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七週間の過ごし方

あらすじ:
 ある日、神前伸也こうさきしんやは仕事帰り、事故に遭い、臨月の妻を残し、死んでしまう。
 成仏したくないとここに留まろうとする伸也の元にあの世とこの世の間にある中陰と言われる世界から見守り役として不動明王を始めとする仏道を極めた者達が代わる代わるやってくる。
 彼らは、格好こそそれらしいが、首には社員証、それぞれ名刺を所持しており、加えて、性別や年齢もあり、欲も持ち、現代の精密機器を使いこなしているという少しおかしな集団だった。
 人が成仏する期間と言われている【四十九日】の期間中、彼らと過ごすことで、仏になる意味を学び、妻や産まれた子供の幸せを願い、成仏する事=家族から離れる決断をする。



(あれ? 俺、帰りに事故に遭って……それで……)

気が付くと伸也は、花に埋め尽くされた自分の遺影がある空間に立っていた。
黒い服に身を包んだ知り合い達が、時に涙を流しながら横たわった伸也の亡骸の前で手を合わせている。
広い葬儀場の端、妻の絵莉は大きなお腹に手を当て、涙を流さず、けれど力無く、パイプ椅子に座っていた。

車に轢かれて死んだ以外、一昨日までいつも通り、普通の日だった。


(大事な奥さんともうすぐ生まれる子供を置いて、俺は、死んだんだ……突然に、呆気なく)

20名あまりの参列者、泣きじゃくる伸也の父と母、そして妻に頭を下げ、焼香を済ませていく。

(親だってまさか、息子が自分達より先に逝くなんて思ってなかった筈だ。そりゃそうだろうよ……誰より俺が一番驚いてるんだから)




*****



 
自宅リビングに作られた簡易的な伸也の仏壇。
その前に座る絵莉は、血が付着した服を抱きかかえ、遺影を見つめている。位牌の前に置かれた白いトレーには、当時、伸也が持っていたスマホや財布、身に着けていた結婚指輪や腕時計が入っている。




ふと気が付くと、伸也は絵莉の後ろに立っていた。
咄嗟に辺りを見回す。

伸也「あれ?……俺……家に居る?」

声が出たが気付かない絵莉の様子に、今度は触れてみようと手を伸ばすと、お決まりのようにすり抜けた。
それに少し興奮して、もう一度声を上げる。

伸也「あっ、これ、映画とかでよく見るヤツか!」

初めての体験にテンションが上がり、何度も試すが案の定触れず、そのテンションはすぐに急降下し、ため息をついた。

すると、




絵莉「伸ちゃん……」



悲しげな声に、ハッとして呼びかけた。

伸也「絵莉」

聞こえない。
振り向きもしない。
絵莉はただ、思い出の中の伸也を求めただけだった。

目の当たりにした伸也は落胆し、もう一度周りを見渡した。
来月産まれてくるわが子の為に用意していたベビー用品に視線が止まる。
ベビーベッドに歩み寄り、触れてみた。

!!

(触れる!)

今度は飾ってあるメリーに触れ、ゆっくり回してみた。

♪~~~




絵莉「!?」

流れ出したオルゴール調のメロディーに絵莉が驚き、振り返る。
絵莉の目には、メリーが勝手に回っているようにしか見えない。

絵莉「何!?」




怯えた表情の彼女とは違い、伸也は反応したことに喜び、味を占めたように今度はテーブルに置いてあるテレビリモコンの電源ボタンを押した。

♪~~~




絵莉「!?」

テレビが勝手に点いたことに絵莉は体を震わせ、怯え始める。

絵莉「何なの!?」




さすがの伸也も震える絵莉に戸惑い、思わず声を出す。

伸也「絵莉。俺だ。ここに居るよ……」

絵莉に歩み寄るが、足がゴミ箱に引っ掛かった。



絵莉「!?」

勝手に倒れたゴミ箱に驚く絵莉。

絵莉「何、何、ヤダっ!」

絵莉は我慢出来ず立ち上がり、寝室に逃げ込んでしまった。



伸也「絵莉っ!」

呼び止めも失敗の終わり、1人になったリビングで伸也は自分の仏壇の前にしゃがみ込んだ。


ため息をつき、遺影の自分の顔を見つめる伸也の後ろから、怠そうな声が聞こえた。

?「あーぁ」

驚き、振り返る伸也の前には20歳前後の男性が居た。
その姿は、レッドとゴールドが混ざった衣服を着て、右手には大きめの剣を持ち、左手には縄を携えている。
背中にはいかにも邪魔そうな炎を模ったオブジェのようなものを背負っていて、物々しさも感じる。
それでいて、首からは社員証のような物を下げていたり、腕にはスマートウォッチを着けていたり、どう考えても不自然だ。

呆気に取られた伸也を他所に、彼は軽くストレッチをした後、満面の笑みで伸也に話し掛けた。

?「よっ! 伸也っち!」
伸也「ん? ……伸也っ……ち?……」

彼は気にせず、伸也の前にしゃがみ込んで続ける。

?「やっと居たぁー。探すのしんどかったわー、マジでー」

戸惑う伸也にお構いなしに、ポケットからスマホを取り出して言う。

?「ちょーっとスマホ見てただけなのにさぁ」
伸也「ス、スマホ?……」

?「あー、こないだ合コンで知り合った子から連絡来て遊ぶことになってたのよ」
伸也「合、コン……」
?「超可愛いかったんだよー、マジで」
伸也「はぁー……」

完全に唖然した伸也の肩をポンポンと叩きながら、

?「あ! 伸也っちって結婚してんだよね? 奥さんは? 可愛い?」
伸也「は? ……まぁ、可愛い……って……何で誰かだか分からない変な格好した、チャラい人に話さなきゃいけないんすか! ……誰だよ……」

伸也は少しイライラしたが、彼は調子を変えずに話す。

?「え? 誰だか分からない? ……え? あ! そっか! そうだよねー」

伸也が怪訝な表情で睨むと、彼は笑顔で胸元から名刺入れを取り出す。
一瞬表情を和らげた伸也の前に、今度はスクリと姿勢を正し、両手で名刺を差し出した。

?「不動と申します」

伸也が腑に落ちないながらも名刺を受け取る。

【初七日責任者 不動明王】

不動「亡くなった方が成仏されるまでの道程で、一番最初に会うのが俺! 色々間違わないようにちゃんと次の地点まで見届けるのが仕事!」
伸也「見届ける……」
不動「そう!」
伸也「……一番最初……ってことは……他にも居る?」

不動は、伸也の肩を思いっきり叩き、

不動「さすが伸也っち!」

噎せる伸也に構わず、不動が説明を始める。

不動「人間界で言う四十九日の道程。ウチらの世界は中陰ちゅういんって言うんだけど」
伸也「中陰……」
不動「そっ。そこには、俺含めて7人の責任者が居るの」
伸也「ラッキーセブン……」

呟くように言った伸也の言葉に、不動が笑う。

不動「確かにっ。……んまぁ、簡単に言うとリレーみたいなもんでさ、俺はシャッキーにちゃんと伸也っちを引き渡さなきゃダメなの!」
伸也「……シャッキー?」
不動「あぁー、釈迦さんていう、ちょーっと怖いけど、すんげー綺麗な人が居るんだよねー」
伸也「綺麗……」

不動は伸也の肩を手を置き、得意げに言う。

不動「綺麗過ぎて、マジビビるよ」

伸也は何度か頷いた後、肩に置いた不動の手を見て声を上げた。

伸也「あっ!」
不動「ん?」

伸也は徐に不動の手に触れる。

不動「……なに?」

不思議に思った不動だったが、色んな所を触り始めた伸也に戸惑い、

不動「え? 何? 伸也っちって、両方イケる感じぃ?」

その言葉に我に返った伸也が離れた。

伸也「はぁ? 違うわ!」
不動「な、なぁーんだ……ビックリした」

落ち着きを取り戻した伸也が話す。

伸也「……絵莉には……妻には触れなかったから……。君にも触れる。物にも触れる。……なのに、妻にだけは触れなかった……」

落胆する伸也を見つめ、

不動「……寂しいよね……」

伸也が寝室の方に目をやると、察したように不動が言う。

不動「生きてる人には触れない。もちろん声も届かない。……でも、物には触れる。身に付けたり、完全にその場から持ち出したりすると、生きてる人には見えなくなる。……ただ触るだけ、移動するだけの場合は、生きてる人には勝手に動いたり、宙に浮いてるように見えるから……怖がらせちゃうと思う」

そう言ってお茶目に笑う不動の言葉に、伸也はさっき自分が触れた物に絵莉の怯えた様子を思い出した。

伸也「あ……」
不動「あっ……、もうやっちゃった?」

伸也が頷くと、不動は大きなため息をついた。

不動「……ま、仕方ないよ、知らなかったんだから」

落胆し、小さく頷いた伸也を元気づける様に、不動は声を張る。

不動「さてっと! 伸也っち、中陰に帰るよ!」
伸也「え?」
不動「え、じゃない。知らないだろうけど、シャッキー怖いんだから。怒られんのはこっちなの! さ、ほら、行くよ!」

自分の腕を引っ張る不動を拒み、伸也は声を上げる。

伸也「子供が!」
不動「え?」

引っ張るのを止めた不動に、しおらしくお願いする伸也。

伸也「産まれるまで……待ってくれない?」
不動「産まれるまでって……。いつになるか分からないじゃん! 却下!」

再び引っ張り出すと、伸也はさっきより声を張り、

伸也「……来週! 予定日だから……せめてそれまで!」

動きを止め、驚く不動。

不動「来週って……。こっちはスケジュール詰まってんの!」

伸也は手を合わせて、

伸也「頼む!」
不動「えー……」

困惑する不動に伸也が拝み倒していると、インターホンが鳴った。

不動「誰か来た?」

不動が反応した後、テーブルに置いた絵莉のスマホが数秒鳴って切れ、程なくして玄関のドアが開く音と共に、若い女性の声が聞こえた。

?「お姉ちゃーん」

伸也は納得した表情に変わったが、不動は少し慌てて、

不動「誰?」
伸也「美亜ちゃんだと思う。絵莉の妹」
不動「ほぇー」





リビングに入ってくる美亜。

美亜「お姉ちゃーんっ」



不動「!!」

美亜を見て、不動の心臓がドキンと鳴った。





探し歩く美亜の耳に微かに絵莉の声が届く。

絵莉「美亜」





小走りで寝室へ向かう美亜の背中を見送る伸也の肩を、不動は恍惚なため息をつき、胸を抑えながら掴んだ。

伸也「ん? 何?」
不動「こっちの世界にあんなにも可愛い子が居るなんてっ! 禁断の……恋っ」

伸也は眉間に皺を寄せた。

伸也「はぁ?」


♪~~~

突然、不動の左腕に着けたスマートウォッチが鳴り出した。

不動「やっべ!」
伸也「ハイテク過ぎんのよ……」

確認した後、不動は慌てた様子で、

不動「戻んなきゃ!」

しかし、伸也は寝室を見つめ、

伸也「俺は行かない」

困惑する不動。

不動「えっ⁉ ちょっ、いや……えぇー……」
伸也「出産に立ち会ってから行く」
不動「……えぇー……」

不動は少々悩んだ末、提案をした。

不動「……じゃあ、こうしよ!」
伸也「ん?」
不動「……木曜にまた来るから……その時は一度俺と一緒に向こうへ行く事!」
伸也「えー」
不動「わがまま言わないの! 挨拶も何も無しに勝手に来ちゃったんだし……。面談がある時は、ちゃんと戻って参加して貰わないと!」

また新しいワードに伸也は、鉄砲玉を食らったような表情で、

伸也「面談⁉」
不動「んー……全部で4回あるんだったかな?……」
伸也「えぇ、めんど……」
不動「ほんとは! 急斜面の山登ったり、急流な川渡ったり、色々しなきゃいけないのに、面談だけで良いって言ってんの! 十王様達がわざわざ時間を割いてくれてんだから、それぐらいちゃんとやってよ!」

伸也が小さく呟く。

伸也「また知らない人出てきたな……」
不動「ん⁉ 何⁉」
伸也「いや、何でもない」
不動「ってか、意外とこの状況受け入れてるよね。結構すんなり」
伸也「受け入れるしかなくない? 死んでんだから」

茶化すように言った不動だったが、少し投げやり返した伸也に、今度は優しく諭した。

不動「……とにかく、それだけは守ってよ」

不貞腐れながら一度頷いた伸也に、不動は笑顔を作り、

不動「それと! もっかい美亜ちゃんと会いたいから、俺が来た時、美亜ちゃんと一緒に居てくれる? 伸也っちが居るところじゃないと、俺らは出てこれないから」

伸也「は!? 何でそんなん!」

伸也は驚くが、不動は胸を張り、

不動「待ってあげる代わり! ギブアンドテイクでしょ」
伸也「は? そもそも……そ、そんな都合良くいかねぇだろうよ!」
不動「それはダイジョブ! 伸也っちの場合、心の中で念じた所に瞬間移動出来るようになってっからっ。例えば、美亜ちゃんのそばに行きたい! って念じてくれれば、それでオケ!」
伸也「オケ!……って……そんな簡単に言ってるけど……それは……練習もせずにパッとやってペッて出来るもんなの!?」
不動「で、俺がまた来る時間は午後3時って決まってるから、それに合わせてくれれば」

