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路線バスのアライアンスとバス路線の再編


はじめに

課題山積の路線バス

2024年問題を背景に、バス運転士不足が今になって急に社会問題としてメディアに取り上げられています。元々はトラックドライバーの過重労働の解消が問題となって、働き方改革の中で物流業界に影響が大きいことから多くのメディアに取り上げられたことがきっかけとなり、次に出てきたのが同じようにドライバーが必要な路線バスの業界も、平均以下の待遇が災いして高齢化と担い手不足が表面化しました。物流ドライバーと異なり、路線バスは乗客の命を預かる仕事であるにも関わらず、その報酬は平均以下であるのは先細りになることは明らかです。
更に、JRの地方赤字路線の具体的な数字の公表もあり、路線の廃止が議論される中、代替交通手段の路線バスによる道筋が先に述べた運転士不足によって難しい現実も表面化するなど、公共交通による「移動」という概念そのものが根本から崩れてしまう状況に直面していることが浮き彫りになるなど、その問題は急速な少子高齢化を背景に極めて厳しい状況に陥っていることが特に地方社会の大きな問題になっているのが現状です。

既に問題は起き始めている

地方都市(中核市)における現実と課題

東京など多くの絶対的多数の人口を抱える郊外を含む都市部はまだ問題が大きくはないですが、既に問題が表面化している地方都市のバスを見てみると、その問題の深刻さが理解できます。特に運転士の担い手不足から、病欠など突発的な人員不足により、シフトが組めずダイヤに組まれている運用もできなくなる事例も既に出ているほどです。特に感染力の強いインフルエンザや新型コロナウィルスなど、ここ数年の感染症の流行による欠員は深刻で、これから先の話ではなく現在進行形の問題になっていることが実情です。

ここで、人口約24万人の中核市である群馬県高崎市を例として取り上げてみます。高崎市は古く中山道の結節点の宿場町、商業の街として栄えた土地柄で、現在も上越・北陸新幹線の分岐点駅、またJR在来線では上越線、信越線、両毛線、八高線、また民鉄の上信電鉄など7路線が集まる鉄道の大きな核の1つです。一方、隣接する前橋市は同様の人口を抱える一方、鉄道に関しては好立地ではありません。自動車王国と言われている群馬県が自動車移動に頼らざるを得ない背景の1つが公共交通アクセスの難しさであることは、ここでも見て取れます。
高崎市がこうした良好な鉄道による遠距離交通環境に恵まれた立地であったがゆえに、今なお駅周辺の賑わいは群馬県唯一のものとなっています。しかし、それは高崎駅までの話であり、高崎駅からの公共交通はバスが中心であり、それも路線によっては非常に本数の少ない場合が多く、市民の足として常用するには難しいことは高崎市に限ったことではないと思います。つまり、路線数は多く停留所も多く、運行事業者も多いため、各社が独自の見立てでダイヤを組むと、高崎駅を中心に多くのバスが行き交う姿を見ることができる一方、その実態は利用者にとって使いにくい路線バスとも言えます。

高崎市内バスの現状と問題点(路線、ダイヤ)


高崎市内バス 路線案内図 〜高崎市ウエブサイトより引用

図で示しているように高崎市のバス路線図を見る限り、非常に密で地域を網の目のようにくまなく網羅した路線で結ばれていますが、その多くはダイヤが疎であり、1日に数本しか走らない路線もあるため、利便性という視点で見ると非常に心許ない現実も浮かび上がっています。
以下に示すのは、高崎市のバスの現状を挙げたものです。

  • 多路線高密度のバス路線

  • 過疎ダイヤ

  • 理解しにくい路線図などの案内表示

  • 複数社に跨るバス事業者

  • 路線(バス)ごとの運賃収受

  • ドライバー不足

  • バスのやりくりがしづらい

  • バスロケーションの不足

結論として、高崎市の路線バスは一部を除き、「利用しにくいバスのイメージ」であり、実際に「利用されないバス」が多く走っていることになります。

なんとかこの問題を解決に導きたい

縦割りから横串、競争から協調へ

先にこの問題を踏まえて「自律型スマートバスストップ」の提案をしていますが、現状の置き型バス停設備より高額な設置費用になるため、とても全ての停留所をスマート化するのは非現実的です。そうした中で、バス運転士の人員不足が表面化し、高崎市はもちろん、地方の各自治体の交通政策担当者は非常に難しい課題に取り組み、頭を悩ませていることだと推察できます。

そこでここでは、2つの新たな路線バスの新しい取り組みを提案します。

複数事業者による路線バスと鉄道車両が共通のブランディング"bwegt"で運営
(ドイツ・バーデンヴュルテンベルグ州 “bwegt”の例)〜SWEGウエブサイトより引用

