見出し画像

真夜中のルーティーン第1部(4)

(4)
 どうしよう? どうしたらいい?

 こんな格好で、ガタイのいい男と、部屋で二人っきり。

 とにかく離れよう。

 わたしはそおっと廊下を奥に向かおうと背中を向けた。

 すると

「エミさん、どうしました?」

 どうする? なんていえばいい?

「……あ、いや、お茶でも入れようかなぁって」

 わたし、声震えてなかった?

「いえ、気を使わないで下さいね。すぐに終わりますから」

「い、いや、そそそそそんな訳には……」

 わたしの背後で「カチャ」という音がして背筋が凍った。

 その音がドアの鍵を掛ける音だとすぐにわかったから。

 鳥肌の波がわたしを駆け巡る。

 もう無理。限界。

 わたしは奥にダッシュした。

「待ちなさい!」

 いや、待つ訳ないでしょ。

 リビングのドアを開けて暗闇に飛び込んだ。

 部屋は遮光カーテンのせいで外光もあんまり入らないから

 ほぼ真っ暗だけど勝手知ったるわたしには

 明かりがなくても大体わかる。

 すぐにドアを閉めようとしたけど

 安田は凄い力でドアを押してきた。

 わたしもドアを閉めようと押し返すけどダメだ。

 これは無理。訓練とかやってる警察官に勝てる訳ないよ。

 それでも火事場の何とかでがんばってみるわたし。

「エミさん、どうしたんですか? 急に」

 言葉は優しいけど、物凄い力でドアをこじ開けようとしている。

 ああ、もう無理かな?

 何でこんなことになったんだろう?

 わたし何か悪いことしたかな?

 殺されちゃうんだろうか?

 こんなつまんないことで?

 だってそうでしょ?
 ただ靴下を盗られて

 それを見つけちゃっただけで殺されちゃうの?

 そんなの無いよ!

 安田の力でドアが押し戻され、隙間に靴が入って来た。

 ああ、これで隙間が固定されちゃうんだ。

 そしてもうドアを閉じようとするわたしの努力は無意味になる。

 安田の顔が半分ほどドアからリビングに入ろうとしていた。

 多分、安田が笑った。

 逆光だから見えていないけど多分、ニヤリと笑った。

 彼氏欲しかったなぁ。

 彼氏いない歴二十八年。靴下盗られて殺されるわたし。

 しかもいい歳して"イチゴちゃん"のやつ。

 恥ずかしすぎて死ねる。ああ、死ぬのか……。

 そこまで思い至ってわたしは叫んだ。

「こんなのおかしいよ!」

 その瞬間、わたしの背後、頭の上辺りから

プシュー

 って音がしたの。

 そしたらドアにかかってた圧力が消えて

 勢いよくドアが閉まった。

 何が起こったのか理解するのに時間がかかったけど

 ドアの向こうで安田が凄い声を上げて

 顔を押さえながら転がっているのが
ドア窓越しに見えた。

 後ろから突然風が吹いた。

 冬の冷たい夜気が背中から吹き付ける。

 振り返ると部屋奥の窓からベランダへ

 誰かの黒い影が飛び出すのが見えた。

 まずドアの鍵を描けてから電気を点ける。

 散らかったわたしの部屋が現れた。

 元々散らかってたんだけど

 タンスとかの引き出しが派手に開けられてるところを見ると

 部屋を物色されてたんだと思う。

 恥ずかしい。

 さすがにこの部屋を他人が物色したと思うと

 気持ち悪いのと恥ずかしいので赤面した。

 足元に殺虫剤が転がっていた。

 これか、安田を退治してくれたのは。

 わたしは拾い上げてドアの向こうを見た。

 まだ安田がのたうち回っているのが見える。

 鍵が掛かったドアの向こうかに安田がいる

 というだけで安心感が半端ない。

 まるで動物園でゴリラの生態を覗いているみたいな感じ。

 ああ、最悪。通報したいけどスマホが脱衣所だ。

 どうしようかな?

 少し考えてわたしはベランダに向かった。

 外に出るともう誰もいない。

 しまった。

 わたし、まだこんな薄着だったんだって

 寒くてブルってから気づくってね。

 冬の夜の冷たい空気を肺いっぱいに吸ってやった。

 胸が痛く、冷たくなるくらい。

 そして、わたしは悲鳴とともにいっぱいの空気を

 一気に吐き出してやった。

 夜の街の喧騒をわたしの悲鳴が切り裂いていく。


 明日、会社休もうかな?
                          第2部に続く。
                          (3)に戻る。
                          (1)に戻る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?