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近所のイタリア料理店の資金繰りに関する考察

私の趣味は通勤経路(と言っても徒歩7分で本社についてしまう涙)にある様々なお店を定点観測して、今起きている現象の兆しを捉えることです。例えば、コンビニエンスストア、ファストフードショップ、チェーン店カフェ等がそれに該当します。特にコンビニエンスストアの棚の定点観測はマーケターからするとマーケティングの最前線が無料で見れるようなものです。例えば、お惣菜やアルコール飲料や500mlのペットボトルコーナーは良く見ています。アルコールにもジャンルがノーマル、ストロング、ノンアルコール、微アルコールなど細かくセグメントされていたり各競合はどのポジションを取ろうとしているのか棚を見るとなんとなーくわかります。日本の男性と女性の平均的な身長の幅である160cm-175cmあたりの目線にある棚の位置に何が置かれているかで各メーカーの血の滲むような商品開発、営業、プロモーションの痕跡が見えます。

「今月はキリンがこの商材押してるんだな。棚の良い位置取れてるし。確かにTrueViewでやたらこの商材の広告見るし、プロモーションも棚取りのために突っ込んでそうだ。でも、このセグメントのリーダーはアサヒだから、これも一過性ではないか、、、、一過性でなくするにはどのようなキリンならではのユニークさと利便性をユーザーに提供すればリプレースできるだろうか。自分がこのブランド担当だったらどうするかな。。」と言った具合に。

さて、そんな定点観測を本日もしていたのですが、こんな看板を見て私はゾッとしました。

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これを見て「現金で払えば10%OFFで飲み食いできるから行きたいなぁ!」くらいの考えだとマーケターとして。。。。という感じです。

私が感じたのは、このお店の資金繰りってそこまでヤバいんだ。。。と頭の中でPL作って感じたことです。MBAで学んだことと言えば「もし、あなたがその会社の社長ならどのような成長戦略を描くか」です。なので、今回も勝手にこのお店の成長戦略(=というかこの局面としては止血作業。つまり死なないことである)を描こうと思います。また、このお店は嫁とも何度か行ったことのある近所のお店でこのお店みたいなシックな雰囲気のお店って中野坂上に無いので潰れてもらっては困るのです。

・結論

まず、結論から申し上げますと、この現金でのお支払いに限り10%OFFは私は愚策だという立場です。何故かと言うと、お支払い方法は現金と現金以外=クレジットカード等があります。クレジットカードでの決済を顧客にされるとお店側は売上確定処理のタイミングによりますが、当月末締め翌月末払い或いは当月末締め翌々月末払いになります。ですので、現金でもらうよりも30日~60日遅くキャッシュインするわけです。その30日~60日の支払いが待てないから現金だと10%引きするよ。という施策です。

これ、銀行借入れや消費者金融から金借りる金利よりはるかに高いんです。僕的には銀行借入れを速攻で打診しにいきつつ、それでも資金繰りが難しいのであれば、消費者金融から借り入れしたほうがいいのではとおもいます。それは何故かと言うと、銀行からの借り入れは場合にも依りますが年利1%未満~3%程度でしょう。消費者金融も借入額や与信に応じて年利3%~15%くらいでしょう。今回の現金の場合10%引きというのは、月利或いは2ヶ月利10%の闇金から金借りるのと同義だと捉えることが出来ます。ですので、それをやる前にすべきことがあるでしょうと思うわけです。

また、コロナウイルスによる影響で飲食店が大打撃を受ける際にまずすべきことは決まっていて、固定費に対する限界利益の貢献の最大化です。遊んでる固定費の操業度を最大化する。最大化出来ないなら固定費を極限まで無くす以外道は無いはずです。そのあたりを順を追って記載できればと思います。

・現状分析

アプリも飲食店もまず現状分析から始まります。正しく、現状を捉えずして正しい打ち手は見えません。まず、食べログアプリより、

・客単価3,000-3,900円(平均値3,500円としましょう)。これは私と嫁で行ったときも体感値でこの客単価だったので、大凡こんなものでしょう。

・席数30席

・全席喫煙

・中野坂上駅徒歩2分

・営業時間 ランチ未実施。月~土17:00-24:00。日曜祝日は休業

ここからは私が来店したときの観測からの仮説です。

・原価率30%だとする(=売上の30%が原材料費)

