恐怖症にまつわる雑談

高所恐怖症についてのインタビュー


    I:インタビュアー(飯島暉子:高所恐怖症/acrophobia・巨大物恐症/megalophobia)
          K:インタビュイー(匿名:高所恐怖症/ acrophobia)


変動する恐怖値

I「自分のなかで、「もう無理だ!」と思うのが☆5だとして、どれぐらいだと自認してますか?」
K「うん、でも…高所恐怖症なんですけど、働いているビルに吹き抜けがあるんですよ。9階建てで、吹き抜けがあって、転落防止ネットもないっていう…」
I「ええ~…」
K「そこを一日一回見ちゃうんです。」
I「一日一回見ちゃう?」
K「見ちゃうんす。怖いんすけど、覗くと「怖い~」ってなって、一回死を考える。」
I「一回死を考える?毎日一回?」
K「ここから落ちたら死ぬかもっていうので、ああ生きてるなっていうのを感じるんす。」
I「ああ…」
K「怖いけど。屋上に喫煙所があって、そっからも下覗けて、そのときもやっぱり見ちゃう。」
I「見ちゃう?」
K「怖いから見ちゃう。」
I「怖いから見ちゃう…自分が安全な場所にいるんだよっていうことを確認するために、」
K「そう、認識するために見ちゃう。」
I「自分が今安全だっていう自覚のために恐怖対象を見るっていう人は初めてですね。」
K「へー!まあ、今のとこで働いて認識するようになったかな。高いところは怖いし、なんかキュッてなっちゃうんだけど、」
I「キュッて。」
K「そうキュッてなるんだけど、そのキュッてなることを一回認識する。ふふ」
I「へ~、それを毎日?」
K「毎日、別に決めてはないけど、まあなんか見ちゃう。」
I「習慣的に見ちゃう?」
K「習慣的に見ちゃう。」
I「今の職場で働き始めたのは今年からですか?」
K「今年の4月から。」
I「3か月目がそろそろ終わる頃か…そういう習慣ができたんですね。」
K「うん。」
I「前の職場はそこまで背の高いビルじゃなかったんですか?」
K「いや、オペラシティだからもっとでかい。」
I「オペラシティで働いてたんですか!?」
K「まあ出社してないけど、たまに行くオペラシティ。50何階…ふふふふ。だから50何階まで行くと、想像力が追い付かないんで、ここから落ちてもどうなるって想像しにくくって。」
I「そういうところでは、わざわざ恐怖対象である高いところから下を見下ろすってことはしなかったんですか?」
K「しなかった。動線になかった。今の職場は吹き抜けだから、毎日出社すると動線にあるからふと見ちゃう。」
I「前の職場では、怖くて窓際に近づかなかったとか、そういう行動はしてました?」
K「そういうことはない。どっちかっていうと…スカイダイビングする人もよく言うけど、ある程度の距離を超えるともう怖くない。ミニチュアに見えるんだって。」
I「ああ、」
K「だから人間が想像できる高さの限度のところが一番怖い。っていう話を聞いたことがあって、確かにと思って。50何階になるとミニチュアに見えたりとか、グーグルマップにも見えたりとかするから。高所恐怖症だったら、ほんとはグーグルマップも怖いでしょ?」
I「私グーグルマップの3D表示見れないんです。」
K「見れないんだ?」
I「その…見下ろすのがすごく苦手で、前に某企業の背の高いビルに行ったことがあるんですけど、目的地がそれこそすごく高い階だったんですよ。さらに窓が大きくて、怖気づいてしまって。壁と背中くっつけて移動するみたいな…」
K「そこまで?(笑)でもそこまでは自分はないかな。」
I「私も高所恐怖症なんですけど、最初に☆5が最大値だといくつですかと聞いたときに、私は結構都市での生活で怖いなと思うことが多いので、☆4.5というか、自分ではほぼ怖さの限界を感じているんですけど…例えば、銀座SIXは吹き抜けが存在するから、エスカレーターに乗るときに私は祈る感覚というか、もうドキドキしながらしがみついて移動するんですよね。」
K「うんうん。」
I「でも、他のお客さんは全然大丈夫なので、周辺とのギャップをそこで感じたり。結構心拍数上がりそうな瞬間が多いけれど、Kさんの場合は、」
K「だからわかんないよね。そこで立ちすくんじゃうとか、そこまではいかない。」
I「ふーん…」
K「でもキュッとはなる。平気って人と、苦手って人が両極端にいるとしたら、わかんないんだよね。☆何個ですかって聞かれても、どこに☆つけていいかわからない。」
I「ああ、結構グラデーションの中にいるっていう感覚なんですかね。」
K「うーん、そう。怖いんだけど、見れるっていう点で違うのかなって。☆5でもあるし☆1でもある。見ちゃうのは☆1だけど、でもキュッとなるのは☆5でもあるから…」
I「なるほど。」


