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特許事務所のDXを考える

弁理士の大倉です。root ipという会社で知財管理システムを作っています。仕事柄、色々な特許事務所のIT環境のお話を伺います。DXやデジタル化などITの悩みは多いようで、私見をまとめてみました。具体的な構成ではなく、押さえると良いと思うポイントの紹介です。


自己紹介 / IT管理歴

学生時代からプログラミングが趣味で、NTTドコモでTCP/IPというインターネットの基盤技術に関する研究をしていました。当時は研究所専用のネットワークがあり、その管理者をしていました。ITに詳しくかなりマニアックな先輩方からシステム管理のイロハを教えられ、鍛えてもらいました。特許事務所に転職後は、入所してすぐシステム管理を任され、200-300人規模の事務所のIT管理をしています。root ipのIT環境も、自分で管理しています。

ITベンダの現役バリバリ環境構築スペシャリスト、という訳ではありませんが、特許事務所のIT管理で「外れのない」システム選択はできると思います。

特許事務所のDX

DXの定義は「競争上の優位性を確立する」とされています。ただ、特許事務所の場合、「弁理士の腕」が競争上の優位性の源泉な気がします。そのため、「ITがすごい=競争力が高い」というシンプルなものではありません。

また、2023年5月末の弁理士会 会員分布状況を見ると、70%以上の事務所が一人事務所で、弁理士10名を超える事務所はあまり多くありません。IT専任人材がいたり、IT予算が潤沢な事務所は少ないことが想像されます。

上記を考えると、「すごいシステム」はひとまずおいておき、「管理しやすく妥当なコストで弁理士業の足を引っ張らないIT環境」のニーズが強いものと思われますので、検討してみます。

管理しやすさのポイント

管理しやすさのポイントを3つにわけました。

  • 管理対象を増やさない

  • 管理にエネルギーを使わない

  • 管理するデータはきれいにしておく

管理対象を増やさない

特許事務所の仕事は、Wordによる書類作成がメインだと思います。WordはMicrosoft 365(MS365)のクラウドサービスで利用しているでしょうか。

管理対象を増やさないとは、このMS365をフル活用することで、管理するアカウントや利用するサービスを不必要に増やさない、というものです。

今でもまれに「昔買ったDVD版のWordをインストールして使い続けている」という話を伺うこともあるのですが、ここはMS365への切り替えをお勧めします。

MS365のメリットは、WordなどのOfficeソフトに加え、「インターネット上で共通に使えるアカウント」を持てることです。

例えば、新しいWindowsのPCを購入したとき、このMSアカウントでPCにログインして使用することができます。PCごとに新しいアカウントを設定する必要はありません。MSアカウントのクラウド上のデータは引き継がれるので、テレワークなど急遽PCを用意する場合も簡単です。

また、最近では、MS365とは別のクラウドサービスを使おうとしたときに、「Microsoftアカウントでログイン」といったボタンが表示されると思います。この「Microsoftアカウント」がMS365のアカウントです。MSアカウントを利用してログインすることを「シングルサインオン(SSO)」と言います。

SSOのメリットは、MS365のアカウントだけ管理すれば良いことです。仮に、クラウドサービスごとにIDとパスワードを分けるとなると、管理が煩雑になり、パスワード使い回しなどによるセキュリティリスクも高まります。

MS365のアカウントには、強力なパスワードを設定しましょう。また、二段階認証(多要素認証)といって、乱数列を組み合わせた認証を加えると、仮にパスワードを破られても不正侵入をブロックできます。二段階認証の有効化は強くお勧めします。

二段階認証を有効化するとMS365へのログインが面倒に感じられることもありますが、面倒さはセキュリティの証です。不正侵入されてからでは取り返しがつきません。

SSOだからといって、安易に利用するクラウドサービスを増やすと、管理の手間や利用コストが増えてしまいます。そのため、基本的にMS365の機能を使い倒す運用が一番コストパフォーマンスが良いと思います。

例えば、ファイル共有はMS365のSharePointというアプリで実現できます。使っていくなかで同期に時間がかかり使いにくいとなったら、Boxなど専門のクラウドサービスを検討してみましょう。

