でき太くん三澤のひとりごと その156
◇ 夏休みの思い出 その2
前回の「ひとりごと」では、夏休みをダラダラと過ごすことが習慣のようになってしまった私の過去について書いてみました。
今回は、そんな私の夏休みの過ごし方が変わるきっかけになった出来事について書いてみたいと思います。
私は高校1年生の頃から塾でアルバイトを始めていました。
勉強が全くできなかった子が塾でアルバイト。
人は変われば変わるものです。
今日まで紆余曲折はありましたが、私はこの頃からずっと教育に携わってきたのでした。
私の夏休みの過ごし方が変わったきっかけは、「てっちゃん」との出会いでした。
てっちゃんは、アルバイトをしていた塾の塾長の知り合いの方でした。
年齢は、おそらく40代前半くらいだったと思います。
日焼けをしていて、体型も筋肉質でがっしりしています。
見た目は30代のようでした。
仕事は、空調設備関連を生業とした職人の方でした。
塾長と「てっちゃん」との出会いについては、あまり詳しくは聞いておりませんでしたが、おそらく塾の設備等の関係で知り合われたのだと思います。
てっちゃんは、塾が休みの日曜日などに、ふらっと訪れ、お茶を飲みながら塾長と2〜3時間雑談をしていました。こういう雑談などが、きっとその当時の職人さんにとっては「営業」につながっていたのだと思います。
私が塾でアルバイトをしていた昭和のど真ん中のころは、携帯電話もありません。パソコンやタブレットも普及してはおらず、メールもない時代です。
アポイントをとっているかとか、事前にメールで予定を確認しているかとか、そういう細かなことは気にせずに、お互いが会いたいときにふらっときて、時間があれば話をし、時間がなければ「あ、今日は忙しいからごめんね」というひと言で、とくにトラブルも起きるような時代ではありませんでした。
ある意味、大雑把でおおらかな時代だったようにも思います。
ちょうど高校も夏休みに入ったある日曜日。
私が教材の準備をしているとき、ふらっとてっちゃんが現れました。
「塾長、いる?」
「あ、今タバコ買いに行ってますが、すぐに戻ってくると思いますよ」と、私が言うと、
「じゃあ、ちょっと待たせてもらうか」といって、塾の事務所の椅子に座り、おもむろに胸ポケットからタバコを出し、火をつけました。
火をつけたのは年季の入ったジッポーライター。
火をつけるときに「カチン」と響く音。そして、火をつけたときのジッポーライター独特の匂い。
昭和はどこでもタバコが吸える時代でした。
てっちゃんは、タバコの煙をゆっくりと吐きながら、
「三澤くんもタバコ吸ってるの? 高校生ならもう吸っているんじゃない?」
と、私をからかうようなことを言いました。
私はそれを冗談とは受け取れずに、「まさか!吸いませんよ!!」と真顔で返事をすると、てっちゃんは軽く微笑みながら、私が出したアイスコーヒーに口をつけ、「いつもありがとうね、コーヒーいれてくれて」と言いました。
その後は、てっちゃんと特に会話をすることもなく、二人とも黙って塾長の帰りを待っていました。
私は席を外しても良かったのですが、なぜかそうするのが悪いような気がして、完全に席を外すきっかけを失っていました。
ゆらりゆらりとタバコの煙が空間を彷徨う中、てっちゃんも私もつぎの会話が思い浮かばず、何とも言えない居心地の悪さばかりが増していきました。
お互い何か話をしないといけないと思うけど、何も会話ができない空間。
この空間をどのようにやり過ごすかを考えていたとき、ようやく塾長が帰ってきました。
「おおー!てっちゃん!来てたのか!」
塾長が帰ってきたことで、一瞬で変わる雰囲気。
さっきまでの重苦しさはなくなり、塾長とてっちゃんは、当たり障りのない世間話などを始めました。
私はここでも、二人の会話の空間から抜け出すタイミングを見失い、二人の話に付き合う羽目になってしまいました。
会話をしながら、パカパカとタバコを吸う二人。
しばらくすると、それほど広くはない事務所はタバコの煙で空気が澱んできました。
私が気をつかって事務所の窓を開けたとき、話の矛先が急に私に向かってきました。
「三澤くんってさ、なんかスポーツとかしてるの?」と、てっちゃんが私に質問をしてきました。
「いえ、特にしていません。中学のときに空手と卓球をしていたくらいです」と、私が答えると、
「へえー、そうなんだ。来週、千葉にサーフィンに行くけど、一緒に来る?」と言ってきました。
なんで空手と卓球しかしてこなかった人をサーフィンに誘うのかがわかりませんでしたが、ついつい、
「いいですね、サーフィン。いつかやってみたいと思っていたんですよね」と、心にもないことを言ってしまいました。
そんな心にもないことを言ってしまったのは、きっと心のどこかで「大人なら社交辞令として受け取ってくれるだろう。空手と卓球では、海とは全く関係ないし」という期待があったのだと思います。
しかし、つぎにてっちゃんから出てきた言葉は、
「じゃあ、来週の日曜日空いてる? 塾に迎えにくるから、朝の6時頃ここにいてよ」とのこと。
えーー!この人、社交辞令だと思ってないじゃん!
もしかして空気読めない人?
なんで高校生がおっさんと二人でサーフィンに行くのよ!
どうして私は「いつかやってみたい」なんて、言ってしまったのだろう、、、
なんできっぱりと「私は平泳ぎしかできないので、サーフィンなんて無理です!」と断らなかったのだろう、、、
セブンスターを吸いながら、優しい笑顔で微笑んでくれるてっちゃんとは裏腹に、私は心の中で後悔していました。
てっちゃん、悪い人ではないのはわかるんだけど、大人なら空気読んでくれよ、、、
本気じゃないのは、声のトーンとかでわかるでしょ、、、
私は生まれたとき心臓に問題があり、産後は集中治療室にいました。
その影響もあってか、私は病弱で風邪も引きやすく、学校のプールの授業も休みがちでした。
ですから私は、高校生になっても自己流の平泳ぎしかできないようなレベルだったのです。そもそも私が空手を習い始めたのも、そういう虚弱体質を改善するためだったのです。
この俺が海にいって、ましてやサーフィンなんかしたら溺れるな、、、
そう思いながら、私はてっちゃんからの誘いに「わかりました。来週は予定がないので、だいじょうぶです」と、答えていたのです。
ここでも、なんで断らなかったのかと後悔しましたが、それもあとの祭りです。
ここで完全に、私は来週千葉の海に行き、はじめてサーフィンをすることになったのです。
この続きは、次週。
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