不動はそう言って右手の親指を立て、ドヤ顔をして見せた。

伸也「無視かい」

腑に落ちずにため息をついた伸也に、不動は畳みかける。

不動「あと!」
伸也「まだあんのかよっ」
不動「美亜ちゃんの写真」

伸也は目を丸くして、

伸也「写真!?」
不動「……んー……5枚くらい欲しいなぁー」
伸也「はぁ!?」

不動はほくそ笑みながら、伸也のスマホを手に取った。
驚く伸也にお構いなしで、スマホを差し出し、話を続ける。

不動「……あー、もし、それの契約が切られてるなら、奥さんのスマホででも、ちゃちゃっと撮ってさ、俺に送って欲しいなぁーって。……送り方は後で教えるから!」
伸也「さっきから簡単に言い過ぎ……」

深いため息をつきながらも、伸也は恐る恐るスマホを手に取った。

不動「俺の後は担当がシャッキーになるから……もう一度こっちに来るとかって話は、シャッキーと話し合って!」
伸也「……は、はぁ……」

終始、怪訝そうな伸也の横で、不動は何処か楽しそうに腕を組む。

不動「あーぁー、伸也っちの担当外れてからも、業務抜け出して美亜ちゃんと会えたりしないかなぁ~……」
伸也「……え? いや、それはどういう……」
不動「え? 通い妻ならぬ通い彼氏ー」
伸也「はい?……」
不動「恋する気持ちにあの世もこの世も関係無くなーい?」
伸也「いや、それはさすがに関係あるでしょ……話せないんだし……ってか、そもそも」
不動「んーまぁ、とりあえず……さっきの話は交渉成立ね! ほんじゃ! またね!」

慌てる伸也に、笑顔で手を振った。

伸也「あ、ちょ……」

不動は、姿勢良く立ち、一度落とした視線を上げた。
すると体全体が白く発光した後、次の瞬間には不動の姿は消えていた。

伸也「えっ」

思わず声を上げた伸也は、辺りを見回すが、もう不動は居なかった。
嵐のような時間が終わり、一気に息を吐く。



テーブルの上には、雑誌で隠すよう置かれた冊子が置いてあった。
雑誌がズレて【記録】の文字だけが見える。
それに気付いた伸也は、寝室を気にしながらその冊子を手に取った。

【刑事記録】の文字に引き寄せられるように、躊躇うことなく一気に読み進めた。


 
*****


それを読み終えた伸也が寝室を覗くと、床に座り、泣きじゃくる絵莉と慰める美亜が居た。





美亜「だから考え過ぎだって」
絵莉「違う! あからさまに動いたんだよ!気のせいじゃなくて! ちゃんと見た!」
美亜「わかった……わかったから……」

絵莉の背中を優しくさする美亜。


暫く経ち、落ち着きを取り戻した様子の絵莉を見て、伸也は視線を移す。
その視線の先、デスクにはノートパソコンとデスク横には何個かの封を切られた段ボールが置いてあった。
それぞれに張り付けられた送り状の備考欄には【ベビー用品】【化粧品】などと書かれている。




美亜「あ、そうだ。……伸也さんっ……」




呼ばれたと思った伸也は、美亜を見たが、




美亜「そうだよ! 伸也さんだと思えば良いんじゃない?」
絵莉「え?」
美亜「もしまた、おんなじ事が起こったら、伸也さんがそばにいてくれてるって思えば……怖くなくない?」
絵莉「伸ちゃんが……そばに……」

絵莉がまた泣きそうになる。





それを見た伸也は、絵莉の前にしゃがみ、彼女の頬に触れる様に自分の手を添わせた。

 

*****



玄関先、美亜が靴を履き、見送る絵莉に振り返る。

美亜「じゃ、行くね」
絵莉「うん」
美亜「絶っっっ対無理しちゃダメだよ!」
絵莉「わかった」
美亜「また来るね」
絵莉「うん」
美亜「何かあったらすぐ連絡して! いつでも駆けつけるから!」
絵莉「うん、ありがと」
美亜「じゃあね」

笑顔で手を振り玄関を出ていく美亜を、絵莉も懸命に作った笑顔で見送った。



 

*****




──3日後

キッチンで洗い物をする絵莉は、一瞬驚き、表情明るめにお腹に向かって話し掛けた。

絵莉「おっと……今日はアグレッシブだねぇー」

タオルで手を拭くと、お腹を撫でながら、

絵莉「そのまま……元気で生まれてきて」






伸也はソファーに座り、その様子を笑顔で眺めていた。

ポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。

(あ、1時半か……)

立ち上がり歩いた先、仏壇の前にしゃがみ、結婚指輪を数秒見つめた後、絵莉が見ていないことを確認し、左手薬指に嵌めた。


伸也はそのままリビングを出た。
 

*****


伸也は何も考えず、玄関のドアを開け、外へを出る。
 

*****




リビングに居た絵莉の耳に、玄関からドアが閉まる音が聞こえた。
ハッと玄関を覗くが、そこには誰も居ない。

絵莉は小さく首をかしげるが、後に少しだけ微笑んだ。



*****

 
外に出た伸也も、ドアの閉まる音が聞こえた事に気付き、

伸也「!!」

悔しそうに唇をかんだ後、大きなため息をついた。


玄関のドアを見つめ、

(絶対、また怖がらせたよなぁ……ごめん)

伸也は不動の言葉を思い出す。


(瞬間移動……ホントに出来んのか?)


目を閉じ、意識を集中させる。

(……美亜ちゃんの……元へ……行きたいっ)


伸也の体がゆっくり白く発光しだし、のちに姿が消えた。




*****



広めに公園横。
白い発光体が現れた後、伸也の姿が現れる。
まだこの移動に慣れていないせいか、すぐに目を開けてしまい、眩しすぎて視界が悪い。


何分か経つと徐々に見えるようになった。


公園のベンチに座る美亜の姿を見つけ、小さく呟く。

伸也「マジだ……」

伸也は美亜から少し距離を置き、ベンチに座った。
思い出したように、スマホを取り出す。
カメラアイコンをタップするのを少し躊躇うが、腹を括るようにフッと息を吐き、画面を一度触りスマホを美亜に翳した。


シャッター音が何度か鳴った後、画面を確認する。
複雑な表情を浮かべた。

……

(今の俺、普通に考えて、変態よな……義理の妹隠し撮りなんて……。もし見えてたら完全に縄る奴だわ……)

大きなため息をついた後、電波マークを見て気が付いた。

(あ……まだ繋がってる……)

少しだけ震えながら、メッセージアプリの絵莉とのトーク画面を開いた。


履歴は事故当日、伸也から送信した【今から帰るよ】で終わっている。


暫く考えた後、伸也はそこに打ち込んだ。

【1人にしてゴメン。でも、そばに居るから】

恐る恐る送信ボタンをタップすると、履歴が更新される。


その直後、喜びと後悔と少しの不信感が入り交じる感情で伸也は表情を歪ませる。

手で顔を覆った伸也の耳に、遠くで美亜を呼ぶ陸斗の声が聞こえた。

陸斗「美亜!」

我に返った伸也がその方を見ると、キラキラした笑顔を見せる義妹と爽やかに駆け寄る青年が居た。


(デートか……いいなぁ……)


一瞬笑顔を作るが、


!!


スマホの画面で時間を見ると【15:00】の文字で、思わず声が漏れた。

伸也「ヤバ……」

その直後、背後から不動の低い声が聞こえた。

不動「何あれ?」

肩をびくつかせ伸也は、以前の明るいイメージとは違う声色に恐る恐る振り向いた。

心なしか黒いオーラを纏い立ち尽くす真顔の不動に、怯えながら答える。

伸也「か、彼氏の陸斗くん」

不動はゆっくり伸也の隣に座り、

不動「聞いてない」
伸也「言ってないし」

伸也の言葉に声色が戻り、駄々っ子のように言い放つ。

不動「知ってたなら教えてくれても良かったじゃん!」
伸也「言おうと思ったけど……さっさと帰っちゃったのそっちじゃん!」

不動は、いじけた表情で言った。

不動「……失恋した。伸也っちのせいで!」
伸也「俺のせいかよ!」

少し沈黙した2人だったが、視線を美亜達に向ける。



手を繋ぎ、白い車に向かって歩く美亜と陸斗。
陸斗は助手席のドアを開け、美亜を招き入れ、乗り込む美亜を見届けてドアを閉めた。




不動「スマートっ。……お似合いだね」
伸也「うん」

不動の様子に、伸也はスマホを眺め、

伸也「じゃあ、写真は要らないね?」

不動は慌てふためき、

不動「はぁ? 要るわ!」
伸也「要るんかい!」

不動は即座にスマホを取り出し、

不動「送って!」
伸也「いや、送り方……」
不動「教える教える」
伸也「2枚くらいしか無いよ?」
不動「は? 少なくない?
伸也「え? 不満なら送らない」
不動「いやっ、ごめんなさい。送ってください。お願いします」
伸也「……はい」
不動「ありがとうございます」
伸也「もう二度とやらないから!」
不動「ん-、わかったって」

調子のいい不動に、口調強めに言った伸也だったが、ニコニコしながら画面を眺める不動の姿を見て、微笑む伸也だった。



*****



 
陸斗が運転する車の中。
助手席の美亜に話し掛ける。

陸斗「映画なんていつ振り?」
美亜「えー? いつ振りだろ」

♪~~~

美亜のバッグの中から呼び出し音が鳴った。
取り出したスマホ画面。
【お姉ちゃん】の文字を見るや否や少し焦ったように電話に出た。

美亜「お姉ちゃんっ」
絵莉『あ、ごめんね』
美亜「ううん。体調悪い? 今行こうか?」
絵莉『ダイジョブ。違うの』

美亜は、呼吸を忘れていたかのように一気に息を吐いた。

美亜「あぁ……そか。なら良いけど……。何かあった?」


*****


自宅から電話した絵莉は、伸也の仏壇の前に座り、遺品達を見つめていた。 

美亜『どしたの?』
絵莉「んー……美亜さ……伸ちゃんのスマホとか……持ってった?」
美亜『え? 持ってってないけど、何で?』
絵莉「……いや。……そっか。なら……いいんだ。……ごめんね、変な事聞いて……」
美亜『いや、大丈夫だけど。どゆこと? 無いの?』
絵莉「いや……大丈夫。……大丈夫。何でもない。忘れて。……ごめんね」

絵莉は、顔を上げ、無理やり明るい声で尋ねた。

絵莉「……陸斗くんと一緒?」
美亜『え?……うん』
絵莉「ごめん、デートの邪魔したね」
美亜『いや、そんな気にしなくていいよ』
絵莉「ありがと。ホントにダイジョブだからね」

より強気に声を張り、今度は茶化すように言う。

絵莉「私に気ぃ遣って、デート、切り上げて来たりしたら承知しないからね!」
美亜『うん……わかった……』
絵莉「じゃあ、切るね」
美亜『うん、じゃね』

優しい妹にこれ以上心配かけまいと、半ば強引に電話を切った。

でも、伸也のスマホと指輪が無くなっているのは事実で……。
このままだと考え過ぎてしまうと悟り、何気なくスマホの画面を点けた。


【未読メッセージ1件】


絵莉「!?」


慌ててアイコンをタップした。


*****



美亜が電話を切った後、彼女の様子が気になった陸斗は、路肩に車を停めた。

陸斗「絵莉さん、なんて?」
美亜「うん……」
陸斗「家、行こうか?」

美亜は、ぎこちなく笑顔を作った

美亜「いや……来たら承知しないって言われた……」

爽やかに笑う陸斗。

陸斗「美亜が心配性なの、よく解ってるね」
美亜「……」
陸斗「行きたくなったら遠慮なく言って。すぐ向かうから」
美亜「うん」

陸斗は発進準備をしながら明るく言う。

陸斗「親父の車、今日借りれたのも、偶然じゃなかった気がするわ」

美亜の表情が安心したような笑顔に変わる。

美亜「陸斗……」
陸斗「ん?」
美亜「ありがと」
陸斗「惚れ直した?」

美亜が少しハニカミながら頷くと、陸斗は笑顔で周りを確認しながら車を発進させた。

 

*****



リビングでは、絵莉がスマホ画面を見つめ、口元をぐっと抑え、涙を流していた。

未読だった1件のメッセージは、数時間前に伸也が送ったメッセージ。

【1人にしてゴメン。でも、そばに居るから】



絵莉「……伸……ちゃん……」

絵莉は、携帯を強く抱き締め、堪え切れず声を上げて泣き出した。
 



*****



公園に残っていた伸也と不動がすくっと立ち上がる。

不動「じゃあ、そろそろ行こっか」

不動の言葉に、伸也が頷く。

不動「伸也っち、手繋ごう」

何気なく不動が手を差し出すと、伸也は嫌そうに答えた。

伸也「えー」
不動「そういう趣味とか無いから! 一緒に中陰に行く為だからっ!」

納得したのか諦めたのか、伸也は不動の手を取った。
不動が目を閉じると、それを見た伸也も目を閉じた。

不動「行くよ」
伸也「ん」

二人の体が白く発光し、光が強くなった後、その姿は消えていた。


 

*****


── 数日後

自宅のリビング。
絵莉の後方に白い発光体が現れた後、伸也の姿がフワッと現れる。

閉じていた目をゆっくりと目を開く伸也。

(戻ってこれたー)

安堵感から大きく背伸びをする。

(……面談してくれた人、意外に優しかったなぁー)

ソファーに座り、お腹を擦っている絵莉を、笑顔で見守る伸也。

絵莉が見始めたスマホの画面をそっと覗き込むと、そこには自分が送ったメッセージが映っている。
伸也は思わず息を飲み、顔を俯かせた。


すると、落とした視界に、黄金に輝く袴のようなものを履いた誰かの足が目に入った。

!?


