頬をなくす



鬼神に頬を食い千切られて
水を飲めなくなってから
黒檀は黒さを増したし
空は原色で街を覆った
喜色は満面を塗り潰して
恋人の声は
何処にいても聞こえた

路面電車の
がたごっとん
と一緒に
世界も揺れるようになった
台所ですり潰した豆が
歪つでのっぺりした板のまま
腸壁にへばりつく音がした

むかしの習い性で
うっかり頬を掻こうとして
じかに歯茎に触れたとき
あわてて引っ込めた指が
食い千切られた断面にこすれたときには
遠くに越した友の切った爪が
この部屋にまで飛んできて
床に転がるような気がする

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