右派ポピュリズムと歴史修正主義を克服し、良識ある都民が選択した候補を支持する~都知事選告示に際して
都知事選告示の前夜、石丸伸二の信者がSNSにアップした「デマ」に対する回答が「石丸閣下はネトウヨが嫌うようなことはしませんよ」という趣旨にしか読めなくて、思わず笑ってしまった。YouTubeで泡沫候補やネトウヨと対談しているのを見て、やはりこの人はさまざまな面で〝ヲタク〟がリアル化した偶像なのであって、都知事選には100年早い人物なのだと痛感する。政策に具体性はなく、まだ東京のことをほとんど知らない。「多摩格差」という言葉だけは覚えたんだなと、そこだけは褒めてあげたい。
2024年都知事選にあたってだれを支持するか
私は神奈川県民なので、都知事選の投票権がない。だから、ここで何を言っても遠ぼえにしかならないが、やはりこれまでの経緯を考えると、何も発言せずにスルーするわけにもいくまい。もう企業人でもないので、堂々と支持する候補を書きたいと思う。
私は2024年都知事選で、蓮舫さんを支持する。
理由をあげておく。
①1999年の石原都政誕生以来の〝右派ポピュリズム〟を克服することができる
石原慎太郎は希代の右翼政治家だった。しかし、当時世論は右から左まで幅広い支持を得ていた。都政にポピュリズムを持ち込んだ張本人である。民主主義や二元代表制を軽んじ、秘密主義に徹し、独断専行の不透明な都政運営を行い、挙げ句の果てがぶち上げた施策が次々に破たんし、都政に大きな傷跡を残した。都知事としての発信力には執着するのに、都政への関心が薄く、官僚の、とりわけ財政当局の福祉切り捨て、緊縮財政を野放しにしてしまった。まさしく都政と東京の経済を破壊した男である。
石原都政を引き継いだ猪瀬直樹、舛添要一も、基本的にはその路線を継承した。そして、小池百合子はあたかもこれまでの都政を転換するかのような仕草を見せただけで、実態は石原的都政の劣化版でしかなかった。
少なくとも蓮舫都知事の誕生は、四半世紀も都政で続いた右派ポピュリズムを克服することにつながる。
②石原都政以来の歴史修正主義を克服することができる
石原慎太郎の差別発言、暴言を「石原節」と称してマスメディアが持ち上げてきた。ついには尖閣諸島を都が購入するという妄動に出ようとして、国が慌てて国有化したのはまだ記憶に新しい。
小池百合子も、基本的には同じ。関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典に追悼文を送らず(石原知事ですら毎年送っていた)、朝鮮人虐殺という悲惨な歴史を受け入れようとしない。もう、こういう知事を都民は選ぶべきではない。
蓮舫さんは5月27日の出馬表明で、すでに朝鮮人虐殺の追悼式典へのコメントについて言及している。
小池知事の姿勢は、結果的にネトウヨの発言に信憑性を与え、あたかも関東大震災で朝鮮人虐殺がなかったかのような妄想や、逆に朝鮮人は危険だったので虐殺されて当然かのような妄言がネットに溢れ返ることになった。こういう人物を都知事にしてはならない。歴史修正主義は、都知事のイデオロギーというだけでなく、都職員の仕草にも影響する。都庁をレイシズムや差別主義のとりでにすべきではない。
③良識ある都民が総意で選んだ候補であること
都知事選をめぐる主要政党の迷走は、石原都政以来、延々と続いてきた。自民党が「勝てる候補」探しで自爆してきたことは笑って済ませるようなことだが、とりわけ、リベラル勢力の迷走ぶりは目を覆うばかりだった。野党第1党が密室で候補者を決めたり、脱原発の市民グループが分裂し、2人の候補を擁立したり…。まさしく、都民不在の都知事選祭り。
その顚末は以下に書いた通りである。
今回、立憲民主党や共産党、市民団体などの代表が一堂に会し、候補者選定委員会を開催し、一定の透明性を確保したうえで、複数の人物から候補者を絞ってきた過程を率直に評価したい。