・家賃は店舗の坪数、立地から20万円/月と想定。以下参照。

・店長とバイト含めて合計3名。店長の月給を30万円として、バイト2名の稼働時間を17:00-24:00の前後1h含むとする。更にバイト代の時給は中野区の飲食業における平均時給である1,090円を採用すると、人件費は30万円+2人*9h*25日*1,090円=790,500円/月の人件費です。

・光熱費は売上の5%とする。

・諸経費は10万円/月とする(調理器具のリース代や客席のテーブル、椅子等がリースだった場合等を想定)

これで売上だけ抜けたPLができます。それが以下です。

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つまり、このイタリア料理店は一ヶ月無収入だった場合、100万円以上の赤字を出すようなビジネスモデルであることが理解出来ます。さらに、その内訳のほとんどが人件費と賃料という固定費であることに着目せねばなりません。このイタリア料理店の損益分岐点=営業利益0は以下です。

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つまり、168万円/月を稼げば赤黒トントンというわけです。つまり、6.72万円/日の売上を達成するための客数(MAU)と客単価(MARPPU)を考えればよいわけです。さきほど述べたとおり、おおよそ客単価は3,500円なので、19.2人/日の来客があれば損益分岐に達すると想定されます。それが直近のコロナウイルスによる影響で客数が急減しているのではと推測されます。

そこで、このイタリア料理店が打ち出した施策が10%OFFという施策だったわけです。そうすると、感覚的にほぼ全てのお客様が現金で支払うのではないでしょうか(PayPayのようなQRコード式の決済システムでの決済を採用していない前提)。そうすると損益分岐点が大きく変わります。

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なんと、10%OFF訴求すると損益分岐点の売上が30万円ほど上昇します。この施策は客数にヒットするので客単価は変わらない場合、22.6人/日(+3.4人/日)の集客を見込まないといけません。そして冒頭述べたとおり私はこの施策は愚策だと言いました。それは以下2点が理由です。

・散々ニュースで現金の受取時に貨幣や紙幣を媒介として新型コロナウイルスに感染する可能性があると言われているのに、現金を訴求した施策は顧客にとって抵抗があると考えます。

・コロナウイルスが収束するかどうか不透明な状態で売上という客数と客単価でしかコントロールできない変数=アンコントローラブルな変数にやっきになる前に、自分たちでコントロールできる固定費にまずは目を向けたほうがいいということです。

・改善案

ここまで現状分析を行ってきました。このような有事のタイミングでまず見るべきポイントは固定費。もっと具体的に言うと、固定費に対する限界費用の貢献の最大化です。詳細は以下に記載されております。

ようは稼働していない固定費を最大限稼働させようということです。ここでの固定費とは家賃、人件費、諸経費です。これらを1ヶ月=31日*24hを最大値として最大限稼働させようということです。ただし、バイトの人件費は厳密には変動費=働けば働くほどキャッシュアウトするので、その制約が入ります。

という前提で、もし私が店長だったらどうするかを提案します。

- ランチを1オペでやる

バイト無しで1オペでランチをやることで月給30万円という固定費を最大限使い倒します。1オペなのでメニューを絞って客単価1,000円で展開をします。また、中野坂上駅から徒歩2分という好立地であるにも関わらず何故、いままでランチをやっていなかったのか謎です。割とビジネス街ですので、11:30-14:00でやれば、席数1回転は余裕で行くと思います。そうすると、客単価1,000円✕30席=30,000円/日の売上UP。1ヶ月で75万円UPです。それを加味して現金10%OFF施策を行わなかった場合の月間のPLが以下です。

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ということは、17:00-24:00のディナーで月間927,693円稼げばいいだけになります。37,107円/日の売上で損益分岐点に到達できます。つまり、この有事のタイミングで店長自らがランチを実施する(=稼働していない固定費30万円の操業度を上げる)ことで、格段に損益分岐点を低くすることができるのです。平均10.6人ディナー時間帯に来てくれれば損益分岐点ということです。ランチをやらなかったときで19.2人/日の集客が必要でした。ランチをやらずに且つ10%OFF施策をやっている今、22.6人/日を入れないと損益分岐に到達しません。ここに気づくと損益分岐客数22.6人/日→10.6人/日と50%以上のカットができます。しかも、バイトの人数を減らしたり原材料費にメスを入れていません。それだけ、止血フェーズでの固定費に対する限界費用の貢献の最大化の効能はあるわけです。

