真夜中のルーティーン第1部(2)

(2)
『ホント、できないよね。簡単なことが』

 突如その日の最悪な声が頭の中で再生されたのだ。
 わたしの上司、オオツボネイコの声。
 脳内再生だからシャワーの音にも邪魔されない。
 何年もこの業界で残ってきたから仕事はできるんだろうけど
 優しさのカケラもなく、言葉に容赦がない。
 グサグサと人の心に差し込んでくる。
 でも、自分のミスのせいだから言い返せない。

 頑張ってミスしないで仕事した時だって

『ナニ? できて当たり前だから。褒めて下さいって顔、やめた方がいいよ』

 あああああああ、ムカつく!
 ムカつく!
 ムカつく!
 ムカつく!
 なんでこの至福の時に思い出すかなぁ?
 しかも今、多分心の声漏れてたよね。
 こんな深夜に何やってんだって。
 換気口から外に漏れてたら最悪……。
 でも、あれか。深夜だから誰も聞いてる訳ないか。
 いや、でも……
 ううん。考えるの、止そう。ふう……。

ガタッ

 え? 今の何? 何の音?
 シャワールームの外、廊下か部屋の方かで何かの音がした。
 彼氏なし、猫とかを飼う甲斐性もないわたしの部屋には
 当然"わたし"しかいない。はず。

 そういえばわたし、玄関の鍵閉めたっけ?
 ……記憶にない。
 やだ。無理。こういうのダメなんだって。
 冬だよ? 夏にしてよ、そういうのは。
 落ち着け。落ち着け。
 鍵を閉めるのはわたしのいつもの"ルーティーン"のはず。
 だからきっときっときっと大丈夫、だと思う。
 そして物音は多分、何かが倒れただけ。

 よくあることじゃん。
 そうそう。
 粗雑なわたしの部屋には色んなものが積み上げられてて
 ベッド以外は足の踏み場もありません。
 物が倒れるなんてしょっちゅう。
 そうそうそう。
 だから気にすることはない。
 いや、気にしろって。わら。
 でも……とりあえず確認だけはしとくかな。

 バスタオルで体を拭いて
 誰もいないんだから、そりゃ裸でもいいんだけど
 そこはまぁ乙女の恥じらいっつーか
 一応パンツだけは履いときまして
 あとはバスタオルを体に巻いて、頭もタオルを巻いてと。
 では、行きますか。
 そおっとバスルームの扉を開ける。
 折り畳み式のスライドドアが擦れる音を立てる。

「すいませーん。誰かいらっしゃいますかぁ?
 ここ、わたしの部屋なんで、入られたら困るんですけどぉ?」

 シーン……。
 いや、それで返事がある訳ないもんね。
 じゃあなんで声かけたのかって?
 そりゃだって怖いからに決まってるじゃん。

 脱衣所から電気の消えた廊下に出ると
 脱衣所からの明かりで照らし出されてる
 散乱したわたしの残骸たちが見えた。
 ブラウス、スカート、ジャケット、鞄、ブーツ……。
 ん?
 ブラウス、スカート、ジャケット、鞄、ブーツ?
 何か、足りない?
 あ。靴下が、ない。
 ……脱衣所にも、ない。
 ワ、わたし、今日裸足だったっけ?
 そんなわけないし!
 ……ちょ待って。やめて。ダメ。わたしは心臓が強くない。
 他人からは、何考えてるかわからないとか、
 いつも不機嫌そうとか、怒ってるみたいとか?
 色々いわれることはあるけれど、
 本当はただ人見知りで、怖がりで、強がりなだけ。
 全然強くないし、怒ってない。
 それどころか、いつも心の中はオロオロしてる。
 誰か、イケメンとはいわないから
 優しく守ってくれる人が側にいてくれたら……
 そんなことばっかり考えてる。

(3)に続く。
(1)に戻る。

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