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イキった青二歳、人でなしのベテラン

俺がイキった青二歳な頃から
志し高く
学びをむさぼり
ともに働いてきた管理栄養士の親友は

様々なことをあきらめている

そのあきらめ方は
まわりの人間のやる気を削ぐため

人でなし、と影で囁かれるくらいだ

この人でなしは
管理栄養士として働きだした頃は
とてもやる気のある

人でなしだった

施設に入った老人は
様々な事情で
なかなか生ものを食べることができない

認知症の程度によるが
焼き魚ですら
骨が喉につかえると
騒ぎになってしまう

入れ歯があるならまだしも
歯が一本もなく
入れ歯は歯茎に当たって痛いから
歯茎で食べてるばぁさんたちもたくさんいる

なので

普通食
きざみ食
ミキサー食

お粥からご飯
重湯まで
食事には様々な工夫がなされ

利用者や患者の容態にあわせて
食事の形態を変える必要があるのだ

ちょっとだけ
自分に置き換えてイメージしてほしい

美味いトンカツを食べるとして
お膳に1センチ角に切り刻まれた
無惨なトンカツが運ばれてきたら
食べる気になるだろうか

あなたは飲み込む能力がないから
ご飯じゃなくてお粥にしました
と言われ

お粥にカレーをたらして出されたら
食べることが出来るだろうか

でも、そうしないと
食べられないのだから
年寄りはルーカレーが混ぜこぜになった
お粥を口にするしかないのだ

粉々になったトンカツを
ソースもまばらに胃袋に押し込むのだ

しかし、管理栄養士は
それでも努力を惜しまない

年寄りのむちゃな要求に耳を傾け
ギリギリ
ギリギリのところまで
美味しく食べてもらおうと
様々なアイディアを出す

ある秋の晴れた日

俺と人でなしはタッグを組んで
寿司屋の板さんを施設に呼んだ

年寄りたちに
カウンター席さながらで
寿司を握るところから
楽しんでもらおう、という算段だ

ただし、100人分の寿司を
リアルタイムで板さんに
握らせるのは無理だから

お粥の人やきざみ食の人の分は
前もって握ってもらうなど
あれこれ手はずを考えていた

ここまでするために
管理栄養士の人でなしには
ものすごい裏方作業がある

経営者は事があると嫌なので
そもそも寿司を出すこと自体
いい顔をしない

上司の説得と企画書に追われるのだ

何とかその高いハードルを
超えたと思ったら

その後、保健所に届け出をだす
もし届け出を出さずに
食中毒などが起こったら
人でなしの首だけではすまない

しかし、あなたのところで
生寿司出すんですね
と、保健所から目をつけられる

この行為は

今から人殺しますので
警察の方、逮捕に来て下さい
と言ってるシリアルキラーみたいなものだ

ここまでで
ほとんどの管理栄養士が
不眠症になる
(個人差があります笑)

その他、予算のこと、衛生面のこと
カロリーのこと
細かくは汁物はいるのか
ビニール手袋は数が足りるのか
ミキサー食の人の分は
どうしたらいいのか

意思疎通が可能な
ほんのひと握りの年寄りから
言ってもらえた

美味しかったよ

を糧にして
毎回毎回、無意味に近い努力を
しなければならないのだ

そもそも、施設の年寄りに
食べること以外
なんの楽しみがある

水戸黄門すら水戸黄門だと分からない
認知症のばぁさんに
レクリエーションの楽しさなど
分かってもらえるわけがない

せいぜい黒田節が流れてきて
あああ、聞いたことがあるから
口づさんでみた、くらいなもので

しかも、口づさんだ行為が
楽しんでいるかどうかは
また別問題だ

残されたものは、もうコレしかないのだ

そして

幾多の困難を乗りこえて
いや、よじ登って

板さんの握り寿司は
年寄りたちの目の前に出された

おおかた、大盛況
喜んでもらえている

何せ、10年以上握り寿司を
食べていない日本人たちが
握りたてのマグロを口にするわけだから

脳内で電気信号がパンクして
普段表情のない年寄りですら
瞬間的にも、顔がほころんでしまう

おおかた、喜ばれるのだ

しかし、握り寿司を眺める前から
カニのようにハサミを動かして
見るも無惨に切り刻む職員がいる

どう?○○さん
マグロのお寿司だよ
と、言う暇もなく

マグロなのかなんなのか
分からない状態で
口に放り込まれるのだ

それも仕方がない

どう?○○さん
マグロのお寿司だよ
と目の前に出した途端
手づかみで口に入れてしまうからだ

そんな悠長なことを言ってられるのは
現場を知らないコンコンチキ
と、看護師に怒鳴られてしまう

実際とは、臨床とはそういうところだ

どう?○○さん
マグロのお寿司だよ

一見思いやりに見えるかもしれないが
認知できない人にわざわざするのは

傲慢でしかない

ましてや喉つまりを起こさせてしまって
肺炎になったら
1番つらいのは利用者なのだ

人でなしは
そんなすったもんだを
幾度も幾度も

そのまた幾度も経験して

自分の体力気力と
利用者の満足度を天秤にかけてきた

そして見事
人でなし、となったのだ

やる気満々のイキった青二歳が
彼女を人でなしと呼ぶたびに

俺は言う

自分が認められたいというその欲求を
年寄り使って満たすのは、やめなさい

すると
大抵のイキった青二歳は

今度は俺を
人でなし、と認定

心の底から、嫌ってくれるのだ

(笑)

槿が咲くと、そろそろ夏も終わりだなと思う

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