- 人件費カット

①を実施して思ったより集客が伸びず、ランチ時間帯が平均して0.5回転しかまわらなかったとすると以下がその時のPLです。

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そうすると、17:00-24:00のディナーで月間1,352,693円稼げばいいだけになります。54,107円/日を稼がないと損益分岐点を割ります。つまり、平均15.45人のお客様を入店させないと赤字になります。そのために自身の給与を30万→20万に減らし、バイトを1名減らします。自分の給与はさておき、バイトを減らすとオペレーションが乱れてしまい、お客様に迷惑を掛ける可能性があります。ですので、メニューを絞ります。確か、このお店はAirレジを導入していたと思うので、顧客ごとに何を注文したかのデータが残っているはずです。ですので、よく売れる商品とあまり出ない商品を選別することが可能です。ですので、メニューを絞りオペレーションコストを下げることでバイトの固定費を浮かせます。また、メニューを限定するということは原材料費にも影響するため、一般的に原材料費が安価になる傾向があるので、これもPLにプラスにヒットします。以上を加味したPLが以下です。

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ですので、ランチで32.5万円/月(=毎日0.5回転)売り上げていれば、ディナーで82.1万円/月売り上げれば損益分岐点に達します。これは3.28万円/日売り上げればいいので、平均9.38人/日で来店すれば損益分岐に到達する見込みです。また、平均9.38人/日であれば店長とバイト1名でオペレーションできるのではないでしょうか。

・この事例を自分ごと化すると

今までの例は近所のイタリア料理店の店長=自営業の立場でお話してきましたが、これはどんだけ巨大な法人になっても変わりません。変わることと言ったら、利益剰余金がどれだけあるかで、どこまで企業活動を延命できるかが決まるくらいです。もし、読者の方々で上場企業にお勤めの方或いは未上場、非上場だけれども自社のPLとBSを見れる立場にいる人であれば、自社の利益剰余金がどれだけあるか確認してみてください。その上で自社の社員数✕会計上の人月単価でキャッシュアウトしていく人件費を計算してみてください。

私が所属するブシロードは上場企業なのでIR情報として開示されているので見てみますと、利益剰余金が64億円あります。株主資本でみても125億円あります。従業員数は451人です。管理会計上の人件費を私は知らないので仮に80万円だったとすると、451人*12ヶ月*80万円=約43億円です。つまり、このコロナウイルスの一件で売上がゼロになっても利益剰余金ベースで1年以上。株主資本ベースでみれば、3年は持ちこたえられます。また、直近銀行借入れを240億円行っているため、数年は売上0でも生き延びれるわけです。

ただ、このような状況下ではあるものの我々は上場企業であって、株主から期待されている収益をあげることが求められていることを念頭に置く必要があります。ですので、この記事で議題に上がった有事の際にまずテコ入れすべきは固定費に対する限界費用の貢献の最大化です。つまり、稼働していない固定費を最大限稼働させるということです。具体的なアクションで言うと、グループ会社などの縦割り構造を無くし、空いているリソースを逼迫している部署に配置転換することで収益性を上げられないか?それでも空いたリソースが発生する場合は外部のクライアントを捕まえてきて、固定費を売上・利益化できないか?と考える必要があります。ここまでの努力を最大限行なってもなお改善の兆しが見えない場合に、固定費のカットつまり広告宣伝費や人件費や経費削減に走ります。人件費を削る=雇用形態での優先度を付けて解雇するは言うが易しです。解雇される人にも家庭や人生があるため、とても重い決断です。ですので、手元にどれだけキャッシュがあるか?ということは大企業でも自営業でもそして読者の皆さん一人一人の家庭でも同じことが言えるのです。このような有事がいつ起きても良いように売上が0になっても2年間は社員を雇用し続けられるようなキャッシュが常にある状態がベストなのではないかと思います。

・まとめ

近所のイタリア料理店の店長の立場になって、コロナウイルスで飲食店が大打撃を受ける中での打ち手を提案しました。それを通じて有事の時には、

①固定費に対する限界費用の貢献の最大化をまず実行すること

②有事の時に備えて売上が0になっても最低2年は延命できる資産を備蓄しておく(家庭の話に置き換えると、家族が2年間生きていくのに必要な固定費は資産として持っておこうということ)

ということを学びました。

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