公共交通アライアンスへのアプローチ

高崎市には、現在8社の路線バス事業者が混在し、また、各バス事業者は、移動結節点である鉄道駅やバス同士の乗り換えに対する他事業者との連携不足、運賃の個別支払いなど、同じ市内公共交通機関としての利便性からは遠く離れ、さらなる公共交通離れに拍車が掛かっている状態が続いています。 昭和50年代以前には黙っていても多くの市民が利用したバス路線も、今では多くがマイカーに取って代わり、高齢者ドライバーの事故多発など地方都市での「移動」の問題解決が喫緊の課題と認識すべき段階に突入しています。更には前述している運転士不足による問題は深刻です。
そこで、現在のバス事業者と利用者との双方に利が生まれる地域公共交通アライアンスを提案したいと思います。

海外の事例

ドイツの2つの州による運輸連合

欧州での公共交通は、ドイツやフランスで先進的な技術とデザイン、そして利便性において一歩リードしているのであるが、ドイツでも地域により行政機関に近いStadtwerkeや運輸連合などにより運営がされています。昨今では地域の公共交通として州レベルで、複数の鉄道、バス事業者が包括的な運輸連合の下で統一されたエクステリアやインテリアデザインを施している事例が増えてきました。

ドイツでは元々地域で統一運賃制度が1960年代から普及し始め、駅には改札口はなく、事前にゾーン制の運賃制度で切符を購入した上で乗車し、決められた時間、地域(ゾーン)内で自由に乗り降り可能です。もっとも今年からは49ユーロチケットなるドイツ全域の地域交通で1ヶ月間有効なパスができたため、そのパスさえあれば、有効期限内であれば、鉄道、バス、トラムなど全国の地域交通での移動が自由です。

地域は、州によって交通政策も異なり、ここでは南西ドイツのバーデン・ヴュルテンベルク州が統括する「bwegt」、そして北ドイツのシュレスヴィヒ・ホルスタイン州の「NAH.SH」の2つを紹介します。

bwegt | バーデン・ヴュルテンベルク州運輸連合

bwegtの車輌インテリア(室内カラースキームからシートのファブリックまでbwegtオリジナル)
Photo: bwegt / バーデン ヴュルテンベルク州運輸連合 | www.bwegt.de

「bwegt」は、ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州の地域公共交通を統括する統一ブランドで、このブランドの中で各事業者が公共交通の運営をしています。bwegtブランドのパートナーは、バーデン・ヴュルテンベルグ州の地方交通会社(NVBW)で、この2つに加え、旅客諮問委員会と10社の鉄道事業者、州内21の交通機関事業者が含まれます。
バーデン・ヴュルテンベルク州のワッペンにもある黄色と獅子を基調としたシンボルとカラーで統一された車両のエクステリアカラー、インテリアのファブリック生地など、例えばDB(ドイツ鉄道)や民間事業者のSWEG(南西ドイツ鉄道会社)など異なる事業者を1つのイメージで統一した交通ブランドを構築しています。

bwegtの獅子マーク(ドットが事業者「Go-Ahead」ロゴで構成)
Photo: bwegt / バーデン ヴュルテンベルク州運輸連合 | www.bwegt.de

但し、エクステリアの車体には各事業者のロゴマークがさりげなく記されていたり、車体に大きく描かれている獅子のマークには、各事業者のブランドロゴマークがドットとして構成しているなど、ちょっとした気づきで事業者名が理解できる仕組みになっているのは、ウィットが効いていて楽しいです。

NAH.SH | シュレースヴィヒ・ホルスタイン地方交通協会

NAH.SHが制定したブランディングのためのデザインマニュアル(表紙)
Photo: NAH.SH / シュレースヴィヒ・ホルスタイン地方交通協会 | www.nah.sh/

北ドイツのシュレスヴィヒ・ホルスタイン州もBwegt同様に地域公共交通を包括するNAH.SH(シュレースヴィヒ・ホルスタイン地方交通協会を2016年に設立、2021年には地域内5つの鉄道会社と25のバス会社を擁し、地域全
体の公共交通の最高責任機関として運営全体を担っています。

デザインマニュアルから..(1等車車内の素材とカラースキーム)
Photo: NAH.SH / シュレースヴィヒ・ホルスタイン地方交通協会 | www.nah.sh/

NAH.SHでは、より詳細で高度なデザインマニュアルを作成し、様々な角度からブランディング化を図っています。

バスアライアンスで何ができるのか

既に高崎市に隣接するほぼ同じ人口規模の前橋市は、6社あるバス事業者を共同経営という形で複数の事業者を1つのバス事業として運行ダイヤの調整などから取り組み始めています。それは熊本市や岡山市でも同様で、国内では先進的な取り組みとして評価したいと考えます。高崎市のバス事業者アライアンスは、さらに踏み込んだ取り組みを目指す提案です。8社のバス事業者を1つの高崎市交通局としてのイメージを作り、それまで各社が独自で用意しなければならなかったバス停設備などのインフラを共通の仕様とし、交通局の責任の元、路線、ダイヤ、運賃収受システム、更にはバス車体やインテリアのイメージなどについても共通のデザインで視覚的な統一化をはかります。それにより、鉄道やバスからの乗り換えの利便性、統一運賃による共通切符やアプリ、交通系カードでの乗車、そして何より高崎市としての公共交通イメージの統一化で、市民目線の公共交通が実現されるでしょう。