確認第一

I「キュッってなる感覚について、もうちょっと教えてもらってもいいですか?」
K「はい。」
I「キュッてなるっていうのは不安とか恐怖とか、そういった言葉に置き換えることは可能ですか?」
K「うーん…あ、でもいつも不安とか恐怖よりも、いつも想像するのは、ここから落ちたらどういうふうに骨が折れるかだとか…癖かもしれないけども、実家のマンションが6階だったんですよ。もし火事が起きて、そこから下に飛び降りなければいけないってなった場合、どれだけ怪我するだろうなって想像することがあって。骨は折れるだろうけど、折れ方はどうだろうとか。例えば足でガッて着地したら、ここから骨が飛び出るんじゃないかとか、そういう想像をするから、そうなりそうだとしたら怖い。」
I「ああ!」
K「9階から落ちたら頭からいくだろうなとか。」
I「なるほど。高いところが怖いというよりは、高いところから落ちたときを想像すると怖いんですね。」
K「うんうん。高いっていうよりも、ここから落ちたらどうなっちゃうんだろうっていう想像をして怖い。ここからいくと脳みそぶちまけられるだろうなあ…とか。ふふふ」
I「なるほど…それが9階くらいのビルだったら想像できるけど、それ以上の50何階とかになっちゃうと、」
K「もう全然わからない。自分の身体がどうなるかわからないから、そんなに怖くない。あるとすれば、そういう恐怖感なのかな。」
I「でもご自身だと、それは恐怖だと思う?」
K「ただただ恐れているというよりは、なんだろう…まあ小さい頃の経験で、母親の自転車の前かごに乗った時に足を挟んだことがあって、」
I「え!?自転車の車輪に?」
K「そうそう。ガーッていって、怖いじゃん。」
I「怖い怖い。」
K「痛いし、足の形状どうなってんだろうって思って。普通なら多分見れなくて目を背けちゃうと思うんだけど、自分は見てたの。」
I「あ、普通は足の形状がどうなってるのかわからない怖さから、目を背けるだろうけど、Kさんの場合は、見ちゃう。」
K「見ちゃう。」
I「確認しちゃうんだ。」
K「そうそう。そのときは骨も折れてなくて、皮がべろべろになってるぐらいだったんだけど、」
I「だったって言われても(笑)子供の怪我としてはかなり心配なレベルだと思うんですけど…そっか、過去に一回身体が怪我をするっていう印象的な経験を経たから、高いところから落ちたらどういう形状になるのか気になるんですね。」
K「うん。見ない方が怖い。」
I「見ない方が怖い?把握したいんですね?」
K「そうそう。」
I「ジェットコースターとか大丈夫ですか?」
K「ジェットコースターは、だから乗るのは嫌よ。」
I「乗るのは嫌なんですね?」
K「うん。」
I「乗って事故になったらどうなるんだろうなって、」
K「想像する。」
I「乗って高いところを見るのが怖いんじゃなくて、」
K「そう。」
I「高いところから落ちたとしたら、自分がどうなるか…」
K「もしもここで止まったらとか。」
I「想像することが不安なんですね。」
K「リスクというか。もしもこうなったらっていうのを考えることで、勝手に不安を想像してるところがあるんじゃないかな。」
I「でも、今のところご自身では高所恐怖症だと思われている?」
K「まあそうっすね。すごく平気とか楽しいとか、爽快だとかは思わないから、まあ恐れてるんだろうなって。」
I「想像力で怖がるのであれば、例えば歩いているときに車に轢かれたりとか、」
K「暴漢に襲われたりとか、」
I「でもそういうことは…」
K「あまり感じない。」
I「あまり感じない。普段想像しない?」
K「うーん、するけど、恐怖としてそんなに感じない。そっちいっちゃうと、妄想だなと思う。」
I「でも、想像はするんですね?」
K「まあ、しようと思えばね。」
I「しようと思えば…?」
K「でもあんまり思わない。高いところにいたときに、身の危険を感じるというか…で、危険を感じるときに想像するのは、自分がどうなるかっていう想像はする。そこは違いがあるね。」
I「やっぱり高いところっていうのが重要なんですね?」
K「まあそこが想像するトリガーになってるってことだよね。もしも、そういうリスクを想像している病気だったら、横断歩道渡るでしょう(笑)」
K・I「「んふふふふ」」
I「確かにさっきここのお店に来るまでに、私たち横断歩道じゃないところを歩いてきましたもんね。(笑)車道を横断して…」
K「そうそう」
I「そっか、となると習慣的に轢かれるという想像をしていないということですよね?」
K「そうだね。まあ轢かれるってことにリアリティがないんだよね。右左見て渡れば轢かれないだろうってわかってる。」
I「それが高いところだと、恐怖心が発動するんですね。」


