なぜコロナウイルスは飲食店を殺すのか
はじめまして。飲食店の経営やプロデュースを中心に活動している、周栄 行(シュウエイ アキラ)と申します。
私が何者かについては朝日新聞さんのこちらの記事に詳しく書いていただいておりますので、よろしければご覧ください。
初めてのノート投稿がこんなトピックになるのを残念に思いながらも、発信せねばならぬ衝動に駆られるままに投稿しています。
2020年4月7日、コロナウイルスの感染拡大によって緊急事態宣言が発出されました。この記事を書いている4月8日の夜中時点では既に発効しています。既にこの2月〜3月で、飲食店は相当なダメージを負ってきました。そして今回の緊急事態宣言で少なからぬ飲食店に致命的なダメージが与えられることになります。
この先この状況が続いた場合、あくまで私見ですが、夏までに4〜5割程度、仮に年内一杯続いた場合は7〜8割以上の飲食店が営業を続けて行くことが困難な状態になるでしょう。
コロナウイルスの影響によって現在飲食店が立たされている苦境についてはメディアでも語られており、周知のことと思います。しかし、なぜそこまで苦しいのか、飲食業に携わっている方たち以外にはあまりピンとこないかもしれません。
そこで、今回のコロナで飲食店に何が起きているのか、何故こんなに苦しい想いをしている飲食店が多いのか、日本における飲食店の構造を含めて、わかりやすく解説できればと思います。少しでも飲食店の苦しさが伝われば幸いです。
*2020/04/08 15:50 法人税率などの記述について追記いたしました
*2020/04/08 21:50 一部文章を修正しました
*色々とご指摘はあると思うので精査の上、随時更新していきます
はじめに
予め言っておくと、この投稿を通じて、国がなんらかの補償をしろと言いたいわけではありません。また、この緊急事態宣言そのものを批判したいわけでもありません。人々の安全や生命はなにものにも優先されます。
ただ、人々に幸福と笑顔を届けることをやりがいとしている私たち飲食店関係者は、今回の事件で本当に、本当に苦しいジレンマに苛まれています。
お客様や従業員の健康や命を守るためには自粛はやむを得ない。しかし自粛が続くと、お客様に喜びを届けることも、従業員の雇用を維持することも、そして事業を継続することもできない。その苦しさがどこから来るのか、なるべく客観的な数字でご説明したいと思っています。
今は耐えるしかない時期です。しかし同時に、耐えきれないお店が多くなるのはこの記事でこれから説明する通りです。
コロナが過ぎ去ったその時に、同じ飲食店の風景はありません。今回の出来事は不可逆で、明確で、そして残酷な変化をもたらします。
それでも、この状況が落ち着いたら皆さまに、ご友人やご家族と、生き残った好きなお店にご飯を食べに行って欲しい。飲食店に携わるものとして、そんなささやかな願いを抱きつつ、声をあげたいと思います。
飲食店の収益基本構造
単刀直入にいうと飲食店は基本的に薄利多売です。正確なデータは出しにくいのですが、一般的に5年残るお店は2割、10年残るお店は1割と言われています。また別のノートで詳しく書こうと思いますが、これは日本の飲食店の競争過多な状況や、長く続いたデフレなどに要因があります。
業種業態によって違いますが、飲食店の収益は、FLコストで60%前後が適正と言われています。このFLコストというのは、
F=食材原価
L=人件費
です。これをそれぞれ30%前後程度に抑えるようにするのがセオリーです。
わかりやすいように、東京における客席数30席、客単価3000円くらい、そこそこお客さんの入っている架空の居酒屋を例として考えてみましょう。
飲食店の売上は
月売上=客数×客単価×営業日数
で表されます。そして、かかるコストは、食材原価・人件費・家賃を筆頭に、光熱費や広告費(食べログなど媒体の掲載費用など)、雑費などがあります。ざっくりとしたシミュレーションは以下の表になります。
上記以外にも色々なコストがかかってきますので、実際の営業利益はもう少し下がります。一般的に営業利益で5〜7%前後です。飲食店の上場企業でも3〜4%あたりが中央値になります。こうして見ればものすごく利益率の低い業界であることはご理解いただけるかと思います。
1ヶ月の売上が半減/無くなったら飲食店はどうなるか?
