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ショート小説『あいつに憧れて。』※3024文字

「さあ、盛り上がってまいりました!日本一を決める最終戦!1点差で迎えた9回裏フルカウント!」

俺はテレビの中のマウンドに立つ”あいつ”を見ていた。

あいつとは、中学の3年から高校3年まで同じチームだった。

中学時代、俺のいたチームは、県内でも敵なしの強さを誇っていて、春の大会、夏の大会、どちらも優勝し、九州大会へと駒を進めた。

自慢する訳ではないが、俺がエースとしてチームを引っ張った。

ピッチャーとして4試合完投。20奪三振を奪い失点はわずか3点。バッターとしては4試合で3本塁打15打点。俺が投げれば勝つ。俺が打てば勝つ。そういう状況だった。

そこに”あいつ”は来た。転校生だった。

中学3年で転校してきたあいつは、俺と同じピッチャーだった。とは言っても俺には到底及ばない。俺の控えだ。

九州大会では決勝まで進んだが、惜しくも負けてしまった。俺が2失点に抑えたが、俺のホームランの1点だけだった。

高校にはエスカレーターでそのまま進学し、1年の夏から俺はエースになった。

この時、俺はあいつのことを意識したことは無かった。ただの控え。俺の控え。

…だった。

高校3年の夏、俺が1年の夏から守ってきたエースの座をあいつに奪われるまでは。

最後の大会、あいつが先発を任され、急速に野球への気持ちは薄れていった。

今まで見えていたものが幻だったかのように。同じものを見ているはずなのに、違うものを見ているように。

一生懸命にボールを投げているチームメイトが、
一生懸命にバットを振っているチームメイトが、
一生懸命に走っているチームメイトが、
何も考えていないあやつり人形の様に見え、でも幸せそうにも見え、嫉妬し、嫌悪した。

夏の大会は、あいつが最後まで投げ抜き、地方大会の決勝で負けて終わった。俺の出番は無かった。

「就職のことを考えると、地元の国立大学に進んだ方が良い。」と、いかにもそれらしい理由をつけ、名門の野球部のある大学には行かず、地元の国立大学へと進学した。

大学では特段なにもしなかった。適当に授業を受け、適当にサークルに入り、適当にゼミを決め、あっという間に3年が経ち、そして就職活動の時期になった。

特になりたい職業も、入りたい企業も無く、ただなんとなく、名前の聞いたことのある会社の選考を受けた。

嘘で塗り固めた自己PRを嘘の笑顔で話すことで乗り切った。

運良く、3社目に受けた大手の電機メーカーから内定通知が届き、俺の就職活動は終わりを告げた。

あとの大学生活は遊ぶだけだ。既に単位は取り終わり、卒業論文も、先輩のものを真似し、少し変えた論文を書くことにした。

社会人になるまでの数か月。あとは遊ぶだけ。そのあとは地獄のサラリーマン生活だ。

だが大手電機メーカーに就職できたのには満足している。周りの就職先と比較しても大企業で給料も良く、福利厚生もしっかりしているようだった。

大学生活最後の夏休み、いや人生最後の夏休みと言っていいかもしれない、その夏休みが終わった。

その頃だったと思う。

「あいつプロ野球選手になったらしいぞ。」

高校の頃から残り続けている、もはや化石のようになったSNSのグループチャットで、あいつの話題がでた。

まさか。あいつって、”あいつ”か?

俺は動揺した。いや嫉妬か。ずっと俺の控えだったあいつが、プロに。

俺は急いで調べた。確かに、あいつは育成選手としてだが、プロの世界に進んでいた。

とは言っても育成選手。いったい何人が1軍の舞台に立てるのか。そんなに甘い世界では無い。年収も低い。新卒以下だ。

あれから5年。

その”あいつ”が、日本一を決める最終局面でマウンドに立っている。何が起きた?

5年の間に、あいつは1軍に上がり、チームから、監督からの信頼を得て、あの場に立っている。

入社してからは仕事、飲み会、仕事、飲み会、ゴルフ、と会社以外の付き合いもなく、会社で必要な情報以外に興味はなくなっていた。

今日も、たまたま感染症で飲み会が中止にならなければ、こうしてテレビで野球中継を見ることもなかっただろう。

俺はこの5年間、いや大学生活を含めれば9年間か

何をしてきたのだろうか。



「あいつ、観てくれているだろうか。」

俺は、日本一を決める試合のマウンドに立っていた。入団してから5年、ついに日本一を決める最終戦を任されるまでになった。

日本一を決めるという、これまで感じたことのない緊張感の中、考える隙間など無いはずなのに、野球を始めた日のことを思い出していた。

野球を始めたのは、中学1年の頃。友達に誘われてクラスメイトの野球の応援に行ったのがきっかけだ。

特に野球に興味はなかったが、相手チームのピッチャーに目を奪われてしまった。目にも止まらない速い球を投げ、次々と三振に切ってとっていた。

俺は感動していた。テレビで野球を見てもとくに何も思わなかったのに、実際に見るとこうも違うものなのかと。

凄い。人間ってあんなに速い球を投げられるんだ。

俺も速い球を投げてみたい。

試合を観に行った次の日、すぐに学校の野球部に入部届を出した。途中から入る部員は珍しく、あまり歓迎された様子は無かったが、野球ができることが嬉しかった。

中学の野球部は、地元では名門と呼ばれるチームだった。野球初心者はほぼ存在せず、小学生時代は全国大会を経験したものも多かった。

試合に出られることは無かったが、チームメイトから色々教えてもらえるのが嬉しかった。

野球のルール、ボールの投げ方、ボールの取り方、筋トレの仕方。根掘り葉掘り聞いた。相手は嫌だったかもしれないが、俺はどうしても、あの日に観たような速い球を投げてみたかった。

中学3年の時、親の転勤が決まり隣の県に引っ越すことになった。少し馴染めたチームを離れるのはつらかったが、仕方がないことだった。

転校初日。

”あいつ”がいた。あの日観た、あの速い球を投げる、俺の目指している、あのピッチャーがいた。あの憧れたピッチャーが。

俺は野球部に入部した。あのピッチャーと野球ができることが嬉しかった。

あいつを観察し、あいつみたいになれる様に、練習を繰り返した。あの日に観た、あの時のあいつの様に、速い球を投げてみたい。その一心だった。

高校最後の夏。思いもよらぬ出来事が起きた。最後の大会の先発に、あいつではなく俺が選ばれたのだ。

俺は、あいつの様に速い球を投げたくて、野球を続けてきただけだった。だから何かの間違いだと思った。俺はまだあの時の、あの感動を越えられていない。

あいつとは、それ以来、話をしていない。友人から「大学には進学したが野球は辞めてしまった」ということ聞いたくらいだ。

俺はまだあの日に観た、あいつの姿を追いかけている。

あいつのおかげで野球と出会えた。
あいつのおかげで速い球を投げられるようになった。
あいつのおかげでこの場に立てた。

俺は、あいつの様になれたのだろうか。

一瞬たりとも気を抜けないこの状況で、俺はあいつの姿を思い出していた。



俺は、この5年、何をしてきたのか。

ただ怯えていただけなのかもしれない。自信のあった野球で結果が出ず、あれから失敗しないことを選んできたのかもしれない。

なぜ野球を辞めたんだ。
なぜ諦めたのか。

缶ビールを片手にテレビの前に座る俺。
日本一を決めるマウンドに立っているあいつ。

何が違ったのだろうか。俺もあいつの様になれるのだろうか。

右手に力が入る。

缶ビールがひしゃげた音を立てる。

テレビからは歓声が鳴り響いていた。

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