伸也の横、いつの間にか居た美しい女性に驚く。


伸也が恐る恐る声を掛ける。

伸也「シャ……シャッキー?……」

女性は眉間に皺を寄せ、

?「え?」

伸也はバツが悪そうに怖気づく。

伸也「あっ……いやっ……」

再度、チラリと女性を見る伸也。

女性は眉間を手で抑え、

?「あ、イケナイ」

女性は顔を上げ、前方を見据えたまま優しく微笑む。

伸也「あのー……」

女性は伸也の方に向き直り、名刺を差し出し、おしとやかに話し出した。

?「初めまして。釈迦です」

受け取った名刺には【二七日責任者 釈迦如来】と書かれている。


伸也「あ……はい。お噂はかねがね……」

改めて見るとその容姿は、綺麗に切り揃えられた黒髪に、黄金色の布で全身を包み、ネックレス1つ着けていないのにも関わらず、美が暴力と言える程の美しさに、不動が「ビビる」と言っていた事も納得できた。


釈迦「噂? 何かしら……」
伸也「凄くお綺麗な方だと……」

釈迦が詰め寄る。

釈迦「え? ホント? で? 実際見てみてどう?」

伸也は、圧倒されながらも丁寧に答える。

伸也「あ、あぁ……噂通りだなぁと……」

釈迦は体を引き、満足そうな笑みを浮かべ、

釈迦「あはーん、良く言われるー」

かと思えば、一瞬で表情と姿勢を正し、

釈迦「さてっと! 神前伸也さん……だったかしら?」
伸也「……は、はい……」
釈迦「次の面談の準備がもう向こうで整ってるから」

そのペースに追い付かない伸也は驚き、

伸也「は!? え! だって! 今戻ったばっかり!」

伸也は、携帯で日付を確認すると慌てふためいた。
その様子を見て釈迦は冷静に言う。

釈迦「そうね。だと思うわ。でも、中陰と現世の時間感覚は全く違うから。一緒にしちゃダメ。まぁ、面談で時間取られちゃうからねー。短く感じるのは無理ないけど」


(たった数時間の事だと思ってたのに、日付が変わっていたなんて……)


大きなため息をつく伸也を他所に、釈迦は呑気に手鏡を出して、自分の顔を映した。

釈迦「んもう……、乾燥でほうれい線が……。こっちに来るといっつもこう。空気が合わないのよね。……そろそろエステ行かなきゃ……あぁー、目尻の皺も目立ってきたぁー……こないだテレビでやってたヤツ買おうかしら……」

♪~~~

釈迦のスマートウォッチが鳴る。

確認し、ため息交じりに止める釈迦。

釈迦「実は……初江王様……」

聞き返す表情で反応する伸也。

釈迦「あー、次にあなたの面談してくれる方ね。今、手一杯で、今のコレも催促の連絡」

伸也は何度か頷いた。

釈迦「ヘルプも呼んでるくらいだから、相当」
伸也「ヘルプ!?」
釈迦「それでも暫く予約待ちだって聞いたし」
伸也「予約って、それ、完全にしん……」
釈迦「兎に角! あなたが受けないと進まないの!」
伸也「それは、そっちの都合ですよね!?」
釈迦「まぁ、その分、次は長くこっちに居られると思うから」
伸也「そんな不確定な話……」

苛立つ伸也に、釈迦も口調が強まる。

釈迦「仕方がないでしょ」

伸也も負けていない。

伸也「予定日、今週なの! 解る!? 明日産まれるかもしれない! 今晩だっておかしくない! 今戻ったら立ち会えなくなる!」

釈迦「あーじゃあ、もう行き来出来なくなっても良いのね!?」

その言葉に伸也は一気に冷静になった。

伸也「それは困る」
釈迦「でしょ? じゃ、行きましょ」

サラッと促す釈迦に、伸也は懇願するように縋ってみた。

伸也「解った! 解った、行くから。一緒に行くから……だから、お願いが……」

ため息混じりに振り向く釈迦。

釈迦「え?」
伸也「散々我が儘聞いて貰ってるのも解ってる。これ以上の事をお願いするのも図々しい事だって、十分自覚してる。でも……、やっぱり、心配なの。子供の顔を見たいってのも勿論あるけど……でも、それより……子供産むって女の人は命懸けでしょ? その怖さとか不安とかを絵莉一人に背負わせて……。こんなんなるなら、俺の命と引き換えに、どうにかならなかったのかなって考えたりして……」
釈迦「……」
伸也「結局、手も握ってあげられないし、声もかけてあげられない、何も出来ない。自己満足に過ぎないけど……側に居たいんです」

少し泣きそうになる釈迦。


伸也は何かを思い付き、

伸也「タダとは言いません!」

そう言うと、釈迦を寝室へ連れていった。


*****

 
寝室に入ると伸也はデスク横の【化粧品】と書いた段ボールをデスクの上に置き、釈迦に言う。

伸也「これっ」

釈迦は不信そうに眉間に皺を寄せる。

釈迦「何?」

伸也はすかさず、笑顔で釈迦の眉間を指さし、

伸也「あ、シワ」

ハッとし、眉間を抑える釈迦にもう一度笑いかけた伸也は、段ボールのふたを開けて、

伸也「良かったら……」

彼女にとって一番甘く聞こえるその誘惑に釈迦、段ボールを覗こうとするが、何とか途中で思い留めた。

次の瞬間、背筋を伸ばし、胸の前で手を合わせ、

釈迦「私達は修行をした身。欲に囚われない存在となりました」

何かを唱え始めた彼女を不思議そうに見つめる伸也。


釈迦「それは……心的、物的、如何なる欲からも惑わされる事の無いよう、長く辛い修行を乗り越えた私達だからこそなり得た姿……。わずかな煩悩からも解き放たれた者だけが悟りを開き、この場所へとお導きを受ける……◇※✕〇▽%……」

諦めたように、伸也は中身を出しながら、割り込むように話しかける。

伸也「この美顔器、ちょっと良いやつで、母へのプレゼントとして買ったんだけど、ほうれい線やリフトアップも期待出来て、何か、全身にも使えるって書いてあったんすよねぇ……」

釈迦は目の色を変え、慌てて伸也の手から美顔器を奪い取るが、何食わぬ表情で言い放つ。

釈迦「解ったわ」

呆気に取られる伸也を他所に、釈迦は美顔器を自分の懐に仕舞い言い放った。

釈迦「じゃあ、居ない間、奥様の様子はこちらでチェックしておくから。何かあったら、すぐ知らせる。それでいいでしょ?」
伸也「え? 出来るんですか? あれ? でも、皆さんは、俺が居ないとこっちに来れないんじゃ……」

勝ち誇った様子の釈迦。

釈迦「誰だと思ってんのー。私、結構偉いのよ。力がすんごいの。部下の1人や2人、どうとでもなるわ」

思わず呟く伸也。

伸也「職権乱用……」
釈迦「え?」

バツが悪そうな顔の伸也を見て、

釈迦「じゃあ、この話は無かったって事で。」
伸也「いやいや! スミマセン! お願いします!」
釈迦「まったく」

深々頭を下げる伸也に呆れるが、すぐ切り替える。

釈迦「じゃ、行きましょ」

伸也は、釈迦が差し出した手を取った。

伸也「はい、お願いします」
釈迦「目を閉じて」

2人がゆっくり目を閉じる。
少し経つと、2人の体が発光し、光と共に姿が消えた。



*****



 
お洒落な店が立ち並ぶカフェのテラス席。
美亜が絵莉を気遣い、外へ連れ出していた。
ショッピング後の休憩中。

それでも、絵莉は少し後悔していた。

絵莉「また浮かれていっぱい買っちゃった」

美亜の隣の空席に置いた幾つかの袋。
荷物が多い事に気が付いたカフェの店員さんが4人席へ通してくれたのだ。

俯き気味の絵莉に、美亜は明るい声で言う。

美亜「折角久々に出たんだし、自分の物も買えばいいのにさー」

袋は全てベビー用品のお店の物。

絵莉「あー、確かに」
美亜「ま、少しは気持ち分かるよー。性別解ると拍車掛かるよねー。こないだ友達のとこも産まれたんだんだけど、病院で女の子って聞いた帰り道に、もうキラキラとかふわふわとか、いっぱい買ってた」

まだ引き攣る笑顔の絵莉に、あっけらかんと言ってのける。

美亜「良いじゃん。結局、お金はママ達が出すって言ったんだし。……初孫だから、楽しくて仕方がないんだよ」

絵莉「それもそうなんだけど……そうじゃなくて……」
美亜「え?……なに?」
絵莉「ん-……張り切ってこんな買って……伸ちゃんが居ないのに……自分1人でテンション上がって……何か……軽いっていうか、浅いっていうか……」

美亜は、姿勢を正し、優しく諭すように話し始めた。

美亜「いいじゃん、テンション上がったって。お姉ちゃんは母親なんだから。子供を産んで育てるって、凄くエネルギー使う事でしょ? 楽しい事も無きゃやってられないでしょ」
絵莉「……」
美亜「それに……大切な人の事忘れるなんて無理じゃない? 忘れろなんて、誰も言わないよ。忘れちゃいけないと思う……」

絵莉の手を握る美亜。

美亜「私も居る。パパもママも伸也さんの家族も居る。……伸也さんだって、お姉ちゃんの心の中にちゃんと居るでしょ? 1人じゃないから。1人で頑張ろうとしないで。泣きたい時は思いっきり泣けばいいよ」

涙を我慢出来ず俯く姉を、美亜はしばらく微笑み見つめていた。




ひとしきり泣き、絵莉が落ち着いたのを見計らうと、美亜が次の話題を話し出す。

美亜「そう言えば、ママがまた……さ……」
絵莉「ん? ……何か言われた?」
美亜「うん……遺品、処分しろって」
絵莉「……そっ……か。こないだウチ来た時、なんか言いたそうにしてたんだよね。……ごめんね、色々。何か言われても、もう少しだけ、それとなく流しといてくれる?」
美亜「……わかった……」
絵莉「ありがと」
美亜「心配してくれるのは有り難いけどさ、ママの過保護具合も、もう少し緩んだらお互いに楽なのにね」


美亜「あ、じゃあ私、車持ってくるね」

そう言って、残っていた飲み物を飲み干し、財布を出した美亜に絵莉が言う。

絵莉「あーいいよ。払っとく」
美亜「ホント?」

頷く絵莉。

美亜「やったー! じゃあ、ここで待ってて」
絵莉「うん」
美亜「財布とスマホ以外持ってっちゃうね」

絵莉は、両手いっぱいに荷物とバッグを持った美亜に、ありがとうと言い、美亜の背中を見送った。

携帯を服のポケットに仕舞い、お腹を撫でながら、近くの店員を呼んだ。
絵莉「すみませんっ」




レシートを財布に仕舞いながら、何気なく道路を見た。
歩道ギリギリを転がってくるボールと、それを追い掛る3歳くらいの男の子が目に入った。
その瞬間、考えるより先に体が動いた。




