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奇跡は自分で起こせる〜52歳。始まりの物語〜【後編】

あの夜、私のとなりには憧れの”その人”がいた。立場、距離、環境を超えた出会いは、もはや「奇跡」と呼ばせて欲しい。しかし、今となってはこうも思う。それは、一歩踏み出したことで自ら引き寄せた「必然」でもあったと。50代、こんなものかと諦めるには、まだ早すぎる。

前回、タレントAさんのインスタグラムのストーリーにメッセージを送り、ご本人からお返事をいただくという奇跡が起きた。さらに、娘が後押ししてくれたことで、私は関西から東京にいるAさんに会いに行くこととなった。


思いつきの東京行き

2023年11月18日(土)19:28

東京に着いた。
新大阪から勢いのまま新幹線に飛び乗ったまでは良かったものの、今夜の宿泊先が決まらない。空いているホテルはどこも高く、お金に対するブロックがそれを受け入れられずにいた。それに、そもそも旅慣れていない。親の介護やらなんやらで家を空けることが難しく、ここ10年ほどは出掛けても日帰りが当たり前で、外泊するという概念もなかった。

ホテル探しに必死になるあまり電車を乗り過ごす。しまった! 慌てて降り、反対側のホームにまわるも疲れもあり超絶イライラ。が、これが良かった。怒りのアクセルがお金のブロックを蹴散らし、次の電車が滑りこむまでに宿泊先をゲット。イライラも時には役に立つのね。目的地までは、あと少し。よっしゃ〜! 元気を取り戻す。

21:03

閑静な住宅街の一角。昨夜のインスタグラムで、Aさんが著書を手売りすると言っていたお店はここか。普段は、オリーブオイルやリキュールの量り売りをする専門店&カフェだが、第三土曜日の夜にだけ「ワンナイトバー」に姿を変える。で、それが今夜。

しかし。ようやく憧れの人に会えると言うのに、まるで実感がない。考えてもみて欲しい。先ほどまで関西の片隅で、いつもと同じように仕事をし、いつもと同じような一日を終えるつもりでいた。
ところが、今は自宅から500キロも離れた東京のど真ん中に立っている。アンビリバボーでしかない。

奇跡の夜

おそるおそる扉を開けるとチリンチリンと鈴が鳴り「いらっしゃい」カウンター越しにオーナーと目が合った。頭を下げキョロキョロすると、すぐに察して「Aさ〜ん!」奥に向かって声を掛けてくれた。アリガトウゴザイマス。もう一度頭を下げる。

それにしても。打ちっぱなしのコンクリートの壁。造り付けの大きな本棚。そこに並んだ古いレコードや洋書、酒瓶、雑貨などなど…。様々なテイストがミックスされたこの空間を、どう言い表せば良いのだろう。“オシャレ“で片付けるのは、ちょっと違う気がする。とりあえず、“東京“って感じ。
Aさんが出演している舞台「リムジン」のフライヤーを発見。チケットが取れなかったことを思い出す。(チッ!)

「こんばんは」

Aさんがやって来た。ニット帽に、黒縁のメガネ。グレーのスウェットの首元にはポールチェーンのロングネックレスに、ゴールドのピアスが輝いている。鼓動が一気に早くなる。

今朝メッセージを送り、関西から来たことを伝えると「え〜?!ほんとですか?!」と、目を丸くした。どうぞどうぞ、と勧められるままイスに座ると、Aさんもとなりに腰をおろす。いやいや、普通にビビるんですけど。「お腹、空いてませんか?」そう言えば、今朝トーストを1枚食べたきり。「ここのお料理、とっても美味しいんですよ」
白いお皿に乗せられたオードブルをいただく私。そのとなりで、Aさんがハーブティーを飲んでいる。(夢だろうか)美味しい料理もなかなか喉を通らず、一年ぶりの赤ワインでそっと流し込む。

幸い、オーナーと常連さんたちのやりとりが面白く、笑っているうちに緊張がほぐれた。ボケとツッコミの応酬を、Aさんもニコニコしながら見ている。
合間に、サインや写真のリクエストがあれば一人一人丁寧に応じて。誠実で優しい人柄は本の中のイメージのまま。私も新刊のエッセイ本にサインをお願いすると『どこ見てんのヨ!』とお決まりの名台詞を入れてくれた。目の前にいるAさんとギャップがありすぎて、もはや面白い。さらに、舞台の差し入れらしいミカンとお菓子を、本の上にちょこんと乗せてくださる。かわいい。

