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いまできることをかんがえたら泣いてる場合じゃなかった(入院三日目)

私、やっと泣き止んだ。今このベットの上からでもできるサポートってなんだろう、と考え始める。夫と義両親と娘の生活に、なにがあったらうまくまわるか、考える。

お義母さんが来てくれてとてもこころづよいけれど、少し前に脳梗塞になって回復してきたところなのもあり体力面での負担をかけるのは心配で、ここになってようやく「ファミサポ」や「ハグ」などの制度を使っていこう、と思うに至る。なんといっても、保育園までの電動自転車で片道10分の送り迎えはなかなかハードで、これから寒い季節や雨の時などあまりにも厳しい。お迎えの時間を早めてもらったり、送りの時間を夫の仕事の都合に合わせつつ早めに設定し直すなどして、なるべく送迎お願いを回避できるのではないか…と相談。天気の悪い日は、保育園を休ませて一緒に家で遊んでいてもらったほうが楽かもしれない。そのあたりは良きようにして欲しい、と、今朝夫と電話で話す。

普段使っているネットスーパーの情報を共有し、娘がよく食べる食べ物をリスト化して送った。(お義母さんが、なにを食べさせればいいんだろう…と心配していたようだった。割となんでも食べるけれど、食べ慣れているものがあるほうが確かに良いだろう)

お義母さんは私と違ってものすごくきちっと家事をする人なので(掃除がとても細かい。毎日お風呂の排水溝の受け皿まで掃除してからでないと寝られないような、きちっとしたルールがある)ゾッとするほど汚れた水回りに(通常以上に、つわりでこの1ヶ月はその掃除をしないで生きていた)目が回っているのでわはないだろうか…と、嫁としては少し恥ずかしい…が、もう背に腹はかえられぬというかここはもうすみません…と甘えることにする。冷蔵庫の中にもゾンビが沢山いたことであろう、ごめんなさい。おまかせします、という心持ち。わたしはしりませーん!くらいの厚顔無恥でいないとあれこれ想像して心苦しくなるので、いまは私はお腹の子供を育てるためにベッドの上で立派に闘っているのだ、と思い直す。

そう、その観点。
娘のことは心配だけれど、今お腹の中の小さな命を守ることができるのはベッドの上にいる私だけなのである。ついつい目先の大切な娘のことばかり思ってしまうけれど、お腹の中のまだ3〜4センチのちっさな命、この子にちゃんと逢えるか否かは私がいまベッドの上で安静にして、血腫が治るまでじっとしているかにかかっているのである。大役なのだ。大役を担っているのだ。


まだ(エコーでしか)見ぬ我が子。きっと出てきたらめちゃくちゃに可愛くて仕方ないであろう、大切な我が子、なのだ。うん。

夫はとても大変だろうし、娘もきっと寂しいし、両親にも迷惑をかけるし、仕事もお休みしなくてはいけないし、いろんなところに負担をかけてしまうけれど、それでも、わたしが、ベッドの上から動かないことでちっさな命が繋げるのであれば。それしかないよな、と、思う。

逢える日が楽しみだなあ。
慌てないでゆっくりお腹の中で育っておくれ。

いまできることを、私は頑張る。

本とNetflixとDMMで大量買いした漫画と共に、頑張る。なんならドストエフスキーの罪と罰とか読めてないからこの期に読む、ぞ、なんて、思ったりして、このベットの上の1ヶ月に思いを馳せる。(とはいえまだ疲れちゃうから軽い本や漫画がよいのだけれど)今夜はシャワーできるかなぁ。


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