 
慌ててボールに駆け寄り拾うと、ゆっくりしゃがんで男の子を待つ。
辿り着いた男の子にボールを渡すと、可愛い声が聞こえた。

男の子「ありがとう」

男の子が走っていく方を見ると、両親らしき男女が申し訳なさそうにが頭を下げた。

何も無くて良かったと、絵莉も笑顔で会釈を返した。



その後ゆっくり立ち上がるが、

絵莉「!!」

腹部に激痛が走り、再び座り込む。
痛みで顔をしかめ、お腹を抱えたままうずくまった。

行き交う数名の人が驚きのあまり声も掛けられないでいる中、
近くの路肩に見覚えのない車が停まり、運転席から男性が降り、絵莉に歩み寄ってきた。

力が入らず朦朧としている絵莉の耳に、男性の声が届く。

?「どうしました?」

男性は、絵莉の様子を見た後、

?「ご出産近い……ですか?」

男性の言葉に力無く頷く。

?「掛かり付けの病院、言えますか?」
絵莉「あ……佐野……レディースクリニッ……」

男性に肩を抱かれ立ち上がるも、脱力して歩けない。

?「荷物は、無いですか?」

返事出来ないまま再び倒れそうになる絵莉を、男性は腕に力を込め受け止めた。
その様子に、腹を括った表情で男性が一言告げる。

?「失礼します」

次の瞬間、男性は絵莉を抱き上げ、自分の車まで運び、病院へと車を出した。
途切れそうな意識の中、男性の顔を見つめた後間もなく、絵莉は気を失った。




 
その後間もなく、路肩に車を停め、再び美亜がカフェにやってきたが、勿論そこには絵莉の姿は無かった。
辺りを見回すが、居た事すら嘘のようで……。
スマホを手にし、絵莉に連絡しようとしたその時、カフェの店員から声を掛けられた。

店員「あのー……」

事の顛末を一通り聞き終えた美亜は、店員に頭を下げ、急いで病院へ向かった。



*****



 
立派なビルの1室から出てくる伸也は、例の面談後の様子だ。

伸也「失礼しました」

外の廊下には、面談の順番待ちをして居る30人弱の行列が出来ていた。
終わった解放感から行列の横を颯爽と歩く伸也の背後から釈迦の声がした。

釈迦「神前さん!」

立ち止まった伸也に釈迦が慌てた様子で駆け寄った。

釈迦「奥さんが病院に運ばれたみたい! 産まれるんじゃないかって!」


!!


慌ててその場で目を閉じた伸也を、釈迦は咄嗟に止め、小声で諭した。

釈迦「ここはダメよ。皆に見られてるから」

伸也「……!」

釈迦「トイレ。トイレで。……そこ、右に曲がったらあるから……」

釈迦に背中を押されると、伸也は抵抗することなく小走りでトイレへ向かい、周りを気にしながら駆け込んだ。
 

*****


白い光と共に伸也が姿を現したのは、絵莉の掛かり付けの病院だった。
伸也が目を向けると、分娩室前で1人の男性に何度も頭を下げる美亜の姿があった。

(誰だ? あの人……)

分娩室の中から絵莉の声が聞こえると、伸也は再び目を閉じた。



*****

 

分娩室の中に移動した伸也は苦しむ絵莉の枕元に歩み寄る。

伸也「絵莉っ!」

思わず呼んではみるが聞こえない。
触れようとしても触れることが出来ない。

悔しそうに拳を作るも、伸也は声を掛け続けた。

伸也「絵莉……頑張れ……頑張れ……」

助産師「はい、頑張ってー」

伸也「頑張れ……絵莉……」

絵莉や伸也は勿論、助産師や看護師……その場にいる全員が必死で、緊迫する空気間の中、突然伸也の背後から場にそぐわぬ淡々とした声が聞こえた。

?「お取り込み中、すみません」

ビクつき振り向いた伸也の目の前に立っていたのはグリーンと金ゴールドを使った衣類を纏った若い男性だった。
アクセサリーは華奢目なネックレスのみ。
片手にノートパソコンを広げ、黒淵メガネをかけた視線は終始パソコンに向けられている。

彼は、名刺を指で挟む伸也に名刺を渡した。

?「文殊もんじゅです」

【三七日責任者 文殊菩薩】

文殊はパソコンを操作しながら、

文殊「この後、中陰刻午前3時より宋帝王様との面談がありますので戻って頂きます」
伸也「またぁー? ちょっと長く居れるって言ってたのにー……」

今までと同じ調子で伸也が項垂れても文殊には響かない様子だ。

文殊「予定が変更されました。時間は厳守」

冷たい物言いに、伸也は必死で訴えてみる。

伸也「いやっ、解るけどさぁ、見て! 今の状況! 産まれるの! 解ってますか!?」

文殊は一度、絵莉の様子を見るが、視線をすぐに戻し、

文殊「その様ですね」
伸也「いや、淡泊……」

パソコンを弄り、全く目を合わさない文殊に、イライラしてくる。

伸也「文殊さんは、人を愛したこと無いんですか?」
文殊「……」
伸也「異性じゃなくても、家族とか友達とか。人を想う気持ち!」

パソコンで検索を掛け、読み上げる。

文殊「……愛。……価値を認め、強く惹き付けられる気持ち……」

パソコンから視線を外し、

文殊「価値を……認める……」

顔を上げた文殊に興味を持ってくれたかと期待する。
しかし結局真顔で首をかしげた。
同時に伸也も一緒に首をかしげてみる。

文殊「私は、男女の事に関しては、専門外です。そもそもそのような欲は、かなり昔に置いてきました。我々、仏と言うのは……」
伸也「あぁーそうでしたねっ」

上手く意思疎通出来ない相手にイライラし、強く言ってしまう伸也。

その時、

絵莉「あぁーーーーっ!」

今までにない絵莉の声にハッとした伸也は言い放った。

伸也「とにかく! 今はあなたが言ったようにお取り込み中なんです! もう少し、待ってて下さい!」

そのまま絵莉の方を見た伸也。
目の前に光景を見た文殊は、改めてキーボードを叩いた。


【愛おしく想う、大切にする】


文殊「……愛おしく想う、大切にする……」

そう呟くと文殊は再び前を見て、少しだけ微笑んだ。


助産師「はい! 神前さん! もう少しだからねぇ、頑張ってぇ!」
伸也「頑張れ……」




*****



落ち着きを取り戻し、病室の中。
ベッドに横になっている絵莉が美亜と話をしている。


同じ室内には勿論、伸也と文殊も居た。

文殊「お、おめでとうございます……」

遠慮気味に言った文殊に、ハニカミながら答える伸也。

伸也「ありがとう、ございます」
文殊「元気な男の子でしたねー」
伸也「感情ゼロだし、ちょっとアレンジしてるし……。真似ならもっとちゃんとさー」

また少しイラっとしてしまったが、真顔の文殊に言う気が失せた。

文殊「名前……。もう決めてたんですね」
伸也「ん-。男の子なら蓮、女の子なら蘭って……」

少しの沈黙の後、文殊が言う。

文殊「……素敵な名前ですね」

彼の意外な反応に伸也は、驚きながらも嬉しがった。


軽く微笑み、パソコンを操作しようとした文殊。
キーボードをはじく音が聞こえて間もなく、急に焦りだした。

文殊「あれ? えっ?……」

何を押しても、画面に反応は無く、直後、フリーズからシャットダウンしてしまった。

文殊「えっ!? うそ! ちょっと!」
伸也「どした?」
文殊「え? い、いや……」
伸也「ん?」

気にする伸也を横目に、何も無いと強がり、「10分後には行きますので」とだけ言い残し、文殊は消えてしまった。
腑に落ちないながらも絵莉達の幸せそうな顔を眺める伸也。



 

美亜「ホントにお疲れ様。よく頑張ったね」
絵莉「……伸ちゃんがね……」




!!



絵莉「近くに居る気がして……」




涙ぐむ伸也。




美亜「そっか……それもあるかもね……」

泣きそうになる絵莉を茶化すように、

美亜「難産じゃなかったのも凄いよー。先生に聞いたら思いの外スルッと出てきたって。蓮君、今から親孝行ヤバいでしょー」

絵莉が笑うのを見届けると、伸也はゆっくり目を閉じた。




*****




 
自宅のリビングに現れた伸也は声を上げた。

伸也「文殊さーん」

白い光と共にすぐに現れた文殊の表情は少し強張っていた。

伸也「それ、調子悪いの?」

視線を上げる、バツが悪そうに話す文殊。

文殊「あぁ、結構長く使ってたんで……」

伸也は何度か頷き、明るく言った。

伸也「ちょっと待ってて」

伸也はそう言って一度寝室に引っ込むと、不思議そうに見る元にすぐに戻ってきた。
手には、自身が使っていた新しめのノートパソコン。

伸也「これ、半年位前に買ったばっかで。良かったら、使って」
文殊「え?」
伸也「こっちにあっても誰も使わないし、もう俺も使う機会無いしね」

そう言ってパソコンを差し出すが、文殊は戸惑う。

文殊「いや……でも……」
伸也「産まれるまで待っててくれたじゃん。お礼」

文殊は戸惑いながらも、ゆっくり受け取った。

文殊「ありがとう……」

伸也は何処か満足げに、ソファーに腰を下ろした。

すると、文殊は優しい口調で話し始めた。

文殊「仏になるずーっと前、僕にも家族が居た事を思い出しました」
伸也「……」
文殊「母と2人暮らし。凄く貧乏で……、母の為に稼ごうと、研究を始めて、結構な発明をしました」
伸也「やっぱ、すげー人なんだ……」
文殊「大金を手に入れました。それと同時に、僕は忙しくなって、家に帰れない日が続きました。……後に……年老いた母が、亡くなる前に僕に言ったんです。……もっと一緒に過ごしたかったって……」

苦笑いをする文殊。

伸也「……」
文殊「伸也さんも、奥さんともっと一緒に居たかったんだろうなって思いました」
伸也「……」
文殊「僕は自分の責任ですが、伸也さんは違いますから……もっとずっと強く、そう思ったろうなって……」

それを聞いた伸也は優しく微笑み、

伸也「……ありがとう。……もう大丈夫です」

意を決したように立ち上がり、フッと息を吐く。

伸也「行きましょう」
文殊「はい」

伸也に同意した文殊の表情も凛としている。

2人が手を繋ぎ、目を閉じると、白い光に包まれた。



*****



 
病室で話す姉妹。
絵莉は思い出したように、美亜に聞いた。

絵莉「……美亜。私を助けてくれた人……」
美亜「あぁ、会ったよ」

美亜はバッグから手帳を出し、

美亜「連絡先、最初、なかなか教えてくれなくて。……でも、お姉ちゃん、絶対お礼したいって言うだろうと思って、頼み込んで……はい」

絵莉の前に1枚の名刺を置く。

【メンタルクリニック白石 カウンセラー 白石竜一郎】

絵莉「お医者さんなんだ……」
美亜「今度、改めてお礼行かなきゃね」
絵莉「うん」

名刺を見つめる絵莉。
 


*****



─── 2日後

自宅に戻った絵莉達。
壁には【蓮】と書かれた命名書が貼ってある。
ベビーベッドの蓮をあやす絵莉とキッチンに立つ美亜。

美亜「あ、白石さんだっけ、連絡した?」
絵莉「うん。今度会う事になってる」
美亜「そっか。勿論、蓮も連れてくんでしょ?」
絵莉「うん。元気に産まれたの、あの人のお陰だから」
美亜「そうだね」

棚の中の4袋半のプロテインを見つけた美亜。

美亜「あ、これ……」
絵莉「ん?」
美亜「伸也さんの?」
美亜「こんなにいっぱい」

2人で笑い合う。

絵莉「あ……陸斗くん、飲むなら持ってっていいよ」
美亜「あー、聞いてみるわ」
絵莉「うん」

スマホを取り出し、陸斗にメッセージを送る。




伸也がリビングに現れ、絵莉の横へ歩み寄る伸也。
寝ている蓮。

伸也「可愛いなー」

蓮に手を延ばすと、触れただろう瞬間に急に起きて泣き出した。

!!

