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真面目か!その4 〜壁の中で生きて、壁の中で死ぬ〜

うちは癌家系、うちは心臓病家系
誰が決めたのかしらないけれど
先祖代々、うちはそうなの、と言い

本当に家系病で
この世を去ろうとしている
患者がいました

そんな患者を見ていると
家系っていったい何なんだろう
遺伝って避けられないことなのかな

漠然とした根源みたいなものは
分かるような気がするのですが
それをハッキリと言い切れない
何かもどかしさを感じるのでした

ちょっとだけ
記憶の旅に出よう


俺が学生の時、近畿出身の同期が3人いました
1人目は女性で
本人は京女だと言い張るのですが
どこからどう見ても
大阪のおばちゃんみたいで

酔っ払うとコンビニで

これまけて
ええやん、にいちゃんこれまけてよ

とまさかの値引きを要求してました

2人目は
なるべくして理学療法学科に入ったのか
筋肉好きのウルトラマッチョな男で
解剖の時間は、講師が彼の服を脱がせ
彼の裸体で筋肉を学んだものでした

前鋸筋をだせるなんて!

👆これが前鋸筋
筋トレ好きの人、これ出せたら
自画自賛してください


我々は、筋肉の名称だけでなく
筋肉の走行や働きも学ぶので
体の表面に前鋸筋の筋腹を
見せることができるのは
どれだけ特異なことなのかを熟知してます

そう、彼はちょっとしたヒーローだったのです

そして、3人目
今日のお話の中心人物です

彼の名前を仮に、ひろ君としましょう

そうだそうだ、今日の主役は彼だった


彼は北近畿の田舎からやってきました
無口であまり同期との接点がなかったのですが
服装がおぼこく
ほりの深い顔立ちに
西洋の村長さんのようなあご髭をたくわえていて
不思議と目にとまる、そんな人でした

補足としまして

学業の話になりますが
今でこそ、理学療法士の数が増え
理学療法士界の古い因習は薄まり
くだらないしがらみは
ほとんどなくなりましたから
仲良く、挫折も少なく進級できると思います

しかし当時は
まだまだ腐りきった因習が根深く残り
講師(バイザー)はお前たち(生徒)に教えてやってる
という、昭和の体育会系の異様な世界だったのです

そのプレッシャーの中で
はじめて聞く膨大な量の医学知識や
実習のバイザーとの師弟関係の辛さから
学生がある日忽然と消えてしまう
なんてことが
当たり前のようにありました

先輩バイザーたち、あなた方、頭おかしいですよ

俺も実習は凄く勉強になりましたが
もう1度あれをすれと言われたら
理学療法士もろとも辞退します
まだ若く無知だったから
耐えてしのぶことができましたが
今じゃ無理、二度とごめんです

そんな状況下など知る由もなく
ひろ君は近畿から親元を離れ
ひとり北海道に来て
誰という話し相手もいない中
医学の道に立ち向かったのでした

そしてひろ君は
2回目の実習を終えたと同時に
中退を決意したのです

とても、早い決断でした

その時、指導教員からの推し進めだったか
同期の仲間からだったか
覚えていないのですが
1度だけ俺はひろ君の相談役になりました
というより、中退を思いとどまるよう
説得するよう言われてたのです

この相談という説得は
1ヶ月の家賃35000円という
日中ストーブを炊いているのに水道が凍るという
衝撃的な俺のボロアパートで行われました

畳の隙間からシミという銀色の虫が出てくるし
厳つい男が隣人で、いっつもエッチしてました

ふたりはテーブルに向かい合って座ると
彼は落ち着かずソワソワしている様でした

嫌だろうなぁ、、、と
思っていたので

俺:
どうしても、やめるの?

ちわ話なんかせず
率直に聞いてみました

ひろ君:
んー、なんか合わない

芳しくない問答を繰り返します

何から話して
どうやって話をもってゆけばいいのか
分からない俺は

やめた後どうするの?

とか何とか、聞いたんだと思います
(詳しく覚えていない)

程なくしてひろ君は
観念したのか、問答に飽きたのか
ぼそぼそと生い立ちを話だしたのでした

ひろ君:
山ちゃんは、部落って知ってる?

そう、教科書にのってる

えた、とか、ひにんが住むところ

その部落に住む人たちは
今も、そこから出ちゃいけないし
生まれた時点で仕事も決まっているし
結婚だってその部落出身同士じゃないと

ダメなんだ

僕の出身は近畿って言ってるけど
近畿の中でもすごい田舎で
そこはまだまだ古いしきたりに則ってて
生まれた時点で一生が決まるんだよ

あまりにも浮世離れしている話だったし
そんなちょんまげ時代の差別意識が
この近代国家にまだあることなど
当時の俺は、まったく理解できず

やめるか、やめないかの話だよ

ひろ君は何を言ってるのだろう
話のポイントが掴めない
頭のネジがゆるいヤツなんだろうか
くらいに思ってました

ひろ君は、その後も
色んなことを話してくれました

彼は、ひとりっ子だったこと

両親に可愛がられて育ったこと

両親は、ひろ君をこの地から逃がすために
部落差別のない北海道に送り出したこと

両親は、部落に一生戻るなと言ったこと

そして、彼はゲイで
両親もひろ君がゲイであろうと気づいていて

息子が部落で生きるということは
ただでさえ差別の壁の中にいるのに
その狭い壁の中でまた差別を受けて
生きてゆくことだと考え
壁のずっと遠くへ、送り出してくれたこと

今の俺なら、それなりの見識があるので
その複雑な事情を
呑み込めたかもしれないのですが

当時の俺の脳みそでは
ひろ君が言ってることが
中退とどうつながっているのか
分かってあげられず

じゃあ、なおのこと
ちゃんと卒業して資格とらないと
ダメじゃね?って思ったんです

俺:
やめちゃ、ダメだよね?

彼に言いました
するとひろ君は

それがダメなんだ
外の世界が怖くてしょうがない
実習は絶対に無理だ
相手はそう思ってないかもしれないけれど
僕は部落の人間なんだって
どうしても言いそうになる

あんなに嫌いな部落だったのに

部落に、戻りたい、、、

、、、

、、、

、、、

人は人生を良し悪しの基準で
選んでいないことがある


そのあとの俺の記憶はなく
きっと話は平行線で終わったのでしょう

ただ分かっていることは
ひろ君は卒業式にいませんでした

それから俺は資格をとって
あっという間に時は流れ

働いて20年ほど経った頃
俺は古墳・神社めぐりの旅をするようになり
近畿地方によく行くようになりました

その日は、その土地その土地の氏神さまを探して
奈良県の御所市郊外を散策していました

足の疲れと喉の渇きをとるために
ジュースが買えて
休めるところを探していたら

目の前にあったのは
水平社博物館という建物でした

入館料も安く、これ幸いと入ると
そこは職員以外、誰ひとりもいない
部落の博物館だったのです



びっしりと歴史が書かれたパネルを
サラッと眺めながら
冷房で身体を休めていたのを思い出します

人権のふるさと

そう名打ったこの博物館の中にいても
ひろ君のことを思い出さなかったのに

先日、冒頭の患者を見ていたら
おぼろげな輪郭と
ヒゲをたくわえたひろ君が
よみがえってきたのでした

君の本心とは

両親の痛みと願いとは

そして君たちのあきらめとは

僕は部落の人間なんだって
どうしても言いそうになる

あんな嫌いな部落だったのに

部落に、戻りたい

ひろ君、さようなら


※本文は本人と分からないように
 出身地、身姿、話したセリフを脚色しております


👇過去の『真面目か!』シリーズ


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