を隠れ家に隠せと言って・・・」
「そうか、金有さん。魔人の罠にはまりましたね。それはわたしではありません。魔人がわたしに化けて、金有さんをだまして、由美さんをつれだしのです。わたしは外務省から帰ったばかりで、ここへは今日初めてです」
「なんということだ! 由美は、由美は無事だろうか」
「脅迫状にあるように宝石を手に入れるまでは無事でしょう。大丈夫です。今夜、わたしが由美さんも宝石もとりかえします」
武智が力強く言った。
しかし、金有氏は頭をかかえてこぶしを握り締めた。
 
21
 
有明埠頭十二時、金有と武智の車到着した。金有が宝石のトランクをもって降りる。有明埠頭の深夜は寒い。独特の海風がふいてくる。遠くにかすかに汽笛の音。二人はゆっくり立ち止まった。
武智がつぶやいた。
「魔人の指定場所はこのへんですね。そろそろ現れるでしょう」
その時、倉庫の影から光る魔人と蛇島が現れた。
「ギギギ・・・ホウセキヲモッテキタカ」
「宝石はこれだ。由美をかえせ!」
「ホウセキヲカクニンシテカラダ。ドレ、ウム、マチガイナイナ。くれおぱとらノヘソモチャントアル。ぼす、コンドハセイコウデスゼ」
「よくやった、魔人」
「由美は!由美はどこだ!」
「ふふふ、由美は返すわけにはいかん。魔人が彼女にしたがっているからな」
「ギギギ・・・ユミハオレノモノダ」
「おのれ、卑怯もの!武智さん、なんとかしてください!あっ武智さんがいない、どこへ消えた!」
「ふふふ、がたがたうるさいな。少しの間、また、眠っていてもらおう。魔人、やれ!」
金有氏は怯えながら、よろよろと後ずさりした。魔人の目が光りはじめた。光線が発射されるとおもったそのときであった。
なんということだ。もう一人の魔人が倉庫の陰から現れたのだ。そして、金有氏をかばうようにたちはだかった。
「はっはっは。悪党ども!こんどこそ年貢の納め時だ!」
「なっなんだ、あいつは! おまえの兄弟か?」
「ぼす、へンナコトイワナイデクダサイ。オレハアンナカッコウワルクナイ」
「おまえも相当かっこうわるいけどな。などといっている場合ではない。魔人、偽者をたおせ!」
「クラエ!シビレコウセンダ!」
「そんなもの、ネタバレしているのに効くか!それ!催涙弾だ!」
「げほげほ、イカン、ぼす、ナントカシテクダサイ!」
「げほげほ、あいかわらず依存心が強いやつだ。自分のことは自分でなんとかしろ!」
催涙ガスにやられて、魔人と蛇島は顔をおさえて、のたうち回った。
第二魔人が叫んだ。
「日和見さん、今だ!」
物陰にかくれていた警察官が一斉に現れた。日和見警部が命令した。
「それっいまのうちだ、つかまえろ!」
尾間貫刑事も突撃する。
「悪党ども、神妙にしろ!」
第二魔人が叫んだ。
「尾間貫刑事、魔人のブリキ缶の中には人間が入っています。腕の部分には補助動力がついていて、人を投げ飛ばす力があります。気をつけてください!」
「了解、了解、こいつめ」
警官隊が魔人を縄でぐるぐるまきにして、動けないようにした。
蛇島も手錠をかけられた。
「くそ!残念。もう少しで海外に高飛びできたのに」
第二魔人が高らかに笑いながらいった。
「正義はつねに勝つのだ。この世に悪の栄えたためしはない」
「どっかで聞いたようなくさいセリフを吐きやがって。おのれ、偽者め、お前は何者だ」
「わたしの名か、わたしの名は正義の味方・・・」
第二魔人が仮面をとった。
「ごぞんじ五味川一平だ!」
「あっ五味川!貴様だったのか。その魔人の衣装はどこで手にいれた」
「貴様の隠れ家にあったスペアをちょいと拝借したのだ。由美さんも救出したぞ。みろ!」