思わず手を引く。





絵莉も驚き、蓮の体をトントンする。

絵莉「え? どしたの急に……怖い夢でも見たかな……よしよし……」

蓮はすぐに泣き止み天井を見る。





伸也と目が合っている。

伸也、「蓮……パパだよ。判る?」

蓮が笑う。





絵莉、戸惑う。

絵莉「え? 蓮?」

絵莉が呼んでも、蓮は視線を変えない。
不思議に感じた絵莉は蓮の視線を辿ってみた。
恐らく、この辺に伸也が居るだろうという辺りに向かって、

絵莉「伸ちゃん……居るの?」





伸也は絵莉と目を合わせた。




絵莉「伸ちゃん……」

我慢できず泣き崩れた絵莉の元に、美亜が慌てて駆け寄る。

美亜「ちょっと、大丈夫?!」





伸也が切なそうに絵莉を見た後、視線を移すとあたかも父親がここに居ると分かっているかのように自分を見て、キャッキャと笑う蓮。


(動物や小さい子には見えるって……ホントだったんだ……)


物思いに耽っていると、真横から野太い声が聞こえた。

?「女を泣かせるとか、どういう神経してんだぁ?」

声の方を見ると、ブラックとゴールドの衣服を着た190cmあるか無いかの筋肉マッチョの男性が腕を組んで立っていた。
ゴツ目のネックレスとブレスレットを何蓮も着けている。

伸也「でか……」

早速名刺を差し出された。

?「あーっと、普賢ふげんね」


【四七日責任 普賢菩薩】


伸也はハッとし、恐る恐る尋ねた。

伸也「もしかして……また面談……すか?」
普賢「いやっ、今回面談は無い」

ホッとしたのも束の間、普賢は震えあがる事を軽々と言い放つ。

普賢「次の地蔵の時はあるけどな。閻魔様っていう、中でも一番厳しいって有名な王だ」
伸也「え……厳しい?」
普賢「あぁ。……人を傷つけたり、女を泣かせたりする奴はキツイ裁きを受ける」

普賢、伸也に顔を近づける。

普賢「聞いた事無いか? 悪い事したら舌を抜かれるっていう……あれだよ」

圧も感じる低い声に、伸也は青ざめる。

伸也「え……」

伸也が顔を強張らせた事を感じると、豪快に大笑いする。

普賢「いやいや、冗談!」
伸也「え……」
普賢「閻魔王は、嘘が専門だ。まぁ、人を傷つけるのは良くないけど、お前が平気で噓をつくような人間じゃないって事は知ってる。ビビんなくても大丈夫だ!」

強めに肩を叩かれながら、伸也は安堵するように一気に息を吐いた。


*****

 
2人がそんなことをしていると、玄関先では帰る美亜を絵莉が見送りに出ていた。

美亜「じゃあ、またね」
絵莉「うん、ありがと。……あ、プロテインの事、お願いね」
美亜「あ! さっき連絡来たんだった」

スマホを確認して、

美亜「あーまだ結構あるって」
絵莉「そっか」
 

*****


リビングまで聞こえた姉妹の会話に、伸也が反応した。

(ん?……プロテイン?……あ!)

伸也は仕舞ってある棚に向かい、プロテインを取り出し、普賢に聞いた。

伸也「普賢さん、良かったらこれ、要りません?」
普賢「?」
伸也「沢山買い過ぎてしまって、期限もあるし、処理に困ってるんです。……筋肉マンの普賢さんなら必要かなぁと……」
普賢「あー、そういえば切れそうだったな……」
伸也「じゃあ、ぜひ!」

伸也は玄関を気にし、慌てて促した。

伸也「早く仕舞って下さい!」
普賢「お、おぉ……」

普賢、衣服の中に隠そうとするが上手くいかない。




2人の姿が見えない現世では、プロテインの袋が空中に浮いているように見えるのだから異様以外の何物でもない。




絵莉達に気づかれないように気にしながら手伝う伸也。




現世で浮いて見えていた袋が消えて間もなく、リビングに絵莉が戻ってくる。




伸也と普賢は何故か息止め、袋が落ちないかヒヤヒヤしながら真顔で硬直している。

絵莉、2人の前を通り過ぎる。

一気に息を吐く2人。

伸也「……じゃあ、今日は一緒に戻らなくて良いんですか?」
普賢「良い訳じゃないけど、釈迦さんからお前が葛藤してる事とか色々聞いてるしな……。
お前は違うと思うけど……たまーに居るんだよ。中陰を出て、見えないのをいいことに、こっちで悪さしたり、成仏しない選択をしたりする奴が。……だから一応な。念入りに確認しとかなきゃいけないわけよ」
伸也「成仏しない選択……って……」
普賢「何か未練があったり、この人と離れたくないって想いは、恐らく、殆どの人が持ってると思う。でも中に、その想いが強過ぎて、道を外れる人が居る」
伸也「……」
普賢「聞いた事あんだろ? 地縛霊とか怨霊とか……」
伸也「あぁ……」
普賢「道を外れたままだと成仏せずに、そういうのに変化してこっちの世界を彷徨い続ける。特にお前みたいに、突然、命を落とした人が陥り易い」
伸也「……でもそれって、ずっと大切な人のそばに居れるって事ですよね?」
普賢「……あぁ」
伸也「なら、願ったり叶ったりな気が……」
普賢「……でもな、そういうのってテレビとか観てると大概、気持ち悪い感じで出てたりして、皆で怖がってんじゃん?」
伸也「あぁー……」
普賢「そういうこと。……こっちに残っちまったら……心が死ぬんだよ……優しい気持ちとか、許す気持ちがゼロになる」
伸也「いや、もう死んでるし……」
普賢「魂は生きてんだよ。お前だって今感情が動いてんだろ?」
伸也「……はい……」
普賢「それって……生きてる人にも伝わんの……」
伸也「……」
普賢「人間が霊体を怖く感じるのは、そこから恨み・悲しみ・辛さしか感じないから」
伸也「……」
普賢「嫌だろ? 大切な人のそばに居ても、自分自身温かい気持ちにもなれず、相手にも怖がられてばっかりって……、最悪だろ?」

悟ったように何度か頷いた伸也。

普賢「成仏すれば、盆とか彼岸とかに、優しい気持ちで、こっちの世界に来られる。辛いのも解るが、それが一番良い形だ」

絵莉と蓮を見つめる伸也を見て、普賢は口調を切り替える。

普賢「ま、そういう事だ! 地蔵が来るまでは少し時間がある。ゆっくりしたらいい」
伸也「はい」

普賢、プロテインを納めた場所を叩く。

普賢「これ、ありがとな。じゃ」

笑顔で手を上げ、目を閉じると、白くまばゆい光と共に普賢の姿は消えた。



*****



 ─── 数日後

絵莉の元へと願った伸也が現れたのは、以前、絵莉が美亜と居たカフェテラスの前だった。
伸也はそこから少し離れた道沿いの石段に腰を下ろす。

テラス席に白石と絵莉、ベビーカーの乗った蓮の姿を見つけた。

(あの人……)



絵莉「ホントに、白石さんは命の恩人です」

爽やかに笑う白石。

白石「自分の人生で、まさかそのフレーズ聞くとは思いませんでした」
絵莉「え?」
白石「感謝される事はあっても、そこまではなかなか」
絵莉「あーいえ、大袈裟でも何でもなく、ほんとの事なんで」
白石「ありがとうございます」

笑い合う2人。



いじけてしまう伸也。




伏し目がちに話す絵莉の言葉を、白石は丁寧に聞く。

絵莉「夫が亡くなってから、毎日泣いていて……でも、この子が産まれて来てくれて、少し変わった気がします」
白石「そうですか」
絵莉「この子が居てくれるだけで、もう大丈夫……だと、思います……」

白石「あまり……無理しないで下さいね」
絵莉「え?」
白石「大切な人が亡くなって、そんなにすぐ立ち直れる人は居ません」
絵莉「……はい……」
白石「僕も10年前、事故で妹を亡くしてるんです。未だに思い出して、悲しむ事ありますから」
絵莉「……」
白石「母は強しって言葉……あれ、ある意味呪いですよね。……母親だからって強くなくていいんです。無理なら無理って、言っていいんです。自分の気持ちに耳を傾けて下さい。……ダメになりそうな時は、誰かに頼って下さい」

絵莉が静かに涙を流す。




!!

それに気付き、伸也は思わず身を乗り出す。




白石も焦り、ポケットからハンカチを差し出した。

白石「すいません。職業柄、お節介で……」

首を横に振った後、頭を下げ、受け取った。




それを見た伸也は、何処か残念そうに体勢を戻した。




*****



 
自宅前。

白石が蓮の乗ったシートをベビーカーにセットする。

絵莉「ありがとうございました。送って頂いて……」
白石「いえ。こちらこそ、お礼とか逆に気を遣わせてしまって……ありがとうございました。晩酌、楽しみです」
絵莉「夫が好きなの買いに行くつもりだったので、丁度良かった」



伸也はまたその様子を、少し離れた場所から見ている。




少しの沈黙の後、

白石・絵莉「あのっ」
白石「あ……映画で見ますね、こういうの」
絵莉「はい……」

白石「先にどうぞ……」
絵莉「え? あ……えっと……ハンカチっ」
白石「え?」
絵莉「後で洗って返し……ますね……」
白石「あー、……はい」

少し落胆した様子の白石に気付かないまま、絵莉が笑顔で聞き返す。

絵莉「話そうとした事……何ですか?」
白石「え? あーっと……いや、その……こういう事言うと、嘘臭いんですが……」
絵莉「?」
白石「……神前さん、どこかうちの妹に似てるんです」
絵莉「え?」




!?

(嘘つくなし……)



白石「……名前も、えりって言うんです」




(あー、ナントカ様の舌抜き決定!)




白石「……嘘じゃないんです! 僕も知った時、びっくりして……」

驚きながらも目に若干の輝きがある絵莉。

絵莉「漢字は……どう書くんですか?」
白石「……あー、英語の英に里です」

今度は、伏し目がちに何度か頷いた絵莉に、白石が気付かず笑顔で聞き返す。

白石「……え? 漢字も一緒ですか!?」
絵莉「違いました」
白石「そうですか。……まぁ……嘘……っぽいですよねー……」
絵莉「いえ」

苦笑する絵莉と落胆する白石。


数秒の沈黙の後、白石は空気を切り替える。

白石「……それは、それとして。何か、僕に出来る事があれば、いつでも言って下さい」
絵莉「あ……はい。ありがとうございます」
白石「……じゃあ」
絵莉「はい」

白石が手をヒラリとさせ、発進させた車を絵莉は見えなくなるまで見送っていた。


*****


家に入った絵莉は持っていた郵便物の束をテーブルに置いた。
その中にお世辞にも上手いとは言えない文字で【神前 絵莉様】との書かれた白い封筒があった。

蓮をベビーカーからベッドに移し、着替えや荷物整理で家の中を歩き回る。




そんな絵莉の後ろをついて歩き、執拗に話し掛ける伸也。

絵莉の右側から、

伸也「絵莉ちゃん、あの人とまた会うの?」

左側から、

伸也「絶対、向こうはまた会いたがってるよ。下心丸出し!」

右側から、

伸也「ねぇえ、ハンカチは俺が返しとくからさ、もう会わない方がいいよ」


絵莉は勿論気付かず、蓮に話し掛ける。

絵莉「疲れてないかなー」


ため息をつく伸也。


笑っている蓮に微笑み返した絵莉は、上体を起こし気合を入れる。

絵莉「さてっと」

キッチンへ向かう絵莉を伸也は再び追いかける。

伸也「なぁ、あの人の事、気になってんの?」

絵莉はエコバッグから日本酒を取り出し、伸也が生前使っていたグラスにつぎ、位牌前に持っていく。
座り、グラスを置き、遺影を眺めた。

伸也も絵莉の横に座る。

絵莉「ねぇ伸ちゃん……白石さんの事、どう思う?」


!?


驚いて、絵莉を見た後、焦った様に、

伸也「いやっ、確かにイケメンだしさ、優しいのも解るんだけど、嘘つきだしさ……」


──── 伸也「俺の方が断然かっこいいんじゃないかなぁーって」 ────



絵莉「解ってるよー」


!!!?

