見出し画像

イケメン月餅① #毎週ショートショートnote

フィギュアスケート全日本選手権、男子フリー。入谷勇人は深呼吸しリンクに滑り出た。エース・飛鳥弓真を猛追する彼は重度のアトピーで肌が荒れており、それを隠すために毎回厚くファンデを塗って試合に臨んでいた。また薬の副作用で顔が腫れたように丸かった。

それを揶揄する心無いアンチは入谷の演技後毎回月餅をリンクに投げ入れた。表面がでこぼこで丸い月餅は彼の顔に似ているとした嫌がらせだ。彼女らはエース飛鳥弓真の熱狂的信者であり、最近急浮上してきた入谷を憎んでいる。当然係員が注意するが止まない。

飛鳥は既に演技を終えており暫定1位。最終滑走の入谷には武器があった。4回転半アクセル。世界でまだ、世界王者の飛鳥でさえ成しえていないこの技をやってやる。練習での成功率は未だ半々、一か八か。しかしこれを入れなければ俺は永遠に飛鳥に勝てない。月餅なんて綽名つけて馬鹿にするあいつらにフィギュアは顔だけじゃないことを知らしめてやる。

音楽が始まった。アクセルの軌道に入り右足を踏み切る。
「ヤッ」
「ああーッ」
何とか片足で降り、ノーミスで演技を終えた。回転は足りているか?キスクラで点数を待つ。長い。生きた心地がしない。会場がざわめき出した。

やがて――合計302.13点。1位!
4回転半アクセルは…q判定(1/4回転不足)で認定!
※国内試合ゆえ参考記録扱い
コーチと抱き合う入谷の頬を涙が伝った。

その時キスクラ真上にいた、気がふれた飛鳥の信者が中華店に特注で作らせた巨大月餅を入谷目掛けて投げつけた。それは金盥ほどもあり、入谷の後頭部を直撃した。「痛ってぇ!」軽く脳震盪を起こしふらついたが大丈夫だ。係員が飛んできて信者の腕を掴み揉み合いになった。

「いや大丈夫です。頂いた月餅はこれまで通り施設に寄付させて貰うよ、ありがとう」

頂点に立つと余裕が生じ何だか優しい気持ちになれる。これまでは月餅を投げつけるアンチを睨み威嚇するのが常だった。打って変わった入谷の紳士的な態度に信者は一瞬呆け、次いで口走った。

「……イケメン月餅」

イケメン月餅!イケメン月餅!イケメン月餅!
連呼が瞬く間に観客に広がり、イケメン月餅の大合唱に会場が揺れた。

その綽名もどうかと思うがまあ、好意的な空気は感じる。イケメンに昇格して貰ったのは悪くない。フジ女子アナによる優勝インタビューが始まった。入谷は開口一番、

「はい、イケメン月餅です!」

と叫び、会場の笑いを誘った。


(1000文字)
たらはかに(田原にか)様の企画に参加させていただきました。
フィギュア愛の熱が入りすぎ長くなってしまいました。すみません。