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いつかたこぶねになる日/小津夜景

日本語はこんなにもしなやかで美しい。
ずっとそばにおきたい本にやっと出会えた。

漢詩ばかりをみつくろい、その黴臭いイメージをさっと片手でぬぐって

はじめに

書き出しから予感にぞわぞわしていたところに、『さっと片手でぬぐって』?
本を閉じて大きく息を吸い、アタリだと確信する。
この感覚をずっと探していた。

わたしもその痛みを知っている。しかも痛みがぶりかえすことのないよう、いまもって胸に鍵をかけたままだ。

いつかたこぶねになる日

唐突に涙があふれて動揺する。
これは、なに。
顔をあげると、写真立てに焦点が合う。
ああ、私は、鍵をかけていたのか。
お線香に火をつけて写真を見つめる。
読み始めて13ページ目、小津夜景にひれ伏した決定的なできごと。

そらにはとりの とびさった
ただひとすじの あとがある 

はじめに傷があった
白居易 観幻

この章はなんて素敵なのだろう。
声に出さずに音読して、音を立てないようにページをめくる。
大空に鳥の跡。
旅客機の白く細長いひとすじの傷。
どこまでも広い青空に、そう、あれは傷だ。
詩は短いゆえに暗唱できるからいいと小津さんはいう。
本当だ。
これをつぶやくだけで、いつでもどこでも大空が広がる。

俳句とは17音のフレームの奥へ向かってレイヤーを重ねていくあそび

無題のコラージュ

言葉、では重い。
重ねるのはレイヤー。
あるかなしかの透明の濃度。
別のページではさらにささやかな「匂いづけ」。
たしかに存在していたかすかな気配は、受ける印象さえも左右する。
17音の入口は狭いが、その向こうはどこまでも広い。
それをあそびだなんて、なんて軽やかでゆかいなのだろう。

案内せず、干渉せず、ただ放っておくことーーーそれはタコがわたしに教えてくれた、あらんかぎりの他者へのもてなしです。 

おわりに

いろんな事情が人にはあると、大人になって知る。
どうにもならないことも、こうであるということも。

訳した詩は、声に出して読みたくなる。
やわらかく、ささやくように、つぶやくように。
漢詩はまちがいなく詩なのだと知る。
イントロは、サビは、転調はと、漢詩は音楽なのだとも知る。
知らない言葉は、すぐ調べて意味をつなげる。
ひとつの言葉もとりこぼしたくない。
私は知りたいのだ。
小津夜景が見ている景色を。

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