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『本』で日常は変わる。

読書をして考えたこと、読書に影響されて試してみたこと、自作のショート小説を掲載します。(ショート小説は全て無料公開)
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記事一覧

ショート小説『仕事納め課 監査係』※1688文字(約4分)

「仕事納めって、やる気でないよなぁ」 「わかる。もう午後から頭はバカンス気分だよ」 「でも今日までのタスクがあるんだよな」 「うわぁ、それしんどいな」  僕は椅子にもたれかかり背伸びをする。「はぁ~」となんともやる気のない声が出ている。  早く家に帰りたいのか無意識に入口のドアを見ると、バンッと何かが破裂したような音と共に、真っ黒なスーツを着た男性が二人入ってきた。  きっちりとアイロンの掛けられたスーツに白いシャツ、地味な色のネクタイ、髪の毛は綺麗に整えられている。見るから

ショート小説『赤い服のおじいさん』※803文字(約2分)

 あの赤い服を着たおじいさんを撮ろうと思って、スマホを思いっきり上に投げた。  ドシッという音と一緒に赤い服のおじいさんが落ちてきた。「痛てててて…」と腰をさすりこちらを見る。 「危ないじゃないか。急に物を空に投げたらだめだよ。特にクリスマスの夜なんかにはね」 「あなたはだれ?」  僕は尋ねた。 「おや、お前さん、この格好を見てわからないのかい?」  僕は首を横に振る。 「はじめましてだと思うよ。お母さんの知り合い?」  赤い服のおじいさんは小さく首を横に振る。 「君の家に

読書のために部屋の照明をこだわった方がいいと思った話

 家で読書をするようになって気が付いたことがある。  リビングでの読書は集中できない。  どんなに本を読む気持ちがあっても、リビングだとなぜだか集中できない。過去の自分を振り返りると、集中して読書ができた場所は人の少ないカフェ、お風呂、廊下。  この違いはなんだと考えたときに思いついた一つの要因。  それが「照明」。  これまで照明を意識したことほとんど無かったのだけれど、カフェはどこに行っても居心地がいい。ゆっくりした雰囲気、美味しいコーヒー、美味しいケーキ、居心

ショート小説『究極の選択』※1527文字(約3分)

「太陽が3つあるとします」  指を3本立てながら先生が言う。  なにそれ、わけわからん、意味ないだろ、だからなに、とクラスの皆が小さな声でヒソヒソと話し始める。 「いま『そんなわけない』と思った人は、常識に捉われています」  先生は真顔で話を続けた。 「かつてアインシュタインは、時間が不変であるという常識を疑うことで、相対性理論を見つけました。当時ではあたりまえであった理論を根本から覆したのです」  先生の声に力が入る。 「太陽がひとつしかないというのは、この時代

ショート小説『太陽』※1213文字(約3分)

 真っ赤に染まる夕陽を目の前にして、俺はそっと涙を流した。  太陽が活動を停止すると言われ始めたのは、5年前。突然の出来事だった。ある科学者が、動画投稿サイトで「太陽の活動は、あと5年で止まる」という動画を投稿したのだ。  動画が投稿されてから一ヶ月間での再生数は100以下であった。どこにでもある、ありふれた陰謀論だと誰も見向きはしなかった。しかし、状況は一変する。ある有名動画配信者が、その科学者にインタビューを行ったのだ。  その動画は、1時間で100万再生を超え、次

【#エッセイ】一生一緒にいたい食器を探しに波佐見に行った話。

先日、思い立って片道2時間30分もかけて長崎県の波佐見に行ってきた。 「波佐見焼」を買いに行くためだ。 ちょっと前に読んだ羽田圭介『滅私』を読んだときに「好きなものに囲まれて暮らしたい」と感じたことがあった。 作中で主人公は貰ったものをすぐに捨てるので、多少嫌悪感を覚えたが、ものをすぐに捨てるのも、適当に使い続けるのも同じな気がした。 今、家には何の愛着もない食器がいくつもある。できれば一生一緒にいられるような食器を買いたいと思った。 今回は、それの第一歩。 前に

