言葉と人

寝坊が続いたが、
なんとか、起きることができた。

いつもより長めの、変な夢を見た。
船に乗っていたと思う。whistleblower(内部告発者)と言う単語が出てきた。
それをフランス語でなんというか、聞くのだが、
その場にいた、フランス人は誰も、知らなかった。

考えてみれば、わたしが知らないのだから、当たり前か。
代わりに、embarassementと言っていた。
寝ている頭が、必死になって弾きだした、「近似語」かもしれない。

ひとつ、ドラマを見た。台詞に、時代を感じた。

会社に勤めながら、友人とカフェの開業を進める、若者(春野藤)と、
自営業で、仕事のない時間を、趣味に充てる、おじさん(植草千明)が、
インスタが縁で、一緒に名建築を見てまわる、話だった。

カフェの準備に本腰を入れるために、会社を辞めようか悩む、春野に、
仕事をしながらでも、カフェはできるから、よく考えたほうがいいと応える、植草。

一昔前の、自分探しを喧伝していた時代なら、
植草の口からは、
まったく違うセリフが、飛び出していたんじゃないかと思うと、世代の差を感じる。

ドラマは、時代時代の、固定観念を映す鏡、でもある。

最近のコンテンツは、凝ったことを言おうとして、セリフが上滑りしていたり、
俳優がセリフに馴染んでいなかったりする場面を、ちょくちょく目撃するように思う。

実感のこもらない言葉、というのは、傍から見て、案外わかるものである。

先日、女優の美波さんの、フランスでの奮闘記を読んだ。
日仏の血をひく彼女は、フランスで女優になるべく、数年前、移住したという。

美波さんのことは、「パンとスープとネコ日和」でみて以来、
気になっていたので、そのことを知って、すこし驚いた。

ハーフで、フランス語が喋れると言っても、
必ずしも、その言語を使いこなせるわけではないらしい。

背景にある、彼女のいうところの「考え方やカルチャー」といったものは、
育ちのなかで、身につくもの。彼女は、日本で育った。

フランスの俳優は、大筋があっていれば、自分なりに、セリフをつくり換えるのだという。

美波さんは、フランス語で書かれたセリフが、どうしても、
腹落ちしないことが、あるそうだ。

ある演技指導のワークショップでのこと、思いがけないきっかけで割り振られた、
映画「モンスター」のワンシーンを演じていると、
コーチが彼女の演技を途中で止め、セリフを日本語に置き換えるよう言った。

すると、彼女自身、意外だったことに、フランス語では、
鳴りを潜めていた想像力が働き、芝居が、より自在になったという。

このことで彼女は、フランス語が、いかに自分を
不自由にしていたか、ということに思い至り、ショックを受けたそうだ。

言葉を使う、ということは、たしかに一筋縄ではいかない。

わたし自身は、寺田寅彦の本で知った話だったと思うが、
その昔、ドイツ人の留学生が、下のような俳句を詠んだ。

鎌倉に鶴が沢山おりました

この句は、外国人が俳句を理解することの難しさを
端的に表しているために、度々、引用されるのだと思うが、
大方の日本人には、これが俳句になっていないことが、明らかである。
例え、言葉で説明できなくとも、感覚として理解する。

何故か。

云うなれば、この句は、
固い岩を、棒切れで叩いたように、
音が発端で堰き止められてしまい、俳句にもっとも重要な、響き、がないのだ

マフラーペダルを通して、ピアノの演奏を聞いているようだ。

日常的に、俳句に触れて育った日本人は、言葉と言葉が織りなす
響きのあるなしを、直感的に見分けているように思う。

実際、ある句が、俳句になるか、ならないか、
その違いを真っ先に捉えるのは、身体感覚である。

こうした判断は、言葉に限らない。音や、色遣いなどにも、同じことが言える。
例えば、日本人に、マティスのような色遣いは、難しいだろう。
マティス風はできても、マティスには、ならない。

(余談だが、そういう意味で、デヴィッド・ホックニーの、
「フランス風コントルジュール」という作品は、とても面白いと思う。)

わたしたちは、ひとりひとり、膨大な蓄積の産物であり、
それだけ、自分のなかにないものを、表現することは、難しいのだ。

だからこそ、自分に素直であることが、重要だ。
美波さんも言及していたが、ユニークであるということ。
自分にないもの、あるもの、その両方を肯定することで、独自性が活きる。

わたしは、そういう考え方を、自然や科学から、教わったように思う。

ある造形や、働き、構造は、ヒトから見た有用・無用のためにあるのではなく、
そのものと世界との関わりにおいて、
その瞬間、最適と思われる形で、ただそこにある。

そのことを、ありのままに、受け止めることができれば、
ひとりの人間が生きる、ということの様相さえ、
変わってくるのではないだろうか。

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