私は50歳を目前に、あらゆる価値を見直し、他人や自分をジャッジする癖を手放した。一大決心。そして、偶然にも同じ方向を向いている人がいることを知った。それがAさんだった。(そりゃ、好きになるよね)

Aさんもまた生き方を180度変えるべく、5年ほど前から自身に8箇条を課していた。他人を否定するような悪口や陰口を言わない、嘘はつかない、不貞腐れない、など。そのことについて話しが及ぶと、

「おかげさまで、だいぶ板にはついてきましたよ。でもですね、つねに、自分で、自分を見張るようにしているんです。うっかり、昔の自分に戻ってしまわないように」と、ひと言ひと言、言葉を選びながら続ける。「なので、周りの人にも公言して、見張ってもらってます。本を書くことも、そのひとつでして」そう教えてくれた。

Aさんにとって書くことはより良く生きるための大切な手段なのだな。私にとっても、書くことは生きること。ーと、ここでハッとした。下書きばかりを量産している場合では、ない。心に小さな火が灯る。

イツカ、コノ人ニ、インタビュー、シタイ

幸せな時間はあっという間に過ぎた。

22:13

「今夜は本当に遠いところをお越しいただきまして。ありがとうございました。お気をつけて」見えなくなるまで手を振られ、夢心地で来た道を戻る。

ふと家族のことを思い出し、スマホを探した。しかし、この時間母はとっくに寝ているだろう。外暮らしのニャンコへのお給仕も終わっているはず。「大丈夫」と言った娘の言葉を思い出し、スマホをリュックに戻す。20数年ぶりにひとりで迎える夜。今日起きた奇跡を数えてみる。空に浮かんだ三日月が笑っていた。

2023年11月19日(日)09:16

ほば満席の始発の新幹線で家に戻ると、猫が駆け寄ってきた。ただいま。

ん???

洗濯物の山が消えている。モノはあるべき場所に戻され、床に舞っていた猫の毛も…見当たらない。姑チェックのように部屋の四隅を確認するも、キレイ。隣の台所も、ここ数ヶ月見たことがないほどに整えられていた。

ほぉ。。。

ロボット掃除機は、まだ必要なさそう。広々とした部屋を眺めながら「お姉ちゃん(娘)頑張ったね」と、猫の頭を撫でる。嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

はじまりの音しか聞こえない

2023年12月17日(日)12:20

クリスマスのイルミネーションに華やぐ大阪の街を足取りも軽く向かうのは、梅田芸術劇場。手に持ったチケットには「リムジン」の文字。

3年前、一度はコロナで中止となったこの舞台も今年11 月の東京公演を皮切りに全国各地を巡り、今日のこの大阪公演で大千穐楽を迎えようとしていた。一度は諦めたチケットも、なんとか入手。感謝。

シートに深く座る。最後にお芝居を観たのは、随分前のこと。パンフレットをパラパラめくる。主演の向井理さんや水川あさみさんに混じり、Aさんの名前を見つけた。

「青木さやか」

奇跡の一夜を思い出す。

もし、あの時メッセージを送っていなければ。
もし、あの時、東京まで行っていなければ。

50代にもなると、それまでの経験や価値に縛られ、新しい扉を開けるのをためらう。目の前には、日々の暮らしや親の介護、自身の老後…。悩みは尽きず、せちがらいことも何かと多い。結果いくつもの言い訳を並べ、やる前からムリ、ムダ、と決め付けて諦めばかりがうまくなる。

でも。実は、いつでも、いつからでも人生は転がっていく。たった“一歩“を踏み出す勇気さえあれば。
その一歩は、時に想像もつかないほど、遠いところまで私たちを運んでくれる。間違いない、奇跡は自分で起こせる。
エッセイの最後、青木さんはこう結んでいる。

『50歳。人生はまだ、ここから』

そう、私の人生はまだ、ここから。50代、こんなものかと諦めるには、まだまだ早すぎる。

“はじまり“を知らせる音楽が鳴り、それまでザワついていた客席がいっせいに静まる。あたりが暗くなり、舞台の幕がゆっくりと上がっていった。


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