【#読書記録】2024年11月に読んだ本のまとめと感想。伊坂幸太郎作品ってやっぱり面白い。

2024年11月に読んだ本は全部で2冊。1冊毎に、ちょっとずつ紹介していきます。 1.残り全部バケーション(伊坂幸太郎,集英社文庫)まず何度も言いたくなるタイトルが秀逸。「残り全部バケーション」なんて言葉どうやって思いつくのだろう。 連作短編となっているが、各話それぞれが面白い上に、連作となっていることでさらに面白さが増している。 掛け合いは相変わらず面白く、話している映像が自然と頭に流れてくる。 2.アヒルと鴨のコインロッカー(伊坂幸太郎,創元推理文庫)10年以上前

ショート小説『おとり捜査』※1741文字(約3分)

 キラキラと煌めく星の下で、右手に血の付いた包丁を持ち仰向けに寝ていた。山の中だということはわかる。だが記憶はない。頭が痛い。 「おい」と声が聞こえる。起き上がり声の方へ目をやると一人の男が立っていた。くたびれたスーツに輝きを失った革靴、ぼさぼさの白髪交じりの黒髪。何十年も見てきた顔、間違いなく「私」だ。私が目の前に立っている。 「お前は誰だ?」と私は声を掛ける。男は「私はお前だ」と答える。私が眉間に皺を寄せると「明日のお前だ」と男は言う。「そんなことはどうでもいい。とにかく

【#読書記録】2024年10月に読んだ本のまとめと感想。ついに新書に手を出した!

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過去の名作を読むか?新刊を読むか?問題

本屋に行くと困ることがある。 新発売の単行本、文庫本がものすごく魅力的なのだ。 本屋の入口には新しく発売した本がいくつも平置きで積まれ、その表紙が仲間になりたそうにこちらを見ている。 そこを無視して通り過ぎることは私にはできない。が、本を読んでいるとよくこのような言葉に出会うことがある。 「過去の名作を読んだ方が良い」 つまり新しく発売された本というのは、名作か駄作かわからないから、名作と呼ばれるものを読んだ方が、効率が良いということだ。 言っていることはよくわか

【#多様性を考える】理解すると受け入れるは違う。

多様性について考えさせられた本がある。 『正欲(朝井リョウ,新潮文庫)』。 多様性と言うと、LGBTQ+やルッキズム、変わった趣味などが取り上げられることが多い。 最近では、特に令和では昭和の頃に比べ、市民権も得てあたりまえになってきているとも思う。 では、これが多様性の全て、もしくは大半を占めるのかと言うと、そういう訳ではないと思う。

【#読書感想文】分人という考え方。話す相手によって性格が変わるのはなぜか。「私とは何か」を読んで。

話す相手によって性格の変わる自分に悩んだ経験はないだろうか? 家族と話している時の自分、高校の友達と話す時の自分、大学の友達と話す時の自分、それぞれ性格が違う。 口数が多くなる場合もあれば、話さなくても居心地の良い場合もある。 どれが「本当の自分」なんだ?と。 別に意識的に性格を変えているわけではない。なぜだか勝手にそれぞれの友達に合わせキャラが決まっている。 就活で自己分析をした時に、この悩みにぶち当たったことをよく覚えている。 その問題は、結局うやむやになり1

【#読書記録】2024年9月に読んだ本のまとめと感想。知らない世界を知れた1か月。

2024年9月に読んだ本は全部で6冊。1冊毎に、ちょっとずつ紹介していきます・ 1.スクラップ・アンド・ビルド(羽田圭介,文春文庫)第153回芥川賞受賞作。又吉直樹「火花」と同時受賞。160ページしかなく、文体も読みやすく、スラスラと読めてしまう。 ただその軽快な文体とは裏腹に、内容は重く、考えさせられる事柄が多い。いつか自分が経験するのでは、その時自分は何を思うのかと、読みながら想像してしまう。 介護の経験の無い私には共感できる部分は少なかったが、生きるということ、そ

【#読書感想文】世界は不安定だと気づかされた話。「世界は贈与でできている」を読んで。

「世界は贈与でできている」を読んでいると、世界は不安定だという話が出てきた。 この話は、のほほんと生きている私にとって、頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。 例えば、通勤するときに、電車が遅れたとする。それは、正常か異常か? 何も起こらないことを「正常」、何かが起こることを「異常」と捉えてはいないだろうか? この本を読む前の私なら「異常だ!」と答えていたであろう。誰かが何かをしたから電車が遅延した、と思っていた。 だが、それは逆なのだと気づかされた。 誰かが何