絵莉「!?」



2人同時に驚き、思考言動が止まる。


絵莉「……え? 何、今の……」
伸也「会話出来た? 聞こえたの? 俺の声」

伸也は絵莉の顔を覗き込んだが、目は合わない。

伸也「絵莉? え……」

絵莉は戸惑いながら立ち上がり、キッチンへ向かう。

彼女の様子に、聞こえていなかったと理解し、また落ち込む。


途中、フラついた絵莉の手が触れ、テーブルに置いてあった郵便物が崩れ落ちた。
呼吸荒く、水を一気に飲み干す絵莉の様子を見ながら伸也もまた動揺していたが、床に落ちた白い封筒の差出人が追い打ちをかけた。


【勝原刑務所内 水野了】

反応し出した手の震えを何とか止めようと、両手を固く握りしめるのだった。


*****



 
─── 数日後

買い物から帰ってきた絵莉がリビングに入る。
重そうなエコバッグを置き、大きいクッションの上に抱っこ紐から蓮を下ろす。
それと同時に白い光が現れた。

絵莉「はーい。おうち着きましたよー」

仏壇へ手を合わせる絵莉を、伸也は壁の寄りかかり見ていた。

絵莉「あれ?」

伸也の服とバッグが無くなっている。
仏壇の下などを探すが、見当たらない。


♪~~~

焦って探し続けていると、スマホが鳴った。
バッグから取り出したスマホの画面には【お母さん】の文字。

探しながらも、電話に出た。

絵莉「はい」
母『絵莉ちゃん、今おうち?』
絵莉「んー。今帰ってきたとこ」
母『ずっと行けてなかったから、今日行ったんだけど……すれ違いだったのね』
絵莉「あー……ごめん」
母『冷蔵庫にあなたの好きな肉じゃが、入れといたから食べなさい』
絵莉「あーありがと」
母『それで……』
絵莉「ん?」
母『ずっと嘘、ついてたでしょ』
絵莉「え?」
母『美亜から聞いたわ。伸也さんの物、もう無いなんて……』
絵莉「え?」
母『そういうの、ずっと持ってたらダメだって思ったの』
絵莉「何も言わないで、勝手に持ってったの!?」
母『あなたが隠そうとするからでしょ?』

絵莉はふと気付いたように、

絵莉「……もしかして……指輪も? スマホも?」
母『え?』
絵莉「しばらく前に無くなってた……指輪とスマホもお母さんが持ってったの?」
母『それは知らない。服とバッグだけだけど』
絵莉「……そう……」
母『……何? どういう事?』

イライラし始める絵莉。

絵莉「……お母さんじゃないならいいの……」
母『良くないでしょ……美亜には聞いたの?』
絵莉「だから、それはいいって」
母『もし、盗まれたなら、被害届とか……』
絵莉「いいって言ってるでしょ!!」

声を荒げた絵莉に驚き、母親は口籠ったが、すぐに我に返り謝る。

絵莉「……ごめん」
母『……まぁ、処分ってなかなか無理なのは分かるんだけど……血もついてたりして生々しいじゃない? こういうの持ってると、亡くなった方も成仏されないし、あなただって忘れられなくなっちゃうでしょ?』

母親の言葉に再び感情的になる。

絵莉「忘れられる訳無いじゃん! 一生忘れないよ! まだ四十九日も済んでないの! ……伸ちゃんはまだ、私の近くに居る! もう少し、伸ちゃんを感じてても良いじゃない!」
母『絵莉ちゃん、落ち着いて。……突然の事で、気が動転してるのは解るけど……そういうのやめて。気持ち悪い事言わないで。カウンセリングっていうの? ああいうの頼るのも有りだと思うの。蓮ちゃんはいくらでも面倒見るし……』

絵莉「は?」

母『覚悟が無いまま、お別れしちゃうと、どうしても依存しちゃうもんなの。そういう人、私も見たことがあるから分かるわ』
絵莉「分かる分かるって、さっきから何? 何が悪いの?」
母『いや、私はあなたを心配して……』
絵莉「依存っていう言葉が悪いよ……」
母『え?』
絵莉「生きてても、亡くなってても、忘れる事無く心の中に居る……誰だって、そういう人が居るでしょ。お母さんには居ないの?」
母『……』

絵莉「その事を依存って言うなら…………お母さんは私に依存してる!」


口調強く言い放った勢いで、絵莉は電話を切った。

大きな深呼吸を数回繰り返し、テーブルに突っ伏した彼女を、伸也は静かに見つめていた。



 
夕方になり、絵莉は眠る蓮に寄り添っている。
伸也は、もし生きていたら……なんてことを考えながら、ソファーに座っていた。

インターホンの音が鳴り、絵莉が画面を確認するとそこには美亜の姿があった。

絵莉「どうぞ」

言い終えるとほぼ同時にリビングに入ってくるなり、頭を下げる美亜。

美亜「ごめんっ!」
絵莉「え! 何?」

頭を下げたまま話す。

美亜「ママがした事は絶対許せない!」
絵莉「あ……」
美亜「お姉ちゃんに言われた事相当効いたみたい。私もこの際と思って、色々言った」
絵莉「そっか……」
美亜「大丈夫? お姉ちゃん……」
絵莉「ん? んー、まぁ、ショックだけど……遅かれ早かれ……ね」
美亜「ほんっと、ごめん! ママの事止められなかった……」

絵莉は笑って言った。

絵莉「美亜が謝る事じゃないじゃない」
美亜「そうかもだけど……」
絵莉「私は大丈夫!」

美亜の肩を優しく叩く絵莉の笑顔は、しばらく振りに見る明るい笑顔だった。


美亜が絵莉にビニール袋を渡す。

美亜「はい。お線香」
絵莉「あー、ありがと。助かる」


美亜「で、あと、これ」

美亜はドヤ顔でボルドー色のケーキ箱を持ち上げた。

絵莉「?」
美亜「パティスリー・ルオラのシュークリームぅ」

絵莉は驚き、

絵莉「それ、有名なとこのじゃん!」
美亜「せめてものお詫びです……」
絵莉「えー、単純にあんたが食べてみたかったんでしょ?」

笑う美亜。

美亜「バレた? 4時間並んだ」
絵莉「えー!」
美亜「お1人様3個までって書いてあったから3個買ってきた。伸也さんにもと思って」

美亜が箱の蓋を開け、仏壇に供える。

絵莉「伸ちゃん、食べるかなぁー」
美亜「向こうにはこういう食べ物無いのかな?」
絵莉「どうだろうね」

仏壇に向かい、手を合わせる美亜にお礼を言って絵莉も改めて手を合わせた。

絵莉「……ありがとね」





伸也が2人を見ていると、


!!


急に目の前が眩しい光に包まれた。

突然のホワイトアウトに目がやられる。

次第に慣れてくるとちょうど目の前を遮るように誰かが立っていて、頭頂部が見えた。

伸也「え? 邪魔なんだが……」

思わずボソリと溢すと、人型が振り返る。

オレンジとゴールドの衣服を身に着け、イヤリングもつけている。
男性のようだが、背丈が伸也の鼻の高さ程で、両手にはドーナツを持っている。
身なりはそれなりだが、今までの印象と違い、威厳や圧は全く無く、どちらかというとマスコットのようだ。

?「どもぉ」
伸也「……ども……」

彼は、片方のドーナツを食べきり、衣服で軽く手を拭くと懐から名刺を差し出した。

?「はい」

【五七日責任者 地蔵菩薩】

地蔵はニコッと笑うと、仏壇の方へ向き直り、再びドーナツを食べ始める。


(食いしん坊か……)


その後辺りを見回し、黒い箱が目に入るなり声を上げた。

地蔵「あれ……ルオラのヤツじゃない?」
伸也「知ってるんですか?」

驚いた様子で伸也を見るなり、鼻で笑い得意げに話す地蔵。

地蔵「え? 寧ろ知らないとかある? 今超バズってるよ?」

しかし、その口元にはクリームがついたままで……。
伸也は笑いを堪えながら答える。

伸也「すいません。疎いもんで……」

それに気付かないまま、地蔵の目はシュークリームに釘付けになっている。

地蔵「いいなぁ」

振り返り、上目遣いでおねだりを始める。

地蔵「食べたいなぁー」
伸也「えぇ……」

目を合わせようとしない伸也に、

地蔵「皆、伸也さんから何かしら貰って帰って来てるんだよねー」
伸也「……」
地蔵「まさか……賄賂……的な?」

!?

伸也「その言い方!」
地蔵「違うのぉ?」
伸也「ちがっ!」


美亜の写真……
高級美顔器……
新品同様のノートパソコン……
大容量プロテイン……


伸也「……います……」

地蔵と目を合わせないようにする。

地蔵「ほんとぉ?」
伸也「……」

地蔵が目力を強めると、思わず目を合わせてしまった。

伸也「いや……ありました……すません……」
地蔵「あーぁ、嘘ついたね。閻魔様に言わないと」


!!


伸也「は!? いや……!」

慌てる伸也の様子に、地蔵がより調子づく。

地蔵「嘘つきは2枚舌ってね、良く言ったもんよ」
伸也「いやいやいやいや、すみません! ごめんなさい! 許して下さい!」

地蔵はニヤリとしてシュークリームを指差した。

地蔵「じゃあ……、あれ、食べたい」

項垂れた後、絵莉達を見ると、2人は蓮に夢中になっている。
廊下へのドアが開いていることを確認した伸也は2人に気付かれない様に、そっとシュークリームを1つ手に取ると、急いでリビングから出た。





蓮を抱きあやしている横で、美亜が気配を感じ、振り返った。


美亜「!?」


宙に浮いたシュークリームがリビングの外へ空中移動した。

慌てて後を追うが、廊下を覗いても何も見えない。


美亜に絵莉が話し掛ける。

絵莉「どした?」
美亜「ん?……ん-」

シュークリームが消えた方から視線を変えない美亜。



*****



 
寝室に入った伸也は焦った様子で地蔵に促す。

伸也「ほら! 早く食べちゃって!」

そんなことにお構いなくゆっくり食べる地蔵。

地蔵「そんな急かさないでよ。折角美味しいもの食べてるのにぃ」

時折、食べながら恍惚な表情をも見せる。

伸也「味わってる暇なんて無いの! シュークリームが浮いて見えるなんて子供騙しみたいな怪奇、見られたくないから!」
地蔵「良いじゃん。ポップゥー」
伸也「全然楽しくないから!」



*****



 
美亜は仏壇を確認した。
シュークリームが1つ減っている。

美亜「無くなってる……」

美亜のつぶやきに絵莉も思わず反応する。

絵莉「え?」

美亜は恐る恐る廊下に足を進める。



*****

 


伸也「んもう! 早く!」

地蔵の口に残りの半分を無理矢理突っ込む。





宙に浮いて見えていた食べかけのシュークリームが消えて間もなく、美亜が廊下から寝室に顔を覗かせた。

美亜には、誰も居ない、何の変哲もない寝室に見える。
腑に落ちないながら、リビングに戻っていく。




地蔵の口を押さえて、呼吸も出来ずにいた伸也が大きく息を吐いた。
地蔵も我に返ると、伸也の手を口から剥ぎ取り、懐からマイボトルを取り出し、口内へ流し込む。

地蔵「ちょっと! 死ぬとこだったじゃん!」
伸也「……」
地蔵「聞いてる!?」
伸也「……」

落ち込み気味の伸也は、思いの外素直に力無く謝った。

伸也「……ごめんなさい……」

その様子に地蔵も拍子抜けする。

地蔵「まぁ……美味しかったから、良いけど」
伸也「……」

暗い伸也に、明るく促す。

地蔵「さっ。じゃあ面談に向かいましょっか」
伸也「……はい」

差し出された地蔵の手を伸也が取り、2人で目を閉じる。
白い光に包まれた後姿が消えた。


 
*****




リビングに戻ってきた美亜は呆然としていた。

絵莉「さっきからどしたの?」

我に返り、咄嗟に誤魔化すと、徐にバッグを持った。

美亜「ん? いやっ、何でもないっ。……今日はもう帰るわ」
絵莉「え? さっき来たばっかなのに……」
美亜「んー。陸人に頼まれてた事、思い出しちゃって……」
絵莉「……そう……」

手をひらつかせ、リビングを出ていく美亜。

美亜「じゃあ、また来るねー」
絵莉「気をつけてね」

戸惑いながら美亜を見送り、首を傾げる。


*****

 
外に出た美亜。
玄関のドアを背に息を吐き、空を見上げた。


*****



 
立派なビルの廊下。
人が行き交う中、伸也がキョロキョロしながら歩いている。

その手には煌びやかな女性が映った写真と【六七日責任者 弥勒みろく菩薩】と書かれた名刺を持っている。



暫く歩き回り、フロアの奥まで行くが彼女らしい人を見つけられない。
肩を落とし、エレベーターへ向かうと、ちょうど扉が開いた。

中から両手にショップバッグを大量に抱えた女性が降りてきた。

ピンクとゴールドの衣服を纏い、ありとあらゆるジュエリーをじゃらじゃらと身に着けている。

(派手だな……)


!!