幼さと恐怖心

I「昔怖かったけど、今は大丈夫っていうもの他にあります?」
K「あー、それで言うと、漫画のキャラクター。」
I「漫画のキャラクター?」
K「小さいときは喪黒福造が怖くて…昔『笑ゥせぇるすまん』ってアニメやってたの。で、F先生の絵柄だから、最初『ドラえもん』の絵柄でやってるんだけど、アニメの演出で、「ドーン!!!!」した後に劇画になるの。」
I「え!」
K「すごいカケアミ*¹とか、影いっぱい入れたりとか…で、すごい怖いシーンが劇画調になる演出があって、それがすっごい怖かった。」
I「それはアニメの演出なんですね。」
K「アニメの演出。で、まあ幼いながら怖くて…人間の経験として、一回そういうのを植え付けられると、1話終わって次の話が始まっても、もう『ドラえもん』の絵に見えないんだよね。最初はやわらかい絵で、悩んでるサラリーマンがいてっていうのを見てるけど、もうそこから不安な気持ちになっちゃう。先を想像できちゃうから。」
I「そっか、初めて『笑ゥせぇるすまん』をアニメで観たときに、「ドーン!!!!」で絵柄が変わるのを視聴したことによって、もう一回別の話の『ドラえもん』調の絵柄に戻っても、のちに劇画調になることがわかって…」
K「そう。だからもうそこすら見れなくなっちゃう。」
I「そこ…『ドラえもん』調の絵柄すら見れなくなる。」
K「うん、見れなくなる。なんだろう…目で見てるものは一緒なの。一回目はその絵柄をほのぼの見てた。で、2回目は、前半パートのほのぼのしてる絵は一緒なんだけど、怖い。まあそれってPTSDとかそっちの話だと思うんだけど。一回経験したことで恐怖を感じる。最初は恐怖を感じないんだけど、恐怖を感じるようになるっていう。」
I「なるほど。それは、今は感じませんか?」
K「えーっと、今は感じなくなりましたね。治って…あと克服として、原作を読んだ。」
I「原作を読むことでアニメから受けた恐怖を克服した?」
K「そう。原作はその劇画調の演出無いの。ずっと『ドラえもん』調なの。」
I「ああ~」
K「だからね、ちょっと間が抜けてる感じなの。アニメでは怖いシーンだったのに、原作読むと、なんか間が抜けたような…書いているストーリーは怖いのに、絵は『ドラえもん』調のね、やわらかい絵柄になっていることを見ることによって、アニメの印象を薄れさせた。」
I「ああ~原作を読むことで恐怖体験を打ち消したってことですか?」
K「打ち消すとまではいかないかな、まだしゃべれるから、和らげたくらい。」
I「打ち消すじゃなくて和らげる?」
K「うーん。」
I「ちなみに、私はまだアニメを観たことがなくて、漫画だけ読んだことがあるんですよ。だから今のお話聞いて、「ドーン!!!!」以降の展開がすごく気になりました。」
K「ぜひ観てほしい。久々に見たときに、まあまあって感じだけど、やっぱり怖いなあって思った。」
I「大人になったいま観ても、確かに怖かったなっていう、」
K「記憶はやっぱり残ってる。」
I「記憶は残ってる…」
K「克服は…」
I「してない?」
K「して…だから、それこそ…当時子供ながらに無茶苦茶怖い。そのときの怖さ表現で言えば、もうね、いとこんちだったんだけど、掘りごたつの下に隠れて耳をふさぐくらい怖かった。」
K・I「(笑)」
K「いとこたちは観てるわけ。」
I「ああー」
K「当時、大みそかに『ドラえもん』がやる何日か前に、『笑ゥせぇるすまん』の総集編がやってて、みんなで観るわけ。いとこは「観ようよ」って誘うんだけど、「絶対見ない」っつって。(笑)」
I「その時Kさんは何歳でした?」
K「小学校入るか入らないかくらいかなあ。」
I「その時他のいとこさんたちは、もう小学校入ってる?」
K「入ってる。」
I「低学年くらいですか?」
K「でも親戚みんな集まってたから中学生もいるし。」
I「自分が一番年下だった?」
K「ああ、弟もいたけど寝てたかな。ふふふ」
I「なるほど…じゃあ観てみます。アニメ版。」
K「ぜひ。俺が一番おすすめのやつは、タイトルは覚えてないんだけど…舞台が文化住宅的なところで、お父さんがストレスでおかしくなっちゃって、「ドーン!!!!」ってなった後に、太ったおばさんのおっぱいを吸ってるっていうオチがあるんだけど…要は幼児返りしちゃって。」
I「ああ~なるほど。」
K「それが、ハイ幼児返りしました、終わり。ってストーリーじゃなくて、「ドーン!!!!」ってなった後に喪黒福造が、夫がいなくなった奥さんをその現場に連れてくの。」
I「え!奥さんを連れていくんですか?」
K「そう。で、こんなところに夫がいるんですかって戸惑う奥さんを連れて扉を開けると、幼児返りした夫とでっぷりしたおばさんがいて、ショックを受けて終わり。」
I「ああ、奥さんがショックを受けて終わり…」
K「そう、だから当事者がくらうんじゃなくて、当事者の関係者がくらうっていう。」
I「当事者の関係者がくらう…」
K「だから奥さんの方に感情移入して終わる。」
I「なんでこの話をおすすめしようと思ったんですか?」
K「一番怖かったから。(笑)その絵面とか。」
I「ハハハ。わかりました。ありがとうございました。」


2022年7月21日 居酒屋「鳥酎」にて

*¹ 漫画で用いられる、線を網状に重ねた効果線の呼称。

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