「リジェネラティブ○○」として確立されている分野には、どのようなものがあるだろうか。
インターネットでリジェネラティブと一緒に検索されているワードを見ていくと、「リジェネラティブ農業」の次に、「リジェネラティブ建築」があげられる。
リジェネラティブ建築とは、単に環境への負荷を減らすだけでなく、自然環境を積極的に改善し、再生することを目指す建築である。
アメリカやヨーロッパを中心に、リジェネラティブ建築の事例が増えつつあるが、一方でその検索動向を見ると、リジェネラティブ建築(Regenerative Architecture)の検索割合はまだまだ少なく、リジェネラティブ農業(Regenerative Agriculture)の5%ほどである。
ちなみに、すべての国を対象に Regenerative と Sustainable の検索動向を比較すると、過去5年のほとんどの期間、Sustainableが大半を占める。サステナビリティがすでに企業の戦略やオペレーションに埋め込まれ、一般化しつつある一方で、リジェネラティブの認知度はまだ限定的であることが伺える。
とはいえ、マイナスをゼロにすることを目指す「サステナビリティ」からさらに一歩進んで、環境や社会をよりプラスの状態に再生・回復させることを目指す「リジェネラティブ」への共感の輪は広がりつつあり、建築の分野でもリジェネラティブの考え方が取り入れられつつある。
本稿では、そんなリジェネラティブ建築の現在地を俯瞰したうえで、今後、リジェネラティブ建築に期待すること、特に「土間」や「縁側」を備えた日本家屋スタイルを取り戻すことなどによるその土地らしさの体現について、展望する。
リジェネラティブ建築とは
リジェネラティブ建築とは、環境を再生しながら建築物を建設・維持する手法であるとともに、周囲の生態系やコミュニティにポジティブに関わり、建物が環境に与える影響をプラスに転じることを目指すものである。
リジェネラティブ建築の特徴として、下記の点があげられる。
自然素材の使用
再生可能な素材やリサイクル素材を使用することで、環境への負荷を最小限に抑える。
再生可能エネルギーの活用
建物の設計段階からエネルギー効率を考慮し、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを活用する。
水の再利用
雨水の収集やグレイウォーターの再利用システムを導入し、水資源の効率的な利用を図る。
生物多様性の保護
建物周辺に緑地や庭園を設け、生態系の保護と回復を促進する。
コミュニティとの連携
地域社会と協力し、地域の資源や文化を取り入れた運営を推進する。
主な建築物の例
リジェネラティブ建築の事例として、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、日本の事例を紹介する。
以上見てきたように、リジェネラティブ建築にはさまざまな最新テクノロジーやアイデアが活用されており、個性的な事例が目立つ。
近年、どこに行っても同じような建物やチェーン店を中心とした商業施設が目立ち、その土地らしさが失われる傾向にあるように感じられるが、そんな中で、ここで見てきたリジェネラティブ建築はその地域の価値観と調和し、その土地らしさを体現しているように感じられる。
リジェネラティブ建築は今後、その土地ならではを表すランドマークとしての役割も担っていくのではないだろうか。
リジェネラティブ建築 普及への課題と促進策
リジェネラティブ建築は、近年特に環境問題や持続可能な開発に関心のある専門家や研究者の間で注目されているが、その普及はまだ道半ばである。
その一因には、リジェネラティブ建築の初期投資の高さがあげられる。持続可能な材料の使用や高度なエネルギー効率システムの導入、自然との調和を図るための設計には、通常よりもコストが多くかかる傾向がある。また、高度な技術や専門知識を持つ施工業者が必要となるため、施工費も高くなる。このような状況が、リジェネラティブ建築の普及に向けた課題と言える。
このような課題解決には、どのようなことが必要だろうか。
第一には、目指すべき方向性の合意やスタンダードの制定、インセンティブによる促進策といった公共セクターのリーダーシップ、第二に、ディベロッパーや住宅メーカーの意識変革、第三に市民の啓蒙といったことが必要と思われる。
公共セクターの状況
リジェネラティブ建築の普及を促す制度として、現状どのようなものがあるだろうか。
「リジェネラティブ」との言葉が冠されているわけではないものの、国や地方自治体によっては、環境基準や規制、税制優遇や補助金などのインセンティブ措置、あるいは認証制度において、リジェネラティブの考え方の一部を制度に埋め込み、緑地の確保、雨水の再利用、再生可能エネルギーの利用を促進している。
下記に行くつかの例を紹介する。
このように、公共セクターによるリジェネラティブ建築の推進策はいくつか見られる。しかし、これらは合意された統一の目的のもと行われているわけではなく、個別性が高い取り組みと考えられる。
