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「自分は鈍い」と思い込んでいる繊細な人たち

セッションに来て
「私鈍いんです」
っていう方はけっこう多いです。

でも実際からだに触れてみると
すごく反応が良くて
するすると変化していく。

ご本人にもどんな感じか聞いてみると
からだに起きてる変化を
ちゃんと感覚でとらえていて、
私が気付いていないことまで
ちゃんと教えてくれて
びっくりさせられます。

本当は鈍くなんかない。

むしろ敏感。

でもその繊細な感覚のままでは
壊れてしまう環境にいるから
からだを固めて
感覚を鈍らせて過ごしているだけ。

本当の意味で鈍い人なんて
実際はいなくて、
ただ、今、わざと「鈍らせているだけ」

鈍い方が便利だから、
鈍いと思い込んでいるだけ。

それもまた生き延びるために
選ばれた戦略だから
「なんで私って・・・」なんて
悲しむ必要もなければ
後悔する必要もなし。

ただ、「鈍い自分」に今
満足できていないのであれば、
鈍いフリをするのを諦めて
繊細な私をさらけ出していく
覚悟をしてもいいと思います。

繊細さを世にさらけ出すというのは
傷口に張っていた絆創膏をはがして
生傷を外気にさらすのと同じくらい
怖いかもしれません。

繊細さについて考えるとき
いつも浮かんでくる
 vulnerability (もろさ)という言葉。

辞書を引くと
弱い、脆弱、と書かれていて
一見ネガティブな言葉に
とらえられてしまいそうだけど、

ちょっとした風でも割れてしまいそうな
薄い薄いガラス細工のように
儚く壊れやすく美しいものを
勇気をもってこの世に差し出す、

私の中には
そんな美しいイメージがあります。

傷つくことができる能力、
自分の中のいちばん柔らかく
傷つきやすい場所を
さらけ出せる能力は、

一生傷を隠し続けることよりも
ずっとずっと本質的な救いです。

”Power of vulnerability” いいスピーチです(日本語字幕あり)。


vulnerability についてはここでもちょっと書いています。


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