前述のドイツの事例を参考にすると、ドイツでは市町村レベルではなく、州レベルで包括的な共同事業を行っていることが理解できます。規模的に最も最適なエリアを考えるならば、県内バス事業がほぼ同じであることからも、高崎市のみではなく、群馬県として運輸連合を形成することも議論すべき事柄かも知れません。更に言えば、バスと同じ公共交通機関の担い手である鉄道(JR、上信電鉄、上毛電鉄、わたらせ渓谷鐵道と東武鉄道の一部)に関しても、地域内であれば運輸連合内に組み込むことで、より身近で利便性の高い公共交通の役割が期待できるものと考えます。

この試みは、全国で起こりつつある喫緊課題である運転士不足の緩和や解消と合理的な設備投資、今後普及が予想されるMaaS実現への最大のバリアと言える縦割りの路線バス多事業者運営がこのアライアンスにより解決へと導かれることが期待できます。

高崎市路線バス事業者のアライアンスイメージ

バス路線の「基幹路線とフィーダー路線」への変換

路線バス事業者のアライアンスが実現されると、地域全てのバスが一定時間内で乗降り可能になることで、今までバスに乗るごとに運賃を個別に支払っていたところから、切符1枚で自由に乗り降りが可能となり、運賃収受の必要性もなくなることになり、運転士の負担軽減、更には運賃収受に掛かる時間が不要となり、ダイヤの乱れの大きな要因の1つが解消されることになるでしょう。。

現在の高崎駅を起点としたほぼ全てのバス路線を一度整理し、バス路線の主軸となる基幹路線を設定。結節点となる乗換のための停留所を設け、結節点を経由するフィーダーバスを新たに設定し、結節点停留所の基幹路線とフィーダー路線のダイヤを調整することで、待ち合わせ時間の限りなく少ないスムーズな乗換えを可能にすることで、現状の過疎ダイヤではなく、1時間あたり最低3本のフィーダーバスを組める定時ダイヤとします。

基幹路線は、路線バス本数が減少することになるため、現在東急バスが東京近郊で試運転を行っているのと同様、全長18mクラスの大型で定員数の多い連節バスを活用し、トラム並みの中量輸送に近づけることで、渋滞緩和に貢献し、初めて利用する訪問者にとってもオリエンテーションが単純明快でわかりやすい仕組みとなることが大きなメリットと言えます。

乗換えが前提になる路線再編のため、ハンディキャップを持つ利用者に対しては、低床車両をはじめ、ユニバーサルデザインを施した最新の仕様であることが望ましいと考えます。
既に横浜市では東急バスが一部路線で国内自動車メーカー製の低床式連節バスの試運転を行い、将来的な基幹路線とフィーダー路線の設定を計画中です。
これは、青葉台駅を起点とした路線バス現在多方面への路線を運営している一方で、途中まで同ルートを走る区間を1つの路線に集約化し、分岐点(日体大停留所)を結節として、そこから先をフィーダー路線と位置付けて、運行区間を短くすることで、それまで「空気」を運んでいたバスを減少させ、ダイヤの見直しも合わせて行うことで必要な運転士の数を減らすことを計画しているものです。

基幹路線とフィーダー(補完)路線によるイメージ

上記2つの新しい仕組みを作ることで得られるメリットは....

高崎市(=利用者)のメリット

  •  バス路線の共通化によるインフラの最適化

  • ( 事業者間接続など)ダイヤの最適化

  •  共通運賃の実現

  •  高崎市公共交通イメージ統一化

  •  データの一元化

  •  MaaSへのステップアップ

  • 交通渋滞の緩和

  • 高齢者運転による事故の減少

路線バス事業者各社のメリット

  •  バス停などバス路線インフラの予算不要

  •  事業者間のバス運転士の相互融通

  •  車両の相互融通(或いは公的調達)

  •  共通運賃システムによるICカード、アプリなど決済システムの導入

  •  利用者(収入)増への期待

上記から直接間接問わず以下のメリットが考えられます。

  • 利便性の向上

  • 路線バス利用者増

  • 過度なクルマ依存からの脱却

  • 中心市街地活性化

  • 運営費用の圧縮

  • 運転士不足問題の緩和・解消

おわりに

現在、メディアで社会問題として報道されているドライバー不足は、日本での物流の要であるトラック輸送から始まり、現在はより身近な路線バスに及んでいます。とは言え、通勤・通学時間帯は満車状態で運用されているバスもあれば、空気を運んでいるバスも少なからずあります。乗車効率を上げることは事業者各社が取り組んでいることとは思いますが、路線の仕組みが現状である以上は改善にも限界があり、より効率的で利便性の高い運用が今社会から求められていることを、行政を始めバス事業者や関係機関もしっかり受け止めて、考え直す時は「今」であることを、しっかりと認識していただき、すぐさま行動に移してゆかないと、事態の深刻さは増すのみと心に刻んで欲しいと願わずにはいられません。

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