候補者選定委員会の最後の会合には、都議会で「都民ファーストの会」で当選しながらも、その後、小池知事から距離を置いた「ミライ会議」の都議も参加したというから、実質的には維新以外の都議会野党が勢ぞろいしたと言える。そこで蓮舫さんを選んだというなら、これはもう、いろいろとわだかまりはあっても認めざるを得ないだろう。
そして、最終的に前川喜平と蓮舫さんが候補に挙がり、蓮舫さんを選んだというなら、なおさら蓮舫さんと言うしかない。前川喜平では名前が上がった瞬間に都知事選は消化試合と化したであろう。
正直、不安もある。
というのは、蓮舫さんは立憲民主党の〝最終兵器〟であって、彼女で負けたら次の手がないのだ。小池百合子という巨悪とたたかうには、あまりにももったいない。
仮に当選したとして、右派ポピュリズムではなくても、左派ポピュリズムになってしまう不安は残る。ただ、こういう無茶な博打でそんな心配するのは、気が早すぎるとも思う。それは当選してから考えよう。
正直、今までの都知事選は候補者が出そろった時点で終わっていた。私は前職で、告示の直前にはもうだれが何票獲得するのかを予想できていた。情勢調査などしなくても、だいたい当たっていた。都知事選は、告示まで。告示されたら消化試合。1999年以来、そういう都知事選ばかりだった。
今回、少なくとも投票日まで楽しめる。告示されても終わらない。だから〝最終兵器〟のチャレンジを歓迎したい。
小池百合子に勝つにはどうしたらいいのか
以前にも書いた通りである。東京都の有権者はだいたい1000万人いる。投票率が50%だったとして、500万人が投票することになる。
つまり、250万票以上獲得すれば勝てる。
リベラル・左派層の一部には、小池百合子はもう弱っているから、大した票は出ないという甘い考え方がある。過小評価もいいところだ。ハッキリ言って、間違っている。
断言したい。
小池百合子は間違いなく250万票獲る。
だから、蓮舫さんが小池3選を阻止するには、250万票は獲らなければならない。
そのためには、内輪受けでは無理だ。蓮舫さんの参院選東京選挙区での過去最高得票は、2010年の171万票である。ここに80万票近くを上乗せしなければならない。共産党の都知事選での集票力は50~60万票程度である。これでもまだ足らない。
どうしたら250万票も獲得できるのか。
そんな途方もないことは、私にはわからない(爆)
猪瀬直樹は400万票を獲得した。当時、都庁担当だった私は、美濃部亮吉が獲得した史上最多得票である360万票を超えるかどうかが焦点だと書いた覚えがある。そんなことなんでわかったのか。衆院選と同日で、投票率が大幅にアップすることが最初からわかっていたからだ。
だから、投票率のアップは一つのトリガーになり得る。
少なくとも、小池百合子が250万票を割り込むことは、あり得ないとは言わないが、考えるだけ時間の無駄であることはくぎを刺しておきたい。
小池閣下は告示日当日、第一声もしないで「公務」に邁進するそうだ。みんなで笑ってやろう。また逃げたと。
彼女は4年前、コロナ禍を理由に街頭には一切出ないで再選を勝ち取った。それは2011年都知事選での石原慎太郎を真似たものだ。彼女は石原慎太郎の劣化版に過ぎないが、都知事選で現職が優位に選挙を進める最も効果的な手法が「目立たないこと」だと知ってしまった。こういう成功体験に味を占めたからこそ、今回、蓮舫さんのような最終兵器を前にして、4年前と同じように街頭に出るのを避けようとしたのだろう。
小池閣下を甘やかしたのは、1000万人の有権者である。
彼女の成功体験は、結果として民主主義の価値をおとしめ、政治の劣化をもたらす。都政のみならず、国政をも劣化させ、日本の空気をおかしくさせてしまう。戦後民主主義は崩壊し、独裁者にお任せの国になる。
この成功体験はぜったいに放置できない。蓮舫さんによって失敗体験にすべきなのだ。
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