メールもMS365にはExchangeとOutlookがあるのでこれを使いつつ、機能に不足を感じたらGmailなど検討してみるイメージです。

上記をまとめます。

  • 特許事務所にはMS365が便利

  • MS365アカウントを使い倒す(PCアカウントやシングルサインオン)

  • MS365アプリを使い倒す(機能不足を感じたら次を探す)

  • MS365アカウントのセキュリティは万全に

  • MS365だけ管理することで、管理が楽になる

管理にエネルギーを使わない

MS365を基本に管理するにしても、利用するサービスは徐々に増えていくと思います。SSOに対応していないサービスもあるので、IDとパスワードの管理は必要になります。複数人でパスワードを使い回すと、セキュリティリスクや退職時の対応が煩雑です。

管理エネルギーを抑えるには、パスワード管理アプリの利用がお勧めです。色々ありますが、root ipは1Passwordというアプリを使っています。パスワード管理アプリを見れば、使っているサービスやID・パスワードを一覧で確認することができます。SSOでログインしているサービスは、SSOでログインと書いておくと簡単にわかります。

パスワード管理アプリのポイントは、各利用者が「自分だけが知っているパスワード」を1つ記憶しておけば良いことです。「自分だけが知っているパスワード」でアプリを開くと、登録してあるIDやパスワードに関するリストが並びます。このパスワードは30-40文字といった長いランダムな文字列を設定できます。アプリがパスワードを記憶してくれるので、個人の頭の中に記憶する必要はありません。サービスごとに個別パスワードを登録することも簡単です。MS365にも複雑なパスワードを設定してアプリで管理することができます。

複数人でのパスワード共有も簡単です。まず、事務所として複数人のアカウントを作成することができます。Aさん、Bさん、Cさんがそれぞれのアカウントでパスワードアプリを開きます(Aさん、Bさん、Cさんそれぞれが「自分だけが知っているパスワード」でアプリを開きます)。ここで、Aさんがあるサービスに対してIDとパスワードを登録した場合、この情報をBさん、Cさんと共有することができます(Bさん、Cさんアカウントを指定して共有できます)。

Cさんが退職した場合、AさんはまずCさんとの共有を解除した上で、パスワードを新規に作り直します。Bさんとの共有は維持されているので、新しいパスワードは自動的に共有されます。

上記をまとめます。

  • 管理対象の利用サービスやID・パスワードは増えていく

  • パスワード管理アプリを使うと一覧で見られるので管理が簡単

  • 退職者対応も簡単

管理するデータはきれいにしておく

事務所運用を続けていくと、どこかのタイミングで「システムをもっとよくしたい」という場面がでてきます。案件件数が増えてきたり、事務所のメンバーが増えてきたり、売上好調で予算が余ったりした場合です。DXの目的である「競争上の優位性を確立する」システムに近づいていく段階です。

このときのため、管理するデータはきれいにしておくことをお勧めします。「きれい」とは「案件番号などで簡単にデータ同士を関連付けできる」という意味です。「関連付け」はシステムが自動的に行うので、システムにとってわかりやすい形で整理されている必要があります。

例えば、知財管理システムの中にPK2023001という案件があるとします。この案件のデータをWindowsのフォルダで管理している場合、下記のようなフォルダ名が好ましいです。

  • PK2023001

  • PK2023001_A社案件

番号そのままであれば特定は簡単ですし、半角アンダースコアのように特定の文字列で区切られていればプログラムからみて番号を切り出すことは簡単です。

逆に、下記のようなフォルダ名はプログラムからみて抽出が難しいです。

  • 特許2023001

  • A社_重要-燃料電池技術_PK2023001(Bさん担当案件)

案件番号が全てないと特定が難しく、フォルダ名のパターンが複雑だと意図した案件特定が行われない場合があるためです。

知財管理システムとは別にExcelなどで管理するデータがある場合も、知財管理システムのデータとExcelの中のデータとの関連付けを意識しておくと良いと思います。

DXに向けたシステム更新の予定が当面ないとしても、データをきれいにすること自体に損はありません。

まとめ

記事ではさらっと書いていますが、実際に適用するとなると色々苦労があると思います。お困りのことがあればご相談ください。共有できる解決策は記事を書こうと思います。

また、API連携などより高度なシステム構築についても記事を書いていこうと思います。

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