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「シリマーの秘密」4.恥 パウリーヌ・テルヴォ作 戸田昭子訳

美術クラブのおばさんはリリアと言う。
この人はレイラの反対で、やせ細っていて、絶対的である。

「今日は見学の予定があります」彼女は興奮して言う。「すぐ近くのダンス学校の公開レッスンを見に行きます。体操クラブに通っている人はどれくらいいますか?」
と、リリアがたずねる。

  ピンクの服を着た小さい女子が4人、手をあげた。


私は途中で抜けて帰っていいか質問した。私は女の子がストレッチするところを見るのは好きではないのだ。飛び続けること、歌うことの他にも、大きいジェスチャーを見るのもだ、と説明した。
「全員で行きます」リリアは強調する。「お互いにそういうことも好きになるように学びます」
いくら説明しても、どうにもならない。まさしくそういう動きがどれだけ私の神経にさわることか。運動の授業後、やっと着替え室に行った。私たちは汗をかくまでボール遊びをした。時間の終わりの方は、先生は、会議に急がねばならず、自分たちでストレッチをすることになった。ストレッチは私には全然向かない!それを見ていると、体に血がうねってくる。自分で体を支配できないのは好きではない。下着ににじむ汗も嫌いだ。


「やめて!」と叫んだ。

         私はアンニーナに、ストレッチをやめてほしかった。
自尊心を取り戻したかった。怖かった。

アンニーナはやめなかった。彼女は脇腹を伸ばして、伸ばして、伸ばした。長い髪は美しい流れとなってぶら下がった。私はそれを見て、別荘で一緒に夏を過ごした祖母のことを思いだした。祖母と私は毎日湖にゆらゆら浮かんでいた。そんな風に、思い出が浮かんできた。
思い出す、どんな風にハコベ草が祖母の髪と入り交じり、美しいうねりを作っていたことか。この風景は、私が誰にも理解されないときの慰めだ。私と祖母はお互いに一心同体だった。コハコベにかこまれたところ。そこに、幸せになるのに必要なすべてがある。

私は、アンニーナをふらつきながら見ていた。アンニーナがやっとのことで、やめることにしたとき、彼女の目は笑っていた。
彼女はシャツを脱いだ。
「見て!」と叫ぶ。「見て!見て!」
私は見て、顔を赤くした。


アンニーナにはまさしくほんものの胸があった。小さい胸ではなく、とってもとっても大きな、本当の女性の胸だ。まるでパン生地みたいだった。
たくさんのパンが焼けそうだ。


「言ったでしょ」と彼女はからかう。
「知ってます、おっぱいはあんたには特別なものなんでしょう」

顔が赤くなる。腹がたってきた。私はアンニーナのおなかをこぶしで殴りつけ、走って逃げた。怖くなって、体操服のまま、とにかく外へ出るドアへと急いだ。ボールの横の寒い風除室にしゃがみこんだ。胸がどきどきした。怖かった。

調理師のレイラが私をみつけたとき、次の授業時間にはもう15分も過ぎていた。私は鳥肌がたっていた。
「どうしたの」レイラが尋ねた。
「アンニーナと喧嘩しました」私は説明した。「おなかをなぐりました」
「こっちにいらっしゃい、暖かいから」とレイラは言い、調理室へのドアを開けた。素敵な暖かい空気がこちらに向かって勢いよく吹き出てきた。明日用のジュースが巨大なべの中で湯気をたてていた。


私はレイラに、思い出せることを全部語った。ボール遊びからストレッチへと終わったこと、アンニーナがどんなふうに私の鼻先に胸を直接突き付けてきたか、というばかげたことを、全部話した。
「胸なんて嫌いです」と言った。「絶対に嫌い」
「胸を好きじゃない人っているのかしら」とレイラはちょっと笑った。
彼女は甘いジュースを私に味見させてくれた。私はしばらくそこに座っていた。それから衣服室へ着替えに行き、教室へ戻った。


このことについては、今まで、誰も全く続きを話さなかった。アンニーナも、もしかしたら自分のしたことを恥ずかしいと思ったのかもしれない。美術クラブからのバレエレッスン見学は順調だった。踊る女の子たちは胸が小さく、脚が忙しく動いた。父がそのあとすぐに私を迎えに来た。



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