「リジェネラティブ農業」については、2023年に開催されたCOP28において、134ヶ国が「持続可能な農業、レジリエントな食料システム、気候アクションに関するCOP28 UAE宣言」に署名しており、この中で、2030年までに1.6億ヘクタールの土地をリジェネラティブ農業に転換することを目指すとしている。
一方、「リジェネラティブ建築」に関する国際的な合意はまだ存在しない。2024年10月に開催される生物多様性COP16や、2024年11月開催のCOP29でも主要アジェンダに上がる予定はなさそうである。今後、こうした国際会議の場で、持続可能な建築や都市開発に関する議論が進展し、より統合的な目標についての合意が進むことが期待される。
ディベロッパーや住宅メーカーの取り組み状況
国内のディベロパーは、リジェネラティブ建築をどう捉えているだろうか。
下記の例に見られるように、各社、サステナビリティの取り組みの一環として再エネや都市の緑化による脱炭素化に向けた取り組みを積極的に行っている。
その他、日本のディベロッパーである三井不動産や三菱地所でも、森ビル同様に企業理念を掲げ、持続可能な開発と環境保護を重視した取り組みを行なっている。
一方、積水ハウスや木下グループなどの住宅メーカーも、リジェネラティブ建築の考え方を一部取り入れている。
このようにさまざまな取り組みが行われてきたことにより、近年、緑化やコミュニティとしての魅力が増した地区も増えてきているように感じられる。
一方で、そうなっていない建物、つまりリジェネラティブに配慮されていない建築も多く残るように思われる。コンクリートに覆われ、土壌へのアクセスが限られる地区も都市部には多い。
こうした既存の建築物や都市設計をどう変えていくかという点においては、市民の考え方の変革がまずは求められるだろう。
リジェネラティブ建築への期待
「縁側」や「土間」を備えた日本家屋復興によるその土地らしさの体現
今回見てきたリジェネラティブ建築の事例はいずれも大手企業による大規模なもので、そこにどう個人の生活が関わっていくのか、あるいは、土壌の改善やそれによる生物多様性の回復、CO2削減が実際どのように実現されるのかを体感するには、やや距離感があるように思われる。
けれどもリジェネラティブの考え方は本来、人間の営みと地球環境には相互関係があり、地球環境が良くなることが私たちの心身のウエルビーイングにつながるといった考え方が根底にあるのではないだろうか。そうであれば、最初にリジェネラティブ建築を取り入れるべきは、大規模な都市開発プロジェクトではなく、個人の住宅、つまり、人が食事をし、くつろぎ、仕事をし、入浴や炊事洗濯を行い、眠りにつくような、生活する場としての建物であるべきで、人々がリジェネラティブの価値を日常生活において感じられることがより重要であるように思われる。
そのためにも、個人が家庭で気軽に取り入れられる再生可能エネルギーや水の再生システムの普及や、コンポストや庭・プランターでの土壌との関わりを取り入れやすいような個人宅の建築のあり方がより追求され、普及が進むことが望ましい。
例えば、近年少なくなっているが、台所から裏庭に続く「土間」や、茶の間と庭をつなぐ「縁側」が装備されたいわゆる日本家屋スタイルが、向かうべき方向の一つではないだろうか。
かつての私の祖母の家には土間があり、米や野菜、味噌などの食品を貯蔵しており、鍬やすきなどの農機具も収納されていた。土間から裏庭に出ると畑やコンポストがあり、食事のたびに畑から野菜を収穫し、食べ残しが出たらコンポストに戻すような、リジェネラティブな生活が行なわれていた。土間は、まさに「土との間」、地中の微生物と私たちの暮らしをつなぐ役割を果たしていたように思う。
また、祖母の家には「縁側」もあり、家族やご近所さんとの交流やくつろぎの場となっていた。子供時代には、(お行儀が悪いが)縁側からスイカの種を遠くまで飛ばしたりもした。縁側があることで、住まいと庭が地続きで、自然がより一体に感じられた。
このような、家の中と外が融合するような、「土間」や「縁側」が実装された日本家屋が再び普及するようになると、日本らしい街並みや都市の姿が戻ってくるのではないだろうか。
先にも書いたが、近年、どこに行っても同じように整備され、同じようなチェーン店が並んでいる均質化した街並みが増えている。
今年の初めに韓国の釜山を訪れたが、経済発展著しい釜山でもタワーマンション団地があちこちに立ち並んでいた。数年前に訪れたマレーシアのクアラルンプールにも同じようなタワマン団地がいくつもあり、デジャブのようであった。
効率性や安全性を追求していくと、おのずとタワマンという解に行きつくのかもしれないが、その結果として、地域の特徴は消失してしまう。
リジェネラティブ建築は、このような都市の均質化へのカウンターとして、その土地ならではの文化や風習、作物、自然の生態系を再生するものであってほしいと期待する。
参考
主な事業者
主な人物