崔実(チェ・シル) 『ジニのパズル』

★★☆☆☆

 第59回群像新人賞を受賞した小説。在日朝鮮人である少女ジニの物語。短く章分けされた構成といい、癖のない文体といい、読みやすかったです。
 ただし、新人賞の作品だけあって、どことなくまとまりに欠けている印象は拭えません。カート・ヴォネガットやブローディガン、村上春樹の『風の歌を聴け』や高橋源一郎の『さようなら、ギャングたち』を思わせる断片的構成なのだけれど、上記の作品とは異なり、その点にそれほど意図は感じられなかったです。なんていうか、狙った結果というよりは、結果的にそうなってしまった(そのようにしか書けなかった)ように感じました。
 一言でいうと、ひとつの小説作品としてのまとまりが薄いような気がしました。
 しかしながら、そのようなわかりやすい欠点を補って余りあるエネルギーに満ちています。とにかく、書きたいことがあるのだ! 書かれなければいけないことがあるのだ!という熱量が尋常じゃありません。その熱が行間から滲み出ていて、「あちちっ」となります。完成度が高いものは無数にあれど、そういう作品は意外と少ない気がします。その意味で希有だと思います。
 ロックンロールバンドの1st.アルバムというのは得てして拙いものです。演奏技術は低いし、曲調もばらけているし、どことなく素人臭さを感じさせます。それにも関わらず名盤が多いのは、捨て身の勢いに溢れてるからだと思うんです。余力なんてこれっぽっちも残さずに、全エネルギーを惜しみなく注ぎ込む、その態度にリスナーは心を持っていかれてしまうわけです。
『ジニのパズル』もおそらくはそういう小説なのだと思います。小説としての完成度など二の次で、この熱を受け取ればそれでいいのです(「嫌だよ。ちゃんと読んでよ」と作者は思われるかもしれませんけど)。
 これまでに文芸誌の新人賞受賞作品を何作か読んだことがありますが、ほとんどはつまらなさすぎて読み終えられませんでした(あるいは、斜め読みして終わり。後には何も残りませんでした)。でも、今作はちゃんと読めましたね。その理由はたぶん、小さな純文学サークル内の評価軸メーターみたいなものを振り切るだけのエネルギーを感じたからだと思います。
 情熱って伝わるんですよ。ほんとに。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?