モロッコ旅行記 3月11

3月11日

午前九時に起床。顔を洗い、身支度をして、アーモンドからひりだされるようにして渓谷へ向かう。
石になる。
昨日クライミングした場所へ行く。枯れた川辺に畑の名残りがあって、うっすらと草が
生えている。
人のいない、巨岩に腰かけると、密室の中のような耳鳴りが外へと広がっていく。輪郭の緩んでいくのがわかる。人群れの中にあっては固くなり、人里を離れると緩む。単に対人へのストレスでしかないのか。半端にコミュニケーションができるということが、一層に面倒にさせている。
アーモンドに居ると、幼稚園の扉を思いだす。思春期の口ごもりを思いだす。輪の外で時間を過ごすこと。昔からよくあることだ。
既存のコミュニティをわたしの存在のために壊すのは申し訳ない。
かといって、大げさに振る舞う気力もなく、そこから離れるほかにない。
はげた岩壁の高いところに横穴があって、幼い子の戯れる声がする。そこにノマドの家族が住んでいるのだろう。
ヤシの木陰の、川辺の石ころの上に絨毯を敷いて、別の家族が週末のピクニックを楽しんでいる。
二時間ほど歩いて戻っていく。典子さん紹介の「カフェハミド」へ。竹で編んだ、壁や天井のない青空カフェ。
正午過ぎ、お祈りの放送の流れるモスクを通りすぎていると、男に声を掛けられ、振り向くと手招きされた。とことこと向かえば何やら言っている。どうやらわたしをモスクに入れてくれるらしい。
聞いた話では、ムスリム以外は入ってはならないと聞いていたが。
モスクの外階段を上がって、二階にある入口の前で、わたしは言葉を復唱するように促される。けれどもそれは容易でなく、苦戦して
いると、そのノートにメモを取ればいいじゃないかというので、彼らの言葉を聞いてカタカナで書き取り、あらためて復唱する。そうすると屋上へ連れていかれ、小さなバケツに注がれた湯を渡され、奥のアラブ式トイレで股間と肛門を洗って来いといわれ、そうした。
トイレを出ると、男の見よう見まねで、右手で湯をすくい、手を洗い、口、顔、頭、耳、両腕、両足を洗う。そうして下の階にある礼
拝室へ連れていかれる。
絨毯が敷かれている。前方にイマムがひとり立って、それに従うようにムスリムが数人、わたしをいぶかしむ。横一列に並んで、隣り合ったものと足の外側を触れ合わせる。わたしはひたすら真似る。
両膝をついて額を地につけ、両手を前方でぴったりと。身を持ち上げて正座して、立ちあがって腕を組んで、また座して、というのを三度は繰りかえしたろうか。そのあいだ、皆はぽつりぽつりと言葉を唱えつづけていた。
礼拝が終わって、アハメッドとアブドゥルナビがわたしについて、
「どうだった?」と聞く。「サンティモ」という単語が重要らしく、彼らは何度もそれを口に出すのだが、わたしの口から十分な返答がないらしく、いつまでも似たような質問をする。
「なにを考えた?」
「どうだった?」
「祈っているあいだの気分は?」
というような言葉で、わたしは、
「平和を願った」
「愛を願った」
「家族の健康を祈った」
と、もっともらしいことを言っても、彼らの聞きたい返答ではないらしい。そうして、するともっと精神状況のことを問うているのだろうかと思いって、
「カーム。サイレンス」
というと、二人の顔が同時にパッと輝き、満面の笑みとなって、
「トレヴィアン」
と言った。なるほど、祈りによって、あるいはアラーとのコネクトによって、心が洗われただろう?ということだったのだろう。
「あなたにコーランを差し上げよう。英語とフランス語、どちらが良い?」
「あなたの新しい名前は、アブドゥール・カリームだ」
と、無事に洗礼は終わったようでした。
モスクが観てみたいというだけで、意に反して突如ムスリムとなり、わたしはすこし困惑する思いもありましたが、反面、照れ臭いような嬉しさが生まれたことが自分でも不思議です。なんだか軽はずみでムスリムの儀式を受けて申し訳ないような気もします。
そのあとで調べてみて分かったことは、メモして復唱した言葉は「信仰告白」らしく、「アッラーのほかに神はなし、ムハンマドは
その使徒」という内容だと知りました。そうして二人以上のムスリムの証人の前で告白しなくてはならないらしいのです。
典子さんに聞くと、モロッコではそれほどシビアではないらしく、本当は禁止されている酒も煙草も常習している人は多いとのことでひとまず安心しました。軽はずみで改宗(そもそもわたしに宗教などありませんが)するものではないなと考え、なんだかまた新たに罪悪をひとつ抱え込んでしまったようです。
十九時四十二分に、一日五回ある祈りの、就寝前の「ア・レイシャ」があるから、またモスクへ来たらあなたのコラーンを渡す、そう言われて、その時が来るのを待つ。ワクワクというよりは、早く面倒なことを終えて、今日は眠ってしまいたいと考えています。
今夜はユセフとベルベルディスコへ行こうと思っていましたが、アーモンドのアヤちゃんとの遊びで疲れたこととムスリム改宗騒動もあって、とても行く気力は湧いてきません。明日からまたノリコさんのところへ戻って仕事を習い、十四日から二十四日までの十日間を働くことが、考えるとまた不安にもなりますが、ムスリムにないかと、前向きに捉えられなくもありません。
けれども、そのような軽薄なわたしの耳に、マラケシュのメディナを、杖つき歩く盲目の男の「アッラー」と幾度も呼ぶ声が、杖の音ともに訪ねてきます。わたしは破戒僧のようです。
十九時二十分、先のモスクの前で待つ。マグネシウムライトのオレンジに照らされているモスク。小さなミナレット。星空。蛙や虫の鳴く声。砂利を歩く人の足。家灯りは少なく、日曜を遊び疲れて帰路につく子どもたち。
十九時三十分、二人はまだ現れない。十九時四十二分、アザーンが流れる。老人が「はいりなさい」と手招き、靴を脱いで礼拝堂に入ると、アハメッドがいて、「来てくれてありがとう」と握手する。
先と同じようにお祈りした後に、アハメッドとアブドゥルナビ立ち合いのもと、「ウードゥ(清めの洗い)」と、祈りの所作と言葉の
猛特訓をうける。三十分ほど、ひととおりのテストを受けて、モスクを後にする。特訓のあいだ、アブドゥルナビの厳しい目つきに、彼の信仰心の深さを思い知り、しまったなぁと思っていた。
反復の練習のなかで、ひととおりのことは自分一人でできるようになりたいと考える。たしかに無心になれる時間。
けれども、礼拝のとき、人によってはあくびまじりであったり、携帯のバイブレーションや着信音が鳴ったり、前に立つイマムすら正坐の姿勢は崩れがちだった。意外といい加減なものらしい。明日から日に一回はモスクを訪れてはみたい。
アーモンドへ戻って、ウェブで礼拝(サラート)の言葉を探すと、アハメッドが教えてくれたものとそっくり同じものはない。地域に
よって違いがあるようだ。

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