それでは、コロナウイルスはどのような影響を数字上でもたらすのでしょうか。先ほどの架空の飲食店の売上が、コロナの影響で半減した場合をシミュレーションしてみます。
約2ヶ月の営業利益分の赤字になりました。
最低限店舗を回す人は置かねばなりませんし、社員の人件費は削れませんので、アルバイトを削ったとしても、抑えられる人件費には限度があります。そして、家賃はもちろん、どんなに売上が下がっても変わりません(今、コロナの影響で大家さんとの交渉も増えていますが、大家さんにも懐事情がありますから、中々簡単なことではありません)。売上が半分になると、このお店の場合は2ヶ月分の営業利益が吹っ飛びます。つまり、4ヶ月の間売上が半減すると、その後の8ヶ月間が通常の売上に戻ったとしても、その1年間の営業利益はほぼゼロになります。
コロナのダメージは、日本国内の飲食店は2月頃から顕在化し始め、3月に顕著になりました。私の経営する銀座のある商業施設内のお店は、コロナの影響で2月の売上は通常時の半分、3月は4分の1になりました。銀座や浅草など、インバウンド比率が高かったエリアは特にダメージが大きいです。海外からのゲストの流れがほぼストップしてしまっているのでこれも当然です。
今回の緊急事態宣言によって、多くの商業施設が2020年5月6日まで休業を発表しました。仮に、先ほどのお店で1ヶ月の売上が完全に無くなった場合は以下のようになります。
たった一月で半年分近くの営業利益が無くなりました。お店の営業が1ヶ月止まるということは、飲食店にとってものすごく大きなダメージであることはお判りいただけたかと思います。
今年に入ってからこれまでも、飲食店は大きなダメージを負っています。資金に乏しいお店や会社は既に廃業に追い込まれているところも増えてきました。何よりも厄介なのは、今回のこのコロナの影響がいつまで続くかわからないという先の見えなさです。これはこの後に続く借入の話にも繋がります。
飲食店における運転資金の借入の限界
4月8日現在、日本政府はコロナに対して、特定の業種に対しての補償は基本的にしない方針のようです。日本ではパリなどで行われているような家賃や従業員の給与の一部補償などは受けられません。一方で政府は無利子・無担保・無保証の融資を押し進めています。これによる足元のキャッシュフローや運転資金の確保については、しきりに強調しています。
しかしながら、飲食店における運転資金の借入金額には限度があります。運転資金の借入は経費に算入できないため、借入金の返済は税引後の利益から支払わなければなりません。
(*追記:但し累積赤字がある場合は法人税はかかりません。例えば、複数店舗をやっている場合で全体としてギリギリ黒字、のような場合は、この借入金の返済は以下の記述のようになります。一方で、単店舗だけを経営していて赤字になった場合は、累積赤字が残りますので翌期の黒字と相殺されます。ここでは、運転資金を借りた場合はキャッシュフロー上、思ったより返済が厳しくなる場合があるという点を強調したいという意図で、前者のパターンで書いています。会計上の誤解を産む表現だったのでこちらに追記いたしました。)
どういうことか、先ほどのお店の例で説明します。
仮に2月、3月と売上半減し、4月の売上がゼロになったとします。そして5月も戻りきらず、売上半減していたとします。その場合、累積の赤字はざっくり350万ほど、通常の年間の営業利益分くらいです。
この危機を乗り越えるために400万、無利子で借入をしたとします。そして次の年にコロナを乗り越え、通常の時の利益を出せました。年間の営業利益は400万ほどなので、これでなんとか借入金を返せるように見えます。
しかしながら、ここから実効法人税率が35%ほど引かれるので、実際の返済原資は400×(1-0.35)=260万円ほどしかありません。400万の運転資金の借入をした場合、返済にその後2年近くはかかります。
4ヶ月分の売上減少を乗り越えるための借入の返済に約2年分の利益を必要とするわけです。(*累積赤字を考慮しない場合)
これはわかりやすくするために極端な例にしていますが、実際に飲食店は多かれ少なかれこのようなダメージを現在進行形で負っています。
そしていつまで耐えられる分のキャッシュを積めばこの危機を乗り越えられるのか現時点では全くわかりません。いくら借入をすれば乗り切れるのか不透明なままに、当座を乗り切る借入をするのか、店を閉めるのかの選択を突きつけられ続けています。
この先、補償がないままに「自粛」が続くのならば、夥しい数の飲食店の屍が積み上がっていくでしょう。
デリバリーで乗り切れるのか?
今回の危機もデリバリーなどで乗り切ればいい、という声もありますが、そもそもデリバリーだけで落ちた分の収益が賄えるのであれば最初からそうしています。これはまた別のノートで詳しく書きたいと思いますが、参入が増えすぎている現状では今更始めたところでほとんどのお店にとっては焼け石に水です。そもそもデリバリーを作るのに向いた場所やキッチンでない場合であることがほとんどです。高級店のデリバリーやお持ち帰り弁当なども増えていますが、これもいつまでも続くものではないと見ています。今起きているのは一時的な応援/ご祝儀的需要であり、持続性がないと考えています。
実店舗の価値はやはり実店舗にしかありません。その魅力を知るが故に、今の状況は心苦しいのです。
それでもなぜ飲食店は無くならないか
そんな利益率の低い業界でも何故、飲食店をやる人が多いのか?
人によって様々だと思いますが、根本の部分で共通しているのは、
人をおもてなしすることが何よりも楽しい
と思っているからではないでしょうか。気のおけない友人たち、家族や仲間と囲む美味しい食事には、人間の幸福の根源が詰まっていると私は思います。どんなに利益率が低くても、どんなに運営が大変でも、それでもなおやりたくなるくらいに飲食店は素敵なものだと私は思っています。
今回のコロナの影響でかなりの数の飲食店が廃業に追い込まれるでしょう。
これはもはや変えようのない事実となりつつあります。
私たち飲食店関係者は、また笑顔でお客様を迎えられる日のために、できうる限りの手段で生き延びようとしています。
落合陽一さんはアフターコロナではなくwithコロナとおっしゃっていましたが、当面はコロナの影響と共に在らねばありません。そしてコロナ以前と以後で、飲食業界においてもあらゆるものが変わっているはずです。
ただ、飲食店というものが歴史上に現れてから以降、この世から飲食店がなくなったことはありません。
今回のコロナは多くの人々の命と共に、多くの飲食店の命も奪うでしょう。それでもこの危機を乗り越えた飲食店は、より一層本質的な価値をお客様に提供できるようになっていると信じています。
飲食業界に携わるものとして、こういった発信を含めて、できることを粛々とやっていきたいと思っています。
今回のコロナの一刻も早い収束を心より願っています。
周栄 行
追記:飲食店や中小規模の個人事業主向けに書いた次のnoteです。主にこの状況下におけるメンタルヘルスに関する考え方について書いたnoteです。よろしければこちらもご覧ください。
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