由美がかけよってきた。
「お父様!」
「おおっ由美。無事だったか。よかった、よかった」
二人は抱き合って無事をよろこんだ。
「ううむ、負けた・・・」
蛇島はがっくりと膝をおとした。
「本物の魔人の中には、だれが入っているのだろう」
尾間貫が仮面をはずした。でてきたのは、坊主頭の男。目を白黒させて、うろたえている。
「なんか、頭の悪そうなオタクだな」
五味川が答えた。
「そいつは蛇島のバカ息子、凡太だ。彼女いない暦二十五年、だから由美さんを誘拐したのだよ」
「そうか、これで一件落着だ。五味川さん、やりましたな」
「いや、まだ終わっていません」
ブリキの衣装をぬぎながら、五味川が言った。
「え、だって蛇島も魔人も逮捕したし、残りの子分どもも逮捕しましたぞ」
「いや、まだ真犯人が残っている」
「ええっ 真犯人ですと?」
日和見も尾間貫も五味川を見つめた。五味川は木の方を指差した。
「そうですよねえ、そこにいる武智さん」
武智がふらふらと出てきた。
「武智探偵、どこにいたんですか」
尾間貫刑事がおどろいて尋ねた。
「魔人に襲われて、不覚にも気を失って倒れていました。面目ない」
「ほう、魔人にね・・・ うそをつくな!貴様が本当の黒幕だ!」
「五味川さん、何を言い出すんです。わたしは探偵ですよ」
「だまれ!外務省に本間仁正などいなかった。やつはお前の手下だ」
「突然、なにをおっしゃる」
「とぼけるな!すべて貴様の仕組んだことだ。ワイン事件のときも、最初から全てをわかっていたのだ。それもそのはずさ。貴様が全部筋書を考え、演出したんだからな。まず、手下の本間仁を使い、外務省の役人をよそおって自分を紹介させ、うまく大使にとりいる。そして、本間仁を使い、わたしと警察の悪口いわせたあと、失敗させて信用をなくさせる。それも、わざわざ一日たってから、あたかも真相にたどり着いたようにみせかけたのだ。その後、手下に気障名の変相を施し、魔人にしたて、逃がしたあと整然と謎ときを行い、皆を感心させる。自分は名探偵のふりをして尊敬を集め、わたしが相手にされなくなったところを見計らって、ゆうゆうと仕事をしたのだ。
貴様は変相の名人だ。いろんな人間に化けて、だましていたのだ。魔人の魔術などではない。変相術だ。わたしも貴様の本当の名は知らん。武智でもない。本物の武智はまだ海外だ。わたしは全て調べて来たのだ」
武智の表情が変わった。いつもの涼やかな微笑みではなく、不気味な笑いをうかべた。
「ふふふ、さすが五味川、まぬけな顔してなかなかしたたか者だ。そうさ。昔、二十の顔を持つ怪人がいたが、そのあとを継ぐのが俺だ。怪人カメレオンとでも呼んでもらおうか」
「むむ、怪人カメレオンとやら、神妙にしろ!お前の手下はみな捕らえたぞ」
日和見警部が叫んだ。
「ふふふ、日和見警部、肝心のおれを捕まえることができるかな」
カメレオンが空にむかって手をあげた。すると何ということだ。体が空中に浮かんでいく。
五味川がさけんだ。
「やつは気球につかまっているんだ!」
「うぬっ まて!」
日和見が追いかけた。警官たちもいっせいに追いかける。
警官たちの大騒ぎをしり目に、五味川が静かに言った。
「さて、怪人カメレオンの逮捕は警察にまかせて、われわれは帰るとしますか」
「はい、そういたしましょう。お父様」
「ああ、そうだな。ところで、お前はどうやって助かったのだ」
「それは、明日ゆっくり先生から説明していただきますわ。ね、先生」
「さよう。明日、全てをご説明にあがります。本日はゆっくりはおやすみ下さい」
 