通り過ぎてから気付いた。

その女性こそ、弥勒本人だった。


伸也が咄嗟に駆け寄り、声を掛ける。

伸也「み、弥勒っ……さん……」

怪訝そうな顔で振り返る。
少しビビった伸也をじーっと見ると、表情を和らげた。

弥勒「あ、伸也くん?」
伸也「はい」

が、伸也が持っている物に気付き、顔をしかめる。

弥勒「それ……」
伸也「あ、地蔵さんから貰ったんです。次は弥勒さんが担当だから、挨拶しといた方が良いって……」
弥勒「んもうっ、アイツいっつもこうやって勝手にバラ撒くんだよねー! プライバシーも肖像権もあったもんじゃない! ったく!」

苦笑いする伸也。

弥勒「あ、これからまた向こう行くの?」
伸也「あ……はい……」

弥勒、体を伸ばしながら、

弥勒「んー、この後もう暇だから、私もついてこっかなぁー。久々に向こうの世界見たいし」

微笑む伸也に、荷物を上げながら軽く言う。

弥勒「あ、その前にこれら部屋に置いてっていい?」
伸也「あーはい。……持ちます」

伸也は弥勒の両手から荷物達を引き継ぐ。

弥勒「ありがと」
伸也「お買い物、してきたんですか?」
弥勒「うん。買い過ぎちゃった」

伸也は弥勒と笑い合い、部屋まで歩いていく。

 

*****




自宅リビングに現れた伸也と弥勒。
部屋を見渡したが誰も居ない。

伸也「あれ?」

寝室、浴室、トイレ……くまなく探したがやはり居ない。

伸也「何で……」

今まで、行きたいところに行けたはず。
今回も絵莉が居る所へ、と念じたはず。

それなのに……。


伸也の様子を見て、優しく諭す。

弥勒「あー、そろそろ成仏する日が迫ってきてるし、こっちへの念が薄まって来てるんだと思う」

伸也が寂しそうな表情をすると、玄関のドアが開く音がした。

弥勒「あ、帰ってきたんじゃない?」

絵莉と美亜の声が聞こえ、安堵したように息を吐いた。

蓮を抱き抱えた絵莉とハチ切れんばかりの袋を両手に持った美亜が入ってくる。

美亜「重ーいっ!」
絵莉「お米買ったからねぇ」
美亜「あー筋肉痛なるぅー」


ケタケタと笑い合う2人の様子を見て、微笑む弥勒。

弥勒「可愛らしい姉妹ね」
伸也「はい」


姉妹が落ち着いたのを見計らって、蓮の顔を見に行く伸也と弥勒。
やはり純粋無垢な存在には、もれなく顔が綻ぶ。

蓮がまた、伸也の存在を分かっているかのように目を見てコロコロと笑い出した。






美亜「え!? 急に何? ビックリしたぁー」

蓮が空中を見て笑っているようにしか見えず、思わず歩み寄った。

美亜「何か、見つけた?」

蓮の視線を辿るが勿論何も無く、首を傾げる美亜を見て、絵莉がニコッと微笑んだ。

絵莉「美亜、座って」

腑に落ちない様子で、絵莉の隣に座る美亜。

絵莉「こないだ……美亜が急に帰った時あったでしょ?……もしかしたらその事と関係あるかもしれない話……していい?」

美亜「え?……」

美亜は戸惑いながらも頷いた。

絵莉「私ね、前に美亜が言ったように……伸ちゃんが側に居る気がするの」
美亜「うん……。居てくれてると思うよ」
絵莉「んー……思うとか……精神論じゃなくて、……ちゃんと物理的に近くに居るって感じるの」




!?



少し怯えながら、聞き返してみる。

美亜「え? それって……怖い話?」

優しく微笑み、首を横に振る絵莉。

絵莉「あったかい話」

美亜が何とも理解できないまま、絵莉は話を続ける。

絵莉「あのね……服とか、お母さんが持ってっちゃう前から、指輪とスマホが無くなってたの」
美亜「え? …………あ! 前に、私にスマホ持ってったか聞いたのって……」

絵莉は嬉しそうに頷いて、

絵莉「他にも……伸ちゃんがネットで買った物とか……パソコン……、プロテインも……知らない間に無くなってた……」





弥勒が伸也を睨みつける。


!!


弥勒「やり過ぎて気付かれてんじゃんっ」
伸也「すいません……」




美亜は、自分が体験したあの時のことを改めて考えた。

美亜「あ……」
絵莉「そう。シュークリームも無くなってたんでしょ?」

美亜が頷くと、絵莉が見透かしたように話す。

絵莉「蓮が誰も居ない方に向かって笑ってたりする事もさっきが初めてじゃないの……」
美亜「……」
絵莉「それに……」

絵莉がハニカミながらスマホを手にする。

絵莉「何よりね、メッセージが来たの!」
美亜「え?……」




!!

弥勒「!?」

再び伸也を睨んだ弥勒。

ビクつき伸也がゆっくり弥勒を見ると明らかにさっきよりイラついている。

弥勒「どうしてわざわざ未練残るような事するかな!」
伸也「すみません……つい……」

鼻息を荒くし、腕を組む弥勒の圧に、伸也は何も言えず口をへの字にして俯いた。





伸也が死後に送ったメッセージを、絵莉が嬉しそうに美亜に見せた。

絵莉「ほら」
美亜「だから……スマホの解約も後回しにしてたの?」
絵莉「元々は余裕無かっただけなんだけどね……。これが来てからは、確かにちょっと期待しちゃってるかも……」



気まずそうに俯く伸也。



美亜「……シュークリーム無くなったの確認する前にね、浮いてるのが見えたの」
絵莉「ん?」
美亜「何か……透明人間がシュークリーム持って歩いてるみたいに移動して、リビングの外に消えてった……」





弥勒に腕を肘で小突かれるが何も言えない伸也。





美亜「すぐ見えなくなっちゃって……確認しに行ったけど、何も無かったし……」
絵莉「……」
美亜「気のせいかと思ったけど……あの瞬間は流石に、ヤバイもの見ちゃったかもって気の方が強くて……」
絵莉「そうだったんだ」
美亜「黙っててごめん……」

笑顔で首を横に振る絵莉。

絵莉「お母さんに聞いたら、指輪とスマホは知らないって言ってた」




伸也、自分の指輪を見つめる。




絵莉「ずっと考えてた……他の人はどう思うんだろう……こんな風に思うのは私だけなのかな、とか……」




悔しそうな伸也の肩を弥勒は優しく叩いた。




絵莉「でね、こないだ、白石さんに話したの」



!?




美亜「え? 何? 急展開?」
絵莉「いや、ハンカチ返しに行っただけで、そういうんじゃないけど……」



少しだけ目を伏せた話す絵莉を見て、弥勒が思わず呟いた。

弥勒「あ、照れてる」

思わず弥勒を睨んだ伸也に気付いた弥勒は気まずそうに、

弥勒「不謹慎でした。すみません……」

納得したように伸也は視線を戻した。





絵莉「いい大人が、そんなファンタジーチックな事、本気で思ってるのも、どうかと思うけどさ……。指輪もスマホも、ホントに伸ちゃんが持っててくれたら良いなぁって思う。……私と同じように、伸ちゃんもお揃いの指輪、してくれてたら良いなぁって」




伸也の頬を涙が流れた。





絵莉「けど、そう思い始めたら、どんどん欲出てきちゃって……、このままだと、これからも期待して……ずっと伸ちゃんの事求めちゃう気がするんだ」
美亜「……」
絵莉「この間、お母さんに酷い言い方しちゃった……一番依存してたのは私なのに」
美亜「……」
絵莉「そんなん続けてたら、ダメだって分かってるし……。私……自分に甘いから……性格上、どこかで線引きしなきゃいけないと思って……」
美亜「……」

涙が溢れ出すが、終始笑顔は崩さず話す。

絵莉「だから決めたの。……忘れられない人、大切な人、それは変わらない。ただ……これからは出来るだけ、伸ちゃんを想って泣かないようにする」




堪らず両手で顔を覆って泣き出した伸也の背中を、弥勒は優しく撫でる。




絵莉「伸ちゃんを想う時は、笑顔で居る!」

美亜が涙ぐみ、絵莉に抱き付いた。

美亜「泣いてんじゃん……」
絵莉「出来るだけね、出来るだけ。メソメソしないって事よ」
美亜「緩っ」

楽しそうに笑い合う2人。




 2人を見て、弥勒も涙を流し、優しく微笑んだ。




*****




絵莉達と離れ、お洒落な店が建ち並ぶ通りをゆっくりと並んで歩く伸也と弥勒。
行き交う人が、2人をすり抜ける。
数回、咄嗟に避ける仕草をしたり、目を瞑ってしまう伸也だが、すぐに慣れた。
弥勒は周辺の店を見ながら、目を輝かせている。

伸也「瞬間移動するようになってから、こうやって歩く事無かったから……何か、久々で新鮮な感じです」
弥勒「私も久々ぁ」
伸也「いつ振りですか?」
弥勒「んー……57億年振り……くらいかな」
伸也「ほぇ?」

声が裏返った伸也を見て、笑う弥勒。
伸也も釣られて笑顔になった。



暫く歩くとジュエリーショップを見つけ、弥勒が喜び、駆け寄った。
ガラスに2人の姿は映っていない。
弥勒の後ろを歩く伸也が見つめるのは、その隣に立つ高級時計店だった。

弥勒「すごいなー」

ショーウィンドウには色んなジュエリーが並ぶ。

弥勒「きれー」

暫く見惚る弥勒の横、値段を見る伸也。

【500,000】【620,000】【370,000】と規格外の数字が並び、伸也は見て見ぬふりをした。

弥勒「あーぁ、ピアスもネックレスももう古いし、ネットで新しいの買おっかなぁー」

伸也は少しビビり、恐る恐る聞く。

伸也「弥勒さん……まさか、俺に買って欲しいなぁとかって、思ってないです……よね?……まぁ、買えるのか、って話ですけど……」

キョトン顔の弥勒。

弥勒「え? いや……あー、それもいいかも!」
伸也「いやいやいやいや! 出来るとしたら、いや、しなくたって無理です!」

慌てふためく伸也の様子に爆笑する弥勒。

弥勒「んな事思ってるわけないでしょ?」

心底ホッとする伸也。

弥勒「でも、1つ……お願いはあるかも」

目に再び力が入る。

伸也「え?……何ですか?」

固まる伸也を他所に、弥勒は颯爽と隣の時計店の前に移動する。
伸也は何も言わずについていく。

時計が並ぶショーウィンドウを覗きながら、

弥勒「ずーっと前から、大事な時計があるの」
伸也「そうなんですか」
弥勒「でも、暫く前に壊れちゃって……。中陰では、時間の回り方が違うから、使う事は無いんだけど……やっぱり、動いてないと寂しくって……」
伸也「……」

弥勒は振り返り、まっすぐ伸也を見た。

弥勒「直してくれる?」

何かを悟られた気がして戸惑う伸也。

伸也「え?」


弥勒は時計店を指差して言った。

弥勒「ここで働いてたんでしょ?」


!?


伸也「え……何で……」

弥勒がいたずらに笑う。

弥勒「私を誰だと思ってるの?」
伸也「………………高材疾足で徳高望重で有名な……」
弥勒「いやっ、重いし強いし凄すぎる!」
伸也「……」
弥勒「いくら何でもそこまでじゃないし……そういうことじゃないから……」
伸也「あ……はい、すみません……」
弥勒「ん-、いいけど……寧ろ、ありがと」

頷く伸也。

弥勒「とにかくっ」
伸也「……あ……はい」
弥勒「大切なものだから、プロのあなたにお願いしたいの」

その言葉に、伸也が背筋を伸ばす。

伸也「はい」

笑顔になる弥勒。

伸也「あ……じゃあ、1回お預かりしてもいいですか?……専用の道具も必要ですし、どれくらい時間掛かるか判らないので」
弥勒「分かった。じゃあ、後で渡すね」

伸也も笑顔で頷いた。


*****


伸也が生前通っていた家までの道のりを2人で歩く。
オフィス街を抜けると、100mほどの桜並木。

弥勒「わー。コレ、満開だったらヤバいだろうねー」
伸也「綺麗っすよ」
弥勒「あ……」

口籠る弥勒に伸也が気付く。

伸也「どうかしました?」
弥勒「え?……いや、何でもないけど……」
伸也「いやいや、その感じ絶対あるやつっすから」
弥勒「……」
伸也「言って下さい」

少し黙るも、遠慮がちに口を開いた。

弥勒「桜が咲く時期……とか話し広がってたら、3人で見たかったなーとか悲しくさせちゃいそうだったから……」
伸也「……」
弥勒「ほらー!……今言っちゃったら同じことになるじゃん! んもう!」

悔しがる弥勒を見て、伸也は優しく笑った。

伸也「いや……ダイジョブ……じゃないけど……、でも、ダイジョブです。……弥勒さんの優しさは伝わりました。……ありがとうございます」

弥勒は、切なそうに口を紡いだ。



桜並木から数分程歩いた先、人通りのある交差点に辿り着いた。
道路の端、立ち止まると弥勒が声を漏らした。

弥勒「ここ……」





伸也の頭の中、当時の記憶が蘇る。


白いYシャツにスラックス姿。
片手にはバッグ、逆手にはスマホを持った自分。

絵莉に【今から帰るよ】と送ると、表情が綻んだ。

キキーーーーーーーーーーッッッッッ!!!


甲高く轟いたブレーキ音に驚き、顔を上げると、黒いセダン車が目の前まで迫っていた。


!!!!!


