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界のカケラ 〜112〜

 部屋は爽やかでキラキラと光り輝く風が、意識を持って流れているようだった。

 その様子を眺めているうちに睡魔が急に襲ってきた。特に眠い訳ではなかったのに、なぜだろうか。深い眠気が体中の力を抜いていき、次第に腰掛けていたベッドに横たわってしまった。

 二人がまだいるのに失礼な格好になってしまったが、自分でもどうしようもないので、あとできちんと説明しておこうと思った。

「かおるちゃん、私の声が聞こえる?」

「ん? ゆいちゃん? ということは、私はまた意識をなくしたんだね」

「うん、そういうこと。だんだんわかってきたね。
 ちゃんとお話ししたいときは、この方が話しやすいし、覚えていることも多いから」

「普通、逆じゃないの?」

「そう思いがちなんだけど、深い意識の状態で話したことの方が記憶に残るんだよ。意識的に記憶しているわけではないから思い出そうとしても難しいんだけど、あるときにフッと思い出させるのには好都合なんだ」

「ふーん。それで今回はどんな話があるの?」

「あの二人のことをありがとうって伝えてほしいって言われたんだ」

「それってもしかして…….」

「うん。日向 楓さんの夫と息子さんの魂。どこまで話していいか分からないんだけど……
 
 楓さんのことを心配していたんだって。三人の魂同士は納得していたんだけど、人の思いには行動を強く求めしまうことがよくあって、今回はそれがエスカレートして止められなくなってしまったって言っていたよ」

「普段の行動ならよくあるのは理解できるけど、生死が関わることでもよくあることなの?」

「むしろそっちの方が多いかな。
 通常の精神状態、と言っても個人差があるし、子供と大人でも違うから比較は難しいけれど、極端な行動ほど魂と体の乖離が大きいと思っていたらいいよ」

「つまり、魂が決めてきたこととは別に、自分の頭で考えすぎてしまって、それが行動に反映しやすくなってしまうっていうことでいい?」

「うん。だから今回のことは想定外だったということ」

「二人を失った悲しみが強くなりすぎてしまったことが、今回の要因の一つだね」

「それともう一つあるよ。それが出来なかったから今回のことが起きてしまったんだ」

「それは何?」

「さっきも二人の会話に出てきていたよ」

「なんだろう……
 
 あ! 『頼ったり、悲しみを分かち合いたい』っていうこと?」

「うん! そう!
 楓さんは『人に頼る』ことが魂の課題の一つとしてそっちにやってきたんだよ。そのために特殊な環境に置かれるように、慎重に人を選んで生まれてきた。でもその環境のせいで魂本来の声が聞こえなくなっちゃって、体だけで生きていくようになってしまったんだ」

「じゃあ、もしかしたら人を頼るっていうことをしていたら、今回のことは起きなかったっていいうことになるの?」

「そうなんだけど、ちょっと違う」

「ちょっと違う? 何か条件があるの?」

「誰でもいいわけじゃないっていうこと」

「それってどういうこと? 
 もしかしてお義母さんに頼ることが彼女の本当の課題だったの?」

「そう!
 そのために二人は彼女を置いて、先にこちらへ戻ってきたんだ。そして、そこからお義母さんに頼る行程をたどって欲しかったんだけれど、それが出来なかった。その結果こっちに戻ってきそうになったのを必死で止めたんだって」

「それって旦那さんと息子さんの魂の二人で?」

「あと楓さんの魂」

「え? 楓さんも?」

「お義母さんが不思議なことが起きてたって言っていたでしょ? あれだよ」

「鍵が開いていたっていうやつ? 
 でも実体がない魂には鍵を開けるのは出来ないでしょ」

「魂自体はね。
 でも鍵をかけた人の魂は開けることが出来るよ」

「ん? よくわからない。とんち?」

「とんちじゃないよ。よく考えてみて。かおるちゃんも経験あるよ」

「私も?」

「もちろん。誰でも経験していること。でも当の本人は覚えていない」

「無意識にやっているっていうことになるよね。それだと楓さん本人が鍵を開けていたことになるけど、まさか本当にそうなの?」

「そうだよ。楓さんは覚えていないけど、自殺する前に無意識に鍵を開けてチェーンを外していたんだよ。推測だけど、鍵を閉めた途端に開けていた、チェーンをかけて外した。でも本人には鍵を閉めてチェーンを掛けた記憶しかないから戸惑うのも無理はないよね」

「そっか! それでお義母さんが部屋にすぐに入れた説明がつく」

「楓さんの魂がやったことはそれだけ。っていうかそれしか出来なかったんだよね。だから他のことは旦那さんと息子さんの二人がやったんだ」

「お義母さんが聞いた大きな音や廊下を走ったり、写真立てを倒したっていうことが?」

「そうだね。あとは家から駅まで歩く早さを調整して、電車にタイミングよく乗れるようにしたり。救急車の到着と病院への搬送をスムーズにできるようにしたり、いろいろなことをやったそうだよ」

「やれることを全てやったんだね」

「それだけ魂の約束が強かったんだよね。今回は特別に」

「そうじゃない魂もあるよね」

「もちろん。課題をクリアしないで戻ってきてしまう魂もあるしね。複数の魂が約束していても今回のようにならないということは数え切れないくらいだよ。

 それに魂だって万能じゃない。人と同じで何かが欠けていたり、出来ることと出来ないことがあるんだ。それに魂が体を離れるタイミングも決めていたり、決めていなかったり。

 だからあの二人の魂ももう少しタイミングを遅くして、楓さんの魂の課題をクリアしてから離れれば一番良かったんだけど、早すぎてしまった。それが今回のことに全て繋がってしまった真相なんだって」

「……」

「それにね。かおるちゃんを巻き込んでしまったのは申し訳なかったって言っていたよ」

「やっぱり私は巻き込まれてたんだ……」

「うん。でもね私も覚えていないんだけど、きっとこれもそういう流れで決めてきたんだと思うよ」

「ゆいちゃんでも覚えていないこともあるんだ」

「私も完璧じゃないよ。
 さっきも言ったように、何かしら欠けていたり、出来ることと出来ないことがあるし。

 それによく考えてみて。

 巻き込まれてなければ、こうやって私と話もしていないし、かおるちゃんと小さな頃に会っていて、遊んだことを思い出せなかった。だからこれはそういう流れであったということだけなんだ」


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