22
 
翌日の夕方である。金有低の応接室に金有一家と秘書の平野、マリーが集まっていた。
五味川が話はじめた。
「今回の事件は、魔人とやらがでてきましたが、すべて怪人カメレオンが仕組んだことです。蛇島も魔人も本間仁もすべて手下です。蛇島蛭冶は、もと大きな会社の技術者だったのですが、性格が蛭のようにしつこいので、職場のOLから嫌われ、定年まじかにリストラされてしまいました。奴は、公園で落ち込んでいるところを、カメレオンから声をかけられ、手下になりました。報酬は出来高払いで、犯罪が成功しないとお金をもらえないので、必死だったようです。蛇島には凡太というバカ息子がひとりいて、ゲームばかりやっているプータローです。蛇島が小遣いをやって魔人にしたてたのです。魔人は、中に人間が入れるように出来ていて、口のところには小型マイクが仕込んであり、あんな変な声になるのです。また、最初の事件の時、魔人の体と部品が残されていましたが、あれは、ロボットに見せかけるカモフラージュですな」
「そうだったのか。わたしはあれでロボットだと思ってしまった」
「本間仁正は、もともと外務省のノンキャリアで、 キャリア組からよくいじめられていたそうです。そのストレスからヤケ酒を飲んで車を運転し、つかまってクビになりました。だから、捕まえた警察にうらみをもっていて、警察の悪口は本心です。
さて、由美さんがさらわれた日のことです。わたしは魔人は再び、金有さんの家をねらうとみて、ずっと見張っておりました。案の定あやしい車がとまり、あの売れない女優、鏑木蓮子が使いとしてやってきました。わたしはその後をつけ、隠れ家をつきとめたのです。そして、由美さんの閉じ込められている部屋に行きました。
『必ず助けだしますから、少しの間がまんして捕まっていてください』
と書いたメモを窓から投げ入れて、やつらが油断するのを待っていたのです。やがて、魔人たちは有明埠頭に出かけました。わたしは、空っぽになった隠れ家から由美さんを救いだし、魔人の衣装のスペアを頂戴すると、先回りして待っていたというわけです。魔人たちは由美さんを返す気などなかったので、そのまま出かけてしまい、わたしにとっては、それが好都合でした。日和見警部にもすぐ連絡し、やつらを一網打尽にするために隠れていました。あとは、ご存知のとおりです」
「そうでしたか。そんなに由美のことを心配していて下さっていたのですか。五味川さん、そうとも知らず、わたしは犯人である武智などに頼んでしまった。数々の無礼、平にお許しください」
「いやいや、わたしは探偵として当然のことをしたまでです。はっはっは」
「マリーも危なかったわね。怪人カメレオンと知らずにデートなんかしちゃって」
「ふん!ちょっと興味があっただけよ。由美のいじわる」 
「その怪人カメレオンですが、つかまりましたのですか」
平野が尋ねた。
「当分、つかまらんでしょう。何せカメレオンですからな。つかまっても、警察の人間に化けて、すぐ脱出してますよ」
「では、また由美が狙われるかもしれない」
「その心配はないでしょう。由美さんにつきまっていたのは蛇島博士のバカ息子、凡太ですからな。やつは今、刑務所の中です。凡太が、途中から由美さんにほれてしまったので、最初の計画が変わってしまったのです。最初は、お宝狙いだけだったはずです。あの、二回目の脅迫状は、凡太が自分で書いてファクスしてしまったのです。このことで蛇島も凡太も、カメレオンからそうとう怒られたようですよ」
「でも、そのカメレオンとやらがつかまらないうちは心配だわ、わたしは」
「大丈夫よ、お母様。また何かあったら五味川先生が助けてくださるわ。それより、お食事にしましょう。準備をするからマリーも手伝って!」
女性たちは台所にいった。
「さてと、話も終わったから・・・」
五味川は競馬新聞を出しあた。
「む、今日は2―6が来そうだな。テン子くん、おれは消えるからあとはよろしくたのむ」
テン子があきれて言った。
「え~~これから由美さんが、お食事ご馳走してくださるそうなのに」
「わたしはどうも堅苦しいところは苦手でな、じゃ!」
五味川はそそくさと出て行ってしまった。
「あっ センセ!まったくあの唐変木め!」
そのあとすぐに、由美がエプロン姿でテン子のそばにやってきた。
「テン子さん、先生は?」
「あの唐変木は消えました。たぶん、四本足のところですよ」
「まあ・・・」
エプロン姿のマリーもやってきた。
「由美どうしたの。もう、はじめようよ、五味川探偵は?」
「四本足の恋人のところに行かれちゃったみたい」
「四本足の恋人?なにそれ。彼の恋人は四本足なの?」
「いいの、いいの。わたし、四本足なんかに負けないから。さ、いきましょう。冒険したぶんお腹すいたわ、たくさん食べなくちゃ」
三人の女性たちは笑いながらダイニングへ消えていった。
 
               了
 
付録 ミュージカル「デーモン・ブリキング」より
 
――五味川のテーマ―― 五味川一平(歌) 
 
五味川 
オレは名探偵 オレは名探偵
名探偵の五味川 どんな事件もすらすらと
あっというまに解決さ
オレは名探偵 オレは名探偵
名探偵の五味川 
頭脳明晰IQ200
ホームズ、ポアロも顔負けさ
    
ダンサー 
とーかなんとかいっちゃって
五味川は調子もの
口先ばかりの調子もの
味は競馬にパチンコお酒
バブルはじけて貧乏人
世の中そんなに甘くない
世の中そんなに甘くない
    
五味川 
オレは名探偵 オレは名探偵
名探偵の五味川 どんな事件もすらすらと
あっというまに解決さ
オレは名探偵 オレは名探偵
名探偵の五味川 
品行方正人格者
正義の味方愛の使者
 
ダンサー 
とーかなんとかいっちゃって
五味川は調子もの
口先ばかりの調子もの
しょっちゅう行くのはキャバクラで
たまったものは請求書
世の中そんなに甘くない
世の中そんなに甘くない
 
五味川 
オレは名探偵 オレは名探偵
名探偵の五味川 どんな事件もすらすらと
あっというまに解決さ
(繰り返し)
 
 
――めぐり会う日―― 金有由美(歌)
 
1.
わたしも いつか会えるのかしら
白馬にのった王子様
いいえ そんなの絵空事
きっとどこかを歩いてる
大きな鞄で 大汗かいて
ノルマだらけの 営業マン
 
2.
わたしも いつか会えるのかしら
ポルシェにのった王子様
いいえ そんなの漫画だけ
きっとどこかを走ってる
大きな荷物で 唇かんで
肉体労働 宅配マン
 
3.
わたしは きっとあってるかしら
競馬の好きな王子様
そして いつでも高笑い 
どんな謎でもすぐ解いて
怪人魔人も 恐れはしない
ほんとは照れ屋の 探偵さん
 
 

                                               
 
 
 
 

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