一瞬の出来事で把握出来ないまま、車が建物に突っ込んだであろう衝撃音が聞こえた。

最後に感じたのは、右耳の上に感じる痛みと生温かい液体で頬が覆われていく感触だった。





深呼吸する伸也。

伸也「俺を轢いた人から、絵莉宛に手紙が来てました。詳しい内容は分かりません。
一度、彼の様子を見に行きました。今は、危険運転致死傷で、刑務所です。
居眠りだったんですが、元々精神疾患があって、日頃から薬を飲んでたみたいで……。
当時、彼は仕事上、過度のストレスで悪化して、薬を変えたばかりだったらしいです。その副作用で、強い眠気に襲われて、事故を起こしてしまったと……。そう言っているようですが、それがホントかは判りません。
彼の事を恨んでないと言ったら噓になる。今だって……悔しさがゼロなんて、無理な話です。
でも、弥勒さんや皆さんと過ごして行く中で、絵莉を思う時は100%優しい気持ちで居たいなって、素直に思えるようになりました」

伸也を見て微笑む弥勒。

弥勒「成仏って……仏に成るって書くでしょ。……修行して、仏になって、今度は、あなたに、助けられる人が沢山居るかもしれない。修行は簡単じゃないけど、あなたにはそれが出来ると思う」
伸也「……」
弥勒「私達、四十九日まで、出来るだけあなたに好きな事させてあげようって、始めに決めたの」
伸也「……」
弥勒「あなたは苦しんだ分、人の痛みも解る人……私達、ちょっとヘンテコリンかもしれないけど、先見の明は有るのよ」

そう言って弥勒はドヤ顔して見せた。
すると伸也はからかうように言う。

伸也「ちょ……っと?」

笑って突っ込む弥勒。

弥勒「ちょっとでしょー!……私なんてそのうち、カリスマ仏になるかもよー」
伸也「えぇ……中陰で有名人すか?」
弥勒「やばぁ」

2人は冗談を言って笑い合った。



*****




伸也と弥勒が通った桜並木通り。

ベビーカーを押す絵莉が白石と並んで歩いている。

絵莉「この間は、ありがとうございました」
白石「いえ」
絵莉「白石さんに話を聞いて頂いたお陰で……今、自分がどうしたいのか、向かっていくべき方向が分かりました。上手く言えないんですが……とにかく、良かったです」
白石「そうですか。……それは何よりです」


*****


並木道から少し外れ、公園に着くと、白石がベンチを見つける。

白石「少し、座りましょうか」
絵莉「はい」

ベンチに腰を下ろすと、絵莉は蓮が見える様にベビーカーを前に置いた。
蓮に声を掛ける絵莉と、その姿を見つめる白石。

そして……





斜向かいにあるベンチに現れた伸也。
背凭れに体を預け、足を組む。

伸也の背後が白く発光した後、隣に座った1人の女性。


!!


あまりの存在感に、伸也は2度見してしまう。
その女性は、ホワイトとゴールドの衣服を身に纏っていて、アクセサリーは一つとして着けていない。それでも神々しく感じるオーラがあった。
彼女は真っ直ぐ前を見据え、姿勢崩さず座っている。

伸也は何やら指折り数えると、恐る恐る女性に話し掛けた。

伸也「あの……」

反応が無い女性。

伸也「あなたは……」

ゆっくり伸也をこちらを見た。
ビクつく伸也にやっと口を開く。

?「怪しい者ではありません。」

そう言うと上品に名刺を差し出した。

【七七日責任者 薬師如来】

伸也「薬師……さん……。存じ上げております」

ゆっくり一礼した薬師に、礼を返す。
薬師は前を見たまま尋ねてきた。

薬師「もうすぐ四十九日を迎えます。こちらの世に、一旦お別れをしなければなりません。お気持ちは、いかがですか?」

少し考えた後、

伸也「んー、寂しい気持ちは変わりませんね。……情けなくてすみません……」
薬師「謝る事はありません。その感情を皆無にするのは無理な話ですから。ただ、少しでも軽くして差し上げるのも、私達の役目です。思っている事は我慢なさらずに出してしまった方が良いと思います」

伸也は何度か頷いた。

ゆっくり絵莉達に視線を向けた薬師。


薬師「!?」


一瞬動揺しつつも、冷静を装う。

薬師「絵莉さんと一緒にいらっしゃる方……」
伸也「え? あぁ、白石さんです」
薬師「……素敵な方……ですね……」

伸也は目を細めた。

伸也「へー、薬師さんもイケメン好きなんですねー……」

薬師は、伸也に少し顔を傾ける。

薬師「イケ……メン……とは……何ですか?」
伸也「あぁー、イケてるメンズ。……かっこいい男性って事です」

薬師「あぁー」

体勢を戻し、改めて白石を見つめる。
そんな薬師を、少し気になった伸也。

伸也「薬師さんは、どう思います? あの人」

明らかに動揺し、目を丸くし、伸也を見た。

薬師「え? どう……とは?」
伸也「確かに男の俺から見ても、イケメンだし、誠実で優しそうな人だとは思います」

そう言いながらも怪訝そうに首を傾げる。

伸也「でも、なんかなぁ……」
薬師「なんか……何ですか?」
伸也「……彼も、妹さんを亡くしてるらしいんですよ、事故で。……で、その妹さんが、絵莉と似てるらしくて……」

再び、白石を見る薬師。

伸也「だから、ほっとけない……みたいな感じで……。しかも、名前も同じで、とか、言って……、今時、そんな嘘丸見えの口説き文句あります? いくらイケメンで優しくても……嘘つきはちょっと……」

伸也と薬師の視線の先、

絵莉と白石が泣き始めた蓮をあやしている。
数分で泣き止み、母親の腕の中で眠る蓮を優しく眺める絵莉と白石。

家族に見えるその光景に、伸也は思わず俯いた。





白石は視線を上げて姿勢を正すと、静かに深呼吸をし、体ごと絵莉の方に向き直した。

白石「こうさっ……絵莉さん」
絵莉「……はい」
白石「えっと……その……」

蓮をそっとベビーカーに寝かせ、絵莉も話を聞く体勢に座り直した。

白石「僕と……付き合って頂けませんか!」



!?



足を解き、思わず身を乗り出した伸也だが、当たり前に彼の告白は進んでいく。




絵莉「え!? あ……あの……それは……」
白石「いや、勿論! 今すぐとかそういう事ではなくて……そのー……色々前提に……というか……後々、そんな風になれれば良いなぁと……いうか……えっと……」
絵莉「……」
白石「あ……旦那さんの事も蓮くんの事もあるのに、こんなタイミング、あり得ないですよね……でも……あの……最近、いつも絵莉さんの事を考えていて……あ、キモいですね……すみません……」

恐縮する白石を見て、絵莉が笑い出した。
意外な反応に白石も驚く。

白石「……え……あの……」
絵莉「……あ、いや、……白石さん、いつも冷静なのに、珍しいなぁと思って……」

キラキラの笑顔に一瞬見惚れた白石だったが、改めて姿勢を正し、両手で頬をひっぱたく。

その様子を見て絵莉は目を丸くした。

白石「あ……すみません……。
いっぱしのおどごなら、おなごのめでヘラヘラせばだめだ。決めるどこ決めねばかっこわりど、って……亡くなった祖父に言われたの思い出しました」

呪文のような言葉にポカンとする絵莉。

絵莉「……おなご?」
白石「あー、女性の事です……じいちゃん、秋田の人で……」
絵莉「なるほど……」
白石「状況も分かってるつもりです。なので、友達として、ゆっくりで良いので、頭の隅に置いといて下さい……」

すると、

絵莉「分かりました」

その返事に、白石は恥ずかしそうに頭を掻いた。





見ていた伸也がうっすら笑い、ため息をついた。

薬師「それで……先程のお話ですが……」
伸也「はい……」

前を見たまま話す薬師。

薬師「嘘じゃありません」
伸也「え? 嘘じゃないって……。知ってるんですか? あの人の事」

薬師「少なからず、私と同じ時を過ごしていた頃は、えりというお名前のお姉様がおられました」

伸也は混乱し、眉間に皺を寄せる。

伸也「え? ん? それは……どういう……」
薬師「人の世において、全てとは言いませんが、関わり合いを持つ顔ぶれは、ほぼ決まっているものです。成仏した後、仏の道を極めた者以外の魂はまた、次の世に生命として形成されます。輪廻というものです。
恐らく彼のお姉様は、現世では妹様として生を受けた、という事なのでしょう」

聞き入り、伸也は大きく頷く。

薬師「遠い昔……私がまだ薬師になる前の事です。時は室町。
私は当時15歳。人間の女性として過ごしておりました。
裕福ではないもののそれなりに学業にも打ち込んでおりましたし、人並みに男性からお誘いを受けて、……デート……というものにも行った事もありました。……そんな中、私が唯一惹かれ、恋焦がれたのが、お顔が白石様と瓜二つの男性でした」


伸也「え!?」


薬師「……私達は、恋人同士でした」

伸也「……」

薬師「なので……彼の事は知っています。一緒になる事も約束し、これから幸せな日々を送るという時に、私は病に倒れました」

思いがけない話に、伸也は脳が追い付かないながらも、真剣に聞く。


薬師「私の家には明かりも一つしか無く、綺麗な水さえ足りない状態でした。
寝込んでいる私を、彼は毎日のように献身的に看病してくれました。
発作が辛い時は、彼も寝ていなかったと思います……」


一瞬言葉が詰まらせるが、程なくしてまた語り出す。


薬師「……私は……17歳で世を去りました」


伸也「17!?」

薬師「悔しくて……少しでも、病に悩む人が救われるよう、中陰に来てすぐの頃から、必死で薬学を学び始めました。その後も何度も修行を繰り返して……今に至ります」

伸也「……」

薬師「驚かせてしまい申し訳ありません。それに、この状況で明かす事ではありませんよね……。重ねてお詫びいたします」

伸也「いや……でも……それは本当の事だと思うので……。……寧ろ、辛い事を話させてしまって……」

薬師「いいえ。……もう遠い過去の事です。私は大丈夫です。
ただ、彼は嘘をつくような人では無いという事を伝えたかったんです」

伸也「……」

薬師「輪廻の中で、彼の人生は若い内に身近な人を1人、失ってしまう運命にあるようです。残酷な運命でも、それを乗り越えられる力があると思う人にしか、その試練は与えられないものです。……その悲しさを乗り越え、彼自身が強くなる事で、出逢う人達に力や幸せを与えていく」
伸也「それは……、薬師さんや、妹さんの事ですか?」

薬師は優しく頷くと、白石を見て微笑んだ。

薬師「彼はこの先、絵莉さんや蓮くんの為に、強く優しく生きてくれる筈です」

絵莉達を見る伸也。

薬師「私が……保証します」




白石と蓮を見ながら、幸せそうに笑っている絵莉。




笑顔で空を仰ぐ伸也。

薬師「どうされました?」
伸也「幸せそうな彼女の顔を見たら、何だか……体が軽くなりました。……ついさっきまで、俺の事忘れないで欲しい、俺だけを好きで居て欲しいって、思ってたけど……。……もう今は……」
薬師「……」
伸也「幸せに生きててくれれば……それで良いです」
薬師「……」
伸也「薬師さんお墨付きの彼なら……大丈夫」

優しい笑顔伸也に薬師も微笑み返す。

突然、思い付いた様に伸也が声を上げた。

伸也「あっ! このまま中陰行きますか?」
薬師「あー……もう何も無ければ……」
伸也「じゃあ……行く前に、ちょっとウチ、寄ってって良いですか?」
薬師「あ……はい」




*****



白い光と共に2人が現れたのは自宅のリビング。

伸也は1人寝室へ向かうと、工具箱を持って戻ってきた。
テーブルに置いた工具箱を見た薬師。

薬師「あの……それは……」
伸也「あー、弥勒さんに時計の直しを頼まれて……その道具です」

納得したように頷く。

次に伸也は仏壇を見て、フッと息を吐きながら小さく「よしっ」と呟いた。

仏壇の前に座り、ポケットから取り出したスマホを1分程操作すると、視線を上げ、それを位牌の前に置いた。

左手を見つめた後、薬指から指輪を外し、スマホの横に置く。

一度大きく深呼吸して立ち上がる。


工具箱を持ち、晴れやかな表情で薬師に言う。

伸也「では……行きましょうか」
薬師「はい」

伸也と薬師が手を繋ぎ、目を閉じる。

まばゆい光が2人を包み込み、姿が消えた。






蓮を抱いた絵莉がリビングに入ってくる。

絵莉「はーい。おうちだよー」

蓮をベビーベッドに下ろした後、上着のポケットから出したスマホの画面を何気なく見た。


【未読メッセージ1件】


メッセージアプリを開くと、伸也からのメッセージが届いている。


絵莉「!?」


震える指でタップする。


【ずっと白石さんにヤキモチ妬いてたけど……
    もう大丈夫。幸せになってね】


絵莉「……」


仏壇に視線を移す。


絵莉「!!」


無くなっていた筈のスマホと指輪に気付き駆け寄った。

思わず2つを抱き締めて、目を閉じると、我慢出来ず涙が溢れた。

声を上げて泣いた後、遺影を見た。

絵莉「……伸ちゃん……ズルいよ……約束したのに、こんなの泣いちゃうじゃん……」


懸命に笑顔を作る。


絵莉「……ありがとね……」


伸也の遺影を囲むように、釈迦達七人の笑顔が薄く現れ、

遺影に重なるように、伸也の笑顔も薄く現れ、

ゆっくりと消えていった。

 

 

                                 完


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