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【最終回】その願いを叶えることは出来ないけれど:「二人、いつか稲穂が輝く場所で」

 翌日。暇な早い時間につけていたテレビでは、最近話題になっている田舎を舞台にした純愛ドラマが放送されていた。

 最近、このドラマに出演したことで名前が知られた女優が、棒読みで言った。

「ねぇ、わたし、あなたがいれば何にもいらないな」

 その台詞に店の女達はこう呟く。

「嘘つけ」

「わたしはいる。金とか服とか空気とか」

「自由も欲しいよね。あと一人の時間も欲しい」

「わたしはいらないかな。ていうか、男自体が今いらない」

「毎日数十人とメールして、毎日十人以上に笑顔振りまいてますからね」

「ねー」

 わたしの携帯電話の登録グループ『客』には既に百人以上の番号とアドレスがある。普段使う時はそのグループ名が目に入らないように、わたしはグループ『客』をシークレットに登録している。

 それでも、時折そのグループの存在を思い出すと、小さな携帯ですら抱えきれない程に重く感じる。その度にわたしは全部を捨てて逃げたくなる。

 そして、その後、いらないものばかりを手に入れて、その重みに動けずにいる馬鹿な自分に呆れ返る。

「何もいらない」

 男の胸の中で、女優がもう一度言った。

 わたしは、その言葉を胸の中でもう一度繰り返した。

 何もいらない。

 呟くとその言葉は違う意味を持って響いた。わたしは膝を抱えて、泣きじゃくりたいような気持ちになりながら、テレビ画面を見上げた。

 その日、わたしは出勤前に田守に連絡をした。田守を切った後、すぐさまわたしは携帯から彼のアドレスを削除していた。だが、店用のアドレス帳にはまだ田守の連絡先が残っていた。

 携帯を置きっぱなしにして失踪した田守だが、もしかしたら戻ってきてまた同じアドレスを使っているかもしれない。ほとんどそんな可能性はないと思いながらも、わたしはメールを送った。

『お元気ですか? この前、お友達がお店に来たよ。心配してたよ』

 すぐさま携帯が震えた。わたしは携帯を慌てて開いた。このアドレスは現在使われておりません、という携帯電話会社のサーバーからのメールだった。わたしは息を吐き、携帯を閉じた。

皆、優しくされたいだけなのに。

嘘でもいいから優しくされたいだけなのに。

誰かが言った言葉が頭の中を回った。

テレビでは、今も田舎町を舞台にした純愛ドラマが繰り広げられている。わたしは、田守が、今、こんな景色の中にいてくれたらいいと願っていた。

 辿り着いた先の何処かの小さな町で、純朴で優しい女の子と出会い、心穏やかに暮らしていてくれたら。

 行きたいなあと呟いていた菜の花畑や黄金色に輝く稲穂がある場所にいてくれたら。さわさわ流れる小川や真っ赤な夕陽を眺めて、誰かと手を取り合っていてくれたら。

 田守の望みに付き合えなかったわたしが、そう思うのは傲慢だと、自分でも思う。けれど、わたしはそう願っていた。その願いを叶えることは出来ないけれど、それでも、嘘ではなく、そう願っていた。

 【終】


※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。

 小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。

さて、前回予告した「キャバクラ嬢の罪深さ」にスポットを当てた、Webコラムにしては長い短編の最終回です。
皆さま、ご覧になってくださってありがとうございました。

他にもアンソロジー短編集で過去に出版した小説版『腹黒い11人の女』のスピンアウト短編があるので、またこちらも掲載していきます。

この「二人、いつか稲穂が輝く場所で」は、胸が痛むけれど、気に入っている短編です。再掲載できてよかった。

引き続き、よろしくお願い致します。

作家/『ILAND identity』プロデューサー。2013年より奄美群島・加計呂麻島に在住。著書に『ろくでなし6TEEN』(小学館)、『腹黒い11人の女』(yours-store)。Web小説『こうげ帖』、『海の上に浮かぶ森のような島は』。