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25.バレンタインのその後で

短編小説です。
バレンタインなので。
今構想中の物語の中の2人の一コマ。
恋人にはなり得ない2人。
僕だけを見て欲しいなんて言わないけど、今日ぐらいは、さ?

お久しぶりです。
忙しかったことと、少し思うところがあって、しばらく離れていました。
これからぼちぼち戻ってこれたらな、と考えているので、また見守っていただけたら幸いです。

◇◇◇
 うーん、困った。
 有未(ゆうみ)は送られてきた段ボール箱の前に座り込んで、じっとりとそれを睨んだ。
 何の変哲もない段ボール箱。普段使いするものより幾分かサイズのあるそれは、場所が変われば引っ越しの荷物だと言われてもおかしくはない大きさだった。
 中身は大体予想がついている。
 だからこそ、頭を抱えているのだけど。
「ゆうちゃーん?どうかした?」
 間延びしたゆるゆるとした声とともに、台所の方からリビングへと海(うみ)が姿を見せる。
「ああ、海か」
「ああって、年々俺の扱い雑くなってない?」
 ひどい、と可愛らしく頬を膨らませてみせる海。高校生にもなった男子がそれをやるとは。しかも、なかなか様になっているのが本当にむかつく。中身、というか、本質はさておき、海のガワは可愛らしく、そのような仕草が似合ってしまうのだ。本人もその辺を理解しているあたりが、また、なんというか鼻につくところなのだが。
 有未はわざとらしくため息を吐いて首を振った。
「普段の行いのせいだろ」
「品行方正ですけど」
「嘘をつけ」
 ぽんぽんと進んでいく会話に有未は小さく笑みを浮かべる。
 それを目の端で捉えた海はすっと表情を戻して小首を傾げた。
「ご機嫌が治ったところで、あれなんですけど、その箱は?」
 それ、と指差したのは有未の前の例のもの。
「わかってるくせに」
 不機嫌そうな顔に逆戻りした有未に苦笑しつつ、海は言った。
「あー、うん。宛先がそれじゃあねぇ。わからないほうがおかしくはある」
 宛先は、You様。
 それは今をときめく、女子高生シンガーの名前だった。顔出しはしていない。ジャケット写真を撮るのは海の役目で、後ろ姿のみ。
 有未は、ある目的のためにYou名義で歌を歌っていた。海はある種の共犯者。Kaiという名でサポートとマネージャー見習いをしている。
 まあ、つまりは、この箱はファンからの愛が詰まった贈り物、というわけだ。ファンは、大事。ファンがいるからこそ、Youはここまでやってこれた。
 けれど、この時期は、本気で勘弁してほしい、と思ってしまうのだ。
 2月14日、バレンタイン。
 ファンからの贈り物が最も増える時期である。市販のものなら、という条件がついて安全面は十分に考慮されている。それはわかっているのだ。問題はそこじゃない。
 有未は、チョコは食べれない。
 甘いものが嫌いなわけじゃないのに、なぜかチョコだけが無理。正直、見るのも遠慮したいぐらいだった。
 この時期は有未は極端に外に出なくなる。そこらじゅうでチョコがこれでもかと売られているのだもの。普段のお菓子売り場はまだなんとかなるんだけど。海は肩をすくめる。この時期の買い物担当は海だった。
「いーよ、俺が仕分けする」
「申し訳ないんだがね」
 のそのそとソファまで這っていった有未はぐでんと天井をむいて寝っ転がった。
「手紙はちゃんと読みなよ、いうまでもないけど」
「はいはい、今年もありがと」
 海は小さく微笑む。
「あとでマシュマロ入りのココア淹れたげるよ」
 好きでしょう? 
 言葉につられて海のスマイルを真正面からくらった有未は「あー……」と天を仰いだ。
 たしかに、それは好物だった。けど。
「海、女装する気は?」
「まったく、ない」
「だよねぇ」
 モテると思うんだけど、と独りごちる。自分の顔の使い方を熟知している、女子力高めの男子なんて嫌だ。でも、この可愛さの女子ならたいそうな人気だろう。
「馬鹿なこと言ってないで」
 いつの間につくっていたのか、呆れたような顔で差し出されたマグカップに表情を緩める。猫舌の有未には少し熱すぎる出来立ての温度。火傷しそうなぎりぎりで、早く飲みたい気持ちに負けるのが常だった。甘くて、ふわふわとろとろのマシュマロ。最後に舌に残るココアのほんの少しの苦味。
「うーん、好き」
「俺も」
「は?」
 ぽかん、と間抜けな顔をした有未は瞬間のうちにキラキラと瞳を輝かせた。
「今の、ネタにしていい?」
「どーぞ」
 火傷しないでね、と声をかけて海はくるりと背を向けた。これから、大きな箱が待っている。
「僕だけを見て欲しいなんて言わないけど、か」
 背後で有未が小さく口ずさんでいる歌詞を復唱する。
 有未はたしかにまぎれもない天才だ。歌に関しては、たぶん、神様にでも愛されているのだと思う。
 その代償として無くしたものだって少なくはないけれど、それでも彼女は歌うのだと海は知っている。
 ゆうみ、という名の中には海ともう一人の名が含まれている。彼女が歌うのはもう一人のためで、海は支えることしかできない。
 それでいいのだと思っている。
 マシュマロ入りのココアをときどきつくって、男勝りな素の彼女がふうわりと笑うところを見られるなんて、なんという贅沢。
 それ以上でも、それ以下でもない。
「海」
「ん?」
「ホワイトデー楽しみにしてなよ」
「うーん、了解」
 あわよくばハッピーエンドになればいいな、なんて。海は今日も、彼女と歌の行く末を見守っているのだった。

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